上 下
2 / 8

第二話★

しおりを挟む
 山の麓にある木造の古小屋。

「木の風合いがあって、とっても素敵なお家ですね!」

「……そうか」

 所々で床板が軋むような家に、場違いな美人が足を崩して床に座っていることは夢にも見なかった光景。

 ローランドはカミーユと共に夕飯を済ませると、大きく澄んだ蒼い瞳で見つめてくる彼女に訊いてみた。

「本当に何も覚えてないのか?」

「はい……自分でも、急に変になってしまったのかなとは思ってるんですけど――」

 溜息混じりに落胆するカミーユに、ローランドが自分のベッドを譲って寝床につく。

「気を遣って頂いてすみません……おやすみなさい」
 
 と、何も知らず安らかに眠る彼女の寝顔を見つめながら、ローランドは神妙な面持ちをしていた。

 カミーユの記憶喪失は、嫁にするのに好都合。

 彼女の生まれ故郷を探してやりたい気持ちがない訳ではない。それでも“カミーユにはこのままでいて欲しい”と願うローランドは、心の奥底に罪悪感を残しながらも就寝した――。

 翌朝。

 小鳥も囀る前の早朝から、物音に起こされたローランドがふと台所を見遣ると――そこには何かを調理するカミーユの後ろ姿があった。やはり服の大きさが釣り合わないのか、彼女の腰にはいつの間にか紐が縛られている。

「あ! ごめんなさい、起こしちゃいましたね」

 振り向き様に見せたカミーユの屈託のない笑顔は、ローランドの心臓を大きく突き動かした。

「そんな……飯の支度なんて俺がやるのに」

「いえいえ、お世話になりっぱなしという訳にはいきませんから――」

 大した食材はないにしろ、カミーユは出来る限りの腕を振るって手料理を作り上げた。そんな健気な彼女の心意気に、ローランドはもはや“ぞっこん”になってしまったのである――。

 そんなこんなで、カミーユの記憶も取り戻せない日々が続く中。

「いってらっしゃい、気を付けて帰ってきてね!」

「……うん」

 ローランドは彼女の様子を見る限り、すでに心中で察していた。恐らく――彼女の記憶が戻ることはないだろうと。

 このままいけば、すんなりとカミーユをお嫁さんに出来そうな手応えを感じ始めていたのである。

 猟を終えたローランドが帰宅すると、いつものようにカミーユは家中をピカピカにして飯と風呂の支度を整え、天使のような笑顔で迎えてくれた。

「おかえりなさい!」

「ただいま……すまん、今日は何も穫れなかった」

 浮かない顔で俯くローランドから荷物を受け取ったカミーユが「ローランドさんが無事に帰ってきてくれるだけで、私は充分ですから」と、安心したようにニコニコと微笑んでいる。

 そんな彼女を――ローランドは後ろから強く抱きしめた。

「君が良ければ、このまま俺の嫁さんになってくれないか?」

「え……?」

 突然のことに驚きながらも、カミーユは身体に被さる太い腕に、そっと優しく白い手を添えると――コクリと頷きながら「……はい、私なんかで宜しければ」と小声で返した。

「カミーユ……」

「あ、ちょ、ローランドさん!? ――」

 念願の嫁を手に入れた余りの嬉しさに、ローランドはカミーユをベッドに押し倒してそのまま服を乱暴に剥ぎ取った。

 そして、ずっと我慢していたのを爆発させるように――彼女の滑らかな肌を激しく貪り始める。
 最初こそ抵抗気味だったカミーユも、次第に全身の力をふんわりと抜いて彼に身を委ねた。

 その透き通るような素肌と豊満で柔らかな胸は、ローランドの意識をたちまち天国へと導いたそうな――。

 次の日。

 大きな麦わら帽子を目深に被ったローランドは、猟で得た獲物の肉や毛皮を売りに、隣町まで出向いていた。そこで得た金で食料や日用品なども調達するのである。

 しかし、ローランドの目的はそれだけではない。

 その時、彼は真っ先に『質屋』へと訪れていた。ずっと隠し持っていたカミーユの衣装を“隠蔽処分”するためだ。
 すると、差し出したその衣装を手に取った店主がやおら目を見開いた。

「……こ、これはまた見事な逸品で御座いますな」

 今まで沢山の取引をしてきた店主ですら“見たこともないほど芸術的だ”と言うその衣装には、ローランドの目が飛び出るほどの高値が付けられた。

「じ、冗談だろ……こんな値段、畑も買えてしまうぞ?」

「いいえ、これにはそれほどの値打ちが御座いますから。しかしこんな御召し物、一体全体どこで手に入れられたのですか?」

「あ、ああ……猟をしている最中、偶然落ちていたところを拾ったんだが、こんなもの俺が着れるはずもないと思ってな――」

 咄嗟に店主の問いを有耶無耶にしたローランドは、衣装を売って手にした大金を持ち、カミーユの待つ自宅へ浮かれ気分で帰って行った――。

「こ、こんなお金どうされたんですか!?」

 帰るや否や驚愕するカミーユに対して、ローランドが後頭部を手で摩りながら苦笑いを浮かべる。

「と、隣町で預けていた貯金を下ろしてきたんだ……これで畑が出来る土地を買おうと思ってな。以前『野菜の栽培をしてみたい』と言っていただろう?」

 動揺しつつも嘘に嘘を重ねたローランドは、おもむろに“指輪”を取り出した。これは無論、あの質屋で買ったものである。

 そして、口に右手を添えながら戸惑うカミーユの左手を取り、薬指にそれをはめた。

「結婚指輪だ。これからもずっと俺の側にいてくれ」

「嬉しい……本当に嬉しいわ……ありがとう!」

 薄らと涙を浮かべていたカミーユは、満面の笑みを浮かべてローランドに飛び跳ねるように抱きつき、踵を上げながら優しさで包み込むような甘い口付けをした――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

【完結】悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
「レベッカ。俺は何度も何度も、君と結ばれるために人生をやり直していたんだ」 『冷徹公爵』と呼ばれる銀髪美形のクロードから、年に一度の舞踏会のダンスのパートナーに誘われた。 クロード公爵は悪役令嬢のレベッカに恋をし、彼女が追放令を出されることに納得できず、強い後悔のせいで何度もループしているという。 「クロード様はブルベ冬なので、パステルカラーより濃紺やボルドーの方が絶対に似合います!」 アパレル業界の限界社畜兼美容オタク女子は、学園乙女ゲームの悪役令嬢、レベッカ・エイブラムに転生した。 ヒロインのリリアを廊下で突き飛ばし、みんなから嫌われるというイベントを、リリアに似合う靴をプレゼントすることで回避する。 登場人物たちに似合うパーソナルカラーにあった服を作ってプレゼントし、レベッカの周囲からの好感度はどんどん上がっていく。 五度目の人生に転生をしてきたレベッカと共に、ループから抜け出す方法を探し出し、無事2人は結ばれることができるのか? 不憫・ヤンデレ執着愛な銀髪イケメン公爵に溺愛される、異世界ラブコメディ!

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...