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新妻・卯月の仙台暮らし
帰り道で確認します。 <亀田>
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少し時間が巻き戻ります。
『帰り道でお話します』の亀田視点、オチヤマなしの裏話です。
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『うさぎひろば』の帰り道、地下鉄の駅まで定禅寺通りを歩いていた。どう切り出そうか暫く迷っていたが、何と言い訳しても違和感が付き纏うような気がして率直に尋ねることにする。
「その……あの二人は、一体どういう関係なんだ?」
「『あの二人』って?」
「『うさぎひろば』の小さい店員と大きな男……あの店長のことだ」
「ああ!」
店を出てかなり経った後なので、卯月は『うさぎひろば』の話だと直ぐに気付けなかったようだ。漸く俺の言葉を理解した、とばかりに笑顔になる。そして訳知り顔で頷いた。
「伊都さんと店長さんって―――実はイトコなんだって」
なるほど。それであの距離感なのか、と納得する。身内だったんだな。恋人同士とか夫婦とか、そういう間柄ではないような気がしたがそう言うことなのか。ひょっとして心配の種が減るかと思って切り出した質問だったが、大して収穫は無かったことに肩を落とす。しかしあの小柄な店員と付き合ってないからと言って、落ち込むことはない。もしかして既婚者かもしれないし別に恋人がいるかもしれない。しかし―――相手がいる男だから心配が減る、という訳じゃないことは長く働いていれば聞き及ぶこともある訳で。いや、アイツは言ったじゃないか『人の道に背くような事は出来ない性分なので』『せっかく伊都に気を許せる相手が出来たのに、引き離すような真似は出来ませんから』と。
「そうか……」
視線を感じて横を見下ろすと、卯月が問いかけるように俺を見ていた。返答したきり黙り込んでしまった俺に不安げに見上げている。俺は慌てて心にもない言い訳を口にした。
「いや……その、店長が随分あの店員を心配している様子だったから、な」
『心にもない』と言ったが、そう感じたのは事実でもある。ただ俺が二人の関係を確認した動機は少し違う。全く余裕のない男で格好悪いことこの上ないが、やはりあの男に決まった相手がいるかいないかが気になってしまったのだ。少しでも安心したかったのかもしれない。
ただ……俺の気持ちを率直に話して『疑り深い男』だとか『嫉妬深い男』だと思われて、卯月にうんざりされたくはない。以前水野の事で思わず八つ当たりしてしまった時、卯月が俺の部屋を飛び出して大谷さんの部屋に籠り―――結局戻って来なかった夜の事を思い出すと何とも言えない苦い気持ちが湧いて来るのだ。ただでさえ一緒にいられる時間が少ない今、貴重なその時をギスギスした空気で消費したくない。
俺は昔よりずっと臆病にになったと思う。けれどもそれは仕方の無いことだ。以前のやさぐれた俺とは違う。格好悪かろうと男らしくなかろうと……慎重に、手に入れたこの関係を大切にすることを一番に考えたい。それぐらい彼女は、俺にとって大事な存在なのだ。
「でもそう言えば、血は繋がってないって言ってたよ。細かい事は忘れちゃったけど、伊都さんのお母さんが再婚してイトコになったんだって」
その口振りから彼女があの二人と随分親しくなっていることが感じられた。細かい事情まで把握しているようだ。やはり下手な事を言わなくて良かったのだろう。俺が嫉妬してると知れば、卯月はあの店へ通うのを遠慮してしまうかもしれない。そうでなくとも、純粋に楽しむ気持ちに水を差してしまうだろう。せっかく親しく話せる相手が出来た彼女の楽しみを奪うのは、やはり避けたい。俺は気を取り直して言葉を選んだ。
「確かに全くと言って良いほど似てないな」
「うん、全く似てないよね。見た目だけじゃなくて性格も。伊都さんって小動物的な感じだけど、店長さんって大きな動物って言うか、妙に落ち着いているって言うか……」
