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捕まった後のお話
32.声を掛けられました。 <大谷>
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ボタンを押すとガコン、とココアが落ちて来た。
屈んでココアを取るのも億劫な気分で、ボタンを押したまま肩を落として溜息を吐く。
「はぁぁ……」
「……大丈夫?」
油断していた所に背中から声が掛かってビクリとする。振り向くと、そこには三好さんが立っていた。
「あっ……すいません!今どきます!」
「あ、うん。有難う」
その落ち着いた態度を見て私は少し冷静になった。何だか三好さん……雰囲気が戻ったような?『ホラーな三好さん』じゃなく、以前の『三好さん』に再会できたような気がする。
私はココアを取り出し、一歩下がった。三好さんは少し微笑んで電子マネーのカードを自販機にかざす。そして飲み物を選びながら―――こちらに目を向けずに口を開いた。
「何かあったの?」
「え?」
ココアを手にぼんやりと三好さんの背中を見ていた私は、何を聞かれたのか分からなかった。ガコン、と缶の落ちる音がして三好さんが一度屈みこみ珈琲の缶を手に取る。それからゆっくりと振り向いて、ココアを両手で抱えた私に向き直った。
「体調悪いんじゃないかって、辻君が」
そう言えば辻さん、様子のおかしい私を心配してくれたんだっけ。作業後まで気にしてくれていたなんて。あまり周囲を気にしないマイペースな人なんだと思っていたから、少し驚いた。
「……さっき何か言われてなかった?」
「え……」
「隣の人に」
何と言って良いか分からず視線を彷徨わせた。
言いたい。ぶちまけてしまいたい。
ホラーじゃない三好さんは、寄り掛かりたくなるようなしっかりした雰囲気を醸し出している。絡まれる前は好ましく思っていたから―――でも、ここでキラキラ女子の愚痴を言うのは躊躇われた。
「大谷さん、もし今日都合良かったら……帰りお茶していかない?」
三好さんの顔に視線を戻すと、困ったように眉を下げている。
その表情で分かった。三好さんは……私に気を使っているのだ。
反射的に、私はコクリと頷いてしまった。
懐かしささえ感じる、オフィスビル一階のコーヒーショップ。何の因果か前回二人で腰を下ろしたソファ席が空いていた。少し気まずげに三好さんが「えーと、あそこ座ろっか」と微笑んだ。
「「……」」
向かい合って、お互い押し黙る。どうしようかと迷っている内に口を開いたのはやはり三好さんの方だった。
「ゴメンなさい」
そして私に向かって頭を下げた。私は突然の謝罪に驚いて、瞬きを繰り返した。
「え……?」
「あの、本当に何て言っていいか。ずっと謝りたかったの、自分勝手な解釈で……貴女と亀田課長に突っかかったこと」
「そんな……」
何と返して良いか迷ってしまう。
つい先日、週末の夕方頃には……私は三好さんと亀田課長の仲が近づいてしまうのではないかとハラハラしていた。だけどその夜に直ぐ誤解が解けて―――その後はすっかり浮かれてご機嫌だった。そう、それこそついさっき、キラキラ女子達に水を掛けられたような気分になるまでは。
辻さんと絡めて揶揄われた事については戸惑いの方が大きかったけれども、キラキラ女子達に言われた最初の陰口は―――かなりグサッと来た。もし三好さんも同じように感じていたら……と思うと気が気ではない。
三好さんは私よりずっと以前から亀田課長の部下として傍にいたんだ。もしかすると―――絶対聞けやしないし、確信も何もないのだけれど……三好さんが亀田課長をずっと想っていたとしたら?
もしこの現実が、三好さんが主人公の物語だったら―――私って後からポッと出て来て、三好さんの想い人をかっ攫ってしまった『悪役』そのもの、じゃないか。よく悪役にオプションで付いて来る属性、お嬢様だとか美女だとか……ヒロインが怯んでしまう要素、全くない普通の派遣社員だけど。
あるとしたら、あれくらいか?……『うさぎ付ウサギ小屋』?
丈さん限定に魅力的なオプションは、確かに持っている。でもそれって私自身の魅力では―――ないよなぁ。
なのに無神経に……『ウフフフ!初めて彼氏が出来ましたよ~!』って浮かれまくって。いや、大っぴらに自慢はしていないんだよな。でもキラキラ女子のカンに触ったと言う事は、そう言う『気分』が知らず知らず、ダダ漏れになっていたのかもしれない。
そんな状態の私に対して、三好さんが誠実に謝っている。
これ……この状態で『実はあの後、本当に付き合う事になりました!』なんて言えるか……??
