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4.お告げ
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それから数日間、レイス様が占いの小屋に訪れることはなかった。
その間、屋敷でも食事が喉を通らない日が続き、侍女長が心配そうな眼差しで話しかけてきた。
「お嬢様、大丈夫ですか? 体調がよろしくなさそうですが」
「うん……心配しないで。ありがとう」
あの日から覚悟は決めていた。レイス様からコンタクトはないものの、“友人“の説得は届いていないだろうと直感で悟っているから――。
そしてその翌日。ついにレイス様から「大事な話がある」とお呼びがかかった。向かった先は見晴らしのいい丘で天気も良く、そよ風が心地の良い日。
侍女を離れた所に待機させて待っていると、レイス様がお一人で歩いて来られた。
「待たせたな」
「いえ……そんなことございません。私もたった今着いたところですから」
「そうか。しかしいい天気だな。ここからの眺めが好きで、たまに来て黄昏れるんだ」
「そうだったんですか……」
町を見渡せるこの丘が、レイス様のお気に入りなのは知っている。私ではなく『占い師』が聞いたことだけど。
「レイス様……大事なお話しというのは、何でございましょう」
そう訊くと、レイス様は眉を顰めて黙り込んだ。
鼓動の脈打つ音が、こんなにも聞こえたのは初めて。ここから逃げ出したいと思うせいか、膝に余計な力が入って震えてしまう。
すると、レイス様が綺麗な蒼い瞳で私を見つめてきた。
「アイシャ……俺との婚約を……破棄して欲しい」
「……え?」
「急に身勝手なことを言って、本当に申し訳ない。だが……俺は君と結婚することは出来ない」
腰まで伸びた髪がそよ風で揺れるのを耳元で押さえながら、私の眼からは涙が溢れた。
期待してなかった訳じゃない。この数日間、レイス様は悩んだと思う。
もしかしたら『私の気持ちを聞いてから判断しよう』と、“友人“の説得を思い出して心変わりしてくれるんじゃないかと、淡い希望を持っていた。
仮に気持ちを聞かれた時の返事も考えていた。
私は、レイス様を愛しております。
そう伝えるはずだった――。
「……何か……私に至らないとこが……ありましたでしょうか……もしそうなら……今すぐ直します」
レイス様が目を見開いて驚かれている。私の反応がよほど意外だったのだろう。
「そんなことはない。問題は君ではなく、俺の気持ちの方にある」
「……レイス様の……お気持ちですか?」
嫌だ。
「ああ……実は」
聞きたくない。何を言うか分かっていたとしても。
「他に好きな女性が出来てしまったんだ。まだその人に気持ちは伝えてないが、君と決着を付けなければ……俺は前に進めない」
やめてよ。
「そんなに……そのお方を好いておられるのですか?」
そんなこと聞いて何になる。
「ああ……いつも俺の頭の中には、その人がいる」
「そうですか……レイス様がそうおっしゃるのなら……致し方ありませんね」
こんな時に限って、他人事のように大人ぶって潔いような言い回しをしてしまう。
「本当にすまないと思っている。君には俺より似合う男がいるはずだ」
「ご心配おかけして申し訳ございません……私のことは気にせず……どうか、お幸せになってください」
ハンカチで涙を拭いながら、私はレイス様に背を向けた。これ以上、彼と向き合うことが出来ない。
レイス様は私の背後に向かい、そっと小声で「許してくれ」と囁き、その場を後にした――。
貴族の娘として生まれたのに、一般人と同じように恋愛してみたいなど“夢“をみたのがそもそもの間違い。
いいじゃない。また元に戻っただけだと思えば。
占いは……もうあの場所では出来ないかな。荷物……片付けないと。
婚約破棄されたことが父に知れたら、どんなことになるのかな。父が苦労して組んだ縁談は、私のせいで頓挫した。簡単には……許してもらえないだろうな。
