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15.人生訓(マエル)
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「タイミング悪いんだよアンタはッ! 今マエルと大事な話してんだから寝てなッ!」
即座にテレさんの怒号が鳴り響く。
突然の大声に驚愕した私を他所に、眠気まなこのスティーブさんは寝ぼけているのか、「ムニャ」と呟いて、再び寝てしまった。
「テ、テレさん、良いんですか?」
「いいんだよ寝かせときゃ。ここからはダイニングに移動して話そう。正座してんのも辛いだろ」
「は、はい」
スティーブさんに聞かれたくないのかな?
そう疑問に思いつつもけっこう脚が痺れていたので、彼女の心遣いは有り難かった。
寝室の扉を開けて、テレさんをダイニングへ通す。テーブル席に着いた彼女は「まだビーフシチューは温めなくていい」と指示してきた。「はい」と返事をして私も着席し、話題に戻る。
「あの、さきほど『気に入らない』と仰っていたのは……?」
「モリス卿のことさ」
「お父さん、ですか?」
少し間を置いたテレさんがコクリと頷く。
「貴族社会での醜聞を嫌って、カスカリーノ家が無実のマエルを海外へトンズラさせるってのは、あまりにも安直過ぎやしないかい? 男爵位が聞いて呆れるわ」
「いえ、でも、相手方の誤解を解くことが出来ないから――」
「だからって泣き寝入りすんのかいッ! それじゃ相手の思う壺やろがい!」
遮ってきたテレさんがアイスブルーの大きな瞳を、これでもかと見開いて主張してきた。
「お、思う壺って……何を仰りたいのですか……?」
「話を聞く限り、どうも“きな臭い”匂いがプンプンして仕方がないんだよ。どんな思惑かなんてのは知ったこっちゃないが、明らかにポグバ家の対応には、裏があると見たね」
私の問いに自信満々で応えたテレさんは、まず今回の婚約破棄騒動が新聞沙汰になってないことへの疑念を抱いていたらしい。
「アンタがうだつの上がらない男爵令嬢だとしても、ポグバ子爵家のキリアンは『セントラルフーズ』の次期社長を担う御曹司だ。最低でも現時点で、地元新聞社が取り上げてても不思議じゃないだろ」
「それに関しては、うちでも議論したんです。お父さんは『ポグバ家も世間に恥を晒したくないから、金で穏便にしたんだろ』って、推測してたんですけど……」
「世間に知られないよう取り繕ったところで、結局は社交界で噂は広まってるんだろ? 妙だと思わんのかい?」
「確かに、そうですね……」
そして、写真を持ち込んだホテルの受付であるトーマスについても、テレさんは“怪しい”と踏んでいた。
不倫をしていた貴族が、不貞現場となったホテルの従業員からリークされる案件は過去に何度かある。私を含めた家族は、今回もその類だと思っていた。
「それにしても、リークしたトーマスが退職して行方不明ってのが、偶然にしちゃ話が出来過ぎてる。第一、パパラッチが潜入するにしても、不貞現場を抑えたいなら、もっと人目に付きずらいホテルを狙うはずだ。そんな駅近のホテルに居たって、簡単にスキャンダルなんか抑えられないだろ」
彼女の言うことは最もだった。
さらにトーマスがパパラッチでなかったとしたら、高価な撮影器を所持してることも不審な点だと挙げてきた。
そうなると、泥酔した男性までもが、私をホテルに誘導するための工作員だったのかも知れない。
「とにかくポグバ家がこの件について、“第三者からの深掘り”を避けてる可能性は高いと見たよ。真相を探られる前に、アンタが海外へ行っちまえば有耶無耶で済んじまうがね」
民主化が進んでも、未だに伝統を強く重んじる貴族社会では、婚前性交に対する嫌悪感が根強く残っている。ましてや浮気をやらかした令嬢なんて、娼婦になるか海外に転身する他、生きる道はない。
そして、私が海外へ行くということは“もはや浮気を認めるも同然だ”、とテレさんが指摘する。
「突然婚約破棄を突きつけられたアンタらは、相当冷静さを失ってるようだね。家族揃って浮き足立ってるようじゃ、色んなことを見落としちまうよ」
痛烈なアドバイスを受けた私は、反省するようにしゅんと俯いた。
こんなこと、今まで誰にも相談なんて出来なかった。写真を激写された日に夕食を共にした友人とも、合わす顔なんてないし……。
「か、仮にこれが仕組まれていたものだとして、私はどうしたらいいのでしょう……?」
「んなもんワタシに聞くなッ! 自分のことだろ、このマヌケッ!」
叱責された途端、「す、すいませんッ!」と条件反射のごとく謝る。
「ちなみにワタシだったら、ポグバ家をとことん追い込んで、完膚無きまでにブッ潰すね! 尊厳を踏みにじられたんなら当たり前だろ? カッカッカ!」
こ、怖いです。
陰惨じみた高笑いするテレさんを、唖然として眺める私。すると彼女は、おもむろに椅子から立ち上がった。
「さて……次はアイツだ」
と言って、スティーブさんが眠る寝室へと入ってく。その行方を目で追った矢先。
「何呑気に寝てんだい! とっとと起きんかこの空き巣野郎ッ!」
「ぐふぁッ!」
えーッ!?
