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第2幕 霊界 ネオ大江戸辰区縄張り激闘編
霊界の政(まつりごと)
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区長室で、ドタバタしている善朗達を他所に、区役所を出たササツキがある路地を歩いていた。
(・・・まったく、金太はともかくとして、秦右衛門は飲んだくれてるようで勘が鋭い奴だからな・・・余計な言葉でも出して、警戒されては敵わない・・・区長への工作は日を改めないと・・・。)
ササツキはそう考えを巡らせながら、懐から手帳を取り出す。
「・・・・・・やはり、今日は金太が常駐している日だったはず・・・秦右衛門め・・・わざと日にちをずらしていたかもしれないな・・・。」
手帳を開いて、どうやら秦右衛門達の区役所の常駐の日程を確認しているようだった。
そんなササツキに声をかける者がいた。
「・・・んっ?・・・ササツキのだんなやあらへんか?」
ササツキが歩いていると、若い声の関西弁がササツキの耳に届く。
「・・・あぁっ、これはこれは賢太君・・・見回りかい?」
ササツキは手帳をそそくさとしまって、声を掛けてきたバリバリの昭和のヤンキーの象徴みたいな服装をした雅嶺賢太に挨拶をした。
「・・・まぁ、そんなもんやっ・・・だんなはどないしたん?」
賢太は違う組の組長のササツキに気軽に尋ねる。
「・・・いやね、虎丞のオジキの耳に入れておこうかと思う情報を手に入れたんでね。」
ニコニコとしながらササツキが賢太にそう話す。
「おぉっ、ホンマですかっ!・・・だんなの情報にはよう助けられとるから、オジキも喜びますよっ!」
満面の笑顔でササツキにお礼をいう賢太。
「いえいえ、そんな・・・持ちつ持たれつですからねっ。」
相変わらずニコニコとササツキが答える。
「・・・・・・ところで・・・その情報っていうのは、なんですのん?」
賢太がササツキにそそくさと身を寄せて、左手で顔を隠すようにササツキの耳元で尋ねる。
「・・・フフフッ・・・虎丞のオジキにだけ伝えたい取って置きの情報なんですがね・・・私も一目置く特攻隊長の賢太君にも教えていいでしょう・・・。」
賢太の質問にニヤリと笑って、ササツキが賢太の耳元に顔を近づける。
「・・・あの例の少年が区長室で話しこんでいましてね・・・いよいよかもしれないと思いまして・・・。」
静かに口角を上げながらササツキが賢太の耳元でささやく。
「・・・なっ・・・あいつぅ~~・・・。」
ササツキの情報を聞いて、目を丸々として、次第に顔を歪めていく賢太。
「・・・んっ?・・・賢太さんも例の少年をご存知で?」
姿勢を戻して、腕組みをするササツキが賢太に尋ねる。
「・・・・・・一度、顔は見とる・・・ヒョロヒョロしとるガキやからと思っとったが・・・まさか、ろ組の悪霊を除霊できるような奴とは思わんかった・・・。」
みるみる怒りの形相になる賢太が、両拳を握りこみながら善朗の事を思い出す。
「・・・たしかに霊は外見だけでは霊力は測れないからね・・・分かったとしても、今度はそれを隠す達人もいるみたいだしね・・・。」
賢太の怒りに合わせる様にササツキが悔しそうな口調で話す。
「・・・ホンマにあいつは達人のようには見えんかったっ・・・ここ何週間で化けたっちゅうんか?」
賢太はギロリとササツキを睨んで尋ねる。
「・・・・・・どうだろうね・・・私の情報だと、佐乃道場に入り浸ってるって聞いてるから・・・本当にいよいよあの殿様が動き出そうと画策してるかもね・・・。」
右手でアゴを触りながら賢太にペラペラとしゃべるササツキ。
「・・・・・・ササツキのだんな・・・オジキにはよう言ったってやっ・・・俺は俺で、動くわっ・・・。」
そう言うと賢太は足早に何処かへとドスンドスンと歩いていった。
「・・・・・・がんばってっ・・・。」
ニヤニヤと口角を上げながらササツキが賢太に小さく手を振って、見送る。
「・・・ククッ。」(・・・さて、今度は腰の重い虎丞か・・・動き次第では・・・。)
賢太に背を向けて、腕組みをしながらササツキが小さく笑って歩き出す。
