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幕間3 賢太奮闘記 皇峨輪編

しっぺい太郎にゃ知らせるなっ!悪事は黙って隠れてやれよ・・・しっぺい太郎にゃ、気付かれ・・・ました。今回も

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 〔パァーーーーーーーーーーーンッ〕
 二人が疾走する後方から、空に向けて、猿を威嚇する為に撃たれる空砲の音が鳴り響く。

 賢太と太郎は霊体なので、素早く山間を移動しているが、草木が音を立てることはない。静かに、しかし、確実に太郎の鼻を頼りに目的の悪霊に二人は迫っていく。






 時をさかのぼる事、数分前。

「なんだと?!・・・そんなこと、できっ・・・。」
「出来る出来ないやあらへんっ・・・漢は黙って、そうするんやっ・・・。」
 賢太の提案に驚き、否定しようとした太郎を賢太の言葉が遮る。

「ええか・・・敵は、わざわざ猿を使ってきてんるや・・・ということは、相当お前にビビっとる・・・ちゅうことは、お前がいけばええやろっ。」
 賢太は太郎の目線に合わせる様にしゃがみ込み、ニヤニヤしながらそう話す。

「馬鹿なっ・・・敵が慎重なだけかもしれない・・・この猿達にタバカられて、おびき出されているのかもしれんのだぞっ・・・寺から離れて、美々子殿も襲われでもしたら・・・。」
 太郎が現実的な想定をして賢太に反論する。

「美々子はもちろん、アヤメ達の所に行かす・・・猿達は猿達で、一回民家襲わせればええ・・・その後、逃げ帰っても心配あらへん・・・俺とお前で悪霊倒しとるさかいな・・・。」
 賢太は立ち上がって、今度は太郎を見下ろすようにニヤつく。

「・・・時間をかけるべきだ・・・悪霊が裏に居るなら、霊能力者も呼べる・・・慎重に対応すれば、わざわざ危険を冒す必要はないっ。」
「・・・・・・。」
 太郎はもっともな言葉を並べて、賢太に再考するように促す。賢太はその言葉を黙って受け止める。



「・・・その間、猿達はどうするんや?」
 少し時を開けて、賢太が太郎に鋭い眼差しを向けて、尋ねる。



「・・・・・・。」
 太郎は賢太の眼差しを黙って、受け止めるだけで言葉が出ない。

「・・・みてみぃ・・・猿達はおびえきっとるやないか・・・確かに、お前の言うとおりにすれば、人様は大丈夫やろう・・・けどな、その間に猿達はどないすんねん・・・人の目の届かんところで、悪霊にいたぶられるでぇ・・・。」
 賢太はそう言いながら、猿達に視線を送る。

「・・・・・・。」
 猿達はお互いに身を寄せ合って、小さく震えていた。

「・・・・・・。」
 太郎も猿達に視線を向けて、その様子を黙ってみている。

「ええやないか・・・危険に晒されんのは、俺とお前だけや・・・その後は、アヤメ達にまかせたらええ・・・。」
 賢太はそう言うとニヤリと太郎に笑い掛けた。







「どないや?」
「ッ?!」
 山々を疾走している中で、賢太が太郎に尋ねる。
 もちろん、尋ねたのは目的の悪霊との距離。
 さっきのやりとりを振り返っていた太郎は突然の問いに目を丸くした。

「どした?」
 驚く太郎を見て、賢太が理由を尋ねる。

「いや・・・すまない・・・心配ない・・・しかし、心配すべきは向かった先だぞ・・・。」
 太郎が鼻を引くつかせて、悪霊の気配を探りながら賢太に答える。

「ほほぉ~~・・・。」
 太郎の心配とは裏腹に、ワクワクしている賢太。

「・・・まったく・・・相手は予想通り、一人ではないぞ・・・強さも想像以上だ・・・二人で勝てるかどうか・・・。」
 太郎が包み隠さず、鼻で探った先の様子を素直に賢太に話す。

「なら、アヤメ達のために数減らせば、エエだけやろ?」
 太郎の心配を他所に、賢太が当然のようにそう答える。

「・・・・・・そうだな・・・。」
 太郎はそんな賢太の考えに自然と賛同した。






 何十分か山々を疾走して辿り着いた少し開けた場所まで賢太を導いて、そこで太郎は止まった。

「・・・ここだ・・・。」
「・・・なんだ、お前達は・・・。」
 太郎が賢太に目的がここだと教えると、その言葉に被せるように野太い男の声がする。

 賢太がその男の声に導かれるように視線を送るとそこには、
「・・・ッ?!・・・。」
 でっぷりとした割腹のいい体型の男が岩の上に座って、賢太達をにらみつけていた。賢太は驚き、目を丸くする。

 その周りには、人の形が崩れている悪霊達が数体浮いており、その足元には、もう動かなくなった猿達の亡骸が散乱していた。

「・・・お前か・・・。」
 最初は驚いていた賢太だったが、猿達の無惨な亡骸を目の辺りにすると、フツフツ怒りと共に黒い何かが賢太の中に湧き上がってきた。賢太はそれを抑える事無く、岩の上にふんぞり返っている悪霊に眼光を鋭くして、重低音の言葉をぶつける。

