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・後日談 俺とねーちゃんのその後の話のおまけ1・
森君の恋人 <八雲>
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清美が大学2年生の頃のお話。
清美の所属する大学のバスケ部マネージャー視点です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
M大バスケ部のマネージャーは現在3名だけ。去年までもう1人先輩の男子マネージャーがいたんだけど、就活があるので引退してしまったのだ。
2年生の私、八雲三奈と松田輝夜、それから1年生の大島凛音。全員女子。これが結構厳しい……アップの時に笛を吹いたりするんだけど、高校まで女子バスを経験して来たとは言え自分より体格も大きく、技術も桁違いに高い―――その上更に毎日努力を重ねてきている男子選手の練習に口出しするのはやはり厳しい。M大の歴代マネージャーは元々男子が多く、女子マネがアップの笛を吹くなんて習慣はこれまで無かったのだ。
輝夜と私はビクビクしながら日々の練習のメニューについて勉強し、合わせて今までのマネージャーの仕事にも取り組んで来たのだけど……その影響か、元々選手間の連携が上手く行っていなかった所為か、部活内の雰囲気がどうにもギクシャクするようになってしまった。
輝夜は泣いて「もう辞める!」なんて言うし、私は凛音と一緒に宥めながらもオロオロしていたんだけど―――陰ながらそのフォローをしてくれたのが、同じ2年生の森君だった。
他の比較的穏健派の選手達と一緒になって輝夜の話を聞いてくれて、ちょっとアタリのキツイ厳しめの選手に声を掛けて、対応を改善するよう忠告してくれた。よくよく話してみると、彼はバスケに真剣になるあまり誰に対してもキツイ口調になってしまう性質らしい。輝夜は自分の事が嫌いで気に入らないからキツク当たっているのだと思い込んでいて、ショックを受けていたんだけどそれは勘違いだったのだ。後で飲み会の時に2人を仲直りするよう誘導してくれたのも森君だった。
そんなこんなで、輝夜はマネージャーにとどまる事になったのだけど―――どうやらそれが元で森君を好きになってしまったらしい。本当に困った事になった。森君には高校時代から付き合っている年上の彼女がいると言うのは周知の事実だ。何しろその彼女は国立最難関のT大生で、彼女に頼まれて苦手な合コンまで開催したと言うから―――森君の嵌りっぷりも自ずと分かろうと言う物だ。何でも東京に出て来たのも彼女を追い掛けての事らしい。―――だから割り込む隙なんて全く無いように思うのだけど。
「でもね、彼女4年生なんだって。だから最近忙しくてなかなか会えないらしいよ」
「まあ4年生ってきっと、卒論とか就活とか忙しいよね」
「それに卒業したらね、きっと就職しちゃうでしょ?東京に就職するとは限らないじゃない?就職した女の人が、学生の彼を子供っぽく思うようになって上手く行かなくなるってよくある話じゃない?それでなくても今すれ違っているって言うんなら、付け入る隙はあると思うのよね……」
私はぺチっと輝夜の額を叩いた。
「フォローして貰って置いて。そんな事したら森君に受けた恩を仇で返す事になっちゃうでしょ?!そっとしてあげなさいよー」
「私と付き合った方が森君の為にもいいと思う!いつも一緒にいられるし、部活のサポートもできるでしょ?忙しいからって森君を放って置く年上の彼女に任せっぱなしには出来ないわ。きっと彼の気持ちだって地元にいる頃の刷り込みなんだから、そろそろ新しい恋をしても良い頃じゃない?」
「何で輝夜は無駄にポジティブなの?それなら部活辞めるって騒いでた時にポジティブになって欲しかったわ……!」
「私がポジティブになれるのは、恋愛方面に限られるのよ……」
「いや、真面目な顔で言っても駄目だから!略奪とか駄目!絶対!また部活動荒れたらやってけないよー!」
「えー…荒れるとは限らないじゃん。きっと私と付きあった方が森君もハッピーよ?」
「……にしても、大きな試合終わってからにして!」
私がドスを聞かせて睨みつけると、輝夜は仕方なさそうに肩を竦めて頷いた。
「……はーい」
でも、本気で言っているのだかどうだか至極怪しい。
本当に切実に―――そう言うちょっかいを掛けるのは止めて欲しいと思う。
今あるカップルはそのまま平穏にほっとくべきだと思う。
とにかく揉めるのはもう勘弁だった。取りあえず今は何とか輝夜を抑えたものの、試合が終わった後どうやって彼女の気を逸らそう……と私は頭を抱えた。
あああ、胃が痛いよ~。
マネージャーはこのように色々と気を使う大変なお仕事なのである……。本業で手一杯なのに~!勘弁してくれ!!