卯月はそう言うと少し言葉を切って思案気に視線を落とし、だがすぐにパッと笑顔になる。どうやら何か良い事を思いついたらしい。
「そう!―――『昼寝してるライオン』って言うかそんな感じ!」
「ライオン……か」
アレが―――あの男がそんなカッコイイものか?と思わず批判的に考えてしまう俺は……とても小さい人間なのだろう。
「うん。お腹いっぱいだから、うさぎが脇を通り過ぎても放って置く……みたいな?ホントは強いけど今は寝てるって言う……」
その途端、眠たげに目を細めているライオンとその周りで無防備に草を食んでいる、ご機嫌な様子のうさぎが思い浮かんだ。ライオンはあの体格の良い飄々とした店長だ。
「……」
そして呑気なうさぎは―――隣でニコニコしている、無防備な卯月。
『ホントだ、”うさぎさん”ですね!』
と楽しそうに笑った店長を思い出す。
つい言葉を失ってしまった俺はまだまだ修行が足りないのだろう。俺の態度を不審に感じた卯月が気づかうように「お仕事のこと考えてる?ゴメンね、忙しいのに付き合って貰っちゃって」などと申し訳なさげな表情を浮かべるのを目にして、ハッと現実に立ち戻った。
ヒュッと冷たい風が一陣、首元を掠って俺の頭を冷やす。
卯月は歩みを止めた俺を見上げている。両手を握り合わせて真剣な表情を浮かべる彼女を目にして、俺は再び自分の間違いに気が付いたのだった。またしても自分のことばかり考えてしまっていた―――彼女がこんなに俺のことを考えてくれているのにな。
「いや、仕事じゃない。その―――店長の『ライオン』って言うのがピッタリだと思ってな。髪型もそんなカンジじゃないか?」
「あ、うん。そうだね、そんなカンジ!」
ホッと笑顔になる卯月の顔を見て、俺の心もまだ少し冷たい初夏の風にほどけるように再び柔らかくなったのだった。
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サブタイトルは『旦那様は心配性!』
何でもない無表情の下でアレコレ考えていたようです。案外『上司の苦言』で出た取引先の話をまだ引き摺っているのかもしれません…(^^;)
お読みいただき、誠に有難うございました!
『帰り道でお話します』の亀田視点、オチヤマなしの裏話です。
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『うさぎひろば』の帰り道、地下鉄の駅まで定禅寺通りを歩いていた。どう切り出そうか暫く迷っていたが、何と言い訳しても違和感が付き纏うような気がして率直に尋ねることにする。
「その……あの二人は、一体どういう関係なんだ?」
「『あの二人』って?」
「『うさぎひろば』の小さい店員と大きな男……あの店長のことだ」
「ああ!」
店を出てかなり経った後なので、卯月は『うさぎひろば』の話だと直ぐに気付けなかったようだ。漸く俺の言葉を理解した、とばかりに笑顔になる。そして訳知り顔で頷いた。
「伊都さんと店長さんって―――実はイトコなんだって」
なるほど。それであの距離感なのか、と納得する。身内だったんだな。恋人同士とか夫婦とか、そういう間柄ではないような気がしたがそう言うことなのか。ひょっとして心配の種が減るかと思って切り出した質問だったが、大して収穫は無かったことに肩を落とす。しかしあの小柄な店員と付き合ってないからと言って、落ち込むことはない。もしかして既婚者かもしれないし別に恋人がいるかもしれない。しかし―――相手がいる男だから心配が減る、という訳じゃないことは長く働いていれば聞き及ぶこともある訳で。いや、アイツは言ったじゃないか『人の道に背くような事は出来ない性分なので』『せっかく伊都に気を許せる相手が出来たのに、引き離すような真似は出来ませんから』と。
「そうか……」
視線を感じて横を見下ろすと、卯月が問いかけるように俺を見ていた。返答したきり黙り込んでしまった俺に不安げに見上げている。俺は慌てて心にもない言い訳を口にした。
「いや……その、店長が随分あの店員を心配している様子だったから、な」
