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捕まった後のお話
12.立ち寄ります。 <大谷>
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定時で職場を出た帰り道、ふと思いついて私は先日亀田課長に連れて行って貰った定食屋に立ち寄ってみる事にした。何故か無性にあの美味しい自家製糠漬けが食べたくなってしまったのだ。定食屋は私が使っている改札から少しだけ離れた場所にあって、帰りがてらちょっと寄り道するには打ってつけの場所だった。
表通りは魚屋さんになっていて、脇の通路を通って奥に行くと狭いカウンターがあり、その奥に幾つかテーブルが並んでいる。あまり一人で定食屋に入る経験は無かったのだけれど、偶に一人でここに来ると言う亀田課長の気分をちょっとだけ体験してみたくなったのだ。何となく通って感じで大人だなぁ、カッコいいなぁなんて……羨ましかったのだ。
「いらっしゃい」
看板娘(!)のおばあちゃんが私に気が付いてニッコリしてくれたので、私はホッとして尋ねた。
「えっと、カウンター良いですか?」
「どうぞ。ひょっとしてこの間、来てくれた方?」
「あ、はい!そうです。上司に連れて来て貰ったんですけど、無性にお漬物がまた食べたくなってしまって」
「あら、嬉しいわぁ。私が漬けたのよ、それ」
「とっても美味しかったです」
握りこぶしを作ってそう訴えると、フフフと可愛らしく笑ったおばあちゃんが少し不思議そうに首を傾げた。
「亀田さん、このところ暫くご無沙汰でね。女の子を連れて来たから、てっきり彼女だと思ったんだけど、お仕事関係だったのね。休日までお忙しくて大変ね」
「あっ……そ、そうですね。あ、あの『刺身盛り合わせ定食』って漬物付きですか?」
「付いてるわよ」
「じゃあ、それお願いします!」
少し焦ってしまった。咄嗟に『上司』って言っちゃったけど、おばあちゃんがズバリ見立てた通りなりたてホヤホヤの『彼女』って言うのも正しくて……むしろあの時は彼女として連れて来て貰ったんだからその肩書で答えるべきだったんだ。何だか恥ずかしくて訂正できなかったなぁ、嘘は言ってないんだけど。
定時でまっすぐここに入った所為か、お客さんはまだ疎らで。だから割とすぐに刺身盛り合わせ定食は私の目の前にやって来た。
まずは糠漬けをパクリ。
う~ん、細胞に染み渡る何とも言えない旨味……絶品。それから、お刺身に手を伸ばした。うん、うん、さすが魚屋直営!新鮮だなぁ、プリッとした歯ごたえが何ともたまりません。
それから私は一心不乱に箸と口を動かし、アッと言う間にペロリと定食を平らげた。最後に温かいお茶をいただいて、ホーッと満足の溜息を吐く。
「ご馳走様でした!」
「また来てね」
「はい!」
私はきつくなったお腹を抱えて、元気よくお店を飛び出した。
うーん、エネルギー満タン!よっし、帰ってうータンのお世話、張り切ってやりますかぁ!
なんて、大股で駅に向かおうとして―――思わずピタリと足が止まった。
体が勝手に動いて、気付いたら私はまるで『女忍者(くのいち)』みたいに物陰の後ろに身を潜めていた。
「課長……」
視線の先に見つけたのは、背の高い銀縁眼鏡のカッコ良い男、亀田課長だ。そしてその隣にあるスラリとした美しい女性は―――そう、三好さんだ。
二人は連れ立って歩きある店の前でピタリと立ち止まると、課長の誘導でその中に吸い込まれていった。
情けない事にその時漸く私は思い出したのだ。この日の昼間、廊下にある自販機の前で亀田課長と三好さんが行っていた遣り取りの事を。
表通りは魚屋さんになっていて、脇の通路を通って奥に行くと狭いカウンターがあり、その奥に幾つかテーブルが並んでいる。あまり一人で定食屋に入る経験は無かったのだけれど、偶に一人でここに来ると言う亀田課長の気分をちょっとだけ体験してみたくなったのだ。何となく通って感じで大人だなぁ、カッコいいなぁなんて……羨ましかったのだ。
「いらっしゃい」
看板娘(!)のおばあちゃんが私に気が付いてニッコリしてくれたので、私はホッとして尋ねた。
「えっと、カウンター良いですか?」
「どうぞ。ひょっとしてこの間、来てくれた方?」
「あ、はい!そうです。上司に連れて来て貰ったんですけど、無性にお漬物がまた食べたくなってしまって」
「あら、嬉しいわぁ。私が漬けたのよ、それ」
「とっても美味しかったです」
握りこぶしを作ってそう訴えると、フフフと可愛らしく笑ったおばあちゃんが少し不思議そうに首を傾げた。
「亀田さん、このところ暫くご無沙汰でね。女の子を連れて来たから、てっきり彼女だと思ったんだけど、お仕事関係だったのね。休日までお忙しくて大変ね」
「あっ……そ、そうですね。あ、あの『刺身盛り合わせ定食』って漬物付きですか?」
「付いてるわよ」
「じゃあ、それお願いします!」
少し焦ってしまった。咄嗟に『上司』って言っちゃったけど、おばあちゃんがズバリ見立てた通りなりたてホヤホヤの『彼女』って言うのも正しくて……むしろあの時は彼女として連れて来て貰ったんだからその肩書で答えるべきだったんだ。何だか恥ずかしくて訂正できなかったなぁ、嘘は言ってないんだけど。
定時でまっすぐここに入った所為か、お客さんはまだ疎らで。だから割とすぐに刺身盛り合わせ定食は私の目の前にやって来た。
まずは糠漬けをパクリ。
う~ん、細胞に染み渡る何とも言えない旨味……絶品。それから、お刺身に手を伸ばした。うん、うん、さすが魚屋直営!新鮮だなぁ、プリッとした歯ごたえが何ともたまりません。
それから私は一心不乱に箸と口を動かし、アッと言う間にペロリと定食を平らげた。最後に温かいお茶をいただいて、ホーッと満足の溜息を吐く。
「ご馳走様でした!」
「また来てね」
「はい!」
私はきつくなったお腹を抱えて、元気よくお店を飛び出した。
うーん、エネルギー満タン!よっし、帰ってうータンのお世話、張り切ってやりますかぁ!
なんて、大股で駅に向かおうとして―――思わずピタリと足が止まった。
体が勝手に動いて、気付いたら私はまるで『女忍者(くのいち)』みたいに物陰の後ろに身を潜めていた。
「課長……」
視線の先に見つけたのは、背の高い銀縁眼鏡のカッコ良い男、亀田課長だ。そしてその隣にあるスラリとした美しい女性は―――そう、三好さんだ。
二人は連れ立って歩きある店の前でピタリと立ち止まると、課長の誘導でその中に吸い込まれていった。
情けない事にその時漸く私は思い出したのだ。この日の昼間、廊下にある自販機の前で亀田課長と三好さんが行っていた遣り取りの事を。
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