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8.あなたに勝利を

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勇剣祭は、決勝後に一時間くらいの休憩を挟んで優勝者セレモニーが行われる。
俺はその間に汗だくの体を清めたり、念のため用意していた替えの騎士服に着替えたりしていた。

今着てるのは、煌びやかな金の装飾がふんだんにあしらわれた濃紺の騎士服だ。
これは勇剣祭で俺に着せたいと言って、母がわざわざ王都の有名な店に依頼して仕立てさせたものだった。
お洒落ゆえに機能性に欠けるからせっかくだけど着る機会はないかなぁなんて思ってたけど、セレモニーにはぴったりのデザインだからありがたく着ることにした。

『優勝者である、ウィリアム・エバンス公爵令息様のご登壇です』

アナウンスに促され、剣技場の中央に即席で設置された壇上に登る。
そこで観客に自己紹介と挨拶をし、対戦相手に対する敬意と大会運営・観客への感謝を込めて軽めのスピーチを行った。

そのあとはインタビューコーナーっていうか、司会の生徒が出てきて優勝者に質問するみたいな時間が始まる。
だいたい当たり障りのない質問ばかりだけど、最後の質問が勇剣祭名物である『凱旋騎乗』の一環になってるんだよね。

「最後に、エバンス様がこの勝利を捧げたいと思われるお相手はいらっしゃいますか?」
「はい。私の勝利はすべて、敬愛するエドワード殿下に捧げたいと思います」

そう答えると、司会の生徒が「それではこちらをぜひ殿下に」と満面の笑みを浮かべて、小ぶりながらも豪華な花束を渡してくれた。

勇剣祭の優勝者は、勝利を捧げたい相手にこの花束を受け取ってもらえたら一緒に『凱旋騎乗』をして良いという決まりになっている。

凱旋騎乗っていうのは凱旋パレードと同じようなものだ。優勝者は王室から下賜された馬に乗って剣技場をぐるりと一周しながら、観客の声援に応える。
だから、優勝者に恋人や婚約者のご令嬢がいると会場は大盛り上がりになるのだ。特にいなければ姉や妹など、家族の名前を挙げる人が多い。

ちなみに去年優勝した当時三年生の先輩は、婚約者のご令嬢に花束を捧げて一緒に凱旋騎乗をしていた。
女性を前に乗せて男性が後ろから抱き込むように騎乗する姿は、王国に古くから伝わる物語の主役である乙女と騎士を彷彿とさせる。

この一連の流れは試合と同様に場内カメラで撮影されてて、その映像が巨大なモニターに映し出されるようになっていた。
観客たちは物語に出てくるようなロマンチックな光景を大きな画面で楽しみながら、祝福の言葉を投げかけたり冷やかしの口笛を吹いたりするんだよね。

「王国の太陽、エドワード殿下にご挨拶を申し上げます」

胸に手を当てて、優雅にお辞儀をする。
俺は剣技場からいったん退き、ロイヤルボックスまで移動していた。

ゆったりと椅子に腰掛けたエドワードは、金の装飾があしらわれた気品に溢れる純白の騎士服に身を包んでいる。初日の実戦で着ていたものより煌びやかで美しく、こちらも彼の華やかな雰囲気によく似合っていた。

「ウィリアム・エバンス公爵令息殿。この度は優勝おめでとう。私も君の友人として、君の活躍を心から嬉しく思っているよ」
「この身に余る光栄なお言葉です、殿下」
「ふふ……堅苦しいのはもうよしてくれ。私に言いたいことがあるんだろう?」
「はい」

今のエドワードは、目に見えて機嫌が良い。白い頬をほんのりと赤く染め、にこにこ微笑みながら俺を見つめている。
それだけ俺の勝利を喜んでくれているということだろう。嬉しくなって、自然と唇が綻ぶ。

