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聖女暗殺事件

第56話 リーナの諦観 2 A

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 私はこの国の第一王子、アレス様の首にクナイをあてがっている。
 そして、珍しく滝のように、冷や汗をかいている。

 しまった、どうしよう――



 守るべき対象の王子様に、刃を向けるとは――

 だが――

 元はと言えば、アレス様が悪い。
 私の背後から不意に、尻に手を伸ばしてきたのだから……。

 自分の意思でこうしているのではなく、反射的に体が動いてしまったのだ。
 


 攻撃を受けた際には、反射で相手に反撃するように訓練されているのだ。
 むしろ、反撃を寸止めした私を、誉めて欲しい。

 しかし、そんな言い訳は通用しない。
 王族に刃を向けてしまったのだ、死罪は免れないだろう。

 会ったこともない両親よ。
 先立つ不孝を、許してくれ――




「ん? いや、今回のことは全面的に俺が悪いのだから、死刑になどするわけがないだろう。気にするな。――そんなことよりも、リーナの尻をさわらせてくれないか?」

 アレス王子は、キリッとした凛々しい表情で、寛大で最低なセリフを吐いた。

 ――まだ、触りたいのか?
 殺されそうになったばかりだというのに……。


 反射で殺してしまうかもしれないから、頼むからやめて欲しいと、半泣きで懇願して、やっと諦めてくれた。
 
「見るだけなら、いいか?」
 ――と言って、鑑賞されたりはしたが……。



「アレス様……そんなにじっくり見られると、少し恥ずかしい」

 私がそう言うと、アレス様は『じゃあ、リーナの顔を見せてくれ』と言って、私のことを見つめてくる。

 ――ものすごく、恥ずかしい。

「頼む! 見るなら、やはり尻にしてくれ」

 一流の暗殺者の私を、見つめるだけでここまで狼狽させるとは――

 きっとこのお方は将来、とんでもない英雄か――
 『大うつけ』のどちらかになるだろう。




 その後――
 邪竜王を倒し飛躍的に強くなってからは、私の尻を触りたいだけさわれるようになり、無邪気に喜んでいた。

 どうやら『大うつけ』の方だったらしい。




 ――私の貧相な尻をさわって、何がそんなに嬉しいのだろうか?
 数多くの魅力的な女性に囲まれているのだから、私などに構わなくてもいいだろうに…………。

 だが、アレス様に求められるのは、悪い気はしない。
 ――内緒だが、ちょっと楽しみにもなっている。

 不思議なものだ。




 

 ピレンゾルで、五度目の暗殺騒ぎがあった翌日。

 外交交渉はすでに、大筋で合意に達していた。
 後は正式に調印するだけ、という段階だ。

 期日までに交渉を取りまとめることが出来て、空き時間がある。


 その自由時間を利用して――
 アレス様は少数の護衛を引き連れ、この国のスラム街に視察に出ていた。
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