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最終話★
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仲良く手を繋ぎながら家に戻った二人は、ベットに腰を下ろして肩を並べた。
とろけるように見つめ合う二人の間に、如何なる者も立ち入れない聖域にも似た雰囲気が漂い始める――。
深い愛と固い絆が交錯する、静寂に包まれる夜。
優美な快楽の瞬間、永遠の愛を誓った二人の身体は歓喜の花を咲かせる。互いの指先が織りなす舞いは甘美な旋律を奏で、吐息は体表を這うような微風のささやきと交わり、人肌に宿る温もりが湧き出る泉の如く心を潤す。
官能の甘い薫りが身体を芯まで包み込み、柔らかな愛の波が押し寄せると、優しさと共鳴する光輝な時間はゆっくりと流れ始める。肉体は幸福の庭園へと導びかれ、心地の良い安堵に身を委ねる。
情熱が交差する神聖な舞台で喜びの火花は舞い散り、歓喜と熱狂の渦が心を駆け巡る。
愛情と闘志に満ち溢れた煌めく星々が生命の源となる宇宙へ注ぎ込まれると、途端に意識は快楽の先にある神秘的な絶頂の境地へと達する。羅針盤を手に入れた方舟は天にも昇る軽やかさで陽炎となって火照り、安らぎに酔いしれる魂には穏やかな奇跡が寄り添う。
夜明けを告げる暁が暗闇の空を紅く染める頃。全身を巡り抜けて愛の絆をより深めた愉悦は、二人の間で末永く語り継がれる花園の楽譜となる――。
『寝顔が見たいから、貴方が眠るまで起きていたい』
ローランドは何度も何度も口付けを迫る妻に腕枕をし、彼女の頭を優しく撫で続けていた。そして、我慢の限界に達した妻の目がとろけて、安らかな眠りに落ちるのを見届ける。
未だかつて、妻がこんなにも幸せそうな表情で眠っていたことがあっただろうか。
最後、その可愛らしい額に軽く口付けをし、彼は長い一日を終えて深い眠りについた――。
その頃。
天界の宮殿に帰宅したテラディアは、廊下をあちこちと走り回るユピシオンの姿を発見した。どう見ても思いっきり挙動不審である。
チッ、ウロチョロと何やってんだあいつは……またなんか企んでるな。
すると、腕を組んで目を糸のように細めるテラディアに気付いたユピシオンが、汗だくでハッとさせた表情のまま駆け寄って来た。
「おいテラディア、どこほっつき歩いてたんだ!? 随分と探し回ってしまったではないか!」
「は? 別にどこだっていいでしょ? 貴方の方こそ、どうせ他の女と遊び呆けてるものかと思ってたし」
目線を逸らしながら肩をすくめる妻に対し、ユピシオンは真顔で返した。
「何寝ぼけたことを言っているんだ? そんなことより昨日、一日かけて世界の大陸を跨ぐ“虹の架け橋”を作ったのだ。そこの頂上席に世界各地から集めた、美味な果実達を用意してあるから、早く行くぞ」
唐突に手を掴んで引っ張ってきた夫を、テラディアは動揺しながら振り解きつつ、怪訝な顔で尋ねてみる。
「ま、待って! 急に何よ? 一体どういう風の吹き回し?」
「まさか忘れたのか? 今日はお前と“初めて口付けを交わした記念日”だろ。そんな大事な日に、他の女共と遊ぶワケなかろう」
「……えぇ!?」
夫から思ってもみなかった言葉を受けたテラディアの心臓が、爆発しそうなほどに脈を打つ。うっとりとする頬を真っ赤に染めつつも、驚きの余り言葉を失ってオドオドする。
「何を黙っているんだ? 行くのか行かないのかハッキリしろ。早くしないと架け橋が消えてしまう」