少し歩くと、大きな門があり、そこの見張りに手を振って挨拶をすると、何事も無いかのようにその中へ入っていくササツキ。
その門の看板には『△○寺』という文字が書かれていた。
そこは紛れもない、虎丞組の本拠地だった。
「失礼しますっ!・・・オジキッ、ササツキのだんなが来られていますっ。」
一人の背広を着た男性が部屋で瞑想をしていた大柄の男に深々とお辞儀をした後、用件を伝える。
「・・・・・・。」
男の声にも微動だにしない大柄な男。
「・・・・・・。」
背広の男は反応が無いのが当然と言わんばかりに、休めの体勢でジッとその場で待っている。
「・・・そうか・・・通せ・・・。」
大柄の男がゆっくりと目を開いて、ゆっくりと口を開き、用件を背広の男に伝える。
「押忍ッ!!」
大柄の男の言葉に大きく胸を張って返事をする背広の男。
深々とお辞儀を再度した後、急ぎ足なのにも関わらず、すり足で音を立てずにその場を離れた。
(・・・ササツキめ・・・今度は何しに来た・・・。)
大柄の男は再度目をゆっくりと閉じて、瞑想に戻った。
大柄の男は頭に手拭いを巻いているが、その下はスキンヘッドで、額には大きな傷が手拭いからはみ出して少し見えている。顔のあちこちにも小さな傷が入っており、彫りは深い。頭を支える首も太く、どっしりとしていて、黒い袈裟を身にまとっているが、その端々は擦り切れている。隠し切れない筋肉が袈裟の奥から存在感を示し、お寺に勤めているお坊さんというよりは、山で苦行をするような苦行僧に見える。
「・・・これはこれは、虎丞さん・・・修行中でしたか?」
背広の男が消えてから少しして、部屋の出入り口の障子の間からササツキが顔を出した。
「・・・・・・かまわん、丁度区切りをつけるところだ・・・。」
虎丞という大柄の男はササツキの声に反応して、目をパッと開き、アグラをしたまま、両拳を畳につけて、器用に身体全体をササツキの方向へと向けた。
「・・・それはよかった・・・是非ともお伝えしたい事がありまして・・・時間は早いと思ったのですが・・・。」
「かしこまるな・・・さっさと用件を言え・・・。」
ササツキが丁寧に言葉を選びながら部屋に入ると、食い気味に虎丞がササツキを急かした。
虎丞の眉間には少しシワが寄り、どうやらササツキのことを余り良くは思っていないようだった。
「・・・まぁまぁっ・・・そう急がずに・・・取って置きの情報ですよ。」
ササツキは虎丞の節々を感じ取りながらもニコニコと部屋に入って、虎丞の対面に正座で座る。
「・・・・・・また、佐乃のことではないのか?」
大体の見当をつけて虎丞がササツキに言葉を投げる。
「・・・さすが虎丞さん・・・遠からずですね・・・。」
虎丞の言葉にニヤリと口角をさらに上げるササツキ。
「・・・・・・。」
ササツキのもったいぶった態度に少しイラつき出す虎丞。
「・・・例の少年の事は虎丞さんもご存知でしょう?・・・あの少年の動きの事なんですが・・・。」
「・・・例の少年・・・賢太が一度見てきたという・・・あの少年の事か?」
「・・・えぇっ・・・その少年が、今日秦右衛門に連れられて区役所の区長室に居りまして・・・大手柄の少年ですから・・・その動きには敏感でないとですね・・・。」
ササツキの態度に苛立っていた虎丞だったが、例の少年、善朗の事となると、警戒が少し和らいだ。虎丞の警戒が和らいだのを感じ取ったササツキがさらに続ける。
「どうやら、あの少年・・・佐乃道場に入り浸っているようで・・・ろ組の除霊を成功させた逸材でしょう?・・・勢力図が変わりはしないかとヒヤヒヤしてるんですよ・・・。」
ニコニコから少し顔を戻して、ササツキが重い口調で話し出す。
「・・・賢太からは大した事がないと聞いていたが・・・佐乃の元にいるのか・・・菊の助が預けたと?」
虎丞の上体が無意識に少しササツキに近付く。
「・・・今までも、菊の助と佐乃の陣営は近かったでしょう・・・あの少年のおかげで、資金も潤沢になったようですよ・・・これ以上、厄介になる前に手を打つべきでは?と思いまして・・・。」
ササツキも虎丞に合わせて、少し上体を前のめりにする。
「・・・ッ・・・・・・いや・・・お前がどう思おうが、これ以上の揉め事は互いを潰しかねない・・・その情報が確かなら、俺が今度菊の助と話そう・・・。」
