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聖女暗殺事件

第53話 ロザリアの信頼 2 B

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 ――とまあ、そんなことがあった。 

 そして、俺はロザリアのオナラの音を、ここ数年聞いていない。
 そのことに思い至ったので、尋ねた訳だ。


 ――俺は彼女からの信頼を、失ったのだろうか?

 俺はロザリアの見解を聞こうと、彼女を見る。



 ロザリアは枕に顔をうずめて、見悶えていた。

 そして――

「わ、私そんな事してないもん。そんなの、捏造だし。言ってないし――くッ、……なんでそんなこと、覚えてるのよ。アレス様のバカ、アホ、おたんこなす! てゆーか何よ。信頼の音色って、無駄に詩的な言い回ししないでよ。余計恥ずかしくなるじゃん。バカッ!!」


 信頼の音色は、そっちが言い出したことなんだが――

 いや、止そう。
 誰にでも、思い出したくない過去はある。

 親しき仲にも礼儀ありだ。


 俺はロザリアの信頼の音色の記憶を、心の禁書庫に仕舞う。
 ――封印完了。

「そうだな、よく考えたら俺の記憶違いだった」

 俺はそう言って、ロザリアの頭を撫でて機嫌を取った。




 数日後――
 俺はピレンゾルへと出発する。

 一向に進まないピレンゾルとの外交交渉。
 ローゼリア事件の始末を付けるために、全権大使に任命されたからだ。

 面倒だが、捕らえている捕虜の管理にも費用は掛かり、負担になっている。
 さっさと、返還したいので、直接言って話を付けてくる。





 隣国へと旅立つ俺を、ソフィ達が見送りに来てくれた。

 そして俺も、王都へと旅立つソフィを見送る。


 王都にある神殿から、『聖女ソフィ』に招待状が届いた。
 『ぜひ聖女であるソフィ様に、神殿で祈りを捧げて欲しい』という要請だ。


 ――そう、公式にソフィはまだ聖女という肩書のままなのだ。

 その建前があるからこそ、彼女は俺の婚約者でいられる。
 それを崩すわけにはいかない。


 神殿側も、ソフィが聖女ではないことは、すでに分かっているはずだ。
 おそらく、神殿内の権力闘争と政治的な駆け引きから、建前を利用してソフィを引っ張り出そうとしている。

 
 具体的な狙いは判らないが――
 きな臭い匂いがする。


 今回の神殿からの要請は、病気という事にして断った方が良いだろう。




 しかし俺は、その判断をソフィに委ねた。

 ソフィはローゼリア事件後に目を覚ましてから、療養のためこれまでずっと後宮で暮らしてきた。

 しかし、彼女は将来――
 この国の、王妃になる。

 いつまでも、外界から隔離して護る訳にもいかない。


 世話をする者や、護衛も付けた。
 死神からもたらされた情報も、信憑性がある。

 いざとなれば彼女は、自分の身は自分で護れる。

 ――そんな事態にならない方が良いのだが、これから何をどう判断し行動するのかを、彼女自身が判断して、動いていかなければいけない。



「今回の王都行は危険だと思うが……どうするかは、君に決めて欲しい」

「心配はいりません。それに――お祈りは得意なんです!!」
 
 そう言って、ソフィは朗らかに笑った。
 そして――

「アレス様も、お体に気を付けて下さい」

 逆に、俺の身を案じてくれる。


「ああ、しばらく会えなくなるのは寂しいが、お互いの使命を全うしよう」

「はい、王都の方は、私にお任せください」


 ソフィは自信に満ちた顔で、力強く請け負った。


 俺が自分の運命を自分で切り開いて来たように、彼女も自分の運命と戦ってきた。

 俺一人では、この国の運命は変えられなかっただろう。

 たぶん、俺たちは二人で一人。
 二人で同じ困難を乗り越えて、今がある。


 勿論、心配ではあるが――
 俺は彼女の困難に立ち向かい乗り越える力を信じて、王都へと送り出した。
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