「い、行ってあげてもいいですけど!? でも……抱っこして連れ行ってくれなきゃ嫌……」
「抱っこ?」
「あ、あと……チ、チューもたくさんして欲しい……です……ダメ? ……だよね?」
両手を腰の後ろに回して清純な乙女のようにモジモジとする妻に、ユピシオンが肩を落としながらフッと鼻息を漏らす。
「やはりどの女神と見比べても、私の妻が断トツで美しい」
あどけない笑顔を見せたユピシオンは、妻の芸術的な曲線を描く腰を抱き寄せ――爽やかな口付けをした。
「……もう~!! ホントにやり口が汚――ひゃ!?」
ユピシオンが言葉を阻むように、照れて赤面する彼女の体を軽く“ヒョイ”と持ち上げた。
「もう黙れ。行くぞ、楽園の彼方まで――」
宙にフワリと浮かんだユピシオンは、嬉しそうに抱き付いて微笑む妻と共に――金色の髪を靡かせながら、颯爽と晴天の空へと駆け上っていった――。
一ヶ月ほど経過した、ある日の朝。
“トントントントン……”。
カミーユがいつものように軽快な包丁捌きで野菜を切り、朝食を作っていた時だった。
え、気持ち悪……。
米を炊く匂いに、何やら嗚咽感を覚えたカミーユ。
彼女は前々から食欲の低下や胸がやたら張ったりと、何かしらの予兆をすでに感じていた。そのこともあり、自身の身体にある異変が起きているとすぐに確信した。
これって、村の奥さん達がいってたアレだよね……?
そう――ついに待ち望んでいた“悪阻”が訪れたのである。
来た……! ついに来た……!
それはもう嬉しくて嬉しくて、彼女はその場でピョンピョンと飛び跳ねていた。
妻が無邪気に喜びを露わにしている傍では、ローランドが静かに寝息を立てている。
そんな夫の寝顔に顔を近づけると、カミーユは長い髪を耳に掛ける仕草をし、目を覚まさせるために彼の唇を夢中で吸い続けた。
「……む?」
ローランドがゆっくり瞼を開けると、目の前には潤んだ眼を閉じる妻の顔があった。そのまま妻を抱き寄せたローランドが、眠気目を擦りながら尋ねてみる。
「どうかしたのか?」
しかし、胸に強く顔を埋める妻が中々返事をしない。
「……おい、カミーユ」
すると、太陽のように輝く笑顔を上げた妻が放った――その一言は。
「赤ちゃん……出来たみたいなの!」
突然、ローランドは毛布を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。
「な、な、何!?」
ただただ驚愕しながらベッドの上で立ちすくむ夫に微笑みを浮かべたカミーユは、エプロンの上からお腹を右手で撫でた。
「“新しい命”がここにいるんだよ?」
目をまん丸くしたローランドが、ゆっくりと両手を妻の腰に添え、耳をお腹に当ててみる。
「な、何も聞こえん」
「ふふ、まだ全然早いよ~。隣町のお医者さんにも、ちゃんと診てもらわないといけな――ふぁ!?」
妻の腰を持ち上げたローランドはクルクルと周り、そのまま抱きかかえると。
「ありがとう……」
と嬉しそうに囁き、顔を綻ばせる妻へ溢れ出る愛情をたっぷりと注入するような熱い口付けをした――。
それから、しばらくの月日が経つと。
季節は寒い時期を抜けて雪解けを誘う暖かな風が息吹き、山肌には新録が芽を出し始める頃になっていた。
“カーン……カーン……”。
薪を割る山彦が鳴り響くのは、猟師が住む古屋先からだった。以前よりも屋根や壁は強く補強され、その外周は室内の熱を逃さぬように大量の藁で囲われている。
「……ふぅ~」
斧を持って身体中から汗を流す“屈強な色男”は黒髪を短く切り、無精髭は綺麗サッパリ剃り落とされている。