さっき『寝てなッ!』って自分で言ってたのに!
突如寝室から聞こえてきた声に仰天した私は、慌てて扉を開いた。すると、テレさんが杖でスティーブさんの顔面を、ベシベシと思いっきり叩いている姿が目に飛び込んできた。叱る気力あるじゃん!
「痛てててッ、何すんだよばあちゃん!」
ベッドで横になりながら、必死に腕で顔をガードするスティーブさん。
すかさず2人の間に割って入り、両手を広げて「テレさん待って!」と声を上げる。すると、肩で息をするテレさんが、振り上げていた杖を下ろした。
「はぁはぁ……ウチの躾は、昔から体罰って決まってんのさ……アンタに文句は、言わせないよ」
「それでもスティーブさんは怪我人です! 殴るなら、彼に『空き巣のことは黙っておこう』と提案した、私を殴って下さい!」
懸命に訴えると、テレさんはギラギラした瞳を瞬きさせて「……ソイツをこっちに連れてきな」とぼやくように指示し、ダイニングへと戻っていった。
スティーブさんの身体が丈夫になったワケを理解した私。扉が閉まったのを確認し、振り向いて彼に話しかける。
「スティーブさん、大丈夫!?」
口を開けて愕然としていた彼は「あ、ああ」と端的に返してきた。
「ごめんね……テレさんに、全部話しちゃったの」
と、彼の手を握りしめる。砂浜で握った時と、同じ温もりを感じた。
「ははは、いいんだよそんなこと! それより、こんな丁寧に手当してくれてありがとな。驚いたよ」
私の不安を払拭するように、スティーブさんがニコリと笑って見つめくる。私は照れを隠すように下を向いた。
「私、看護師の資格持ってるの。それが役に立って、本当に良かったよ……」
看護師資格を取ろうと思った理由――それは、私が子供の頃に起きた、ある出来事が起因だった――。
スティーブさんが見た、私の写真を撮影した農家さんの畑でのこと。
小さい頃からお手伝いに行っていた私が、たくさんの穀物が入った籠を持ち上げると、おじさんが「力あるな~!」と褒めてくれた。
「えへへ、すごいでしょ~! おじさんだって持ち上げられるよ!」
男子顔負けの力持ちだった私は気を良くして、今度はおじさんを後ろから抱きかかえて、持ち上げようとした。
「まだマエルには無理じゃろ~」
「ん~ッ、そんなことないもん!」
侮ってこられて意地になった私は、頭に血が昇りながらも、何とかおじさんの足先を浮かせることが出来た。
「……おおッ!? すごいじゃないかマエル!」
しかし、フラッとバランスを崩した私は――華麗な弧を描いたバックドロップを決めてしまった。
地面にゴンッと叩きつけられたおじさんは「へぶひ」という断末魔を上げ、首が絶妙な方向へ曲がっていた。
気が動転して慌てた私は、近くの農家さんに助けを求めた。そして、病院へ緊急搬送されたおじさんは頸椎捻挫と診断される。
後遺症などは残らなかったものの、白目を剥いて泡を吹くおじさんを前に、何も出来なかった自分の無力さを嘆いた。
それと同時に、病院でテキパキと働く看護師さんを目の当たりにした私は、
看護師になって、誰かの役に立ちたい。
と思い立ったのだった――。
その逸話を聞かせると、スティーブさんは、
「そ、そうだったんだ……」
と、物思いにふける顔をした。バックドロップに対しての反応が妙に薄い気がするけれど、私は彼の手を握った。
「でも、本当にビックリしたんだよ? 一瞬、“死んじゃうかも”とか思っちゃった」
「心配かけちまってごめんよ。でもこの通り、マエルのおかけでもう全然平気さ!」
一変して、彼が満面の笑みでガッツポーズを見せてくる。安堵して微笑み返した、その瞬間――彼はその両腕で、私を優しく抱き寄せてきた――。
即座にテレさんの怒号が鳴り響く。
突然の大声に驚愕した私を他所に、眠気まなこのスティーブさんは寝ぼけているのか、「ムニャ」と呟いて、再び寝てしまった。
「テ、テレさん、良いんですか?」
「いいんだよ寝かせときゃ。ここからはダイニングに移動して話そう。正座してんのも辛いだろ」
「は、はい」
スティーブさんに聞かれたくないのかな?
