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捕まりました。<亀田視点>
12.無理です。
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信じられない気持ちで目を剥いて大谷の顔をマジマジと凝視すると―――大谷が明らかに『あ!間違った!!』と言う顔をして口を手で塞いだ。
大谷またか……っ!
おい!おっさんを無防備に振り回すのも、いい加減にしろよ……!!
ふ……フフフ、しかしもう後戻りする気はない。
言質は取ったぞ。例えうっかり間違ったのだとしても、言葉にしたからにはその責任は取って貰おう。
大谷は俺が必死で掻き集めた、大人の余裕も、理性も―――今その不用意な台詞で、全て剥ぎ取ってグチャグチャに丸めてポイっとその辺に投げ捨ててしまったのだ。
吃驚し過ぎて体の中に充満していた眠気の殆どが一気に吹き飛んでしまう。残った僅かな眠気を振り払うように首をブルリと振る。よっし、目は覚めた。
俺は大谷をヒタリと見つめて静かに告げた。
「今は無理」
本当は『今日は無理』と言うべきだったのだろう。しかし昨日俺が頭と体を散々悩まして出した計画は、何をとち狂ったのか大谷がいきなり叫んでしまった言葉で白紙に戻された。
「そ、そうですか……」
弱々しい返事は、彼女の安堵を物語っているのかもしれない。だけど大谷、俺は『今は』と言ったんだ。
「お前、持ってるの?」
俺は目を細めて大谷を見た。
大谷が持っているなら、勿論今すぐでも全く構わない。彼女がスッと小さな箱を差し出して来たら、引っ繰り返るどころかニッコリ笑って受け取ってしまうだろう。
「え?何をですか?」
やはりな……。
俺は溜息を吐いた。俺のイメージの中の大谷と今の大谷の台詞が合致した事にホッとすると共に、じゃあさっきの台詞は何なんだ?と言うそこはかとない疑問符が湧き上がる。
まあ、大谷だしな。後先考えずに口走るのはもう初期設定なんだろう。
しかし俺はもうコイツを逃さないと決めてしまった。逃げ場を作らないように念を押すのだ。
「避妊具」
大谷が目を大きく見開いた。その口が「あ」と言うように開く。
一瞬固まった大谷だが―――次の瞬間、首が取れそうなくらい勢いよくブンブンと首を横に振った。
ハハ……顔、真っ赤!
腹から笑いが込み上げて来て、思わず口元が緩んでしまう。
その時大谷の気持ちが手に取るように理解できた。
臆病な俺の怖れやちゃちなプライドで凝り固まった色眼鏡を外せば―――大谷の素直な態度が表す意味が……スッと心に飛び込んで来る。
大谷が今時珍しい位、素直で、迂闊で、お人良しで、可愛い奴だなんて事は―――彼女と職場で接し、うータンを介してこの部屋で言葉を交わし、彼女のじーさんの家でコロッケや漬物を食べて笑い合った時間で十分に理解していた筈なのに。
彼女は確かに男慣れしていない。
それは見たまんま、話した印象そのもので。
なのにいつからか分からないが―――そんな彼女が俺に歩み寄ろうと必死になって訴えかけてくれていたんだ。
大谷の瞳が揺れ、体が微かに震えている。
ぷるっとした張りのある頬っぺたは徐々に赤みを増し―――今にも木から落ちそうな熟れた果実のようだった。
それがポトリと落ちる前に。俺は手を伸ばす事にした。
柔らかい頬に触れ、落とさないように慎重に両手で包み込む。
耐えられないと言うように、ギュッと目を瞑った彼女の必死な表情に思わず笑い出しそうになってしまった。
こんなに気分が高揚したのは、いつ以来だろうか?
ずっと物事を上手く回せない不器用な自分を許容できなかった。ミミと暮らして、そんな自分のままでも、楽しく暮らす事が出来るんだって教えて貰えた気がした。だけどそんな幸運な日々が終わりを告げて―――ずっとネットリとした暗闇の中を手探りで歩いているような気分でいたのに。
大谷が俺の目の前に現れてから―――正確にはあの本屋で大谷を見掛けた時から。あれから俺の目の前の闇にヒビが入ったんだ……まるで卵の殻みたいに。それからパリパリと少しづつそれが剥がれて行って。―――いつの間にか、明るい外気に触れていた。
久し振りに触れた外の世界は眩しい位爽やかで。
俺は楽しくて楽しくて仕方が無かった。
殻を破る手伝いをしてくれたのは、そう。大谷とうータンだ。
目の前で罰ゲームを受ける敗者のようにギュッと目を瞑り震えている大谷が、愛しくてならない。嬉し過ぎて失礼にも笑い出しそうになる自分を抑えて、俺は必死な彼女の引き結ばれた唇に自分の唇を寄せた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次話で『捕まりました』最終話となります。
大谷またか……っ!
