捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

8.お休みですか?

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「あの、今日は伊都さんはお休みですか?」
「伊都ですか?ああ、今日は店には出ていないんですが、いますよ」

 そっか、じゃあお隣にいるのかな。以前山男やまおとこさんが伊都さんを呼びに行った部屋は店の倉庫兼うさぎの飼育場になっていて、伊都さんは大抵そこで作業をしているらしい。私はお店の中央にある商品を並べたテーブルに目を落としながら、ウロウロとその辺りを歩き回った。お隣かぁ、そうか……すぐそこにいるんだな。会おうと思えば会える場所だ。でもなぁ、お仕事中にお邪魔してもあれだし。きっとうさぎのお世話中とか在庫チェックとか忙しいんだよね?うーん、これはもう一度出直した方が良いのだろうか。

「そうですか……」
「呼んで来ますか?」

 モジモジしていた私の意図を酌んだような山男さんの提案だ。高い所から降って来るその声に、私は咄嗟に飛び付いた。

「はい!お願いします!」

 食い付くように返事をすると、山男さんは思わずと言うように噴き出した。

「女性同士の方が話しやすいですよね?」
「え!いや、その……」

 はっ!これじゃまるで『接客が山男さんだんせいじゃ不満だ』と言っているみたいじゃない!私は慌てて首を振った。

「あの、その、店長さんが嫌と言うわけじゃなくてですね。今日は伊都さんと話したいことがありまして」

 私は恥ずかしさに真っ赤になりつつ言い訳を口にする。すると垂れ目がちな目元を緩めて、山男さんは微笑んだ。

「ありがとうございます」
「えっ」
「少しここでお待ちいただけますか?声を掛けて来ます」

 何故か山男さんに感謝の言葉を向けられ、私は戸惑ってしまう。そんな喜んで貰えるようなことを言った覚えがない。ハテナマークが頭の中に湧き上がってきて返答できずに固まっている私をお店に残し、彼は見る間にガラス扉を押して外へ出て行ってしまった。

 彼が出て行った後、私はパチパチ瞬きを繰り返して気を取り直す。ちょっと手持無沙汰な感じで取りあえずケージに近付いて、うさぎさんの一匹に顔を寄せた。あれ?この子新人かな?黒と言えるくらい濃い焦げ茶、短い耳、丸っこい顔の子うさぎ。うわぁ、可愛いぃ~!この子は……んーと、ネザーランドドワーフだね。
 『うさぎひろば』のケージに入っているのは主にネザーランドドワーフかロップイヤーだ。何故かと言うとこちらで繁殖しているのがその二種類なんだって。

「君……似てるねぇ」

 性別は残念ながら男の子だけど、以前たけしさんに見せて貰ったミミの小さい頃に似ている。ミミは雑種ミックスだったし、この子はちゃんとしたネザーだからお値段とか全然違うかもしれないけれど。と言う事はやっぱりミミはネザー系のミックスだったんだね。
 ケージに指を近づけると、フンフンと好奇心いっぱいに鼻を近づけて来る。うん、元気よさそー!だけどケージの上に貼ってある注意書き『ケージに指を入れないでください(>_<)!』が目に入って、ハッと指を引っ込める。噛まれて怪我する可能性があるからトラブル防止の為に書いてあるんだろう。指を入れるつもりも無かったし、うさぎさんの機嫌は何となく分かるつもりでいるけれども、油断は禁物。うっかり私が怪我すると、この子にも悪いし伊都さん達の迷惑になっちゃう。

 丈さんに見せたいから写真を撮らせて貰えないかな?後で山男さんか伊都さんに断ってみよう!なんて考えつつ焦げ茶のネザー君を眺めていると背後で扉が開く音がした。振り返ると―――あれ?伊都さんじゃなくて、山男さんだ。伊都さん、いなかったのかな?

「伊都さん、お出かけですか?」
「いえ、その……いるにはいるんですが」

 口籠る山男さんの態度に、ピンと来た。

 伊都さんはいる。いるのにお店に来ない。すなわちそれは私に会いたくないと……ええ!それは伊都さんがやはり踏み込んだことを聞いた私のような不作法者に会いたくないと言う事で……。

「あの、もしかして伊都さん怒ってますか……?」

 蒼くなった私に、山男さんはキョトンと首を傾げた。

「『怒って……』?いいえ、まさか!」

 それからふっと目尻を落として、柔らかい表情を見せた。

「あの、良ければあちらで伊都とお茶でもどうですか?」
「え?」
「半分飼育場にしているので、ちょっとうさぎ臭いかもしれませんが。あ、空気清浄機は入れてるのでそんなに酷い匂いがするってほどじゃないですけれど……」

 山男さんが申し訳なさそうに説明してくれるのを、遮るように言い切った。



「いえ!むしろそれは天国です」



 うさぎに囲まれる状況なんて、嬉しさしかありません!勿論少々うさぎ臭いのは全然気になりませんよ……!!

 ビシッと掌を向けて主張する私に、目を丸くした山男さんはまたしても噴き出した。そこでハッと我に返る。



 は、恥ずかし~!



 私は真っ赤になってしまった。それを誤魔化すように「じゃ、行きますね!」重ねて宣言する。恥ずかしさに身悶えながら、クツクツ笑う山男さんを残して私は隣の部屋に向かったのだった。
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