虎丞は前のめりなった自分をいさめて、上体を戻して腕組みをし、目を閉じて、冷静にそうササツキに告げる。
「・・・・・・最近、虎丞組は稼ぎがままならないんじゃないですか?」
ササツキも姿勢を正して、不意に袖から扇子を取り出して、パッと開き、口元を隠した。
「・・・・・・それがどうしっ。」
「オジキッ!大変ですっ、キチゾウ達が暴れてるってっ!?」
静かだった部屋に突然、背広の男が血相を変えて入ってくる。
「・・・・・・。」
「佐乃の所の連中ともめてるらしいですっ!」
虎丞はササツキに答えようとした言葉を引っ込めて、背広の男を顔を見てから、ササツキに目を丸々として視線を移す。
背広の男は完全に混乱した様子で、四つんばいに倒れこみ、虎丞に助けを求める視線を送る。
「・・・ササツキ・・・お前・・・何をした?」
驚きを隠せない虎丞がササツキに問う。
「・・・・・・何の事でしょうか?・・・どうやら、慌しくなられるようなので・・・私はこれで失礼しましょう・・・。」
扇子で表情を隠したままササツキが静かに立ち上がって部屋から出ようとする。
「ササツキッ!」
虎丞が勢い良く立ち上がって、ササツキに向かって名を叫ぶ。
「・・・何か?・・・あぁっ・・・何か虎丞さんがお困りなら、いつでも準備はしてありますので、必要とあらば、お声をお掛け下さい・・・自宅でお待ちしておりますよ・・・。」
虎丞の大声にも一切動じる事無く、ササツキがペラペラと言葉を並べて、言い終わるとあっさりと姿を消した。
「・・・・・・。」
ササツキが出て行ってからも虎丞は立ち尽くすしかなかった。
「オジキッ!どうしますかっ?!」
背広の男は棒立ちする虎丞に四つんばいで近付いて、指示を待つ。
「・・・賢太は・・・賢太はどうした?」
虎丞は突然嫌な予感がして、賢太の事を背広の男に尋ねる。
「・・・・・・いえっ・・・今日は縄張りの見回りにって、出て行ったまま姿は見てません・・・。」
突然の虎丞の問いに、逆に冷静になって答える背広の男。
「・・・お前は今すぐ賢太を探せっ!・・・暴れてる奴らは俺が何とかするっ!」
「オッ、押忍ッ!」
虎丞は状況を整理して、背広の男に指示を出すと勢い良く部屋を飛び出していく。
背広の男も虎丞からの指示を聞き、気持ちを落ち着けて、虎丞の後を追うように出て行く。
「・・・善朗君、あきないねぇ~・・・。」
秦右衛門が通い徳利でお酒をチビチビ飲みながら善朗の隣を歩いている。
「・・・稽古にあきるとかあきないとかないと思いますけど・・・。」
善朗は苦笑いしながら秦右衛門の言葉に答える。
「・・・たまには息抜きしなよぉ~・・・若いんだからぁ~・・・。」
秦右衛門がそう言いながら善朗の肩を抱く。
「・・・秦右衛門さんは息抜きしすぎじゃないですか?・・・大体、タロさんはよかったんですか?」
肩を抱かれるが、少し抵抗するように身を引く善朗。
「・・・あぁっ、いいのいいの・・・今日はもう大丈夫だろうから。」
通い徳利で酒を飲みながら軽い口調で答える秦右衛門。
(・・・そうかな・・・タロさん、無茶苦茶秦右衛門さんに泣きついてたのに・・・。)
善朗は秦右衛門が善朗と共に区長室を出ようとした際に、タロさんが泣きじゃくりながら秦右衛門に「なぜ出て行くのか?」と足にしがみ付いていた様子を思い出す。
そこまで泣きついていたタロさんを軽く振り払って、秦右衛門は佐乃道場に帰る善朗について来ていた。そして、善朗達が佐乃道場の近くに戻ってきた時だった。
「タノモオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
「ッ?!」
佐乃道場の前で大きな声で叫ぶヤンキーの声が少し離れた善朗達の耳を刺す。
(・・・まったく、金太はともかくとして、秦右衛門は飲んだくれてるようで勘が鋭い奴だからな・・・余計な言葉でも出して、警戒されては敵わない・・・区長への工作は日を改めないと・・・。)
ササツキはそう考えを巡らせながら、懐から手帳を取り出す。
「・・・・・・やはり、今日は金太が常駐している日だったはず・・・秦右衛門め・・・わざと日にちをずらしていたかもしれないな・・・。」
手帳を開いて、どうやら秦右衛門達の区役所の常駐の日程を確認しているようだった。