『心にもない』と言ったが、そう感じたのは事実でもある。ただ俺が二人の関係を確認した動機は少し違う。全く余裕のない男で格好悪いことこの上ないが、やはりあの男に決まった相手がいるかいないかが気になってしまったのだ。少しでも安心したかったのかもしれない。
ただ……俺の気持ちを率直に話して『疑り深い男』だとか『嫉妬深い男』だと思われて、卯月にうんざりされたくはない。以前水野の事で思わず八つ当たりしてしまった時、卯月が俺の部屋を飛び出して大谷さんの部屋に籠り―――結局戻って来なかった夜の事を思い出すと何とも言えない苦い気持ちが湧いて来るのだ。ただでさえ一緒にいられる時間が少ない今、貴重なその時をギスギスした空気で消費したくない。
俺は昔よりずっと臆病にになったと思う。けれどもそれは仕方の無いことだ。以前のやさぐれた俺とは違う。格好悪かろうと男らしくなかろうと……慎重に、手に入れたこの関係を大切にすることを一番に考えたい。それぐらい彼女は、俺にとって大事な存在なのだ。
「でもそう言えば、血は繋がってないって言ってたよ。細かい事は忘れちゃったけど、伊都さんのお母さんが再婚してイトコになったんだって」
その口振りから彼女があの二人と随分親しくなっていることが感じられた。細かい事情まで把握しているようだ。やはり下手な事を言わなくて良かったのだろう。俺が嫉妬してると知れば、卯月はあの店へ通うのを遠慮してしまうかもしれない。そうでなくとも、純粋に楽しむ気持ちに水を差してしまうだろう。せっかく親しく話せる相手が出来た彼女の楽しみを奪うのは、やはり避けたい。俺は気を取り直して言葉を選んだ。
「確かに全くと言って良いほど似てないな」
「うん、全く似てないよね。見た目だけじゃなくて性格も。伊都さんって小動物的な感じだけど、店長さんって大きな動物って言うか、妙に落ち着いているって言うか……」
卯月はそう言うと少し言葉を切って思案気に視線を落とし、だがすぐにパッと笑顔になる。どうやら何か良い事を思いついたらしい。
「そう!―――『昼寝してるライオン』って言うかそんな感じ!」
「ライオン……か」
アレが―――あの男がそんなカッコイイものか?と思わず批判的に考えてしまう俺は……とても小さい人間なのだろう。
「うん。お腹いっぱいだから、うさぎが脇を通り過ぎても放って置く……みたいな?ホントは強いけど今は寝てるって言う……」
その途端、眠たげに目を細めているライオンとその周りで無防備に草を食んでいる、ご機嫌な様子のうさぎが思い浮かんだ。ライオンはあの体格の良い飄々とした店長だ。
「……」
そして呑気なうさぎは―――隣でニコニコしている、無防備な卯月。
『ホントだ、”うさぎさん”ですね!』
と楽しそうに笑った店長を思い出す。
つい言葉を失ってしまった俺はまだまだ修行が足りないのだろう。俺の態度を不審に感じた卯月が気づかうように「お仕事のこと考えてる?ゴメンね、忙しいのに付き合って貰っちゃって」などと申し訳なさげな表情を浮かべるのを目にして、ハッと現実に立ち戻った。
ヒュッと冷たい風が一陣、首元を掠って俺の頭を冷やす。
卯月は歩みを止めた俺を見上げている。両手を握り合わせて真剣な表情を浮かべる彼女を目にして、俺は再び自分の間違いに気が付いたのだった。またしても自分のことばかり考えてしまっていた―――彼女がこんなに俺のことを考えてくれているのにな。
「いや、仕事じゃない。その―――店長の『ライオン』って言うのがピッタリだと思ってな。髪型もそんなカンジじゃないか?」
「あ、うん。そうだね、そんなカンジ!」
ホッと笑顔になる卯月の顔を見て、俺の心もまだ少し冷たい初夏の風にほどけるように再び柔らかくなったのだった。
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サブタイトルは『旦那様は心配性!』
何でもない無表情の下でアレコレ考えていたようです。案外『上司の苦言』で出た取引先の話をまだ引き摺っているのかもしれません…(^^;)
お読みいただき、誠に有難うございました!
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