上 下
5 / 15
意地悪なお義母様が呪われてしまいました

最終話

しおりを挟む
 馬車が総出で病院へ向かった一方。

 ミレイユは一人、礼拝堂へ向けて汗だくになりながらも走り続けていた。

 何度小石に躓いて転んでも、体のあちこちを擦りむいても、彼女は精一杯走り続けた。

 その華奢な手に、エメラルド石が輝くネックレスを力強く握り締めながら――。

 この国では結婚式前日に義母から許嫁へ装飾品を贈る風習があり、装飾品の主役となる宝石の色によって、相手へ伝わる意味合いも変わってくる。

 息子の瞳と同色なら『結婚する二人の永遠の愛を願う』。
 義母の瞳と同色なら『嫁と姑の間で末長い絆が結ばれることを願う』。

 ミレイユに贈呈されたエメラルドは、ジルダの瞳と同色だった。

 お義母様を、助けなきゃ……。

 この身が朽ち果てても構わない、必ずお義母様を救い出す――ジルダの姿を見たミレイユは“何者かの手によってお義母様に呪いが掛けられた”と思い違いをしていた。

 そして、あの術を受けてしまうと命は長く持たないことを彼女は知っている――。

 礼拝堂に到着したミレイユが酷く息を切らしながらも膝をつき、翼の生えた女神像に祈りを捧げる。

「お母様、もう私は聖女の力など欲しません。ですからどうか……どうか、お義母様を降りかかる災いからお救いください」

 心からそう願った瞬間――手に持って捧げていたエメラルドのネックレスに眩い光が灯り始めた。

「……え!?」

 途端、身体の芯からポカポカと温まる感覚に包まれ、よく目を凝らすと――緑のオーラが自分の身体を覆っていることに気づく。

 不思議に思ったミレイユが女神像を見遣ると、無表情だった女神像の口元がどこか微笑んでいるように見えた――。

 しばらくしてミレイユが病室に駆け込むと、すでにベッドの上では危篤状態のジルダが虫の息をしていた。
 その周囲にはエンリコや従者達が、なす術もなく神妙な面持ちで俯いている。

「……お義母様!! しっかりして下さい!!」

 ジルダの元へ向かったミレイユが目を瞑り、ゆっくり手をかざす――そして、奇跡は起きた。

 瞬く間にジルダの頬から皺が消えていき、か細くなった手脚も元に戻っていくではないか。

 『信じられない』と言わんばかりの表情で、その様子をただただ傍観するしか出来ないエンリコ達。

 それからほんの数秒後、ジルダは完全に呪術がかかる前の姿に回復してしまった。

 眠っていたジルダがおもむろに瞼を開けると、目尻に涙を浮かべるミレイユの顔が目に入る。

「ミレイユ……」

「お義母様、良かった……本当に良かった」

 抱きついてきた彼女に、ジルダは「……ミレイユ、ごめんなさい」と、優しい温もりのある身体を泣きながら抱き締めた。

 こうして一連の騒動は、ミレイユの他に類を見ない呪術すら解ける“聖女覚醒”によって幕を閉じた――。

 その後。

 均衡していた辺境地での争いも終止符が打たれ、隣国との戦いに見事勝利したウィリアムが、バルトと共に笑顔で帰ってきた。

「……ミ、ミレイユ。少し見ない間になんか、綺麗さに磨きがかかってないか?」

「え、そんな風に見えます!?」

 呪術騒動の件では、エンリコがバルトに対して「全ては私の責任です」と自ら打首を申し出た。
 しかしバルトは全く動じず「そんなことで優秀な君を失いたくはない。これからも私達の側で精進して欲しい」とだけ返し、彼へのお咎めは無しとなった。

 それからいくらも日が経たないうちに、ミレイユのお腹で待望の妊娠が発覚。フォレスター家内で歓喜の嵐が巻き起こる――。

 数年後のある日。

 中庭では、透き通る甲高い声が鳴り響いていた。

「ミレイユ、そんな浅く掘ってもダメでしょって!! もうこの指摘三回目よ!!」

「あう、申し訳ございません……」

 ミレイユとジルダの二人だけの手によって植えられた、多くのポセンチア達。それらは赤い花を咲かせるはずだった。

 しかし、いざ時期となって花開くと――ミレイユの瞳と同色である、サファイアブルーで中庭一面をそれはそれは鮮やかに埋め尽くした。

 摩訶不思議な現象を目の前にしたジルダは、訝しむ表情を浮かべて腕を組んだ。

「あら? 予定と全然違うけど、青もけっこう素敵じゃない……ねぇミレイユ」

「はい、お義母様!」

 二人の後ろでは、小さな男の子を抱えるウィリアムが満面の笑みをするエンリコと顔を見合わせて、静かに微笑んだ。

 そうして、その後もミレイユ達は家族みんな仲睦まじく、とても幸せに暮らしたそうな――。

 fin
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

50歳前の離婚

家紋武範
恋愛
 子なしの夫婦。夫は妻から離婚を切り出された。  子供が出来なかったのは妻に原因があった。彼女はそれを悔いていた。夫の遺伝子を残したいと常に思っていたのだ。  だから別れる。自分以外と結婚して欲しいと願って。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...