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3.レオナルド

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「麻薬の密輸……ですか」
「ああ。どうやら何処かの組織が、ウチの貿易船を利用して国内に運び入れているようだ」

 夜、書斎に呼び出された俺は、顰めっ面でそう嘆く父上の言葉に、驚きを隠せなかった。

 港を含んだ広大な敷地を領地とするディマルク侯爵家は、長らく忠誠を誓ってきた国王陛下からの信頼も厚い。貿易業を営みながら、すさまじく高額な税金も国へ納めている。
 そんな我が家の信頼を、失墜しかねない事案が起こっていたとは。

 重厚な書斎机に座した父上が、ゆっくりと背もたれに寄りかかる。

「これは由々しき事態だ。その組織を早急に見つけ出して捕らえねばならない。陛下の耳に入る前にな」
「つまり、内部捜査で穏便に解決する、ということですか」
「無論だ。此度の件を警察に頼ることは出来ない。ディマルク家の命運が掛かっているこの事案は、レオナルド……お前に委ねたい」

 厳格な雰囲気を放つ父上の視線が突き刺さる。何と言う重圧だろうか。しかし、ここで退くことなど出来ない。

「かしこまりました。ご期待に添えるよう尽力致します」

 書斎を後にして自室へ入ると、音を立てないようゆっくり扉を閉めた。そのまま扉に背中を預けて腕を組む。

 何と言うことだ……。
 ルナが大変なことになっているという時に。

 彼女が結婚式の当日に、婚約者のアレンから婚約破棄されたという話を耳にした途端、怒りの余り壁を殴りつけて穴を開けてしまった俺。

 幼馴染の哀しむ顔が、脳裏に思い浮かんでくるようだ――。

 ルナとの出会いは7歳の頃。

 季節が暑くなると毎年、俺は幼い頃から両親に連れられて、避暑地となるマルキの領地へ訪れていた。
 綺麗な小川が流れ、緑豊かな農園が広がる大地。心が浄化されるような気がして、大好きな場所だった。

 小川の上流で遊んでいると、木陰から少女が覗き込んでいるのが見えた。そんな彼女に、微笑んで声をかけてみる。

「おいでよ。一緒に遊ぼ」

 すると、少女は太陽のような笑顔で「いいのー!?」と駆け寄ってきた。それがルナとの出会いだ。

 臆病な俺とは真反対の性格をしていたルナは、崖の上から湖へ飛び込むのなんて当たり前のようにやってのけた。
 そんな彼女と遊んで過ごす日々は、とても楽しかった――。

 年月が経ち、ルナが1つ下の学年でパレルノ学園に入学してきた。
 昔こそよく遊んでいたが、かれこれ5年くらい会っていなかった彼女を見た俺は、その大人びた変わりように思わず見惚れてしまった。

 夜空に浮かぶ一筋の流れ星のように青みがかったセミロングの髪と、月の光を纏ったような白いな肌。子供の頃から愛嬌はあったが、より神秘的な輝きを放つ清楚な女性となっていたからだ。

「そんなこと言われたって、形だけでも淑女らしくしないとダメでしょ?」
「ルナには淑女なんて言葉自体が似合わないだろ」
「はい。今けっこう傷ついたから、罰として私が卒業するまでパフェ奢って」

 しかし、ルナの中身は変わっていなかった。裏表のない性格で男勝りな部分はあるが、一緒にいてホッとする。

 その日からルナを意識し始めた俺だったが、今思えば――恋に目覚めていたんだろう。

 そんな矢先だった。

 「話したいことがある」とルナから言われ、放課後に待ち合わせをした時。生徒会の会議があるため、彼女を教室で待たせていた。
 ルナが待つ教室の引き戸を開けようとした際、扉の小窓から彼女が机で一生懸命に勉強していたのが見えた。試験が近かったからか。

「あ……レオ~、遅いよ!」

 ルナの笑顔を見た瞬間――今までなかなか決心が付かなかった俺は、やっと彼女に告白しようと決意した。

 校舎の屋上へ上がり、手摺りに寄りかかった2人。夕陽を眺めながら、俺が「話したいことって何だ? 悩みでもあるのか?」と尋ねてみると。

「私さ……今日、アレン様と付き合うことになったんだ」
「え、ききき今日ッ!?」
「そうだよ? まぁ、正式じゃないけど婚約って感じかな」

 ハンマーで後頭部を打撃されたかのような衝撃を受けた。
 すぐに返事を返せなかったが、表情が歪みそうだったのを辛うじて堪える。

「そ、そうか……良かったな。幸せになれよ」
「あ~、もしかして妬いてる~? レオったら可愛い~」
「じ、冗談言うな。」

 何でよりにもよって今日なんだ。
 なぜ俺はもっと早く……想いを伝えなかったんだ。

 侯爵家の俺と子爵家のルナでは家格が離れており、そこで恋仲になると伯爵家の女生徒から“ルナがイジメられるのではないか”と、余計な心配をしていた。

 それが躊躇いを生んだ一つの要因だが、そんなものは関係ない。

 馬鹿過ぎだ俺は。
 ただ、彼女を守ってやればいいだけの話だっただろ。
 後悔しても、もう遅いか……。

 これは運命の悪戯なんかではない。この結果を生んだのは紛れもなく自分の責任だ――。

 それからはルナを忘れるため、俺は何かに取り憑かれたように必死で勉強した。経営学、商学、会計学、造船学、構造力学もろもろ。
 婚約したルナとの接触をなるべく避け、雑念を追い払うためにひたすら体も鍛えまくった。しかし、時折家を経由してくる縁談は即行で断った。

 彼女を越える存在と出逢えるまでは、結婚など考えられなかった――。

 そんなルナが、今悲しんでいる。

 アレン・バストーニか。

 2年前。
 政府の方針である外交緩和政策として、ディマルク家を筆頭にフィラリア国内の商会代表者達が集まり、遥か北方の国へ団体渡航した際。
 皇室に誘致された皆が真面目に商談を進めていた中、ヴェロンについて来たアレンは、現地の女性達と呑んだくれていた印象しかない。
 そして、そのヴェロンがトップを担うバストーニ商会は、最近になって“悪質かつ強引な手法を使う”という噂を耳にするほど、なんとも不穏な影が見え隠れする怪しい組織。

 親がそんなんだから、息子も駄馬なんだろう。
 ルナが婚約破棄されたのは、不幸中の幸いじゃないのか?

 しかし、彼女の元へはすぐにでも励ましに行ってやりたいところ。再びチャンスが巡ってきた――何て安心している自分がいるのも確か。

 とはいえ、麻薬の件を捨て置く訳にもいかない。父上の期待を受けているのに、浮かれている場合じゃないんだ。

 俺は父から手渡された『貿易に携わる業者リスト』を眺めていた。そこには、父が“怪しい”と踏んでいる業者に赤ペンでチェックが入れられている。

 その業者の中に、ラ・コルネという宝石店の名があった――。
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