本当は椅子に座ってるエドワードの足元に跪いて花束を渡したかったけど、彼の傍らには護衛騎士たちがぴたりと張りつくように控えていた。
この感じだと足元に跪くほど近付けなさそうだ。仕方がないので少し離れたところで跪こうとしたら、エドワードがおもむろに口を開いた。

「ウィリアム、もっと近くへ」

柔らかいけれど凛とした芯の強さと上品さを感じさせる声に命じられ、俺は返事をしてすぐに立ち上がった。
それと同時に、傍らに侍っていた護衛騎士たちが足並みを揃えて後ろに下がる。

俺はエドワードとの距離を詰めて、彼の足元に跪いた。手に持っていた花束を自分の目よりも上に掲げ、そっと彼に差し出す。

「エドワード、私はこの度の勝利をあなたに捧げたい。どうか受け取っていただけますか」
「もちろん受け取ろう。君は私だけの自慢の騎士だよ」

エドワードは花束を受け取り、軽く目を伏せて色とりどりの花を眺めながら微笑む。本当に綺麗な人だ。

俺は惚れ惚れとしながら花を愛でる彼を見ていたが、このだらしない表情が現在進行形で巨大なモニターに映し出されていることを思い出し、慌てて貴族らしく感情の読み取りにくい微笑を貼り付けた。

「この身に過ぎてもったいないお言葉です。ありがとうございます、エドワード殿下。私はこれより凱旋騎乗をして参りますので、そろそろ失礼させていただきたく存じます」

花束を受け取ってもらえたとはいえ、俺たちの関係は主君と臣下、あるいは友人だ。パートナーや家族でもないのに凱旋騎乗に誘うのはさすがに厚かましいかと思い、俺はひとりで馬に乗るつもりだった。

足元に跪いたまま返事を待っていると、エドワードは珍しく眉間に皺を寄せ、わずかに不機嫌そうな顔つきになる。

「……あえて君の友人として問おう。誰か、馬上に乗せたい人がいるのか?」

良かれと思って誘わなかったのになぜかエドワードの機嫌を損ねてしまったうえ、彼を差し置いて凱旋騎乗に誘いたい人、つまり想いを寄せている人がいるのかと疑われる始末だ。
わかりにくいけど確実に拗ねているエドワードを見上げ、俺はすっかり途方に暮れてしまった。

「そんなものあなたの他に誰がいるというんだ、エドワード」

きっと彼から見た俺は、眉を下げて困り果てた表情をしてたと思う。ひっそりとした小さな声は自分でもわかるほど苦しげに掠れていた。

「俺は、あなたを凱旋騎乗に誘うのはさすがに厚かましいかと思って……他に誘いたい人なんかいないよ。ひとりで騎乗するつもりだったんだ」

俺の必死の形相を見て機嫌を直してくれたのか、エドワードは絡まった糸がほどけるように表情を和らげた。
さっきとは打って変わって慈愛に満ちた瞳で俺を見下ろし、にこりと微笑んでいる。

「ウィリアム」

華奢に見えるけどしっかり骨ばった男らしい手が伸びてきて、俺の頬をそっと撫でた。
その手つきの優しさにほっとして、ここがどこかも忘れてスリッ…と甘えるように擦り寄ってしまう。

「どうして厚かましいなんて思う必要があるの?君の好きなようにしていいんだ。すべて私が許すよ」

あまりにも甘美な響きの許しだった。
俺は思わず小さく吐息を零し、頬に触れたままの手に自分の手を重ねた。

「無礼を承知で申し上げます。私はあなたと凱旋騎乗がしたいのです。どうか私と一緒に来てくださいませんか、エドワード」
「もちろん喜んで。ウィリアム、私はその言葉をずっと待っていたんだ。君の思慮深いところは好ましく思っているが、こうして誰かを誘うときはもっと大胆になってもいいんじゃないか」

そんなことを言って俺をからかいながら、椅子に座ったままのエドワードが手を差し出してくる。
俺は恭しくその手を取って立たせると、剣技場に戻って馬が用意されてる場所まで彼をエスコートした。
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