そんなササツキに声をかける者がいた。
「・・・んっ?・・・ササツキのだんなやあらへんか?」
ササツキが歩いていると、若い声の関西弁がササツキの耳に届く。
「・・・あぁっ、これはこれは賢太君・・・見回りかい?」
ササツキは手帳をそそくさとしまって、声を掛けてきたバリバリの昭和のヤンキーの象徴みたいな服装をした雅嶺賢太に挨拶をした。
「・・・まぁ、そんなもんやっ・・・だんなはどないしたん?」
賢太は違う組の組長のササツキに気軽に尋ねる。
「・・・いやね、虎丞のオジキの耳に入れておこうかと思う情報を手に入れたんでね。」
ニコニコとしながらササツキが賢太にそう話す。
「おぉっ、ホンマですかっ!・・・だんなの情報にはよう助けられとるから、オジキも喜びますよっ!」
満面の笑顔でササツキにお礼をいう賢太。
「いえいえ、そんな・・・持ちつ持たれつですからねっ。」
相変わらずニコニコとササツキが答える。
「・・・・・・ところで・・・その情報っていうのは、なんですのん?」
賢太がササツキにそそくさと身を寄せて、左手で顔を隠すようにササツキの耳元で尋ねる。
「・・・フフフッ・・・虎丞のオジキにだけ伝えたい取って置きの情報なんですがね・・・私も一目置く特攻隊長の賢太君にも教えていいでしょう・・・。」
賢太の質問にニヤリと笑って、ササツキが賢太の耳元に顔を近づける。
「・・・あの例の少年が区長室で話しこんでいましてね・・・いよいよかもしれないと思いまして・・・。」
静かに口角を上げながらササツキが賢太の耳元でささやく。
「・・・なっ・・・あいつぅ~~・・・。」
ササツキの情報を聞いて、目を丸々として、次第に顔を歪めていく賢太。
「・・・んっ?・・・賢太さんも例の少年をご存知で?」
姿勢を戻して、腕組みをするササツキが賢太に尋ねる。
「・・・・・・一度、顔は見とる・・・ヒョロヒョロしとるガキやからと思っとったが・・・まさか、ろ組の悪霊を除霊できるような奴とは思わんかった・・・。」
みるみる怒りの形相になる賢太が、両拳を握りこみながら善朗の事を思い出す。
「・・・たしかに霊は外見だけでは霊力は測れないからね・・・分かったとしても、今度はそれを隠す達人もいるみたいだしね・・・。」
賢太の怒りに合わせる様にササツキが悔しそうな口調で話す。
「・・・ホンマにあいつは達人のようには見えんかったっ・・・ここ何週間で化けたっちゅうんか?」
賢太はギロリとササツキを睨んで尋ねる。
「・・・・・・どうだろうね・・・私の情報だと、佐乃道場に入り浸ってるって聞いてるから・・・本当にいよいよあの殿様が動き出そうと画策してるかもね・・・。」
右手でアゴを触りながら賢太にペラペラとしゃべるササツキ。
「・・・・・・ササツキのだんな・・・オジキにはよう言ったってやっ・・・俺は俺で、動くわっ・・・。」
そう言うと賢太は足早に何処かへとドスンドスンと歩いていった。
「・・・・・・がんばってっ・・・。」
ニヤニヤと口角を上げながらササツキが賢太に小さく手を振って、見送る。
「・・・ククッ。」(・・・さて、今度は腰の重い虎丞か・・・動き次第では・・・。)
賢太に背を向けて、腕組みをしながらササツキが小さく笑って歩き出す。
少し歩くと、大きな門があり、そこの見張りに手を振って挨拶をすると、何事も無いかのようにその中へ入っていくササツキ。
その門の看板には『△○寺』という文字が書かれていた。
そこは紛れもない、虎丞組の本拠地だった。
「失礼しますっ!・・・オジキッ、ササツキのだんなが来られていますっ。」
一人の背広を着た男性が部屋で瞑想をしていた大柄の男に深々とお辞儀をした後、用件を伝える。
「・・・・・・。」
男の声にも微動だにしない大柄な男。
「・・・・・・。」
背広の男は反応が無いのが当然と言わんばかりに、休めの体勢でジッとその場で待っている。
「・・・そうか・・・通せ・・・。」
大柄の男がゆっくりと目を開いて、ゆっくりと口を開き、用件を背広の男に伝える。
「押忍ッ!!」
大柄の男の言葉に大きく胸を張って返事をする背広の男。
深々とお辞儀を再度した後、急ぎ足なのにも関わらず、すり足で音を立てずにその場を離れた。
