上 下
6 / 8

第六話

しおりを挟む
 さて。

 そこまでローランドを溺愛するカミーユが、彼の嘘が発覚したことによって、結婚指輪を外すほど心情が陥るものなのか。

 これは彼女が“嘘に対して過敏になる価値観”を持っていたことが原因であり、それを形成したのには『大きな理由』があった――。

 精霊界の上には神の領域である『天界』があり、そこの宮殿には二柱の夫婦が住んでいた。

『全知全能の神ユピシオン』と『大地の女神テラディア』である。

 世界を創造したユピシオンは、カミーユに負けず劣らず容姿端麗なテラディアを妻に迎えていた。

 そして、大地の女神とは“全ての生物の根源”たる存在である。

 人間界で『子供は神様からの授かりもの』という言い伝えがある所以は、テラディアに“全生物を妊娠させる決定権”が委ねられているからだった。

 そんな彼女は、泉の精霊である可憐なカミーユを我が子のようにとても可愛がっていた。カミーユ自身も彼女には全身全霊を持って慕っており、それこそ母のように信頼していた――。

 一方、テラディアの夫であるユピシオンは勇敢かつ豪快な男の割に、中性的で恐ろしく端正な顔立ちをした神である。

 まだ人間が言葉を扱えなかった頃の時代。

 何やら神々が集まって『人間に言葉を与えるかどうか』という議論をしていたところ、突然ユピシオンが現れて「そんなもの、さっさと与えてやれば良かろう」と不躾に言い放った。

 しかし。

「そんなことしたら、凶暴な人間なんかすぐに戦争を起こして、たちまち絶滅してしまうぞ!!」
「そうだそうだ! 他の生物達にも必ず悪影響を及ぼすはずだ!」
「綺麗な自然界が人間達に破壊し尽くされてしまう!!」

 多くの神々が人間に言葉を与えることに懸念して反対する最中――ユピシオンは騒ぎ立てる彼等を、威圧的な「黙れ」の一言で一蹴した。

「奴等の性根はそこまで捨てたものではない。お前らは知らぬだろうが、人間界には“他を思い遣る粋な気持ち”を持つ者も沢山おるのだ――」

 こうして言葉を覚えた人間達は、後に他の生物を置き去りにして大きな繁栄を築くこととなる――。

 そんなユピシオンに見初められたテラディアは、彼の妻としてとても幸せな時を過ごしていた。

「はい、あ~ん!」

「ん……美味いな。さすが私の妻が作った手料理だ」

「うふふ――」

 ところが――その幸福は長く続かなかった。

 何とあの全知全能の神であるユピシオンは、これがまた“とんでもないほどの浮気性”だったのだ。

 テラディアが全力を駆使して、不穏な行動を繰り返していた夫を調べ上げた結果。

 浮気回数12回、浮気未遂26回、隠し子19人。

 驚異的な数字を平然と叩き出したユピシオンには、大地の女神として寛大な心を持つテラディアでさえも激怒した。

「こんなこと前代未聞の狼藉よ!! 私のことメチャクチャ舐めてない!? 貴方今までどの面下げて私が作った料理食べてたワケ!?」

「そんなこと言ったって仕方なかろう。お前以外にも私に『抱かれたい』という女神や精霊がたくさん寄って来てしまうのは事実だし、私の子供達はみんな世界を管理する上で必要な存在になるワケだし」

 神同士の交配によって産まれる子は一人目が神となり、以降は精霊として生を受ける。さらに、精霊が人間と交配すれば『聖女』が産まれるという仕組みがこの世界の“理”としてある。
 神や精霊達が人間の眼前に現れることなど滅多にないにしろ、彼等は世界の様々な分野を分担して見守る役目を持っていた。
 
 そんな神々の中でもずば抜けて優秀であるユピシオンの子種は、世界中の女神達からしても喉から手が出るほど欲しいもの。
 そして、テラディアは下界に住む生物の妊娠には決定権を持っていても、その力は神の領域までは及ばない。

 とは言っても、テラディアからすればフラフラと女遊びをする夫の行動は至極遺憾でしかなく、プロポーズの際に“もの凄いキメ顔”で『私の心はお前だけのものだ』と告白したのはどこへやらである。

「何それっぽい言い訳抜かしてんのよ!! そんなの通用するワケないでしょ!? 全知全能が聞いて呆れるわ!! ――」

 その後どれだけ注意しても聞かず懲りず、ユピシオンはあの手この手で妻を騙しながら、なりふり構わずの浮気三昧の日々を送る。
 時には、浮気相手とお互い“蚊に変身して交尾する”という何とも呆れる荒技までやってのけたという――。

 そんなある日。

 様々な花に埋め尽くされる宮殿の中庭では、ユピシオンの噂を聞きつけたカミーユが、心配そうな顔をしながら彼女の隣に寄り添っていた。

「テ、テラディア様……お気を確かに」

「ありがとう、全然大丈夫よ」

 と言いつつも死んだ魚のような目をして意気消沈するテラディアだったが、これまで浮気を繰り返すユピシオンに対してただ黙っていた訳ではない。

 雷神に頼んで夫に“裁きの雷”を落としてみたり、蛇神から大量の猛毒を借りて料理に仕込んでみたり、一時は宮殿の寝室で夫が寝ている隙を突いてを切り落とそうと試みたこともあった。

 しかし、すこぶる逃げ足の早いユピシオンに、全ての報復はことごとく回避されてしまっていたのだ。

「カミーユ、よく聞いて頂戴。あの『超絶ナルシストポンコツ馬鹿』を側から見てもう分かったでしょ? “嘘を吐く男”だけは絶対ダメよ。私なんか一瞬にして神生じんせいをペロッと喰われてしまったわ」

「えっと……あ、はい――」

 こうして、死神すら恐れをなして逃げ出すほどの形相を浮かべるテラディアは、恋愛経験が皆無なカミーユに“強烈な教訓”を授けたのであった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

処理中です...