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それぞれの結末

第42話 この花びらに、口づけを―― B

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 私は自分が誰なのか、思い出せない。

 さっきの少女から『ソフィ』という名前で呼ばれて――
 ああ、そうか自分は、ソフィというのかと、確認できたくらいだ。

 なのに、自分が――
 少食だったということは、なんとなく感覚で覚えている。

 他に何か思い出せないかなと思い、あれこれ考える。





 何を食べたことがあるとか、好物や嫌いなものが何だったかとか、そういった具体的なことは記憶にない。
 私は小食で、でも、それはそういう『キャラ』を演じなきゃって、それで――


 不意に私の目から、涙が溢れて止まらなくなった。

 とても悲しい想いだけが、胸の奥から溢れてくる。

 何故だろう――?





 『――そいつは、俺様とまだ、繋がっているからでしょうね』

 私の前に、髪の長い――
 美人さんが現れた。

 その子の髪は真っ白だったけれど、一房だけ髪の色が変わっている。


 私の髪の色と、同じだった。




 私はその子を見たとたんに、唇を尖らせて文句を言った。

「ディーの、嘘つき!!」

 ディー??
 あれ?

 この子の名前???


 『嘘は言ってないわ』

 その子は悪びれることなく、ふんぞり返って説明する。

 『――何かを得るためには、何かを犠牲にしなきゃならないのよ――俺様は地母神が与えるような――人間にとって都合のいい、奇跡は起こせないのよ』


 なんだか、難しいことを言ってくる。

 また騙そうとしているのかと警戒する一方で、この子は嘘なんかついていないと、心のどこかで確信していたりする。

 記憶が無いというのは、厄介だ。



 『そいつは、もう使い切っちまったからね』

 使っちゃったんだ。

 『だけど、俺様の方には、ソフィの記憶があるのよ』

 あるんだ。

 『俺様が写し取ったソフィの記憶がね。――残念ながらこれをあんたに、渡してあげることは出来ないけれど、あんたが生きてきたその証は、完全にこの世界から消え去ったわけではないわ』

 えっと??

 『だからあんたには――ギリギリだったけれど、黄泉からの帰りの道が残されていた。後は――、奇跡が起きるかどうかは、あの王子次第だったのよ』

 ……また、難しいことを言う。

「なんだか知らないけれど、記憶があるのなら、思い出させてよ」

 『だから、そんな都合の良い奇跡は、ホイホイ起こせないんだって』





 私とディーが、心の中でおしゃべりをしていると――
 
 コンっ、コンっ、コンっ、コンっ――とノックの音がして、先ほどのメイドの少女が、食事を持って入ってきた。

 食事は煮込んだ麦のお粥で、上にチーズが乗ってトロけている。お砂糖と塩の加減が完璧だった。

 おいしかったので、私は何度もお代わりをした。




 私が暮らしているのは、ダルフォルネ領のお城の中にある、王子様の後宮だ。

 私は、なんと――
 この国の四大貴族の一つ、ダルフォルネ家の、お姫様なのだそうだ。


 そう言われても、自分ではしっくりこない。
 
 私の世話をしてくれているメイドの少女は、リリムという名前で――
 私の生まれて初めての、お友達だ。

 そして、恋のライバルでもある。

 リリムとはライバルだけれど、戦ったりすることは無い。
 後宮の女の子はみんな、アレス王子と結婚できるのだから、争う必要は無いのだ。





 私にはアレス王子と出会った、半年前より先の記憶が無い。

 だから、記憶をなくす前の、自分のことは解らないが――
 たぶん、友達と呼べる存在は、いなかったと思う。




 
 私は今日、リリムと一緒に、朝からお菓子を作っている。

 忙しくダルフォルネ領の復興作業をしているアレス王子が、今日はここに帰って来る予定なので、一緒に食べようと頑張って作っている。




 初めてお菓子作りに挑戦した時は、盛大に失敗して、メイド長のゼニアスさんに叱られた。
 リリムと私は、食材を台無しにしてしまった罰として、二人でお尻を叩かれた。

 料理の他にも、お化粧にチャレンジしてみて、失敗したりした。
 その度に、ゼニアスさんからは叱られるけど、友達と一緒に悪いことをして、叱られるというのは、なんだか少し楽しかった。

 私の失敗談は、アレス王子にも報告されてしまい、王都からライザさんと言う年上の女性が派遣されてきた。
 

 ライザさんの指導の下で、私とリリムは頑張って、お菓子を美味しく作れるようになった。恋する乙女は強いんだからと言って、リリムと一緒に胸を張った。







 私はアレス様に合う前に、姿見で自分の格好を確認する。
 半年前に比べると、顔色もよく、肉付きも多少は良くなった。

 私の髪は茶色だが、一房だけ真っ白になっている。

 ディーとお揃いだ。


 いまだに着慣れないドレスはちょっと窮屈だが、可愛らしいドレスを着て、おしゃれをするのは、私の密かな楽しみでもある。

 軽くお化粧をして貰っている時は、胸がドキドキしてしまう。



 私とリリムが作った自信作のお菓子を、アレス王子と後宮の皆とで一緒に食べた後に、私とアレス王子の二人は、後宮の庭を散策することになった。


 庭園は手入れが行き届いていて、綺麗に咲き誇る花に満ちている。

 しばらくアレス様と、お話ししながら庭を歩く。



 不意に寂しさが押し寄せて、悲しみで心が押しつぶされそうになる。

 これは時々、私が陥る病気だ。

 何かのきっかけで――
 もう思い出すことの出来ない過去に、心が捕らわれてしまう。


 寂しくて辛くて、悲しくて――誰かに頼りたくて甘えたくて、でも誰も―― 

 私のことなど、見ていなくて――――




 私は近くに浮かんでいたディーを、素早く手で掴み、周囲を見渡して、人がいないことを確認する。
 はしたないと思いつつも、私は止まらない。


 両手を後ろに回し、お尻の後ろで組んで、目を瞑り顔を上げる。

 私の顔は、恥ずかしさで真っ赤に染まっているはずだ。


 私は口下手で、言葉で説明するのが苦手だ。

 だけど、問題は無い。


 きっと私の願いは、正しく伝わる。

 ――これから二人で、幸せに……。



 アレス王子は、私を優しく抱きしめると、顔を近づけて――

 そっと、口づけをしてくれた。



 私の心は、ときめきで満ちていく――
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