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第4幕 姉妹激突編(妖刀 闘々丸)
魂の共鳴
しおりを挟む〔ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・。〕
その一室には、人の鼓動のように正確に時を刻む機械音が鳴り響いていた。
人が全く居ないわけではない。
その病院の一室には冥が呼吸器と心電図の機械を付けられた状態でベッドの上で、今は静かに眠っている。そのベッドの横には神妙な面持ちで、大事な愛すべき妹の手を両手で優しく包みこみながら、椅子に座って、冥の様子を伺っている空柾《あきまさ》の悲痛な姿があった。もちろん、その傍らには、止め処なく流れる涙を拭きつつ、空柾の肩に手を置いて付き従う式霊ヒヒロの姿もある。
冥は闘々丸の行動を警戒して、曹兵衛達と共に行動していたのだが、突然倒れこみ、病院に担ぎ込まれた。普通の人間ならば、大騒ぎする所だが、曹兵衛も他の者も理由が分かると納得せざるを得なかった・・・空柾以外は・・・。
(・・・あれほど、言ったじゃないかっ・・・どうして、契約を急いだんだ・・・。)
空柾は堪えていた涙を流しながら、自分の中では分かりきっていた答えの出ている問いを、今更ながら妹に心の中で問いただす事しか出来なかった。
なぜ、冥は突然倒れ、意識不明のこの状態になったのか?
空柾が言うように、その答えは『式霊との魂の契約』にある。
そもそも霊との契約は、紙に書いて判子を押すようなものではない。
魂と魂を繋げ、命約を結ぶ。
なぜ、霊と契約した者が発狂したり、取り込まれたりするのか?
それは文字通り、魂が繋がっているからだった。魂を繋ぐ事で、霊界でしか存在できない魂を現世に呼ぶことが出来るようになる。それが如何に危険な事なのか、空柾は何度も口を酸っぱくして、耳にタコが出来るほど冥に言いつけてきた。つもりだった。しかし、冥は縄破螺《なわはら》の件もあり、致しかたなく善朗と契約を結び、今日に到る。
空柾も善朗を自分なりに品定めして、心配はないだろうと思っていた。いや、思おうとしていたのかもしれない。魂と魂を繋げる事により、お互いの力がその間を行き来する。それは互いの魂がより高みにいけるということなのだが、今回の場合はそうではない。
善朗が冥の魂の器以上に、強くなってしまったために、冥の魂が善朗の魂に飲み込まれようとしていたのだ。幸い、善朗はそんなことはしないと誰もが分かってはいるが、お互いの魂の強度の差があり過ぎると、善朗の意思とは無関係に力の弱い魂は掻き消され、あるいは飲み込まれてしまう。それが俗に言う発狂という精神崩壊を招いてしまう。しかし、それは最善の状態で、最悪の状態は身体を霊にのっとられる事にある。そうなっていないのが、家族以外では幸いなのだが、空柾にとってはもちろんそうではない。善朗に冥をどうこうしようという意思にかかわらず、魂の激流が冥の魂を飲み込み掻き消そうとしているのが、今の現状だった。
一度結んだ契約は、殆どの場合、人間側の霊能力者が死なない限り、解消する事はできない。それだけに空柾を含め、冥を助けたいと思う者は、自分の無力さに打ちのめされるしかなかった。
〔ガチャッ〕
冥が寝ている病室の個室のドアが静かに開かれる。
「空柾さん・・・始まったようです・・・。」
スーツを着た男性がスッと顔だけを部屋に入れて、空柾に声をかけた。
「・・・あぁ・・・分かった・・・。」
空柾は死神の死の宣告を受けるかのように顔を真っ青にして答える。
「ぐぅっ・・・ああああああああああああああああああああっ!」
「冥っ!・・・しっかりしろっ!頑張れっ!魂を繋ぎとめろっ!!」
スーツの男性が声を掛けてから1分も立たずに、悲劇の幕が開ける。
今まで静かに眠っていた冥がカッと白目を見開いて、唸り出して、ベッドの上を暴れ回る。
「冥ッ!俺はここにるぞっ!しっかり見ろっ!絶対に持っていかれるなっ!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
ベッドの上で暴れまわる冥。それを必死に抑えて、声を掛け続ける空柾。
良く見ると、冥の身体はベッドにくくりつけられて、暴れてもベッドから転げ落ちないように補強されていた。心電図はアラーム音を掻き鳴らし、呼吸器などは、とうに床に落ちて、最早、意味を成していない。それでも、医者も看護師すらも部屋に入って来る様子はミジンもなかった。
ここは一般病棟から特別に隔離された部屋。
外には、警護の人間が数人いる。それ以外の人の出入りは一切無い。これは人間ではどうしようもない事なので、病院側の人間も近付かないように配慮されていた。外の警護の人間も関係者で、中で何が起こっているのかを十分理解している者達ばかりだった。だからこそ、警護の人間たちですら、今の冥の状態を耳にするだけで、悲痛な表情を隠せない。
(赦さないぞッ!・・・冥を連れて行ったら・・・俺は貴様を絶対に赦さないぞ、善朗ッ!)
