聖女を追放した国の物語 ~聖女追放小説の『嫌われ役王子』に転生してしまった。~

猫野 にくきゅう

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リーズラグドの叡智

第69話 一秒先の未来 2 B

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「もう、出てきても良いぞ」

 その男は何事もなかったかのような気楽な口調で、隣の部屋に声をかける。
 この部屋の奥に、隣の部屋と繋がっているドアがある。

 そこから、長い黒髪に白い肌の女が出てきた。
 奴が、ローレインだろう。

「済まないな、部屋を汚した」

「お気になさらずに、部屋の汚れは掃除をすれば済むことです。それよりも、なんとお礼を言ったら良いのか。アレス様は私の命を護って下さったのですから――」

 アレス……この国の第一王子か――
 強いとは聞いていたが、これほどまでとは……。
 
 吾輩が全く、相手にならなかった。
 こんな奴がいたのであれば、計画を変更するべきだ。
 
 あの偽聖女は恐ろしかったが、何とかしようと思えば算段は付けられる。
 多くの犠牲を覚悟し物量で押せば、何とか出来る。
 
 だが、こいつは……
 こいつだけは、どうしようもない。

 こんな化け物が居るなんて――
 この国を、敵に回すべきではない。


 早く知らせなければ――

 あのお方『チェルズスカル』様に、一刻も早く――
 だが、この状態では何もできない。




「それよりも、この暗殺者様。恐らくは西の大国チャルズコートの中央神殿の最高司祭『チェルズスカル』様の手の者だと思われますが――」

 ――なぜ、それを……

 いや、裏切り者が居たのだ。
 ある程度は、情報も漏れるか――


「当てずっぽうで言いましたが、どうやら当たりのようですね。チェルズスカル様はたしか、――身分の低い女性と王との間にお生まれになったことで、過酷な幼少期をお過ごしになったとか……。プライドの高い人物で、自分がトップに立ちたいという願望は御有りのようですが……ただ、王や兄弟たちとの愛に飢えていて、謀反を起こす気はないお方です。――ああ! それでリーズラグドを侵略して、乗っ取ろうというのですね。そのための準備として、この国の弱体化を工作中ですか――」


 ……この女は、どこまで知っているんだ。
 こいつはずっと、吾輩の目を見て――

 まるで、心を覗き込むように……

 まさか!!


「――ああ、いえいえ。まさかそんな、心を読むなんてできませんよ。私はアレス様やソフィ様、それにあなたと違って、神様から加護を頂いてはいません。――ですが、人の考えを言い当てることは得意なので、推論を並べてあなたの反応を見て、答え合わせをしているだけです」


 この女の言う事が、どこまで本当かは分からない。
 だが、いずれにしてもこれ以上、情報を与えるわけにはいかない。

「目を瞑っても無駄ですよ。塞ぐなら耳を塞がないと、まあそれは無理ですけどね。これからお亡くなりなるまでの間、私の話を、キャッ、アッ、ちょっと、アレス様、胸をお揉みになるのは、後で……っ!!」

「――すまない、退屈だったのでな」

「今は大切な、事情聴取の最中なのですよ」

「別にいいじゃないか――チャルズコートが戦争をしたがっているんだろ。戦って倒せばいい」

「でも、そんな、人前で……」


 ……。
 吾輩の最後は、これなのか――

 こんな、ふざけたガキに吾輩が……。


 しがない片田舎の道場主だった吾輩を見出し、活躍の場を与えて下さったチャルズスカル様に、少しでも恩返しをしようと――

 剣を振るい続けた吾輩の最後が、こんな……。
 


「ダメですわ。アレス様!! あのおじ様が、まだ見ていらっしゃいます」
「よいではないか、よいではないか」

 こんな、ふざけた奴らに――

「――こんな最後を迎えるくらいなら、片田舎の剣豪のままでいれば良かったですわね。あなたに殺された多くの方々も、きっと、そう思っていらっしゃいますわ」



 ――この女。

 わざと、いや、どこまで――
 知っている……。
 

 吾輩はそれから、死ぬまでの間――

 情報を抜き取られながら、此奴らの悪ふざけに付き合わされる。


 もう、殺してくれと願ったが――
 その願いが、叶えられることはなかった。
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