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18.結ばれる想い

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「待ってよ、エドワード」

かなり大股で早歩きしたから、追いつくのにそれほど時間はかからなかった。
俺は図書館と東校舎をつなぐ渡り廊下の真ん中でようやく彼に追いつくと、その手首をそっと掴んだ。
振り払われる前に俺の方を向かせて腰に両腕を回し、腕の中に優しく抱き込む。エドワードは抵抗するようにグッグッ…と胸板に手のひらを押し付けてきたが、子猫がじゃれてるみたいで可愛いだけだ。

「エドワード。どうして俺から逃げるの?なにかあなたに嫌われてしまうことをしたかな……ごめんね。謝るよ。なにが嫌だったか、教えて。もう二度としないから。ねぇ、お願い。俺はあなたに嫌われたら、生きていけないよ」

柔らかな檻に閉じ込めたまま、おでこがくっつきそうな距離で囁く。
今の俺は、しょぼんとしてて耳と尻尾が垂れてる大型犬みたいな感じなんだろうな。容易に想像がつくよ。
エドワードは形のよい唇をツンと尖らせて、拗ねたみたいな、今にも泣き出しそうな顔をして俺を見上げた。

「……セシリア嬢を、置いてきて良かったのか。随分親しげだったじゃないか」
「つきまとわれていただけだ。俺は彼女に全く興味がないよ」
「でも、君と彼女は……」

そこまで言って、エドワードは目を伏せる。その声が微かに震えていることに気付き、俺は思わず彼を抱きしめる力を強めた。

「根も葉もない噂だ。エドワード、一度ちゃんと話そう。あなたと話がしたい」

俺があんまり必死で真剣だったからか、エドワードは少し考えたあと、こくんと首を縦に振ってくれた。
俺は彼を柔らかな檻から解放し、ほっそりとした手首を優しく掴んで、プライベートサロンまで連れていった。

「エドワード……」

部屋に入って鍵を閉めてから、視線を下に向けてうつむいている彼をもう一度腕の中に抱き込む。少し強引な動きになってしまったけど、それだけ俺も必死だった。

「んん」

エドワードは、珍しく感情のコントロールができなくなっているらしい。
赤ちゃんがむずがるみたいに小さな癇癪を起こして、さっきと同じように俺の胸を押して離れようとしている。
でも、俺たちは10cmの身長差に加えてそれなりに体格差もあるから、エドワードがこんなふうに全然本気じゃない子猫のような抵抗をしたところで、俺の体はびくともしない。
腕の中から逃げ出せないことを悟ると、エドワードは恨めしそうな目で俺を見上げて、ついにはらはらと涙を零し始めた。

「あぁ……」

俺は思わず、情けない声で呻いてしまう。もう十年くらいの付き合いになるが、エドワードの涙を見るのはこれが初めてだった。
彼の泣き顔を目にしたら胸がぎゅうっと締め付けられて、気付けば、頬に流れる涙を指先でそっと拭っていた。
泣き顔すら美しいエドワードは、涙を拭っている俺の手に自分の手を重ね、おずおずと濡れた頬を押し当てる。

「君は、セシリア嬢のことが好きなんじゃないのか……?恋仲だと、最近は専らの噂じゃないか」

彼は潤んだ瞳で俺を見つめ、すっかり拗ねた声でなじった。

「そんなわけないだろう!彼女のことは恋愛対象として見てないよ。正直言って、友人としての好意すら抱いてない」

誤解を解きたいという気持ちが先走り、少し声を荒げてしまう。
やり切れない気持ちで胸がいっぱいになり、俺はくしゃりと顔を歪めながらエドワードを強く抱き締めた。
片腕を彼の腕に回して腕の中に抱いたまま、なめらかな頬を優しく撫でる。

