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第3幕 虹色の刀士と悪霊連合編

秦右衛門と金太の牙   *挿絵有

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「いや~~・・・鮮やかというかなんというか・・・長年殺人事件を扱ってきた刑事歴の中でも恐ろしいぐらいにきれいな惨殺死体だよ・・・。」
 バーコード頭をかきつつ、年配の背広を着た男性が足元にある遺体を見ながら、感想を話す。

「・・・間違いなさそうですか?」
 空柾が腕組みをしながら、その遺体を一緒に見下ろして、不意に言葉を零す。

「えっ?」
 年配の刑事が後ろを振り返り、空柾を目を丸くしてみている。

「あっ、すいません・・・私、独り言が多いもので・・・。」
 空柾がいつも通りの対応で年配の刑事をはぐらかす。

 空柾が年配の刑事をはぐらかしていると、空柾が意見を求めた者が口を開いた。
「間違いないねぇ~・・・この切れ味・・・骨もきれいに一刀で切断してる・・・奴がこの近くにいるのか・・・いたのか・・・。」
 空柾の隣で、着物の中で腕組みをして、右手だけを胸元から出して、あごを触っている秦右衛門が話す。もちろん、刑事には見えていない。

「・・・・・・。」
 秦右衛門のさらに隣で、黙って遺体を見ている冥。

 悪霊連合討伐のために結成された人と霊の連合軍が発足されて3週間。
 ずっと闘々丸を追っていた秦右衛門達が、今までで一番闘々丸に近付く手がかりを掴もうとしていた。その手がかりは男性の2つの遺体で、2つとも鋭利な刃物で惨殺されていた。一つは廃墟の中、もう一つの遺体は廃墟の外の少し開けた広場で発見された。二つの遺体の身元は判明しており、『Year!tube』という動画投稿サイトで心霊動画を中心に投稿していたそこそこ登録者がいる男性二人組だった。ここの場所は都心から車で4時間弱の山間の森の中にある心霊スポットとして、有名だった廃墟。どうやら、二人はこの心霊スポットで動画を撮影していて、何者かに襲われたようだった。

「すいません、刑事さん・・・廃墟の中も見て回っても、よろしいですか?」
 空柾が丁寧に年配の刑事に廃墟の中を調べる許可をもらうために、頭を下げる。

「えっ、えぇっ・・・先生方には失礼がないように上からも言われてますので・・・あまり、踏み荒らさない程度にして頂ければ・・・。」
 年配の刑事は、丁寧な応対をする空柾に、困惑しながらも丁寧に対応する。

「冥、行こうか?」
「うん。」
 兄妹は示し合わせて、廃墟の中へと入っていく。

 空柾達が廃墟に入っていくと
「どうでしたか?外の遺体は?」
 廃墟の中で、別の遺体を見ていた曹兵衛が空柾達に声を掛けた。

「スッパリ、一刀・・・しかも、霊力を隠さず、そのままときた・・・闘々丸さんはこちらを誘ってらっしゃるようで・・・。」
 秦右衛門がニヤニヤしながら曹兵衛に答える。

「・・・魂の痕跡がありません・・・やはり、取り込まれたと考えるべきでしょう・・・。」
 曹兵衛の隣でそう答えたのは乃華だった。

 乃華も管理官として、闘々丸捜索チームに派遣されていた。
 乃華が言う『取り込まれた』というのは、文字通り、悪霊に魂を抜かれた、又は、食べられたと言っても語弊はない。悪霊は人々を襲い、殺しては魂をもてあそぶ。縄破螺のようにわざわざ人形にしたりして、魂を苦しめて、その恐怖や苦悶を力に変える。他にも、魂自体を己の中に取り込んで力に変えたりもする。闘々丸は後者のようだった。

「秦兄ッ!」
 廃墟を見て回っていた金太が突然、秦右衛門の名前を呼ぶ。

 金太に名前を呼ばれてそちらの方をみる秦右衛門。
「・・・どうやら、お客さんが来た様で・・・。」
 秦右衛門は金太が何かに気付いた事を察知して、周囲をぐるりと見て、そう話す。

「少しまだ距離がありますね・・・刑事さん達が被害にあわないようにしないといけません・・・頼めますか?」
 曹兵衛は地面にお尻を付けない状態でしゃがんだまま、秦右衛門をジッと見て、そう頼んだ。

「任されましょう。」
 秦右衛門はニヤリと口角をあげて、曹兵衛の申し出を快く引き受ける。

「わっ、私も行きますっ・・・サポートぐらいは出来ますのでっ!」
 そう願い出たのは乃華だった。

 そんな乃華の姿を見て、曹兵衛は微笑む。
「それは助かります・・・管理官殿は秦右衛門さん達のサポートを・・・冥さんの警護は私と空柾さん、ヒヒロさんで・・・外の刑事さん達は引き続き、ゴウさん、ノムラさん、サユミさん達で大丈夫でしょう・・・ヒヒロさん、外にそう伝えてきて下さい。」
 続いて、曹兵衛は透かさず、テキパキと部隊の編成、動きを指示して行き、ヒヒロに外との連絡係を頼んだ。

「分かったわ。」
 ヒヒロは曹兵衛の指示に即座に従い、廃墟の外へと文字通り、飛んで行った。

「さてさて、金太さん・・・せっかくのお客さんをオモテナシしましょうか?」
 秦右衛門は着物の中にしまっていた両腕をバッと広げて、着物を直し、腰に下げていた刀を左手で触る。

「メインディッシュの前にちょうどいいやっ。」
 金太は腹をパンと叩いて、準備万端だと答える。








「げへへへっ・・・こんな山奥に人間がギョウサン来とるとは・・・闘々丸も用意がいいや・・・。」
 廃墟から少し離れた茂みの中で、全身ずぶ濡れの男が口からヨダレを垂らしながら歩いている。

