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第3幕 虹色の刀士と悪霊連合編
菊の助と大妖怪
しおりを挟む善朗は武家屋敷で菊の助からの稽古の話を聞いた後、今、三途の川の船着場から少し離れた岸に立っている・・・いや、ある者を見て、立ち尽くしている。
「・・・・・・。」
善朗は目の前で展開される光景を見て、開いた口が塞がらない。
善朗はそれを絵でしか見た事がなく、話でしか聞いた事がない。ゲームでも、漫画でも、アニメでも、日本を舞台にした話には時折登場するそれが、今、目の前で青年菊の助や大前と友達のように話をしている。
それは、真っ赤な顔に白髪のロングヘア、立派な白い髭を携えて、鋭い眼光が今は旧友との世間話で緩んでいる。シワが多いのは、経験の長さからか。足には、なんとも器用に足の長い一本歯下駄を履いている。そして、忘れてならないのは、その鼻だろう・・・人間とは思えないピノキオのような立派な鼻がその人物の象徴として、その存在を誇示している。
「主殿、大天狗殿をそんな顔をしたまま見ていては、失礼だろう?ちゃんと挨拶しないか。」
大前があんぐりと口を開けたまま、大天狗を見ている善朗にニコニコしながら注意をする。
「・・・はっ・・・初めまして・・・善湖善朗と言います・・・だっ、大天狗様・・・よろしくお願いします・・・。」
善朗は大前の言葉にハッとして、口を閉じて、丁寧に自己紹介をして、頭を深々と下げた。
「はっはっはっはっ、菊の助が久々に桃源郷に行きたいと言ってきたから、不思議と思ってきてみたら、人間の若い魂をつれていくというのでびっくりしたぞ。」
大天狗は腰に手を当てて、胸をはり、その高い目線から善朗を笑顔で見下ろしている。
「これから、ちょっともんでやろうと思いましてなっ・・・時間が惜しいので、どうしても桃源郷に行かねばならないのですよっ。」
腕組みをして、ニコニコと善朗を見ながら、大天狗に事情を話す菊の助。
「連れて行くのは構わんが、奴に土産の一つも持っていかねば、腹を曲げて入れてもらえぬぞ。」
大天狗が菊の助に視線を移して、片眉毛を上げて、ジロリと見る。
「もちろん、ブツはちゃんと用意してありますともっ・・・この霊界特別性のロッドとルアーを持っていけば、あの方もお喜びになるでしょうっ。」
菊の助は、大天狗に尋ねられた解答を両手に持って、高々と大天狗に見せ付けた。
菊の助の両手に持たれているのは、どうみても釣り道具・・・しかも、コテコテの現代チックな釣竿と疑似餌だった。
「ほほ~~っ、ワシには釣りの良し悪しはよう分からんが、あやつが喜びそうだな・・・。」
大天狗は菊の助の用意した釣り道具をマジマジと眺めて、感想を言う。
「それでは、大天狗殿っ・・・早速で悪いのですが、桃源郷に連れて行ってもらってよろしいですかな?」
菊の助は釣り道具を下げて、大天狗に軽く会釈をして、桃源郷への案内を頼んだ。
「菊の助の頼みとあらば、桃源郷ぐらい、いつでも連れてって行ってやろうっ。」
大天狗はそう言うと右手に大きな羽団扇を持って、軽く一振りして、その場所に善朗ぐらいの高さの旋風(つむじ)を生み出した。
すると、その旋風が砂埃を巻き上げながら、宙にフワフワ浮くと、その場所から淡いピンク色の煙と白いキラキラしたモヤ状の塊が姿を現した。
「大天狗殿っ、大変ありがたいっ!・・・よし、善朗っ、早速参ろうぞっ!」
淡いピンク色のモヤモヤを発生させた大天狗に、菊の助は深々と再び頭を下げ、頭をスッと上げるとニコニコと善朗に視線を向けて、声をかけ、促した。
どうやら、この淡いピンクのモヤモヤの中に入ると、桃源郷に行ける様だ。
「どれ、ワシもあいつと会うのは久しい・・・挨拶ぐらいしてやるかっ。」
大天狗はそう言うと、ピンク色のモヤの中に意気揚々と一番乗りで、入っていった。
「どうした、善朗っ・・・怖気づいたか?」
菊の助が大天狗に続いて、ピンク色のモヤに半身を入れた状態で、後ろを振り返り、そこを動こうとしない善朗に声をかける。
「・・・・・・。」
善朗は恐怖心や不安だけでじっとしているわけではなかった。ジッとここまで黙ってついてきていた乃華を見ている。
「・・・・・・。」
乃華は乃華で、静かに胸の前で手と手合わせて握り込み、黙って善朗を見返していた。
この二人が神妙になるには理由があった。
武家屋敷を出る時に、ちょうど菊の助の指示で動こうとしていた秦右衛門と会い、秦右衛門にこう忠告されたのだ。
「殿の稽古は死ぬ気で生にしがみ付かねば、消滅するかもしれないよ・・・。」
いつもの冗談のような軽い口調だが、その時の秦右衛門の目は人を欺くような軽い目ではなかった。その言葉を隣で聞いていた乃華は、そこから一言もしゃべれずにここまで来ていた。
「・・・・・・主っ、先に行っておるぞ・・・主も用事を済ませて、早く来いっ。」