おい!おっさんを無防備に振り回すのも、いい加減にしろよ……!!
ふ……フフフ、しかしもう後戻りする気はない。
言質は取ったぞ。例えうっかり間違ったのだとしても、言葉にしたからにはその責任は取って貰おう。
大谷は俺が必死で掻き集めた、大人の余裕も、理性も―――今その不用意な台詞で、全て剥ぎ取ってグチャグチャに丸めてポイっとその辺に投げ捨ててしまったのだ。
吃驚し過ぎて体の中に充満していた眠気の殆どが一気に吹き飛んでしまう。残った僅かな眠気を振り払うように首をブルリと振る。よっし、目は覚めた。
俺は大谷をヒタリと見つめて静かに告げた。
「今は無理」
本当は『今日は無理』と言うべきだったのだろう。しかし昨日俺が頭と体を散々悩まして出した計画は、何をとち狂ったのか大谷がいきなり叫んでしまった言葉で白紙に戻された。
「そ、そうですか……」
弱々しい返事は、彼女の安堵を物語っているのかもしれない。だけど大谷、俺は『今は』と言ったんだ。
「お前、持ってるの?」
俺は目を細めて大谷を見た。
大谷が持っているなら、勿論今すぐでも全く構わない。彼女がスッと小さな箱を差し出して来たら、引っ繰り返るどころかニッコリ笑って受け取ってしまうだろう。
「え?何をですか?」
やはりな……。
俺は溜息を吐いた。俺のイメージの中の大谷と今の大谷の台詞が合致した事にホッとすると共に、じゃあさっきの台詞は何なんだ?と言うそこはかとない疑問符が湧き上がる。
まあ、大谷だしな。後先考えずに口走るのはもう初期設定なんだろう。
しかし俺はもうコイツを逃さないと決めてしまった。逃げ場を作らないように念を押すのだ。
「避妊具」
大谷が目を大きく見開いた。その口が「あ」と言うように開く。
一瞬固まった大谷だが―――次の瞬間、首が取れそうなくらい勢いよくブンブンと首を横に振った。
ハハ……顔、真っ赤!
腹から笑いが込み上げて来て、思わず口元が緩んでしまう。
その時大谷の気持ちが手に取るように理解できた。
臆病な俺の怖れやちゃちなプライドで凝り固まった色眼鏡を外せば―――大谷の素直な態度が表す意味が……スッと心に飛び込んで来る。
大谷が今時珍しい位、素直で、迂闊で、お人良しで、可愛い奴だなんて事は―――彼女と職場で接し、うータンを介してこの部屋で言葉を交わし、彼女のじーさんの家でコロッケや漬物を食べて笑い合った時間で十分に理解していた筈なのに。
彼女は確かに男慣れしていない。
それは見たまんま、話した印象そのもので。
なのにいつからか分からないが―――そんな彼女が俺に歩み寄ろうと必死になって訴えかけてくれていたんだ。
大谷の瞳が揺れ、体が微かに震えている。
ぷるっとした張りのある頬っぺたは徐々に赤みを増し―――今にも木から落ちそうな熟れた果実のようだった。
それがポトリと落ちる前に。俺は手を伸ばす事にした。
柔らかい頬に触れ、落とさないように慎重に両手で包み込む。
耐えられないと言うように、ギュッと目を瞑った彼女の必死な表情に思わず笑い出しそうになってしまった。
こんなに気分が高揚したのは、いつ以来だろうか?
ずっと物事を上手く回せない不器用な自分を許容できなかった。ミミと暮らして、そんな自分のままでも、楽しく暮らす事が出来るんだって教えて貰えた気がした。だけどそんな幸運な日々が終わりを告げて―――ずっとネットリとした暗闇の中を手探りで歩いているような気分でいたのに。
大谷が俺の目の前に現れてから―――正確にはあの本屋で大谷を見掛けた時から。あれから俺の目の前の闇にヒビが入ったんだ……まるで卵の殻みたいに。それからパリパリと少しづつそれが剥がれて行って。―――いつの間にか、明るい外気に触れていた。
久し振りに触れた外の世界は眩しい位爽やかで。
俺は楽しくて楽しくて仕方が無かった。
殻を破る手伝いをしてくれたのは、そう。大谷とうータンだ。
目の前で罰ゲームを受ける敗者のようにギュッと目を瞑り震えている大谷が、愛しくてならない。嬉し過ぎて失礼にも笑い出しそうになる自分を抑えて、俺は必死な彼女の引き結ばれた唇に自分の唇を寄せた。
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次話で『捕まりました』最終話となります。
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