 その周りには、人の形が崩れた霊体が何人かついて来ている。

 ずぶ濡れの男が目の前に見える廃墟に向かって歩いていると
「おっとっとっ・・・お客さん・・・ここから先は有料ですよっ。」
 廃墟の方から、そうずぶ濡れの男に声を掛けたのは秦右衛門だった。

 秦右衛門は左手を腰の刀に添えたまま、金太と乃華を後ろに従えて、ニヤニヤしながら、臆する事無く、ずぶ濡れの男に近付いていく。

「・・・えっ・・・秦右衛門さん・・・ちょっと、あいつ、ろ組の悪霊ですよっ?!」
 秦右衛門の後ろからついてきていた乃華が黒革の手帳を見ながら、目の前にいるずぶ濡れの男を見て、そう話した。

「げへへへへへっ・・・式霊如きが、何人いようと、俺の敵じゃぁないね・・・お前達も取り込んでやる・・・。」
 ずぶ濡れの男はそう言うと、自分が来ていたずぶ濡れのワイシャツを両手で広げて、裸体を秦右衛門達に見せ付ける。



 〔ゴボゴボゴボッ・・・ゴボボボボッ・・・。〕
 ワイシャツの下から見えた男の裸体は水のように青みがかった湖面の底のように見え、その湖面に向かって、もがき苦しむ人々の顔が何人も交互に浮かび上がっていた。



「いやはや、これはまたまた・・・悪趣味な事で・・・気を使ってもらって、助かりますねぇ~~・・・。」
 秦右衛門は隣で、悪霊の人々を苦しめる所業に怯える乃華とは裏腹に、笑みを強めて、さらに距離を詰める。

「げははははっ・・・お前達も時期に湖底に沈むっ!」
 ずぶ濡れの男が両手を広げて、そう叫んだ。

「金太君、周りの悪霊は頼んだよっ。」
 秦右衛門が、スラリと刀を抜きながら、目の前のずぶ濡れの悪霊を見据えたまま、金太にそう指示する。

「チッ・・・秦兄はいつもいいとこばっかり食いやがるっ・・・まかせとけっ!」
 金太は舌打ちしたものの、秦右衛門に言われたようにずぶ濡れの悪霊が引き連れている他の悪霊達に向かって行った。

「ちょっとっ、秦右衛門さん!大丈夫なんですか?!周りの悪霊も『は組』ばっかりですよっ!」
 乃華が恐怖で秦右衛門の後ろにしがみ付きながら、金太の心配をする。

「いやっ、ちょっと・・・乃華ちゃん、そんなにしがみ付かれると、刀振れないんですけど・・・。」
 秦右衛門がしがみ付く乃華に視線を移して、そう苦笑いする。と、

 その隙を逃さなかったずぶ濡れの悪霊が秦右衛門に襲い掛かった。
「バカめっ!!!」
 ずぶ濡れの悪霊は叫びながら両手を広げ、茂みを走り抜けて、秦右衛門との距離を一気に詰める。

「乃華ちゃん、大丈夫だから少し離れててね。」
「はっ、ハイッ!?」
 秦右衛門が迫り来る悪霊を見向きもせず、乃華に対応する。乃華は迫ってくる悪霊に恐怖して、自ずと秦右衛門から素早く離れて、後ろに距離を取った。

「お前からっ・・・さっ・・・きいいいいいいいいっ?!」
 ずぶ濡れの男は秦右衛門との距離をいよいよ詰める。が、突然、激変した目の前の状況に驚愕する。



「赤刀 活火激刀かっかげきとう!」〔ゴゴゴゴゴゴゴゴッ、ズバアアアアアアアアアンッ!〕



 秦右衛門は乃華が自分から離れると、乃華から即座に悪霊に向き直り、素早く上段に刀を振り上げ、悪霊に向かって無慈悲に容赦なくその一刀を振り下ろす。その刀は地獄の業火をまとい、燃え上がり、その流れる斬撃が炎の尾を形作る。

「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」
 ずぶ濡れの悪霊は目の前に迫る斬撃よりも、大炎に度肝を抜かれる。
 それが悪霊の魂に最後に刻まれた光景だった。

 〔ジュワアアアアアアアアアアアアッ!!〕
 秦右衛門の一刀を受けた悪霊はその業火に焼かれて、見事に蒸発した。

「ひえっ、化け物っ!」
「にっ、にげっ・・・。」
 金太に数をあっという間に減らされた悪霊達は、自分達のリーダーすらも、あっけなく除霊される光景に恐怖して、背を向けて逃げ出していく。が、その背に閃光が走り、突き抜ける。



 〔パパパパンッ!〕


 逃げ出そうとした悪霊を容赦なく、銃声を上げながら弾丸が打ち抜いていった。

「大当たりぃ~~~・・・さすがの腕前ですねぇ~~~・・・。」
 刀をしまった秦右衛門が拍手をしながら廃墟の方を見て、その人物を讃える。

 そこにいたのは2丁拳銃を構える看護士、もちろん、サユミだった。
「まったく・・・取りこぼしは後々迷惑だから、しっかりしなさいっ。」
 サユミが銃を素早くしまいながら、呆れ顔で秦右衛門達に文句を言う。

「・・・すごっ・・・。」
 乃華はあっという間に『ろ組』を含めた、凶悪な悪霊達を除霊する手練に目を丸くするのが精一杯だった。


「・・・・・・。」
 そんな面々を遠くで見ていたOL姿の女性が静かに森の奥へと姿を消す。
 もちろん、その手には、一振りのきれいな脇差が握られていた。





 

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