聖女を追放した国の物語 ~聖女追放小説の『嫌われ役王子』に転生してしまった。~

猫野 にくきゅう

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聖女を追放した国の物語

第34話 理由 A

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 聖女の軍勢が自滅して、五日が過ぎた。

 降伏した敵兵の処遇や、近隣の地方領主に対して、こちらに付くように促す使者を送ったり、けが人の手当てや物資の補充と整理に、時間を費やしていた。

 邪竜王の呪いは……今のところは大丈夫だ。
 封呪の包帯で押さえられている。

 とはいえ――
 あの聖女とダルフォルネのことは、一刻も早く始末したい気持ちに変わりはない。

 それに、ダルフォルネ陣営に聖女がいると知れ渡れば、そちらに付く貴族も出てきかねない。味方を増やして、軍を揃えている暇はない。

 俺一人でも先行して、あの聖女を始末するか?



 そう考えていたところに、偽聖女の公開処刑日時が報告された。
 行方が明確ではなかったローゼリアの居場所も、同時に報告される。


「三日後か――」

 俺が今すぐ動かせる兵士は、この砦の五百人だ。
 敵の城を攻めるには、数が全然足りない。

 そのことは敵側も、解っているだろう。
 だとすると――
 
 ソフィの処刑は、俺をおびき寄せる為のエサだったはずだ。しかし、その日程だとこちらの準備が到底間に合わない。

 偽聖女の処刑自体に、敵の目的が変わったとみるべきか――
 まあ、相手の思惑がどうだろうと、俺はそれを止める立場であることに変わりは無い。



 ここから処刑場までは、馬を飛ばしても二日はかかる。
 全軍で向かっていては、到底間に合わない。

 騎馬隊だけを率いていくにしても、数が多ければそれだけ補給に時間を取られる。
 加えて広場の処刑場には、大勢の民衆が集まることになる。
 そんなところに騎馬隊で突っ込めば、どんなパニックになるかわからない。

 邪竜王の呪いもあるしな――
 あの黒い炎は、味方の近くでは出さない方が良いだろう。



 俺一人で行って処刑を中止させ、ダルフォルネとローゼリアを討伐する。
 やることは明確だが、細密な計画を立て実行する時間などない。
 
 とにかく行って、状況を見てから何とかするしかない――
 

 方針と呼ぶことが憚られるような、行き当たりばったりの計画を側近たちに伝えて、今後の指示を出してから旅の準備を整える。

 それで一日を費やした。
 
 処刑まで、残り二日。

 ――ギリギリ間に合うだろう。
 
 俺は反対意見を押し切り、馬を走らせて処刑場を目指した。


*************************



 私は聖女の部下の人から渡された、でっかい本を抱えて前へと歩く。

 この本は聖女が言うような神様から力を貰える本ではなく、悪魔を召喚する為の魔導書だということは、ディーから貰った力で、人の心を読める私には分かっている。

「困ったわ。どうすればいいのかしら?」


 私を処刑する為に作られた舞台の、その最前列にある断頭台の真横で、私は悪魔を召喚する為の魔導書を抱えながら途方に暮れていた。





 私の足元の、更に十メートルくらい下には――
 私の首が飛ぶ様子を、見物しに来た人たちがひしめいている。

 十万人くらいは、いるらしい。

 聖女の人は、この人たちを殺せと言うし、ディーも人を沢山殺せる力を与えると言って私を唆す。
 
 私は聖女ではなかったし、この国の皆も私のことを嫌っている。
 冥界神の誘いを断る理由は、無いのだが――
 
 私は人を……殺したいとは思わなかった。

 では、どうしたいのかと言うと――
 聖女が殺そうとしているこの人たちを、逃がしたいと思った。

 それが私のやりたいことだった。




 私は大声を出すのが得意ではないので、どれだけの人に届くか分からないけれど、私の警告を聞いた人が周りにも伝えてくれれば、みんな逃げてくれるだろう。

 私は目の前の、なるべく多くの人に聞こえるように、祈りながら声を出す。


「あの、みなさん! 聖女はとっても嫌な人です。――ひどい悪口を、沢山言ってくる人なんです。悪者です。逃げて下さい!!」


 私が喋り終えると、それまで喧騒に包まれていた広間はシン、と静まり返った。

 ふぅ、言ってやったわ。

 私の声がどれだけ届くのか不安だったけれど、みんなに聞こえたようだ。

 あの聖女の人は、私のことを馬鹿にしていたけれど――
 私だって、やるときはやるのだ。



 私は大勢の人に向かってしゃべるのが苦手だ。
 まだ心臓がドキドキしてしている。

 こういうことは苦手なのだ。
 だが、あの嫌なことを言ってくる人を、出し抜いてやったという達成感があった。

 早くみんな自分の家に逃げてくれないかなと、思っていると――


 私の呼びかけに対して、返ってきたのは罵詈雑言だった。

 『死ね』とか、『早く殺されろ』とか、『聖女様を悪く言うな』とか、『詐欺師』だとかそんなことを沢山、言われた。
 死ねと殺されろは、酷いと思う。


 ただ、『意味の分からないことを言うな』と言われて、私はハッとなる。

 確かに私は、肝心なことを言っていない。
 私の訴えは、意味不明だったと思う。

 伝えなければいけないことを、ちゃんと言えていなかった。

「聞いてください。聖女の人は、私に悪魔を召喚して、皆を殺せって言うんです。ですから、危ないので家に、帰って下さい!! それと国の偉い人に伝えて下さい。聖女はこの国に、加護を与える気は無いんです」

 今度はちゃんと言えたと思うのだけれど、またしても返ってきたのは罵詈雑言だった。『何が悪魔だ』『悪魔はお前だろう』『聖女様を愚弄するな』『死ね』
 
 ああ、そうだ。
 私は昔から――
 私は人と話すことや、何かを説明することが苦手なのだ。

 私の言葉には、人を動かす力はない。

 
 ――どうしよう?




 私はこの広間に集まった、怒り狂った人たちを見渡す。

 そうか。

 大切なのは――
 人が求めているのは『力』なんだ。

 作物を育てる力、魔物を防ぐ力、傷を癒す力。
 聖女と言うのは、その力のことを言うのであって、心の持ちようではないのだ。

 どんな悪辣な人間であっても、力があれば『聖女』であり、力が無ければ『偽聖女』になる。だから私は偽聖女で、この人たちは私を嫌っている。
 
 そこまでは、理解できた。
 でも、私は……
 自分が嫌われているからと言って、人を殺したくはない。
 
 なんでだろう?


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