そう疑問に思いつつもけっこう脚が痺れていたので、彼女の心遣いは有り難かった。
寝室の扉を開けて、テレさんをダイニングへ通す。テーブル席に着いた彼女は「まだビーフシチューは温めなくていい」と指示してきた。「はい」と返事をして私も着席し、話題に戻る。
「あの、さきほど『気に入らない』と仰っていたのは……?」
「モリス卿のことさ」
「お父さん、ですか?」
少し間を置いたテレさんがコクリと頷く。
「貴族社会での醜聞を嫌って、カスカリーノ家が無実のマエルを海外へトンズラさせるってのは、あまりにも安直過ぎやしないかい? 男爵位が聞いて呆れるわ」
「いえ、でも、相手方の誤解を解くことが出来ないから――」
「だからって泣き寝入りすんのかいッ! それじゃ相手の思う壺やろがい!」
遮ってきたテレさんがアイスブルーの大きな瞳を、これでもかと見開いて主張してきた。
「お、思う壺って……何を仰りたいのですか……?」
「話を聞く限り、どうも“きな臭い”匂いがプンプンして仕方がないんだよ。どんな思惑かなんてのは知ったこっちゃないが、明らかにポグバ家の対応には、裏があると見たね」
私の問いに自信満々で応えたテレさんは、まず今回の婚約破棄騒動が新聞沙汰になってないことへの疑念を抱いていたらしい。
「アンタがうだつの上がらない男爵令嬢だとしても、ポグバ子爵家のキリアンは『セントラルフーズ』の次期社長を担う御曹司だ。最低でも現時点で、地元新聞社が取り上げてても不思議じゃないだろ」
「それに関しては、うちでも議論したんです。お父さんは『ポグバ家も世間に恥を晒したくないから、金で穏便にしたんだろ』って、推測してたんですけど……」
「世間に知られないよう取り繕ったところで、結局は社交界で噂は広まってるんだろ? 妙だと思わんのかい?」
「確かに、そうですね……」
そして、写真を持ち込んだホテルの受付であるトーマスについても、テレさんは“怪しい”と踏んでいた。
不倫をしていた貴族が、不貞現場となったホテルの従業員からリークされる案件は過去に何度かある。私を含めた家族は、今回もその類だと思っていた。
「それにしても、リークしたトーマスが退職して行方不明ってのが、偶然にしちゃ話が出来過ぎてる。第一、パパラッチが潜入するにしても、不貞現場を抑えたいなら、もっと人目に付きずらいホテルを狙うはずだ。そんな駅近のホテルに居たって、簡単にスキャンダルなんか抑えられないだろ」
彼女の言うことは最もだった。
さらにトーマスがパパラッチでなかったとしたら、高価な撮影器を所持してることも不審な点だと挙げてきた。
そうなると、泥酔した男性までもが、私をホテルに誘導するための工作員だったのかも知れない。
「とにかくポグバ家がこの件について、“第三者からの深掘り”を避けてる可能性は高いと見たよ。真相を探られる前に、アンタが海外へ行っちまえば有耶無耶で済んじまうがね」
民主化が進んでも、未だに伝統を強く重んじる貴族社会では、婚前性交に対する嫌悪感が根強く残っている。ましてや浮気をやらかした令嬢なんて、娼婦になるか海外に転身する他、生きる道はない。
そして、私が海外へ行くということは“もはや浮気を認めるも同然だ”、とテレさんが指摘する。
「突然婚約破棄を突きつけられたアンタらは、相当冷静さを失ってるようだね。家族揃って浮き足立ってるようじゃ、色んなことを見落としちまうよ」
痛烈なアドバイスを受けた私は、反省するようにしゅんと俯いた。
こんなこと、今まで誰にも相談なんて出来なかった。写真を激写された日に夕食を共にした友人とも、合わす顔なんてないし……。
「か、仮にこれが仕組まれていたものだとして、私はどうしたらいいのでしょう……?」
「んなもんワタシに聞くなッ! 自分のことだろ、このマヌケッ!」
叱責された途端、「す、すいませんッ!」と条件反射のごとく謝る。
「ちなみにワタシだったら、ポグバ家をとことん追い込んで、完膚無きまでにブッ潰すね! 尊厳を踏みにじられたんなら当たり前だろ? カッカッカ!」
こ、怖いです。
陰惨じみた高笑いするテレさんを、唖然として眺める私。すると彼女は、おもむろに椅子から立ち上がった。
「さて……次はアイツだ」
と言って、スティーブさんが眠る寝室へと入ってく。その行方を目で追った矢先。
「何呑気に寝てんだい! とっとと起きんかこの空き巣野郎ッ!」
「ぐふぁッ!」
えーッ!?