言えるワケないっ……!!!
屈んでココアを取るのも億劫な気分で、ボタンを押したまま肩を落として溜息を吐く。
「はぁぁ……」
「……大丈夫?」
油断していた所に背中から声が掛かってビクリとする。振り向くと、そこには三好さんが立っていた。
「あっ……すいません!今どきます!」
「あ、うん。有難う」
その落ち着いた態度を見て私は少し冷静になった。何だか三好さん……雰囲気が戻ったような?『ホラーな三好さん』じゃなく、以前の『三好さん』に再会できたような気がする。
私はココアを取り出し、一歩下がった。三好さんは少し微笑んで電子マネーのカードを自販機にかざす。そして飲み物を選びながら―――こちらに目を向けずに口を開いた。
「何かあったの?」
「え?」
ココアを手にぼんやりと三好さんの背中を見ていた私は、何を聞かれたのか分からなかった。ガコン、と缶の落ちる音がして三好さんが一度屈みこみ珈琲の缶を手に取る。それからゆっくりと振り向いて、ココアを両手で抱えた私に向き直った。
「体調悪いんじゃないかって、辻君が」
そう言えば辻さん、様子のおかしい私を心配してくれたんだっけ。作業後まで気にしてくれていたなんて。あまり周囲を気にしないマイペースな人なんだと思っていたから、少し驚いた。
「……さっき何か言われてなかった?」
「え……」
「隣の人に」
何と言って良いか分からず視線を彷徨わせた。
言いたい。ぶちまけてしまいたい。
ホラーじゃない三好さんは、寄り掛かりたくなるようなしっかりした雰囲気を醸し出している。絡まれる前は好ましく思っていたから―――でも、ここでキラキラ女子の愚痴を言うのは躊躇われた。
「大谷さん、もし今日都合良かったら……帰りお茶していかない?」
三好さんの顔に視線を戻すと、困ったように眉を下げている。
その表情で分かった。三好さんは……私に気を使っているのだ。
反射的に、私はコクリと頷いてしまった。
懐かしささえ感じる、オフィスビル一階のコーヒーショップ。何の因果か前回二人で腰を下ろしたソファ席が空いていた。少し気まずげに三好さんが「えーと、あそこ座ろっか」と微笑んだ。
「「……」」
向かい合って、お互い押し黙る。どうしようかと迷っている内に口を開いたのはやはり三好さんの方だった。
「ゴメンなさい」
そして私に向かって頭を下げた。私は突然の謝罪に驚いて、瞬きを繰り返した。
「え……?」
「あの、本当に何て言っていいか。ずっと謝りたかったの、自分勝手な解釈で……貴女と亀田課長に突っかかったこと」
「そんな……」
何と返して良いか迷ってしまう。
つい先日、週末の夕方頃には……私は三好さんと亀田課長の仲が近づいてしまうのではないかとハラハラしていた。だけどその夜に直ぐ誤解が解けて―――その後はすっかり浮かれてご機嫌だった。そう、それこそついさっき、キラキラ女子達に水を掛けられたような気分になるまでは。
辻さんと絡めて揶揄われた事については戸惑いの方が大きかったけれども、キラキラ女子達に言われた最初の陰口は―――かなりグサッと来た。もし三好さんも同じように感じていたら……と思うと気が気ではない。
三好さんは私よりずっと以前から亀田課長の部下として傍にいたんだ。もしかすると―――絶対聞けやしないし、確信も何もないのだけれど……三好さんが亀田課長をずっと想っていたとしたら?
もしこの現実が、三好さんが主人公の物語だったら―――私って後からポッと出て来て、三好さんの想い人をかっ攫ってしまった『悪役』そのもの、じゃないか。よく悪役にオプションで付いて来る属性、お嬢様だとか美女だとか……ヒロインが怯んでしまう要素、全くない普通の派遣社員だけど。
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そんな状態の私に対して、三好さんが誠実に謝っている。
これ……この状態で『実はあの後、本当に付き合う事になりました!』なんて言えるか……??
言えるワケないっ……!!!
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