冥の身体を必死に抑える中、空柾の表情は鬼の形相へと変貌していく。
「・・・・・・。」
ヒヒロには何も出来ない。ヒヒロは黙って、その様子を少しでも大切な人の傍にいて、心を繋ぎとめておく事しかできなかった。
ヒヒロは鬼の形相になる空柾を後ろから優しく包み込み、その怒りと寄り添う事しか出来ない。
「どうしたの、冥ちゃん?」
顔色が優れない冥に最初に気付いて、声を掛けたのは生前看護師のサユミだった。
「・・・えっ・・・あはっ・・・いえ、なんでも・・・。」
絶対になんでもないはずの無い返答をする冥。
闘々丸の姿を追って、街に来ていた冥達。そこに来てから、どうも冥の様子はおかしかった。
そんな冥を見て、サユミが動いたのは経験からだろう。
「曹兵衛ッ!冥ちゃんがちょっと変なのよっ!」
サユミは無理する人間を放っておけない性分が働き、曹兵衛に異変を伝える。
「サユミさんっ!ホントに大丈夫ですからっ!」
サユミの行動に驚いて、慌てて止めに入る冥。
時既に遅し。
「どうかしましたか?」
サユミに呼ばれた曹兵衛が冥の様子を見にもう既にそこにいた。
「・・・あっ・・・いえっ・・・その・・・。」
冥は曹兵衛の透き通るような目を直視できずに視線を外す。
「どうした、冥ちゃん?具合悪いなら無理するんじゃないぞっ。」
曹兵衛の後ろから次に近付いてきたのは金太だった。
金太が青ざめる冥に近付いて肩を優しく触ろうとしたその時だった。
「すっ、すみません・・・その・・・あっ?!」
冥は金太が触れるよりも先に膝を折って、その場に座り込んでしまった。
サユミが乱暴に金太を押しのけて、冥にサッと近寄る。
「冥ちゃんっ!?」
「アイタッ?!」
サユミに突き飛ばされた金太は豪快に尻餅をついた。
「おおおおおおっ、俺のせい?」
金太は尻餅をついた事よりも、冥に触れて倒してしまったのではないかということに衝撃をうけていた。
「・・・冥ちゃん・・・君・・・。」
一番最後に近付いてきた秦右衛門が冥の目線に合わせるように膝をつき、神妙な顔で冥に言葉をかける。
「秦右衛門さん、約束しましたよね?・・・善朗君には絶対に言わないで下さい・・・。」
「ッ?!」
必死に声を絞り出して、辛そうな冥がその場に居る全員にそう告げる。
その一言で、気付く者は気付いた。
「・・・どっ・・・どういうことだ?」
金太が尻餅をついたまま、目を丸くして言葉を発する。
「・・・・・・。」
金太以外のその場に居た者はそれ以上口を開く事が出来なかった。
「・・・わっ・・・私が、未熟だったのが・・・悪いんです。」
冥はそう弱弱しく笑って、その後、意識を失い倒れこんだ。
冥が倒れた後、程なくして定時報告を済ませた空柾が現場に戻り、意識を失ってしまった大切な妹を曹兵衛に大事に渡されて、そのまま抱きかかえて、救霊会が用意した病院へと無言で向かって行った。
「・・・菊の助さんはご存知なかったんですか?」
当然の問いを曹兵衛が秦右衛門に尋ねる。
「・・・・・・。」
秦右衛門は目を閉じて、腕組みをして何もしゃべらない。
「・・・式霊の契約がどれほど危険か、あんたも知らないはずはないでしょ?」
サユミが刺すような眼光で秦右衛門をにらみつける。
秦右衛門は目を開けて、曹兵衛を見る。
「・・・殿は事前に冥殿にも、ちゃんと確認を取っていた・・・冥殿も承知の上で、善朗君には黙って、思う存分修行をさせてくれと言われていた・・・。」
秦右衛門は腕組みを一切崩さすに真っ直ぐと曹兵衛を見て、しっかりとした口調で話した。
「・・・最悪の事態の場合・・・すまなかったじゃ納得できない者も居るんじゃないの?」
サユミが暗に誰かの心情を代弁する。
「・・・殿が闘々丸と闘えない以上、選択肢はない・・・最悪、我々が地獄に行くとしても文句を言う者はいるまいよ・・・。」
秦右衛門がサユミの方を一切見ずにそう言い切った。
「・・・はぁ~~~っ・・・あんた達、戦国時代の人間は本当に救えないね・・・居るんじゃないかな・・・誰が責任を取ろうとも・・・もっとも納得しない人間が・・・。」
呆れ顔のサユミが秦右衛門にそう言葉を零した。
人が決して近付かない、近付けない深い森の奥、暗い洞窟の中、
〔ガキンッ!ギャキキンッ!!ガキョンッ!ガガギャンッ!〕
壮絶な斬り合いが今も秦右衛門達の目の前で繰り広げられている。
「・・・・・・。」
秦右衛門は誰よりも悲痛な面持ちでその様子を見ていた。
もし、この戦いが無事に終わったとしても、その代償が余りにも大きいものならば、君主である菊の助と共に地獄でもどこでも行く覚悟は秦右衛門には出来ていた。しかし、誰かが責任を取ったとしても、
(・・・善朗君・・・。)
秦右衛門の心には、あの時、サユミが放った言葉が重く深く鋭く突き刺さっていた。
断凱に勝ったとしても、善朗が力を出せば出すほど、その魂と繋がっている冥の魂が持たないかもしれない。持たなければ、冥は魂を失い廃人となる。自分達が責任を取ればという問題ではない事に、あの時のサユミの言葉で秦右衛門はようやく気付けた。
誰が誰を許そうが
誰が誰を守ろうが
善朗自身が、自分を許さない。
ここに来て、『戦国時代の』と、よく揶揄されていた事が、ハッキリと理解できた。
斬った張ったで済んでいた時代がこうも時代に合わないのだと・・・。
菊の助と共に、秦右衛門もまた、佐乃の目を直視できないでいた。
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