さっき『寝てなッ!』って自分で言ってたのに!
突如寝室から聞こえてきた声に仰天した私は、慌てて扉を開いた。すると、テレさんが杖でスティーブさんの顔面を、ベシベシと思いっきり叩いている姿が目に飛び込んできた。叱る気力あるじゃん!
「痛てててッ、何すんだよばあちゃん!」
ベッドで横になりながら、必死に腕で顔をガードするスティーブさん。
すかさず2人の間に割って入り、両手を広げて「テレさん待って!」と声を上げる。すると、肩で息をするテレさんが、振り上げていた杖を下ろした。
「はぁはぁ……ウチの躾は、昔から体罰って決まってんのさ……アンタに文句は、言わせないよ」
「それでもスティーブさんは怪我人です! 殴るなら、彼に『空き巣のことは黙っておこう』と提案した、私を殴って下さい!」
懸命に訴えると、テレさんはギラギラした瞳を瞬きさせて「……ソイツをこっちに連れてきな」とぼやくように指示し、ダイニングへと戻っていった。
スティーブさんの身体が丈夫になったワケを理解した私。扉が閉まったのを確認し、振り向いて彼に話しかける。
「スティーブさん、大丈夫!?」
口を開けて愕然としていた彼は「あ、ああ」と端的に返してきた。
「ごめんね……テレさんに、全部話しちゃったの」
と、彼の手を握りしめる。砂浜で握った時と、同じ温もりを感じた。
「ははは、いいんだよそんなこと! それより、こんな丁寧に手当してくれてありがとな。驚いたよ」
私の不安を払拭するように、スティーブさんがニコリと笑って見つめくる。私は照れを隠すように下を向いた。
「私、看護師の資格持ってるの。それが役に立って、本当に良かったよ……」
看護師資格を取ろうと思った理由――それは、私が子供の頃に起きた、ある出来事が起因だった――。
スティーブさんが見た、私の写真を撮影した農家さんの畑でのこと。
小さい頃からお手伝いに行っていた私が、たくさんの穀物が入った籠を持ち上げると、おじさんが「力あるな~!」と褒めてくれた。
「えへへ、すごいでしょ~! おじさんだって持ち上げられるよ!」
男子顔負けの力持ちだった私は気を良くして、今度はおじさんを後ろから抱きかかえて、持ち上げようとした。
「まだマエルには無理じゃろ~」
「ん~ッ、そんなことないもん!」
侮ってこられて意地になった私は、頭に血が昇りながらも、何とかおじさんの足先を浮かせることが出来た。
「……おおッ!? すごいじゃないかマエル!」
しかし、フラッとバランスを崩した私は――華麗な弧を描いたバックドロップを決めてしまった。
地面にゴンッと叩きつけられたおじさんは「へぶひ」という断末魔を上げ、首が絶妙な方向へ曲がっていた。
気が動転して慌てた私は、近くの農家さんに助けを求めた。そして、病院へ緊急搬送されたおじさんは頸椎捻挫と診断される。
後遺症などは残らなかったものの、白目を剥いて泡を吹くおじさんを前に、何も出来なかった自分の無力さを嘆いた。
それと同時に、病院でテキパキと働く看護師さんを目の当たりにした私は、
看護師になって、誰かの役に立ちたい。
と思い立ったのだった――。
その逸話を聞かせると、スティーブさんは、
「そ、そうだったんだ……」
と、物思いにふける顔をした。バックドロップに対しての反応が妙に薄い気がするけれど、私は彼の手を握った。
「でも、本当にビックリしたんだよ? 一瞬、“死んじゃうかも”とか思っちゃった」
「心配かけちまってごめんよ。でもこの通り、マエルのおかけでもう全然平気さ!」
一変して、彼が満面の笑みでガッツポーズを見せてくる。安堵して微笑み返した、その瞬間――彼はその両腕で、私を優しく抱き寄せてきた――。
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