捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
82 / 375
捕まりました。<亀田視点>

5.お邪魔しました。

しおりを挟む
「やっぱうさぎの毛繕いは最高ですね~。ずうっと見ていたくなっちゃう!」
「それは同感だな」

うータンがふさふさの前足で顔を洗っている様子を二人で眺めていた。何時間でも眺めていたいような愛らしい光景だ。そして、こうして大谷の家で大谷とうータンを愛でたり、それをネタにとりとめのない会話を交わしていると、いつの間にか俺の胸には『帰りたくない』と言う思いが湧き上がってしまう。

しかし断腸の思いで一瞬目を瞑り、それから俺は腕時計に目を落とした。

ああ……やはりもうこんな時間か。

楽しい時間が過ぎるのは早い。

しかし本来であれば、大谷をアパートに送り届けた時点でおさらばする予定だったんだ。家に上げて貰えた事を『幸運』と思い、感謝しなければならないよな。

アパートの前に辿り着いた時「うータンに会って行きますか?」と、気を使って大谷が提案してくれた。大谷には世話になりっぱなしだし、夕方とは言えもうとっぷりと辺りは昏い。本来なら『今日は有難う、楽しかった』と告げてスマートに帰るのが正しい選択な筈だ。筈なのだが……俺の口は、簡単に了承の言葉を発してしまっていた。

「……もう遅いな。名残惜しいがそろそろ出た方が良いな」

隣の大谷を見ると、不思議そうな表情でパチパチと瞬きを繰り返している。
そう言えば、いつもは大谷が何か言い出すギリギリまで居座ってうータンと戯れていたな……と思い出す。これでは鬱陶しいと思われても仕方無いだろう。普段大谷に偉そうな事ばかり言っている癖に、言っている本人がこれじゃあ、な。

フと可笑しさが込み上げて来て、思わず口元が緩む。
今日は本当に楽しかった。あんまり楽しくて―――往生際悪く大谷の家に居座ってうータンと戯れ、楽しくうさぎネタで盛り上がってしまった。おそらく俺を心配してくれたと思われる大谷のお膳立てにまんまと乗っかって―――今日は心の底からリフレッシュする事が出来たのだ。本当に……大谷のその気持ちは有難く感じている。そんな純粋に心配してくれる部下に対して、邪な思いをつい抱いてしまう馬鹿なおっさんだが、せめて最後はキチンと礼を尽くして去る事にしよう。

「大谷、今日は有難うな。俺が気落ちしているから、元気づけようとしてくれたんだろ?」
「あ、えっと」

真意をズバリと言いあてられて、戸惑う大谷が可愛くて仕方がない。

バレバレなのにな。あーこれで、好きになるなって方が無理だろ。

しかしまさか上司のおっさんにちょっと親切に振る舞ったぐらいで、そんな目で見られているなんて思ってもいないんだろうな。元々大谷はいやいや対応していたんだ。流されてくれるのを良い事に、俺はそこに付け込んでいた訳で……これは三好に責められても仕方ないな。

三好に企画課でのセクハラの話を聞いた時は、新しい担当課長である俺を睨みつけるほど年下の部下に執拗に執着する比留間課長の気持ちが全く理解できなかったが―――分かりたく無いのに分かってしまった。俺も大谷の家に違う男が来てうさぎを愛でている、なんて知った日には二人に男女関係が無くたって嫉妬でソイツを睨みつけるくらいはしてしまうかもしれない。

あ、でも俺は比留間課長と違って既婚者では無いし、付き合っている彼女もいないからな。健全と言えば健全か……ま、相手にされていなければ、こんな事言ってみても虚しいだけだけど。

だけどちょっとくらい、近しい『仲の良い』存在として大谷が俺を認識してくれているのなら。こんな風に少しだけ触れても―――構わないのではないだろうか。



俺は大谷の頭に手を伸ばし、ポンポンと力を入れずに撫でてみた。



これくらいの接触は許してくれ。

じゃないと、体の中に渦巻いている行き場のない想いが―――破裂してしまいそうな気がしたから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...