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41.焦がれた目覚め

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ふ、と意識が浮上する。
なんだか、随分と長いこと深い眠りに落ちていたような気がした。

「ん……」

目を開けて一番最初に飛び込んできたのは、エドワードの寝顔だった。一回り小さな手で俺の手をそっと握りながら、白いシーツの上に突っ伏して眠っている。
俺は上半身を起こし、視線だけを動かして部屋をぐるりと見回した。全く見覚えのない部屋だし、俺が気を失ったときの状況を考えるに、おそらくここは王宮内の一室なのだろう。
槍で貫かれた傷は、幸いなことにそれほど強く痛まない。さすがに剣を振るったり激しい運動をしたりすれば傷口が開くから、しばらくは大人しくしてないといけないだろう。

エドワードはお見舞いに来てくれてて、意識が戻らずうんともすんとも言わない俺を眺めてるうちに自分も寝ちゃったって感じなのかな。
半分顔を伏せるようにして寝ているからわかりにくいけど、彼の目の下にはうっすらと隈ができていて、もともとすっきりしていた頬も少し痩せてしまっている。
俺、エドワードにたくさん心配かけちゃったし、たくさん不安にさせちゃったな。それにいっぱい泣かせてしまったとも思う。彼が目を覚ましたらちゃんと謝って、それから「愛している」と伝えたい。
寝起きだからか少し重たい腕を持ち上げて、エドワードの頭を優しく撫でる。もう二度とこの人に触れることができないかもしれない、と覚悟していたから、嬉しさと一緒に涙が込み上げてきた。

「んぅ、なに……?」

うにゃうにゃ言いながらエドワードが身じろぎ始めたので、俺は頭を撫でていた手を引っ込めた。
閉じられていた目蓋が、ゆっくりと持ち上がる。とろんとして眠そうだったアイスブルーの瞳は、ちょっと泣きそうになりながら微笑んでいる俺を認識した瞬間、大きく見開かれた。

「……っ!ウィリアム!」

宝石のように美しい彼の瞳から、ほろほろと涙が零れ落ちていく。
エドワードは腕を伸ばし、ぎゅっと俺の首に抱きついた。俺は彼の背中に腕を回して、宥めるように手のひらで優しくさする。

「あぁ、良かった……生きていてくれて、目が覚めて、本当に良かった……ずっとこの瞬間を待ち続けていたんだ」
「たくさん心配かけて、不安にさせて、泣かせてしまってごめんね。待っててくれてありがとう、エドワード」
「いい。君が生きていてくれたから、もう何でもいいよ。君が私を守ってくれたっていうのもちゃんとわかっている。ありがとう、ウィリアム。でも、もう二度と、自分を犠牲にするような真似はしないでくれ……死ぬときは、どうか私も一緒に連れて行って」

そこで涙腺がとうとう決壊してしまったらしく、エドワードが泣きじゃくりながら俺の首筋に顔を埋める。
死にかけてたときに聞いた「愛してる、置いていかないで」という彼の言葉が、俺をこの世に繋ぎ止めてくれたのかもしれないな。こんなに愛しい人を残して一人で先に逝くなんて、俺も耐えられそうにない。

「約束するよ。もし俺が寿命で先に死んでしまったとしても、幽霊にでもなってずっとあなたの傍にいよう。あなたが天寿をまっとうしたら、手を繋いで一緒に天国に行こうか」

穏やかに微笑みながら囁くと、エドワードは泣き濡れた顔のまま、小さく笑って頷いた。

「……愛しているよ、エドワード。あなたが俺のすべてだ」
「ウィリアム……私も愛している。君がいない世界なんて、想像しただけで耐えられない」
「俺もだよ。ずっとずっと、一緒にいようね」
「あぁ。約束だ」

どちらからともなく、唇に触れるだけのキスをする。こつん、と額を合わせて微笑みを交わせば、心がじんわりと満たされていくのを感じた。
エドワードは泣き止んでしばらくすると、ハッとした表情を浮かべて俺から離れていった。たぶん怪我に障るかもしれないと思ったんだろうけど、死にかけたわりにそこまで強く痛まないから全然平気だ。

「すまなかった。私としたことが、嬉しさのあまり怪我人に無遠慮に抱きついてしまって……痛くなかったか?」
「大丈夫だよ。たしかに痛いといえば痛いけど、そこまで強い痛みは感じないし。しばらく安静にしてたら良くなるんじゃないかな」
「それは良かった。しかし、やはり念のため王宮医を呼ぼう。君の家族や両陛下にも早急に知らせなくてはいけないな。皆、君のことをとても心配していたから」

エドワードが「体に負担がかかるから、やっぱり横になっていた方が良い」と言うので、俺は大人しくシーツの上に体を横たえた。
そのあと、王宮医に傷を中心にいろいろ診察してもらったけど、あと一週間くらいベッドで安静にしてたら、日常生活はそんなに不自由なく送れるようになるって言われた。
完治までは数ヶ月かかるみたいだけど、この傷のせいで一度は死にかけたわけだし、生きているだけで御の字だ。

俺は傷口を塞ぐ手術をしてから、なんと一週間くらい目覚めなかったという。
高熱にうなされていた日もあったみたいだけど、意識がなかったので当然のことながら何も覚えていない。
どうしても外せない用事があるとき以外は、エドワードがほとんど付きっきりで俺のお世話をしてくれてたんだって。
うっすらと目の下に隈ができてたのは、自分の睡眠時間を削って夜遅くまで俺を看病していたからだろう。
俺はエドワードに惚れ直したし、やっぱり絶対にこの人を幸せにしたいなと思った。
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