古屋の中では――蒼い瞳を持つ“麗しき精霊”が純真な乳飲子を抱きかかえながら、健やかな愛の滴を与えていた。さらにその手首には、あの“腕飾り”がしっかりと巻かれている。
『聖女』となる乳飲子は、薄桃色の突起を安心しきった様子で咥えていた。
精霊が差し出す人差し指を握る小さな手の、それはそれは可愛らしいこと。
「よしよし、いい子だね~、ふふふ――」
精霊の立ち振る舞いと優しさを帯びた表情たるや、誰もが認める立派な母親となっていた――。
夫は“二度と妻を悲しませたくない”という意志を固め、妻は“二度と夫を疑うことなく信じきる”と決意した。
『守る側』と『守られる側』。
愛し合う二人の間に結ばれた強固な絆は、もはや何者にも断ち切ることは出来ないだろう。
贅沢なんて何もない質素な生活を送り、多くの人付き合いが取り巻く訳でもない。
だが、この家庭には金や地位などがなくても、些細なことでもたくさんの“かけがえのない幸せと愛情”で満ち溢れていた――。
天界の宮殿で、カミーユ達の暮らしをテラディアが瞳を潤ませながら眺めていた。彼女の隣には、珍しくユピシオンもいる。
「本当に良かったわ……一時はどうなるかと心配に思ってたけど」
そう安堵するテラディアの手を優しく握っていたユピシオンが、僅かに口角を上げて微笑んだ――。
あるところに、小さな村があった。
村には善意に溢れる人々が住んでおり、彼らは“困っている人を助けること”に信条を置いていた。
そこへある日、村の中心に住む老人が『嘘』についての哲学的な議論を提起した。
「許せる嘘には“善意”が必要であり、それが人々の幸福を守るための手段となるのではないか」
村人たちはその考えに興味津々。彼らは老人の家に集まり、自分たちの経験や洞察を分かち合った。
善意の嘘の例としては『相手を守るために真実を隠すこと』や『誰かを傷つけずに励ましの言葉をかける』ことなどが挙げられる。
一人の村人は、夫が畑仕事の時間に大遅刻した理由を、わざと軽く言ったことがあったと老人に告げた。
「夫は私に心配をかけたくなかったので、遅刻の理由を大げさには言わなかったのです。その善意にすごく感謝することで、彼の嘘を素直に受け入れることが出来ました」
「何だそれは? ちょっと無理してないか?」
「……ぜ、全然無理してないですけど? え、どういう意味?」
別の村人は隣町の服屋に行った時、高飛車な貴婦人の新しいドレスを褒めるために、侍女が嘘を吐いていた場面を思い出した。
「貴婦人が本当の姿に自信を持ち、幸せに過ごすせるというのなら、私はその嘘を許すことができると思う」
「実際、その貴婦人のドレス姿はどうだったんだ?」
「ん? ……まぁまぁまぁ」
ここで言う『許す』とは、他人や自分自身に対して過ちや傷害を与えられた際に、それを受け入れることで怒りや恨みを放棄することを指す。
それは、過去の出来事や他人の行動についての感情的な負担を解放し、心の平和や癒しを見つける手段にもなる。また、許すことは個人の成長や人間関係の修復に寄与するのだ。
ただし、許すというのは過ちや傷害を忘れることや、行動の責任を軽視することでは決してない。むしろ、精神的な自己保護や前進するために必要な一歩となる場合もある。
そして、村人たちは『嘘が信頼関係を揺るがす』ことも十分に理解していた。嘘は人により“悪意”を持って使われることもあり、そのような場合に許すことは難しい。
彼らは“誠実さと信頼”の重要性を強調し、出来る限りなら嘘を避けることの大切さを再確認した。