大前が気を利かせて、無粋な邪魔をしないように善朗にそれだけ告げると、黙って見ていた菊の助をモヤの中に押し込み、モヤの中に一緒に姿を消した。
「・・・よっ、善朗さん・・・その・・・気をつけて・・・。」
乃華が精一杯の勇気を振り絞って、言葉を発する。
「はいっ、頑張ってきますっ。」
善朗は透かさず、精一杯の笑顔で乃華に答える。
「あのっ。」
「あのっ。」
次に発せられた二人の一言が、空中でぶつかり合う。
「・・・・・・おっ、おさきにどうぞ・・・。」
しばらくの沈黙の後、乃華が善朗に順番を譲る。
「・・・あっ・・・その・・・乃華さんは桃源郷とか行った事ありますか?」
順番を譲ってもらった善朗が乃華に軽い質問をする。
「・・・いえ・・・すごいですね・・・私達でも、なかなか行けないところですし・・・羨ましいです・・・伊予が聞いたら、喜んで飛んできそう・・・。」
乃華がソワソワしながら目線を外し、善朗に答える。
「はははっ、伊予さんって好奇心旺盛ですもんね・・・。」
善朗が乃華に愛想笑いを向ける。
「本当に気をつけて行ってきて下さいねっ・・・私も、善朗さんがこっちに戻ってきた時に、すぐ動けるように出来る限りの情報を集めてますので・・・。」
乃華が善朗の次の言葉を封じるように慌しく言葉をまくし立てる。
「・・・・・・。」
善朗は言えなかった。
一緒に来てくれませんか?
その一言が乃華の言葉に打ち消された。
善朗は実際、怖くて仕方がなかった。確かに、強くなりたいと思っていたが、佐乃の下では、辛い稽古はあったものの、佐乃がちゃんと考えていてくれたのか消滅の危険性などなく、毎日、平和と言えば平和だった。しかし、今回はそんな生易しい一時が待ってはいないと、秦右衛門の態度で善朗でもわかった。だから、少しでも気の安らぎを近くに居た乃華に自然と求めてしまった。
考えてみれば、善朗は17歳。
霊界でしばらく過ごしていたにしても、成人まではまだ時間がある。そんな子供が、もしかしたら、消滅して、この世界からいなくなるかもしれないという恐怖に、足が震えても仕方のないことだっただろう。そんな善朗と違うように見える乃華だったが、
乃華は乃華で、自分を押し殺して、我慢していた。
きっと善朗の事を止めてしまう。
そんな危ない事しなくても、他の誰かに任せれば。
しかし、乃華はその言葉を飲み込んだ。
もしかしたら、乃華の考えている通り、善朗がそこまで頑張らなくても、闘々丸は他の誰かに除霊されるかもしれない。だが、乃華は止める事が出来なかった。
それは女の勘?なのか。
今まで、様々な魂の行く末を見てきた案内人として勘なのか。
乃華の深層心理のさらに奥が、何かに怯え、震えていた。
誰かが闘々丸を除霊するかもしれない。が、その時に、善朗が自分の隣で、無事でいると言う根拠がなかった。
なぜだか分からない。
漠然とした絶対的な正体の分からない不安の根元が乃華の心の奥を震わせていた。だが、乃華には分からない根拠を、大前や菊の助は知っている。だからこそ、善朗に消滅の危険があると知りながらも稽古をつけるだろうと、乃華は自分自身にそう言い聞かせて、納得させた。
「ちゃちゃっと稽古なんか終わらせて、ババンと闘々丸なんていう妖刀、へし折っちゃって下さいっ。」
乃華は両手でガッツポーズを作って、作り笑いを善朗に向ける。
そんな乃華は知っている。
闘々丸と言う妖刀がどれほどの強さを持っているのか。
闘々丸は、冥達が先日、闘々丸がわざと残した遺体の残留霊力から強さを調べ直し、番付し直したのだった。
その最新の悪霊いろは番付の『い組』に、新たに分類された妖刀、それが闘々丸だった。
い組とは、ろ組には入らない、入れられない、計り知れない強さを持つ悪霊などをごちゃ混ぜにしている最上位の番付。い組というだけで、強さはピンからキリまであり、式霊を連れた霊能力者が束になっても、とても勝てるかどうか分からないという霊界がお墨付きを与えたようなものだった。
そんな相手が、ちょっと稽古したぐらいで勝てるとは乃華には到底思えなかった。しかし、今は稽古をすれば、善朗が消滅を免れると信じるしかなかった。そして、その可能性を少しでも上げる為に、自分は自分で精一杯情報をかき集めて、まずは善朗が稽古から無事に帰ってくるのを待つしかないと、結論を自分の中だけで出したのだった。
そんな心配を表には見せず、必死に笑顔を作る乃華に向けて、
「はいっ、行ってきますっ。」
善朗は今出来る精一杯の笑顔を乃華に向けて、会釈をし、モヤの中へと消えて行った。
「・・・ッ・・・。」
乃華は『待って』の一言を喉の奥でとめて、飲み込む。
乃華は祈るしかない。
無事に善朗が帰ってくる事を・・・誰よりも、もっとも身近に感じている神に。
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