(・・・ササツキめ・・・今度は何しに来た・・・。)
大柄の男は再度目をゆっくりと閉じて、瞑想に戻った。
大柄の男は頭に手拭いを巻いているが、その下はスキンヘッドで、額には大きな傷が手拭いからはみ出して少し見えている。顔のあちこちにも小さな傷が入っており、彫りは深い。頭を支える首も太く、どっしりとしていて、黒い袈裟を身にまとっているが、その端々は擦り切れている。隠し切れない筋肉が袈裟の奥から存在感を示し、お寺に勤めているお坊さんというよりは、山で苦行をするような苦行僧に見える。
「・・・これはこれは、虎丞さん・・・修行中でしたか?」
背広の男が消えてから少しして、部屋の出入り口の障子の間からササツキが顔を出した。
「・・・・・・かまわん、丁度区切りをつけるところだ・・・。」
虎丞という大柄の男はササツキの声に反応して、目をパッと開き、アグラをしたまま、両拳を畳につけて、器用に身体全体をササツキの方向へと向けた。
「・・・それはよかった・・・是非ともお伝えしたい事がありまして・・・時間は早いと思ったのですが・・・。」
「かしこまるな・・・さっさと用件を言え・・・。」
ササツキが丁寧に言葉を選びながら部屋に入ると、食い気味に虎丞がササツキを急かした。
虎丞の眉間には少しシワが寄り、どうやらササツキのことを余り良くは思っていないようだった。
「・・・まぁまぁっ・・・そう急がずに・・・取って置きの情報ですよ。」
ササツキは虎丞の節々を感じ取りながらもニコニコと部屋に入って、虎丞の対面に正座で座る。
「・・・・・・また、佐乃のことではないのか?」
大体の見当をつけて虎丞がササツキに言葉を投げる。
「・・・さすが虎丞さん・・・遠からずですね・・・。」
虎丞の言葉にニヤリと口角をさらに上げるササツキ。
「・・・・・・。」
ササツキのもったいぶった態度に少しイラつき出す虎丞。
「・・・例の少年の事は虎丞さんもご存知でしょう?・・・あの少年の動きの事なんですが・・・。」
「・・・例の少年・・・賢太が一度見てきたという・・・あの少年の事か?」
「・・・えぇっ・・・その少年が、今日秦右衛門に連れられて区役所の区長室に居りまして・・・大手柄の少年ですから・・・その動きには敏感でないとですね・・・。」
ササツキの態度に苛立っていた虎丞だったが、例の少年、善朗の事となると、警戒が少し和らいだ。虎丞の警戒が和らいだのを感じ取ったササツキがさらに続ける。
「どうやら、あの少年・・・佐乃道場に入り浸っているようで・・・ろ組の除霊を成功させた逸材でしょう?・・・勢力図が変わりはしないかとヒヤヒヤしてるんですよ・・・。」
ニコニコから少し顔を戻して、ササツキが重い口調で話し出す。
「・・・賢太からは大した事がないと聞いていたが・・・佐乃の元にいるのか・・・菊の助が預けたと?」
虎丞の上体が無意識に少しササツキに近付く。
「・・・今までも、菊の助と佐乃の陣営は近かったでしょう・・・あの少年のおかげで、資金も潤沢になったようですよ・・・これ以上、厄介になる前に手を打つべきでは?と思いまして・・・。」
ササツキも虎丞に合わせて、少し上体を前のめりにする。
「・・・ッ・・・・・・いや・・・お前がどう思おうが、これ以上の揉め事は互いを潰しかねない・・・その情報が確かなら、俺が今度菊の助と話そう・・・。」
虎丞は前のめりなった自分をいさめて、上体を戻して腕組みをし、目を閉じて、冷静にそうササツキに告げる。
「・・・・・・最近、虎丞組は稼ぎがままならないんじゃないですか?」
ササツキも姿勢を正して、不意に袖から扇子を取り出して、パッと開き、口元を隠した。
「・・・・・・それがどうしっ。」
「オジキッ!大変ですっ、キチゾウ達が暴れてるってっ!?」
静かだった部屋に突然、背広の男が血相を変えて入ってくる。
「・・・・・・。」
「佐乃の所の連中ともめてるらしいですっ!」
虎丞はササツキに答えようとした言葉を引っ込めて、背広の男を顔を見てから、ササツキに目を丸々として視線を移す。
背広の男は完全に混乱した様子で、四つんばいに倒れこみ、虎丞に助けを求める視線を送る。
「・・・ササツキ・・・お前・・・何をした?」
驚きを隠せない虎丞がササツキに問う。