この小さな村の人々は、嘘という難しい題材と向き合いながらも、善意と真実を大切にする真面目な生活を送り続けた。
彼らはお互いを尊重し、信頼関係を築くことで村全体が幸せに繁栄することを、心から信じていたという――。
では、ローランドの嘘についてはどうだろうか。
彼は『美しいカミーユをお嫁さんにしたい』という“私欲”のために彼女の大切な羽衣を盗み出し、それを質屋に売却までしてしまった。さらに結婚する際も、彼女に真実を明かすことはしなかった。
ローランドによるこの一連の所業はもちろん“善意の嘘”ではなく、これを許されるのは誰から見ても至難である。
だが、カミーユは夫が祈る姿を見て――心に燻る黒い疑念を払拭させた。
彼女が夫の嘘を許したのは、一体どうしてだろうか。
恋愛経験の無さが招いた、単なる“過ち”なのか。
夫への深い愛情が、彼女を“盲目”にさせたのか。
はたまた、二人の先にある未来に“希望”を見出したからなのか。
お互いに恋愛経験もなく、一見して浮世離れした環境であったことには違いない。もし二人が幾多の恋愛を重ねていたとしたら、その行末は大きく変わっていたのかも知れない。
しかし、この答えは他の誰でもなく――カミーユ本人にしか知り得ない『孤独な真相』なのである――。
話終えた村人達が老人の家を揃って出て行ったが、一人の少年がポツンと残った。
「ねーねー、いっこきいてもいい?」
「……何だ」
「どうやったら“人のウソ”ってミヌけるの?」
真剣な眼差しでそう尋ねてきた少年に、老人はこう答えた。
「見抜く必要などない。いいか小僧、言葉なんて所詮は“木の葉”なんだよ。人の本質は“幹”にある……つまり『行動』だ」
「こうどう?」
「木の葉ばかり身に付けた『細い樹』より、葉は少なくても『幹が太い大樹』のような人間になりなさい」
「ミキかぁ! そうなれたら、ぼくもカミーユみたいなオヨメさんできるかな!?」
「もちろん出来るさ。百回の『愛してる』より、たった一回の『口付け』の方が断然重いということを、よく覚えておきなさい」
「うん! わかったよ、ルーファウスじいちゃん!」
少年が元気よく家を飛び出した後、老人は誰にも気付かれないまま、その場から静かに姿を消した――。
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とろけるように見つめ合う二人の間に、如何なる者も立ち入れない聖域にも似た雰囲気が漂い始める――。
深い愛と固い絆が交錯する、静寂に包まれる夜。
優美な快楽の瞬間、永遠の愛を誓った二人の身体は歓喜の花を咲かせる。互いの指先が織りなす舞いは甘美な旋律を奏で、吐息は体表を這うような微風のささやきと交わり、人肌に宿る温もりが湧き出る泉の如く心を潤す。
官能の甘い薫りが身体を芯まで包み込み、柔らかな愛の波が押し寄せると、優しさと共鳴する光輝な時間はゆっくりと流れ始める。肉体は幸福の庭園へと導びかれ、心地の良い安堵に身を委ねる。
情熱が交差する神聖な舞台で喜びの火花は舞い散り、歓喜と熱狂の渦が心を駆け巡る。
愛情と闘志に満ち溢れた煌めく星々が生命の源となる宇宙へ注ぎ込まれると、途端に意識は快楽の先にある神秘的な絶頂の境地へと達する。羅針盤を手に入れた方舟は天にも昇る軽やかさで陽炎となって火照り、安らぎに酔いしれる魂には穏やかな奇跡が寄り添う。
夜明けを告げる暁が暗闇の空を紅く染める頃。全身を巡り抜けて愛の絆をより深めた愉悦は、二人の間で末永く語り継がれる花園の楽譜となる――。