レイス様は、今どんな気持ちなんだろう。
もう……私のことなど、頭から消えてしまったのかな――。
その間、屋敷でも食事が喉を通らない日が続き、侍女長が心配そうな眼差しで話しかけてきた。
「お嬢様、大丈夫ですか? 体調がよろしくなさそうですが」
「うん……心配しないで。ありがとう」
あの日から覚悟は決めていた。レイス様からコンタクトはないものの、“友人“の説得は届いていないだろうと直感で悟っているから――。
そしてその翌日。ついにレイス様から「大事な話がある」とお呼びがかかった。向かった先は見晴らしのいい丘で天気も良く、そよ風が心地の良い日。
侍女を離れた所に待機させて待っていると、レイス様がお一人で歩いて来られた。
「待たせたな」
「いえ……そんなことございません。私もたった今着いたところですから」
「そうか。しかしいい天気だな。ここからの眺めが好きで、たまに来て黄昏れるんだ」
「そうだったんですか……」
町を見渡せるこの丘が、レイス様のお気に入りなのは知っている。私ではなく『占い師』が聞いたことだけど。
「レイス様……大事なお話しというのは、何でございましょう」
そう訊くと、レイス様は眉を顰めて黙り込んだ。
鼓動の脈打つ音が、こんなにも聞こえたのは初めて。ここから逃げ出したいと思うせいか、膝に余計な力が入って震えてしまう。
すると、レイス様が綺麗な蒼い瞳で私を見つめてきた。
「アイシャ……俺との婚約を……破棄して欲しい」
「……え?」
「急に身勝手なことを言って、本当に申し訳ない。だが……俺は君と結婚することは出来ない」
腰まで伸びた髪がそよ風で揺れるのを耳元で押さえながら、私の眼からは涙が溢れた。
期待してなかった訳じゃない。この数日間、レイス様は悩んだと思う。
もしかしたら『私の気持ちを聞いてから判断しよう』と、“友人“の説得を思い出して心変わりしてくれるんじゃないかと、淡い希望を持っていた。
仮に気持ちを聞かれた時の返事も考えていた。
私は、レイス様を愛しております。
そう伝えるはずだった――。
「……何か……私に至らないとこが……ありましたでしょうか……もしそうなら……今すぐ直します」
レイス様が目を見開いて驚かれている。私の反応がよほど意外だったのだろう。
「そんなことはない。問題は君ではなく、俺の気持ちの方にある」
「……レイス様の……お気持ちですか?」
嫌だ。
「ああ……実は」
聞きたくない。何を言うか分かっていたとしても。
「他に好きな女性が出来てしまったんだ。まだその人に気持ちは伝えてないが、君と決着を付けなければ……俺は前に進めない」
やめてよ。
「そんなに……そのお方を好いておられるのですか?」
そんなこと聞いて何になる。
「ああ……いつも俺の頭の中には、その人がいる」
「そうですか……レイス様がそうおっしゃるのなら……致し方ありませんね」
こんな時に限って、他人事のように大人ぶって潔いような言い回しをしてしまう。
「本当にすまないと思っている。君には俺より似合う男がいるはずだ」
「ご心配おかけして申し訳ございません……私のことは気にせず……どうか、お幸せになってください」
ハンカチで涙を拭いながら、私はレイス様に背を向けた。これ以上、彼と向き合うことが出来ない。
レイス様は私の背後に向かい、そっと小声で「許してくれ」と囁き、その場を後にした――。
貴族の娘として生まれたのに、一般人と同じように恋愛してみたいなど“夢“をみたのがそもそもの間違い。
いいじゃない。また元に戻っただけだと思えば。
占いは……もうあの場所では出来ないかな。荷物……片付けないと。
婚約破棄されたことが父に知れたら、どんなことになるのかな。父が苦労して組んだ縁談は、私のせいで頓挫した。簡単には……許してもらえないだろうな。
レイス様は、今どんな気持ちなんだろう。
もう……私のことなど、頭から消えてしまったのかな――。
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