偽神に反逆する者達

猫野 にくきゅう

文字の大きさ
上 下
7 / 51
渓谷の翼竜

第7話 転生

しおりを挟む
 ――ざわ、ざわ。

 助けてやった人間の少女が、俺を里に招待した。
 少女の申し出に頷いた俺を見て、人間たちにざわめきが起こる。


 『おおっ!』とか『なんと!』――

 とか、言っている。


 言い伝えがどうのこうのと、言っている奴もいるな。

 


 言い伝え…………?
 竜が人間の招きに応じる昔話でもあるのか?



 この世界の竜は、人間を襲わない。
 理由は不味そうで、食べたくないからだ。


 竜は人を食べない、そして――
 人間の脅威である魔物を、捕食すために攻撃する。

 魔物を狩る理由は、美味しそうだからだ。



 美味いから狩って、不味そうだからから見向きもしない――
 竜にとっては、ただそれだけのことなのだ。

 だが人間から見れば、竜は自分たちを守ってくれる守護者的な存在に見える。



 竜は意図的に人間を守っている訳ではないが、人間からは神として祭られ、信仰の対象になっていることが多い。



 目の前の人間たちも、俺のことを竜神様とか言ってたな――

 神様が自分たちの村に、来てくれることになった。
 それで喜んでいるのかな……?


 俺は生まれてからここを狩場にしていたから、この付近に住む村人たちから知らぬ間に、崇められていたのかもしれない。



 俺は人間たちの後ろに付いて、山道を歩いて行く。

 何人かの村人は、かなりビビっている。
 ――恐れるのは、当然だ。
 
 ゴブリンの群れを、あっという間に蹴散らした奴が後ろに居るのだ。


 信仰の対象といっても、人間は竜の生態に詳しくないだろう。

 いきなり人間を捕食しないとも限らない。



 それでもこの人間たちのまとめ役の少女が、俺を村まで誘った。


 歩きながら、不意に昔のことを思い出した。
 そういえば、山賊に囚われていた人間を送ってやったことがあったな……。

 それが言い伝えになっていて…………。
 ある程度、信用があったんだな。
 

 そして、この少女の意図に気付く――

 俺を用心棒にしたかったんだな!


 
 ゴブリンの集団は全滅させたが、それ以外にも魔物はいる。
 村に帰るまでに、襲われる危険がある。
 
 彼らの怪我は、俺が魔法で治して傷は塞がっているが、体力はかなり消耗している。武器も持っていない。


 無防備な状態の上、敵から走って逃げる体力もない。

 そこで、俺を護衛にしたんだ。


 この少女の年齢は十五、六かな?
 ――頭の回る子供だ。


 度胸もある。

 ――気に入った。
 俺はその企みに、素直に乗ってやることにした。






 何日か歩いて、村に辿り着いた。

 最初は驚かれたが、俺は村人たちから歓迎された。


 歓迎したくなくても、こんな威圧感のある怪物が現れたのだ。
 持て成さない訳にはいかないだろうが……。


 いや、それは穿った見方をし過ぎか――
 ゴブリンに攫われて、もう助からないと思っていた仲間が生きて戻ったのだ。

 嬉しくない訳がない。
 しかも、怪我まで治療している。


 村人たちには恐怖心や警戒心もあるが、それよりも喜びや感謝の方が大きい。



 俺は気兼ねなく、歓待されることにした。
 村の広間に案内されて、そこで待たされる。

 暫くすると村人たちが平伏して、お供え物を差し出してきた。


 俺にご飯を提供した村人たちは、変わらずに平伏している。




 ……う~ん。

 食事を食べる間に余興で、舞でも舞って楽しませて欲しかったが、そういうサービスは無いようだ。

 ……何か、物足りない。

 何だろう?


 …………。
 ……まあ、いいや。
 
 俺は調理された温かいご飯を、久しぶりに食べた。


 …………。
 
 すると、不思議なことに、人間としての暮らしが懐かしく思えてきた。

 
 昨日、商人を助けた時にも米や魚を食べたが、その時はこんな気持ちにならなかった。けれど調理された温かな料理を食べると、胸が締め付けられるような寂しさを感じる……。


 ――毒でも盛られたのだろうか?

 いや、違う。

 きっと前世で、人間だった時の感覚を、少し思い出したからだろう。
 特別に美味しかったわけでもないし、量も少なかったが、ご飯が温かかった。



 竜に転生してから、一度も思ったことが無かったが――
 この時は人間であった頃を、懐かしく感じていた。

 目の前で平伏している人間たちを見て――
 こいつらも、俺と一緒に食べればいいのにと、思いながら飯を平らげた。



 
 俺は食事を食べ終えると、空を飛んで住処へと帰った。

 この姿では人の言葉を理解できても、喋ることは出来ない。
 村人たちも俺と一緒に、食べて飲んで騒いで良いと言いたかったが、それを伝える手段がなかった。

 その日から俺は、姿を変える魔法の練習に取り組む。
 




 あの日から、十五年後――
 
 俺はついに、人間へと姿を変えることが出来た。
 変化自体は比較的すぐに出来たが、変身にはかなりの魔力が必要で、尚且つ魔力の消耗も激しい。


 竜の魔力量と魔法技術を用いても、長時間変化を維持するのは容易ではない。
 そこで俺は一時的な変身ではなく、存在そのものを竜から人間へと置き換えるような、そんな変化を追求した。


 疑似転生魔法『輪廻流転』――。

 変身時に膨大な魔力を必要とすることに変わりは無いが、変身後は魔力消費無しで『人間』に近い生命体に変化したままでいられる。


 『変身』というよりも、別の生物へと『転生』するような魔法だ。


 人から竜の姿へと戻ることも出来るが、その際にも魔力を消費するので気楽には使えない。

 ――暫くは、竜に戻るつもりもない。




 前世の人間だった時の記憶があったおかげで、人間への変化は比較的容易だったが、それ以外の生物には変身できない。


 人へと変化した俺だが、竜の身体がベースであることに変わりは無い――
 この身体は、人間にしては力が強かった。

 ただ、竜の頑丈さは無く、肉体は普通の人間並みに脆い。




 輪廻流転で人間へと変化した俺は、竜とは比べ物にならないほど弱いが、人間としては破格の身体機能を有している。

 俺はその姿で、人里を目指す。




 人間となった俺の見た目は、十二歳くらいの子供だった。


 衣服はこの日の為に、用意してある。

 一年くらい前に、山道でたまたま見かけた山賊を、始末した時に回収しておいたものだ。


 この国の服は、前世の日本の着物のような作りだった。
 人の身体に合わせた一枚の布切れを身に纏い、一本の帯で合わせる。
 
 着心地は悪くない。

 山賊の中で、一番小柄な奴の着物を選んだ。
 サイズも丁度いい。。


 武器も確保してある。

 刀身の反れた、片刃の剣。
 ――刀だ。


 山賊が持っていた刀を五本ほど住処に確保していたので、その中から一番気に入った物を、持って行くことにする。
 

 頑丈さを重視した、肉厚で無骨な刀――

 俺の身長よりも、ちょっと長い。

 子供の身体には大きすぎるが、これが良い。



 旅支度は整った。


「さて、行くか――」

 俺は人里に向かい、歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

デブの俺、転生

ゆぃ♫
ファンタジー
中華屋さんの親を持つデブの俺が、魔法ありの異世界転生。 太らない体を手に入れた美味いものが食いたい!と魔力無双 拙い文章ですが、よろしくお願いします。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

処理中です...