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幕間2 霊能力者で女子高生  鼓條 冥編

聖人君子、品行方正、人はそうありたいと望むけど、生きていたら自然と手は汚れて行くもので、ふと、赤ちゃんの純真な柔らかい手を思い出す

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「・・・私って、ひどい女だよね・・・。」
「ッ?!」
 暗い夜道を歩く冥が、突然足を止めて、善朗達にそう呟く。善朗はそんな冥の言葉に目を丸くさせて、大前の顔と冥の顔を交互に見る。大前は、手を頭の後ろに組んだ状態でキョトンとした表情で冥を見ている。


「えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ・・・。」
 善朗が困惑の余り慌て出す。


「・・・人間というのは・・・いつの世も若者は綺麗にありたいと思うものよな・・・。」
 大前が頭の後ろで組んだ手を外し、肩一回浮かせて、呆れ顔を冥に向ける。


「・・・私はあの子を結果的に仕返しに利用した・・・そのせいで、あの子の罰が重くなるかもしれないと分かってたのに・・・。」
 冥は俯いて、肩を震わせている。

「だから、どうしたというのじゃ?」
「ッ?!」
 大前が、落ち込む冥を突き放すように言葉をぶつける。善朗はそんな大前の態度にハッとする。

「・・・お主が、あの学校に入って、あの子に出会って、わざわざ結界まで作っていたのは聞いた。」
 大前は腕組みをして、冥を真剣な目で見ている。

 あのお下げ髪の少女は、冥があの学校に入学した時に、すでに出会っていた。冥が自分の通う学校に悪さをする霊がいないか見て回った時に、あの旧校舎で見つけたのだ。冥がまだ、学校にちょくちょく顔を出していた頃、そこから少女は冥に会うたびに笑顔で冥を迎えてくれ、いつしか二人は友達のようなものになっていた。冥はそんな少女を守るために、悪い霊が近付かないようにと、旧校舎に結界を作ってあげていた。幸い、少女は自縛霊ではないが、その場所から移動するような霊ではなかったので、結界はそれなりに少女を守っていた。しかし、それは冥なりの優しさとは別に、友達を失いたくないという欲が形になったモノだった。本当なら、冥は霊能力者として、少女を見つけた段階で、案内人に引き渡すのが正しい行いだと知ってはいたのだが、学校に友達が居なかった冥の心のより所だったことが、冥の思考を狂わせ、今回の結果に繋がってしまっていた。

「・・・あの子は、早く成仏させてあげるべきだったのに・・・。」
 冥が堪らず、涙を流す。

 結界は定期的に張り替えなければいけなかったのだが、縄破螺の件などがあり、結界の張替えのために、学校に足が向く時間がどうしてもなかった。その結果、結界は劣化し、せき止められていた学校の負の感情が、結界で空白となっていた旧校舎に雪崩れ込み、その負の感情の波に少女が飲み込まれてしまうことになる。その流れ込んだ負の感情が、少女が望まぬながらも、少女の深層心理の怨み辛みを増幅させてしまい、周辺の霊を巻き込んで、怨霊となってしまったのだった。

「・・・・・・。」
 どうしていいか分からない善朗が、未だに大前と冥の間で揺れていた。

「オヌシは、だからわざわざ今回の仕事に、自分から名乗りを上げたのじゃろ?ご苦労な事に、主を使って、管理官の乃華まで呼びつけて・・・。」
 大前が腕組みをして、善朗の方をチラリと見て、冥に向けて話す。

「・・・いや、俺は・・・べつに・・・話を聞いたら・・・。」
 大前の目にオドオドし出す善朗。

 乃華がタイミング良くあの場所に来ていたのは、事前に善朗から依頼されたからだった。本来ならば、管理官となった乃華が行くような仕事ではなかったのだが、少女の話を聞いてしまった善朗の土下座に屈した形だった。乃華を通す事で、少しでも少女の罰を軽くしてもらおうという冥の浅ましい考えだったのは言うまでもない。

「・・・ありがとうね、善朗君・・・きっと査定下がっちゃうね・・・。」
 冥は塞ぎこんだまま、善朗の方向を向いて、頭を深々と下げた。

「いいいいいいや、いやいや・・・いいよいいよ、そんなの気にしなくてっ。」
 泣いて塞ぎこんでいる冥の謝罪に善朗は大混乱になる。

「主よっ・・・そう言うときは、身体で払えと、言ってやれば、いいのだぞっ。」
「何言ってんだよっ!」
 大前が善朗の慌てようにとんでもない発言をすると、善朗が慌てて、怒鳴る。

「ふふふっ・・・二人ともありがとうね・・・長い時間私のわがままに付き合ってもらって、後はタクシー拾うから、いいわよ。」
 冥がやっと顔を上げて二人を見て微笑む。その顔には拭ききれなかった涙の筋がある。


「冥よ・・・人間、綺麗に生きるのは難しい・・・神とて、欲望に手を染めるのだぞ・・・人間のお前達が綺麗に生きれるわけが無かろう・・・開き直って、欲望に身を任せろということではない・・・完璧を求めて、自分を苦しめるような生き方はするのは良くないということじゃ・・・時に、やってしまったとて、その時はその時じゃ・・・責任を取って、ちゃんと謝れる人間になればよい・・・そういう心構えを普段から持っている人間なら、そうそう人の道を外すような事はせん・・・後は、お天道様が判断してくれるっ。」
 大前はそう話して、最後にニッコリと微笑んだ。


「・・・ありがとう、大前。」
 冥は大前の言葉をしっかりと心に留めて、笑顔を返す。

「よしっ・・・ほら、主よ。さっさと帰って、どら焼きを食わせてくれぃっ。」
 大前は冥の笑顔を見て、ヒョイッと善朗の服を引っ張りながら、天に向かって飛び出した。

「ちょちょちょちょっ・・・冥さんっ!元気出してねっ!」
 善朗は大前に引っ張られながらも、冥に大きく手を振って、言葉を送る。



(二人とも、本当にありがとうっ!)
 冥は天に昇っていく仲間に手を振って、心の中で大声でお礼を言った。


(チエコちゃん・・・今度はちゃんと友達になろうね・・・。)
 冥は仲間二人を最後まで見送ると、少し軽くなった足取りで、タクシーをつかまえるべく、大通りに続く道を歩き出した。




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