じっと見上げてくるアイスブルーの瞳を見つめ返しながら、あぁ、この人が好きだと思った。俺は十年間、ずっとこの人に恋をしている。

気の迷いかもしれないなんて、嘘だ。
エドワードの幸せを祈ってるのは本心だけど、許されるなら俺が生涯の伴侶として彼の隣に立っていたかった。
この恋は気の迷いなんかじゃないって、いい加減認めざるを得ない。
それでもお互いの立場を思えば、想いを口にするのは簡単ではなかった。
俺は開きかけた口を一度つぐんで、エドワードを見つめながら切なく微笑む。
ここで気持ちを伝えたら、俺たちがこれまで長い時間をかけて築いてきた友人関係が粉々に砕けてしまうかもしれない。それが怖かったのだ。
でも、この機会を逃せば、俺は彼に想いを伝えなかったことを後悔し続けることになる。なぜか、そんな予感がしていた。

「あなたが好きだ。エドワード」

あふれる感情を抑えきれず、囁くように想いを告げる。十年間の片思いを打ち明けたのだ。自分で思っていたよりもずっと、恋慕の滴るような声が出た。

「ずっと前から、俺の心にはあなたしかいない。俺の気持ちに応えてほしいなんて恐れ多くて言えないけれど、この先も、あなたを想うことだけは許してほしい」

許しを乞うように囁き、俺は目を伏せた。どんな反応が返ってくるかわからないのが怖くて、エドワードを直視できない。

「……まぁ、そういうことなので、俺とセシリア嬢が恋仲だという噂は事実無根です。どうか怒らないで」

そう言ってエドワードから体を離そうとするが、彼は腰に回された腕を引き止めるようにぎゅっと掴んだ。

「んっ……」

爽やかな花とレモンの香りがして、エドワードの柔らかな唇が俺の唇の端に触れる。
ふにっとしたぬくもりを感じた瞬間、俺は「え」と間抜けな声を出して固まってしまった。
本当に一瞬のことだったけど、エドワードが少し背伸びをして俺にキスしてくれたのだ。

唇の端に、キス。

俺はすぐに離れていってしまった柔らかな感触を惜しむように、自分の唇の端を指先でなぞった。
唇じゃなくて端っこにキスするの、可愛すぎて反則だよ。
心臓がさっきからものすごいスピードで脈打ってるし、頬も熱くなってきた。
気の利いた言葉なんかひとつも出てこないけど、その代わり、俺はエドワードの瞳をまっすぐに見つめる。

「私も、君が好きだ」

ほんのりと赤く目元を染めながら、エドワードは内緒話をするみたいに小さな声で気持ちを伝えてくれた。それから白い肌を耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋める。その仕草に俺は完全にハートを射抜かれてしまった。
片手で腰を固定したまま、もう片方の手であやすように背中を優しく撫でてやると、エドワードは俺のシャツを両手でキュッ…と握る。

「私は君が恋にうつつを抜かしているのがけしからんと怒っていたわけじゃなくて……ただ、嫉妬していただけなんだ」

俺は叫びそうになるのをなんとか堪え、腕の中の愛しい人をもう一度強く抱き締めた。星を散りばめたような美しい髪に頬擦りをして、そっと口付ける。
ほんの少しだけ体を離すと、エドワードがあどけなく首を傾げて俺を見上げた。
大丈夫、何も怖いことはしないよ、と安心させるようにふわふわと微笑む。俺は緊張と興奮で少し震える指先をエドワードの顎に添え、そっと上を向かせた。
唇と唇が触れてしまいそうな距離で見つめ合い、フライパンの上のバターみたいにじんわり溶けていく瞳を堪能する。あぁ、本当に可愛い人だ。

「愛しているよ。エドワード」

たっぷり砂糖を煮詰めたみたいに甘い声で囁き、蕩けるように微笑みかける。親指で彼の下唇を思わせぶりに優しくなぞると、エドワードは目元を染めて悩ましげな吐息を零した。

「ウィリアム……私も、愛している」

アイスブルーの瞳がとろりと甘く蕩けて、十年間待ち焦がれた言葉が彼の口から零れ落ちる。
エドワードは花がほころぶように微笑みながら、俺にすべてを委ねるように目を閉じた。
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