「・・・・・・何の事でしょうか?・・・どうやら、慌しくなられるようなので・・・私はこれで失礼しましょう・・・。」
扇子で表情を隠したままササツキが静かに立ち上がって部屋から出ようとする。
「ササツキッ!」
虎丞が勢い良く立ち上がって、ササツキに向かって名を叫ぶ。
「・・・何か?・・・あぁっ・・・何か虎丞さんがお困りなら、いつでも準備はしてありますので、必要とあらば、お声をお掛け下さい・・・自宅でお待ちしておりますよ・・・。」
虎丞の大声にも一切動じる事無く、ササツキがペラペラと言葉を並べて、言い終わるとあっさりと姿を消した。
「・・・・・・。」
ササツキが出て行ってからも虎丞は立ち尽くすしかなかった。
「オジキッ!どうしますかっ?!」
背広の男は棒立ちする虎丞に四つんばいで近付いて、指示を待つ。
「・・・賢太は・・・賢太はどうした?」
虎丞は突然嫌な予感がして、賢太の事を背広の男に尋ねる。
「・・・・・・いえっ・・・今日は縄張りの見回りにって、出て行ったまま姿は見てません・・・。」
突然の虎丞の問いに、逆に冷静になって答える背広の男。
「・・・お前は今すぐ賢太を探せっ!・・・暴れてる奴らは俺が何とかするっ!」
「オッ、押忍ッ!」
虎丞は状況を整理して、背広の男に指示を出すと勢い良く部屋を飛び出していく。
背広の男も虎丞からの指示を聞き、気持ちを落ち着けて、虎丞の後を追うように出て行く。
「・・・善朗君、あきないねぇ~・・・。」
秦右衛門が通い徳利でお酒をチビチビ飲みながら善朗の隣を歩いている。
「・・・稽古にあきるとかあきないとかないと思いますけど・・・。」
善朗は苦笑いしながら秦右衛門の言葉に答える。
「・・・たまには息抜きしなよぉ~・・・若いんだからぁ~・・・。」
秦右衛門がそう言いながら善朗の肩を抱く。
「・・・秦右衛門さんは息抜きしすぎじゃないですか?・・・大体、タロさんはよかったんですか?」
肩を抱かれるが、少し抵抗するように身を引く善朗。
「・・・あぁっ、いいのいいの・・・今日はもう大丈夫だろうから。」
通い徳利で酒を飲みながら軽い口調で答える秦右衛門。
(・・・そうかな・・・タロさん、無茶苦茶秦右衛門さんに泣きついてたのに・・・。)
善朗は秦右衛門が善朗と共に区長室を出ようとした際に、タロさんが泣きじゃくりながら秦右衛門に「なぜ出て行くのか?」と足にしがみ付いていた様子を思い出す。
そこまで泣きついていたタロさんを軽く振り払って、秦右衛門は佐乃道場に帰る善朗について来ていた。そして、善朗達が佐乃道場の近くに戻ってきた時だった。
「タノモオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
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超人気美少女ダンジョン配信者を救ってバズった呪詛師、うっかり呪術を披露しすぎたところ、どうやら最凶すぎると話題に
菊池 快晴
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「誰も見てくれない……」
黒羽黒斗は、呪術の力でダンジョン配信者をしていたが、地味すぎるせいで視聴者が伸びなかった。
自らをブラックと名乗り、中二病キャラクターで必死に頑張るも空回り。
そんなある日、ダンジョンの最下層で超人気配信者、君内風華を呪術で偶然にも助ける。
その素早すぎる動き、ボスすらも即死させる呪術が最凶すぎると話題になり、黒斗ことブラックの信者が増えていく。
だが当の本人は真面目すぎるので「人気配信者ってすごいなあ」と勘違い。
これは、主人公ブラックが正体を隠しながらも最凶呪術で無双しまくる物語である。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
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とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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