『寝顔が見たいから、貴方が眠るまで起きていたい』
ローランドは何度も何度も口付けを迫る妻に腕枕をし、彼女の頭を優しく撫で続けていた。そして、我慢の限界に達した妻の目がとろけて、安らかな眠りに落ちるのを見届ける。
未だかつて、妻がこんなにも幸せそうな表情で眠っていたことがあっただろうか。
最後、その可愛らしい額に軽く口付けをし、彼は長い一日を終えて深い眠りについた――。
その頃。
天界の宮殿に帰宅したテラディアは、廊下をあちこちと走り回るユピシオンの姿を発見した。どう見ても思いっきり挙動不審である。
チッ、ウロチョロと何やってんだあいつは……またなんか企んでるな。
すると、腕を組んで目を糸のように細めるテラディアに気付いたユピシオンが、汗だくでハッとさせた表情のまま駆け寄って来た。
「おいテラディア、どこほっつき歩いてたんだ!? 随分と探し回ってしまったではないか!」
「は? 別にどこだっていいでしょ? 貴方の方こそ、どうせ他の女と遊び呆けてるものかと思ってたし」
目線を逸らしながら肩をすくめる妻に対し、ユピシオンは真顔で返した。
「何寝ぼけたことを言っているんだ? そんなことより昨日、一日かけて世界の大陸を跨ぐ“虹の架け橋”を作ったのだ。そこの頂上席に世界各地から集めた、美味な果実達を用意してあるから、早く行くぞ」
唐突に手を掴んで引っ張ってきた夫を、テラディアは動揺しながら振り解きつつ、怪訝な顔で尋ねてみる。
「ま、待って! 急に何よ? 一体どういう風の吹き回し?」
「まさか忘れたのか? 今日はお前と“初めて口付けを交わした記念日”だろ。そんな大事な日に、他の女共と遊ぶワケなかろう」
「……えぇ!?」
夫から思ってもみなかった言葉を受けたテラディアの心臓が、爆発しそうなほどに脈を打つ。うっとりとする頬を真っ赤に染めつつも、驚きの余り言葉を失ってオドオドする。
「何を黙っているんだ? 行くのか行かないのかハッキリしろ。早くしないと架け橋が消えてしまう」
「い、行ってあげてもいいですけど!? でも……抱っこして連れ行ってくれなきゃ嫌……」
「抱っこ?」
「あ、あと……チ、チューもたくさんして欲しい……です……ダメ? ……だよね?」
両手を腰の後ろに回して清純な乙女のようにモジモジとする妻に、ユピシオンが肩を落としながらフッと鼻息を漏らす。
「やはりどの女神と見比べても、私の妻が断トツで美しい」
あどけない笑顔を見せたユピシオンは、妻の芸術的な曲線を描く腰を抱き寄せ――爽やかな口付けをした。
「……もう~!! ホントにやり口が汚――ひゃ!?」
ユピシオンが言葉を阻むように、照れて赤面する彼女の体を軽く“ヒョイ”と持ち上げた。
「もう黙れ。行くぞ、楽園の彼方まで――」
宙にフワリと浮かんだユピシオンは、嬉しそうに抱き付いて微笑む妻と共に――金色の髪を靡かせながら、颯爽と晴天の空へと駆け上っていった――。
一ヶ月ほど経過した、ある日の朝。
“トントントントン……”。
カミーユがいつものように軽快な包丁捌きで野菜を切り、朝食を作っていた時だった。
え、気持ち悪……。
米を炊く匂いに、何やら嗚咽感を覚えたカミーユ。
彼女は前々から食欲の低下や胸がやたら張ったりと、何かしらの予兆をすでに感じていた。そのこともあり、自身の身体にある異変が起きているとすぐに確信した。
これって、村の奥さん達がいってたアレだよね……?
そう――ついに待ち望んでいた“悪阻”が訪れたのである。
来た……! ついに来た……!
