捕獲されました。

ねがえり太郎

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捕まった後のお話 

14.読めません。 <大谷>

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返信メールを確認して私は溜息を吐いた。
読めない―――課長の気持ちが。






昨日会社の帰り道、私は亀田課長に教えて貰った魚屋さん直営の定食屋へ足を踏み入れた。結果、私は美味しい食事とちんまり可愛らしいおばあちゃんとの遣り取りを堪能し、満足してお店を後にした。

が、そこで目にしてしまったのだ。

亀田課長と三好さんが連れ立ってお店に入って行く所を。

まるで女忍者くのいちのように、私は物陰に身を隠してその様子を見守った。それはもう……脊髄反射だったと思う。頭で考える前に体が動いてしまっていた。そして私は二人が吸い込まれて行ったお店にソロリと近づいた。私が出て来た『こじま屋』と言う定食屋の二軒隣りのビル、そこは赤ちょうちんに青い暖簾の渋い焼き鳥屋だった。

うわ、美味しそう……羨ましい……

ゴクリと唾を飲み込んでから、ハッと我に返って頭を振った。感じ方違う!じゃ、なくてぇ!……な、なんで二人で美味しい焼き鳥を……しかも、亀田課長を慕っている(と思われる)三好さんと一緒に……羨まし……じゃ、なくて!

イヤイヤイヤ、ありますよ!部下だもん。しかも正社員同士!帰りに飲みに行く事ぐらいあるよね!だってねぇ、私だって付き合う前に一緒に八王子までドライブしたし、狭いアパートでご飯食べたりもしたもんね?

まあ、それもあって結局今、付き合ってるんだけどさ。と、言う事はこの後は三好さんと親密に……ナイナイナイ!そんな器用なタイプじゃないよね?!そんな風に女性あしらい上手だったら三好さんとあんな風に揉めないよ!……いやでも課長、あっちの方は結構器用……イヤイヤイヤ!違うって!でも―――三好さんと揉めたけど……揉めた後仲直りするってのはあるよね。そう、そうだ。あのままギクシャクしていてはいけない、だから課長も三好さんとの仲を修復しようと、焼き鳥屋に連れて行った……と言うのが真相の筈。あくまで部下としてだよ?そう、それで部下と仲直りして……結果、雨降って地、固まる……とか?



『課長……私気が付いたんです。私、課長の事が好き!あの時はごめんなさい、私嫉妬しちゃって……大谷さんに課長を取られたくなかったんです。私と付き合って下さい』
『三好―――分かった。けどもう少し時間をくれ。ケリをつけなきゃならない相手がいるんだ』



一度破棄したハズの妄想が、鮮やかに蘇って来た。

あの時自分の妄想に捕われてグルグル考えてしまっていたけど、阿部さんに資料作りを頼まれて頭を切り替える事にした。そして辻さんと二人、大変な量の紙片を一心不乱にまとめ上げる事にひたすら専念したのだ。単純作業って素晴らしい……終わった後、何だか晴れやかな気持ちになっていた。終わらないかもと思っていた作業を時間内に終わらせる事ができた私達は、まるでサバイバルゲームを協力して脱出したような充足感と親近感をお互い味わっていた。いつも何を考えているか分からない辻さんも、心なしか微笑んでいるように見えたくらいだし。

そんなワケで、自販機前の亀田課長と三好さんの遣り取りのことは綺麗さっぱり私の心の中から消え去ってしまっていた。

私のやっすい妄想通りにコトが進むなんて事―――ないよね?!
でもでも課長って、普段と恋愛モードとギャップが有り過ぎだし……以外と情熱に流されるタイプなのでは……?三好さんみたいな素敵な女性に言い寄られたら……煮崩れた白玉団子じゃ太刀打ちできないよね。

プルプルプルっと私は首を振って、立ち上がった。

これじゃ、全然仕事にならない!だから今日、課長にちゃんと聞こう!

私はスマホと小銭を手に、廊下へ飛び出した。自販機でココアを買い、ベンチに腰掛けメールを打つ。

『今日、おウチにお邪魔しても良いですか?』

送信っと!―――課で私的メールを打つのは、あまり好きじゃない。それに私が打った後課長がスマホを確認したらバレバレだから、用心の意味あってここから送る事にしたのだ。すると嬉しい事に直ぐに返事が来た。仕事中亀田課長が私的メールに気付かない可能性もある。だから就業後の返信でもおかしくないと思っていたから、ちょっと嬉しい。

『少し残業があるのだが』

うっ……もしかしてこれ、遠回しな『お断り』なのでは?
もう昨日三好さんに気持ちが傾いてしまったから、私と個人的に会うのを躊躇しているとか……。

『うータンのお世話してから、伺おうと思ってます。残業終わる頃連絡してくれますか?」

少し悲しくなったが、ここで引き下がっては悶々とするだけだ。私は玉砕覚悟で、追い縋ってみた。



『了解』



すると短い返信が。

亀田課長らしいと言えばらしいのだけど……。

疑いが芽生えた今のとなっては、素っ気なさすぎる文面が気になってしまう。
いつも通り通常運転だから?それとももう、私に対する気持ちの分量が目減りしちゃったから?
どうしても亀田課長が仕方なく応じてくれているようにしか見えなくて、私の心はマーブル状にモヤモヤし始めたのだった。

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