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新妻・卯月の仙台暮らし
ことの顛末(2) <戸次>
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最近の亀田部長はと言うと、休暇中の遠藤課長の代理として営業課長の仕事を肩代わりしている。結論から言うと……ものすごく仕事がやりやすくなった。
判断に迷う時、指示が欲しい時がある。自分のレベルで決められないようなことだ。相談すると遠藤課長は碌に話も聞かず「それくらいお前の裁量で何とかしろ」と言うだけだ。なのにその結果、ミスがあれば全て責任を押し付けられる。「俺は知らない。アイツが勝手にやったんだ」と。遠藤課長が上機嫌で部下の話を聞くのは、何らかの成果があった時だけだ。しかも噂で聞いた話だが、そう言う場合、まるで自分の手柄のように上の人間に説明するのだと言う。
前任の桂沢部長は遠藤課長のそう言う性質をよく理解していて、遠藤課長も上手く労いつつ、その陰となってしまった部下にも気を使う―――と言う、出来た上司だった。
対して亀田部長が着任した当初、訳の分からない仕事が増えて辟易した。だから皆、亀田部長のことを、エリートぶって現場を掻きまわす勘違い野郎(今思うと本当に申し訳ない)だと噂していたのだ。
しかし遠藤課長を通さずに亀田部長と遣り取りをすることになって―――初めてその意図する所を理解することが出来た。亀田課長の指摘や助言は、正しいものだ。だけどきっと、遠藤課長はそれを理解できなかったのだ。だから時々、そこで訳の分からない指示に変換されることが多かった。結果、下っ端の俺達は翻弄されること多くなり、こんなこと桂沢部長の時は無かったのに、と不満を抱くことになる。
実際、亀田部長と対面して仕事をしてみると―――
まず、話が通じる。現場にいた人だから、実際上手く行かないことと行くことを把握している。だから手を抜いたり、下手な言い訳をするとすぐばれる
だけど『本当はこうしたら良いのに』と心にあっても踏み出せないことがあった時、突き放さず背中を押してくれる所がある。全く出口が見えない時は、違う視点からヒントをくれる。流石本社で苦労しているだけあって、経験の長さと視野の広さが違う。そしてそれでもどうしても決断に迷う危うい状況の時は、自ら決断し命令してくれる。
桂沢部長とは真逆だけど、これぞ信頼できる上司だ。異例の出世も、納得するしかない。同じ年齢になった時、自分がこんな風になれるとは到底思えないしな。亀田部長が就任した当初不満顔を隠せなかった同僚達も、皆一様にそう感じているようだ。今では亀田部長の存在ではなく、不在に文句を言うくらいなのだから。
ま、俺はだいぶん前から気付いていたけどなっ! なんて、密かに胸を張っている。今では素直に負けを誇れるようになった自分を褒めてやりたいとすら思っている。……もしヨツバが口を聞けたら『えらそうに! オレのおかげだろ!』なんてツッコミを入れられそうだけどな。
しかし亀田部長の前では、一瞬たりとも気が抜けない雰囲気がある。手を抜けば直ぐに見抜かれ、容赦なく指摘される。
それに見た目も怖い。
亀田部長はイケメンだ。整い過ぎているからこそ、無表情だと何を考えているか分からなくて、無言が数秒続くだけで頭が真っ白になるヤツも多い。ジロリと一瞥されるだけで、心臓がギュッと絞られるようだ。怒鳴る訳じゃない……なのに淡々と指摘するその言葉の一つ一つが『ごもっとも』なだけにグサグサと心臓に突き刺さる。
更にこのところの忙しさの為か頬がゲッソリとそげ、時折目が座っていることがあり―――その相貌は、かつてないほど鋭い。ちょっとでも機嫌を損ねたら殺されるのではないかと想像出来てしまうほど、凶悪な雰囲気を纏っている。
何故か眼鏡も以前の銀縁に戻ってしまい、女性陣の間で一瞬もてはやされたのが嘘のように、不用意に騒いだり近づいたりする人間はいなくなった。