それはもう嬉しくて嬉しくて、彼女はその場でピョンピョンと飛び跳ねていた。
妻が無邪気に喜びを露わにしている傍では、ローランドが静かに寝息を立てている。
そんな夫の寝顔に顔を近づけると、カミーユは長い髪を耳に掛ける仕草をし、目を覚まさせるために彼の唇を夢中で吸い続けた。
「……む?」
ローランドがゆっくり瞼を開けると、目の前には潤んだ眼を閉じる妻の顔があった。そのまま妻を抱き寄せたローランドが、眠気目を擦りながら尋ねてみる。
「どうかしたのか?」
しかし、胸に強く顔を埋める妻が中々返事をしない。
「……おい、カミーユ」
すると、太陽のように輝く笑顔を上げた妻が放った――その一言は。
「赤ちゃん……出来たみたいなの!」
突然、ローランドは毛布を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。
「な、な、何!?」
ただただ驚愕しながらベッドの上で立ちすくむ夫に微笑みを浮かべたカミーユは、エプロンの上からお腹を右手で撫でた。
「“新しい命”がここにいるんだよ?」
目をまん丸くしたローランドが、ゆっくりと両手を妻の腰に添え、耳をお腹に当ててみる。
「な、何も聞こえん」
「ふふ、まだ全然早いよ~。隣町のお医者さんにも、ちゃんと診てもらわないといけな――ふぁ!?」
妻の腰を持ち上げたローランドはクルクルと周り、そのまま抱きかかえると。
「ありがとう……」
と嬉しそうに囁き、顔を綻ばせる妻へ溢れ出る愛情をたっぷりと注入するような熱い口付けをした――。
それから、しばらくの月日が経つと。
季節は寒い時期を抜けて雪解けを誘う暖かな風が息吹き、山肌には新録が芽を出し始める頃になっていた。
“カーン……カーン……”。
薪を割る山彦が鳴り響くのは、猟師が住む古屋先からだった。以前よりも屋根や壁は強く補強され、その外周は室内の熱を逃さぬように大量の藁で囲われている。
「……ふぅ~」
斧を持って身体中から汗を流す“屈強な色男”は黒髪を短く切り、無精髭は綺麗サッパリ剃り落とされている。
古屋の中では――蒼い瞳を持つ“麗しき精霊”が純真な乳飲子を抱きかかえながら、健やかな愛の滴を与えていた。さらにその手首には、あの“腕飾り”がしっかりと巻かれている。
『聖女』となる乳飲子は、薄桃色の突起を安心しきった様子で咥えていた。
精霊が差し出す人差し指を握る小さな手の、それはそれは可愛らしいこと。
「よしよし、いい子だね~、ふふふ――」
精霊の立ち振る舞いと優しさを帯びた表情たるや、誰もが認める立派な母親となっていた――。
夫は“二度と妻を悲しませたくない”という意志を固め、妻は“二度と夫を疑うことなく信じきる”と決意した。
『守る側』と『守られる側』。
愛し合う二人の間に結ばれた強固な絆は、もはや何者にも断ち切ることは出来ないだろう。
贅沢なんて何もない質素な生活を送り、多くの人付き合いが取り巻く訳でもない。
だが、この家庭には金や地位などがなくても、些細なことでもたくさんの“かけがえのない幸せと愛情”で満ち溢れていた――。
天界の宮殿で、カミーユ達の暮らしをテラディアが瞳を潤ませながら眺めていた。彼女の隣には、珍しくユピシオンもいる。
「本当に良かったわ……一時はどうなるかと心配に思ってたけど」
そう安堵するテラディアの手を優しく握っていたユピシオンが、僅かに口角を上げて微笑んだ――。
あるところに、小さな村があった。
村には善意に溢れる人々が住んでおり、彼らは“困っている人を助けること”に信条を置いていた。
そこへある日、村の中心に住む老人が『嘘』についての哲学的な議論を提起した。
「許せる嘘には“善意”が必要であり、それが人々の幸福を守るための手段となるのではないか」
村人たちはその考えに興味津々。彼らは老人の家に集まり、自分たちの経験や洞察を分かち合った。
善意の嘘の例としては『相手を守るために真実を隠すこと』や『誰かを傷つけずに励ましの言葉をかける』ことなどが挙げられる。
一人の村人は、夫が畑仕事の時間に大遅刻した理由を、わざと軽く言ったことがあったと老人に告げた。
「夫は私に心配をかけたくなかったので、遅刻の理由を大げさには言わなかったのです。その善意にすごく感謝することで、彼の嘘を素直に受け入れることが出来ました」