「・・・犬?・・・チェッ・・・猿共め・・・使えないな・・・。」
 男は賢太の隣に居る太郎を見て、愚痴を零しながら座っていた岩から立ち上がる。

「目論みは失敗に終わったな・・・素直に諦めて、帰るがいい・・・。」
 太郎は体勢を沈み込ませて、男にそう言い放つ。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッ・・・帰る?どうして?」
 男はそう言いながらゆっくりと賢太達との距離を詰めていく。

 周りの悪霊達も賢太達を囲むように広がり、その囲みをゆっくりと縮めていく。

「なめられとるなっ。」
 賢太は敵を見据えながらも、一蹴された太郎を嘲笑った。

「・・・どうするのだ?・・・やれるのか?」
 太郎も男を睨み付けながら、賢太の覚悟を尋ねる。

「・・・当たり前やろ?」
 賢太は口が裂けるぐらいに口角を上げて、目をギラつかせた。

(・・・仕方ない奴だ・・・。)
 太郎はやる気満々の賢太を見て、一瞬呆れる。が、



「ワオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」
 太郎は天に向かって、一声上げる。その声は天を突き刺さんばかりに鳴り響き、山々を奮わせるほど力強かった。



 犬の遠吠えで、周りの悪霊は一時的に動かなくなり、1体の悪霊が声だけで掻き消された。

 その太郎の遠吠えが合図かのように先手を打って、動き出したのは賢太だった。

「ハッ!」
 大きな口を開けて、笑みを浮かべながら賢太が地面を蹴り上げて、男に殴りかかる。

 〔ドゴンッ!〕
 男の顔面を賢太の拳が捉えて打ち抜く。

 男は1mぐらい後方に身体を滑らせる。

「なかなかやるじゃねぇか・・・。」
 男は何事もなかったかのように跳ね上がった顔を正面に向け直し、賢太を見た。

 その瞬間だった。

「ッ?!」
 賢太はその光景に驚く。

 男が広げた霊幕がそのおぞましい様子を顕現させる。
 幕のように人々の苦しむ姿が幾重にも重なっている。その人々は例外なく、喉を潰されて、うめき声をあげるも、人の言葉としては成立していなかった。そして、同じように、例外なく、足首から先がなく、血を流しながらもがいていた。

 この悪霊はそうやって、人を山の中で苦しめて遭難させて、命を弄ぶのを楽しんでいるのだ。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッ・・・どうだ、身が興奮でウズクだろ?・・・お前もすぐこいつらの仲間入りだぞ・・・。」
 男はそういうと口を裂けさせて笑みを浮かべる。

「・・・あぁっ・・・興奮するねぇ・・・お前をぶちのめすのが楽しみやっ!」
 仁王立ちして、身体を震わせて、拳を握り込み、男に笑い返す賢太。

「・・・・・・。」
 太郎は周りの悪霊と闘いながら賢太の様子を伺っている。

(・・・凄まじい霊力を感じる・・・周りの雑魚はともかく、あの悪霊は・・・。)
 太郎が周りの悪霊を次々と倒しながらも現状を冷静に判断していく。

 〔ドゴーンッ!〕
 先に殴りかかったのはまたしても賢太だった。渾身の一撃を男の顔面にお見舞いする。

「ハッ!」〔バチンッ!〕
 男がまたしても後方に身体を滑らせた後、今度はお返しとばかりに張り手を賢太に放った。

「グワッ!?」
 賢太はその張り手を両腕を交差して受け止めるが、車に跳ね飛ばされたかのように身体を後方に持っていかれる。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッ、しっぺい太郎にビビるだとっ?・・・違う違う、猿共を使って遊んでいただけだっ・・・い組に番付されてもおかしくない、この悔畔(ぶはん)様が誰を恐れるってっ?」
 悔畔はその巨体を揺らしながら、張り手で飛ばした賢太との距離を詰めていく。

 〔ズンッ!〕
 迫り来る悔畔の大きな腹に賢太の拳がめり込む。

 〔バコンッ!〕
「グホッ?!」
 賢太の一撃にビクともしなかった悔畔の反撃の左の張り手が賢太の身体を再び宙に跳ね飛ばした。

 宙に跳ね上げられた賢太に悔畔の追撃の張り手が迫る。

「オラッ!」〔バカンッ!〕
「ッ!」〔バゴンッ!〕
 賢太の蹴りが悔畔の顔面を捉える。しかし、その蹴りを受け止めた後でも、勢いが止まらない悔畔の右の張り手が賢太の身体を地面へと叩きつけた。

「カハッ?!」
 賢太は地面に叩きつけられるときれいにバウンドして、悔畔の目の前の宙に浮く。

「ワンッ!!!」
 賢太に更に追撃しようとした悔畔に太郎の遠吠えが刺さる。

 動きを止められた悔畔を尻目に賢太の身体が地面に横たわる。

 ぎらつく悔畔の眼光。
「やかましいぃ~~、お犬様やの~~~・・・。」
 悔畔の標的が賢太から太郎へと変わった。





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