つまり何が言いたいのかと言うと―――俺の個人的な心配事について尋ねられるような雰囲気では、決して無かったのだ。
判断に迷う時、指示が欲しい時がある。自分のレベルで決められないようなことだ。相談すると遠藤課長は碌に話も聞かず「それくらいお前の裁量で何とかしろ」と言うだけだ。なのにその結果、ミスがあれば全て責任を押し付けられる。「俺は知らない。アイツが勝手にやったんだ」と。遠藤課長が上機嫌で部下の話を聞くのは、何らかの成果があった時だけだ。しかも噂で聞いた話だが、そう言う場合、まるで自分の手柄のように上の人間に説明するのだと言う。
前任の桂沢部長は遠藤課長のそう言う性質をよく理解していて、遠藤課長も上手く労いつつ、その陰となってしまった部下にも気を使う―――と言う、出来た上司だった。
対して亀田部長が着任した当初、訳の分からない仕事が増えて辟易した。だから皆、亀田部長のことを、エリートぶって現場を掻きまわす勘違い野郎(今思うと本当に申し訳ない)だと噂していたのだ。
しかし遠藤課長を通さずに亀田部長と遣り取りをすることになって―――初めてその意図する所を理解することが出来た。亀田課長の指摘や助言は、正しいものだ。だけどきっと、遠藤課長はそれを理解できなかったのだ。だから時々、そこで訳の分からない指示に変換されることが多かった。結果、下っ端の俺達は翻弄されること多くなり、こんなこと桂沢部長の時は無かったのに、と不満を抱くことになる。
実際、亀田部長と対面して仕事をしてみると―――
まず、話が通じる。現場にいた人だから、実際上手く行かないことと行くことを把握している。だから手を抜いたり、下手な言い訳をするとすぐばれる
だけど『本当はこうしたら良いのに』と心にあっても踏み出せないことがあった時、突き放さず背中を押してくれる所がある。全く出口が見えない時は、違う視点からヒントをくれる。流石本社で苦労しているだけあって、経験の長さと視野の広さが違う。そしてそれでもどうしても決断に迷う危うい状況の時は、自ら決断し命令してくれる。
桂沢部長とは真逆だけど、これぞ信頼できる上司だ。異例の出世も、納得するしかない。同じ年齢になった時、自分がこんな風になれるとは到底思えないしな。亀田部長が就任した当初不満顔を隠せなかった同僚達も、皆一様にそう感じているようだ。今では亀田部長の存在ではなく、不在に文句を言うくらいなのだから。
ま、俺はだいぶん前から気付いていたけどなっ! なんて、密かに胸を張っている。今では素直に負けを誇れるようになった自分を褒めてやりたいとすら思っている。……もしヨツバが口を聞けたら『えらそうに! オレのおかげだろ!』なんてツッコミを入れられそうだけどな。
しかし亀田部長の前では、一瞬たりとも気が抜けない雰囲気がある。手を抜けば直ぐに見抜かれ、容赦なく指摘される。
それに見た目も怖い。
亀田部長はイケメンだ。整い過ぎているからこそ、無表情だと何を考えているか分からなくて、無言が数秒続くだけで頭が真っ白になるヤツも多い。ジロリと一瞥されるだけで、心臓がギュッと絞られるようだ。怒鳴る訳じゃない……なのに淡々と指摘するその言葉の一つ一つが『ごもっとも』なだけにグサグサと心臓に突き刺さる。
更にこのところの忙しさの為か頬がゲッソリとそげ、時折目が座っていることがあり―――その相貌は、かつてないほど鋭い。ちょっとでも機嫌を損ねたら殺されるのではないかと想像出来てしまうほど、凶悪な雰囲気を纏っている。
何故か眼鏡も以前の銀縁に戻ってしまい、女性陣の間で一瞬もてはやされたのが嘘のように、不用意に騒いだり近づいたりする人間はいなくなった。
つまり何が言いたいのかと言うと―――俺の個人的な心配事について尋ねられるような雰囲気では、決して無かったのだ。
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