「何だそれは? ちょっと無理してないか?」
「……ぜ、全然無理してないですけど? え、どういう意味?」
別の村人は隣町の服屋に行った時、高飛車な貴婦人の新しいドレスを褒めるために、侍女が嘘を吐いていた場面を思い出した。
「貴婦人が本当の姿に自信を持ち、幸せに過ごすせるというのなら、私はその嘘を許すことができると思う」
「実際、その貴婦人のドレス姿はどうだったんだ?」
「ん? ……まぁまぁまぁ」
ここで言う『許す』とは、他人や自分自身に対して過ちや傷害を与えられた際に、それを受け入れることで怒りや恨みを放棄することを指す。
それは、過去の出来事や他人の行動についての感情的な負担を解放し、心の平和や癒しを見つける手段にもなる。また、許すことは個人の成長や人間関係の修復に寄与するのだ。
ただし、許すというのは過ちや傷害を忘れることや、行動の責任を軽視することでは決してない。むしろ、精神的な自己保護や前進するために必要な一歩となる場合もある。
そして、村人たちは『嘘が信頼関係を揺るがす』ことも十分に理解していた。嘘は人により“悪意”を持って使われることもあり、そのような場合に許すことは難しい。
彼らは“誠実さと信頼”の重要性を強調し、出来る限りなら嘘を避けることの大切さを再確認した。
この小さな村の人々は、嘘という難しい題材と向き合いながらも、善意と真実を大切にする真面目な生活を送り続けた。
彼らはお互いを尊重し、信頼関係を築くことで村全体が幸せに繁栄することを、心から信じていたという――。
では、ローランドの嘘についてはどうだろうか。
彼は『美しいカミーユをお嫁さんにしたい』という“私欲”のために彼女の大切な羽衣を盗み出し、それを質屋に売却までしてしまった。さらに結婚する際も、彼女に真実を明かすことはしなかった。
ローランドによるこの一連の所業はもちろん“善意の嘘”ではなく、これを許されるのは誰から見ても至難である。
だが、カミーユは夫が祈る姿を見て――心に燻る黒い疑念を払拭させた。
彼女が夫の嘘を許したのは、一体どうしてだろうか。
恋愛経験の無さが招いた、単なる“過ち”なのか。
夫への深い愛情が、彼女を“盲目”にさせたのか。
はたまた、二人の先にある未来に“希望”を見出したからなのか。
お互いに恋愛経験もなく、一見して浮世離れした環境であったことには違いない。もし二人が幾多の恋愛を重ねていたとしたら、その行末は大きく変わっていたのかも知れない。
しかし、この答えは他の誰でもなく――カミーユ本人にしか知り得ない『孤独な真相』なのである――。
話終えた村人達が老人の家を揃って出て行ったが、一人の少年がポツンと残った。
「ねーねー、いっこきいてもいい?」
「……何だ」
「どうやったら“人のウソ”ってミヌけるの?」
真剣な眼差しでそう尋ねてきた少年に、老人はこう答えた。
「見抜く必要などない。いいか小僧、言葉なんて所詮は“木の葉”なんだよ。人の本質は“幹”にある……つまり『行動』だ」
「こうどう?」
「木の葉ばかり身に付けた『細い樹』より、葉は少なくても『幹が太い大樹』のような人間になりなさい」
「ミキかぁ! そうなれたら、ぼくもカミーユみたいなオヨメさんできるかな!?」
「もちろん出来るさ。百回の『愛してる』より、たった一回の『口付け』の方が断然重いということを、よく覚えておきなさい」
「うん! わかったよ、ルーファウスじいちゃん!」
少年が元気よく家を飛び出した後、老人は誰にも気付かれないまま、その場から静かに姿を消した――。
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4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
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※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。
※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

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