そんなある日、私の部屋に輝夜が泊まりに来ることになって、スーパーで夕飯の食材を選んでいた。輝夜はなかなか料理の腕が良いので、恒例となったお泊り会を私はとても楽しみにしていた。
「パスタも良いなー。でもお好み焼きも食べたい」
「両方作ろうか?」
「おおっ……輝夜、良いお嫁さんになれるよ」
「森君にも作ってあげたいな?」
人差し指を顎に当て、ニコリと夢を語る輝夜。うん、可愛いよ。でもやめてね。
「林君と最近仲いいじゃん?林君カッコ良いしさ、林君にしときなさいよ」
「だって森君の方がカッコいいもん!」
「いや、アレと比べちゃ駄目でしょ。森君レベルはそうそういないから」
森君も林君もバスケ選手だから、物凄く背が高い。林君もそこそこカッコ良いのだが、森君は外国の血が混じっているせいか、とにかくトンデモ無い美男子なのだ。明るい栗色の髪の毛も地毛だそう。おまけに紳士と言うかそれとなく公平に皆に気を配れる目端のきく所もある。とにかくそこに存在するのが冗談みたいな存在なのだから―――その人と比べられる男の子はたまったもんではないだろう……。
「あっ!」
その時輝夜が素っ頓狂な声を上げた。
「森君!」
「え?……あ、本当だ」
とにかく目立つその容姿。金髪に近い栗色の髪と、常人ではあり得ない背の高さ。遠めでも顔がその辺の雑誌に載っててもおかしくないくらい整っているのが見て取れる。
「もしかして、あれ彼女?」
隣に小柄な女の子がいる。真っ黒で艶々のストレートが腰まで。後ろを向いているので顔は見えないけれど……買い物カゴを手に持っている森君と、何やら話をしている。
「挨拶行こ!」
「えっ……まっ……邪魔しちゃ悪いよ!」
「まずは敵を知らないと!どう攻略していいか分からないでしょ?大丈夫、大会終わるまでは手ー出さないから」
「え、駄目だって……っ!」
私の伸ばした手をすり抜けて、輝夜は走って行ってしまった……!
わああ……ポジティブシンキングってコワいよ~~!それ部活の作業で発揮してくれ~!
私は仕方なく、小走りに走り出した輝夜の背中を追ったのだった。
その時森君と彼女はちょっと距離を取って、別々に商品を選んでいた。
「もーり君!」
ポンっと、輝夜は駆け寄って森君の背中を叩いた。
良かった。抱き着かなくて……普段そんな事はしないけど、肉食スイッチ入った輝夜は本当にヒヤリとする行動をする事がある。私はドキドキする胸を抑えつつ輝夜に遅れて声を掛けた。
「森君も買い物?」
「ああ、八雲さん、松田さん」
振り向いた森君は相変わらずの王子様フェイスだ。うーんカッコ良すぎる、彼女がいなかったら私だって惚れてしまったかもしれない。そう思うと輝夜を浅はかだと一方的に責められないんだなぁ……おまけに森君は性格も良い。諦めろって言われてすぐに諦められるものでは無いよなぁ。輝夜みたいに「奪う!」なんて宣言できる女の子は稀かもしれないけれど。
「ゴメンね、お買い物中に……」
「あれ?もしかして……今デート中?」
私が恐縮して言うと、少し離れた所でお肉のパックを見比べている彼女の背中を見ながら、輝夜が白々しく口を開いた。
「え……」
すると、森君がポカンと口を開けて固まった。
あれ?もしかして彼女じゃ無かったのかな?吃驚した顔をしている森君を見て、私と輝夜は目で会話した。
もしかしてあの小柄な女の人は彼女では無い?
「あの……一緒に居る人、『彼女』じゃないの?」
ボソリと声を潜めて輝夜が囁いた。どうやら輝夜も同じ結論に辿り着いたようだ。森君は輝夜の囁き声を一度受け取って、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
本気ですか?
見た目軽そうな割に、意外と真面目な森君が……?!
うっそー、ちょっと見る目が変わっちゃうんですけどっっ!!
私が驚きのあまり口をパクパクさせていると、肉を見比べていた黒髪の小柄な彼女がこちらをパッと振り向いた。
おっ……うわぁ。
これは……聞いていた高学歴の年上彼女と違うわ。
明らかに年下だよね。もしかして高校生だったりして??
真っすぐなストレートの黒髪、つぶらな黒目がちな瞳。睫毛はびっしり……日本人形を思わせる清楚なカワイ子ちゃん。水色のワンピースがよく似合っている。
もしかしてもう地元が一緒の年上彼女とは別れていて、この子は新しい彼女って事なのかな?それとも二股??おお~~そんなイメージ無い人だったけど、やっぱりモテる美男子はなるべくして遊び人になってしまうのか?!
タタタッと可愛らしい彼女がワンピースを翻し駆け寄って来た。
でも、おっそ!!おっとりさんなのかな~、何か運動苦手そう……!
「あのね、牛肉だけと合い挽きどっちが……と。あ、スイマセン」
彼女が死角にいた私達に気が付いて、ペコリと頭を下げた。
慌てて私も頭を下げる。
「晶……」
森君がボンヤリと彼女の名前を呼ぶ。輝夜がジイっと観察するようにその晶と呼ばれたワンピースの彼女を見ている。
「清美のお友達?」
「え、ああ……部活のマネージャーの八雲さんと松田さん」
「マネージャーさん?」
パチクリと大きな目を瞬かせて小柄な彼女がこちらを真正面から見た。そしてすぐさまペコリと頭を下げてくれた。
「いつも清美がお世話になってます」
見た目の幼さに反して、妙に大人びた対応に面食らう。
隣で彼女をジッと観察していた輝夜も同じだったようで、怯んだように返事をした。
「いいえ……こちらこそ、森君にはすごくお世話になっていて……あの、森君こちらは?」
ボンヤリしていた森君は、ハッと我に返るとシャンと姿勢を正した。
そして頭を掻きながら、如何にも恥ずかしそうに私達にこう言ったのだ。
「あの……俺の『彼女』の晶です」
何故か『彼女』を強調して言う森君。そうしてそう言うが早いか真っ赤になって、エヘラっと締まりない顔になってしまった。
えっ……と。
彼女?新しい年下彼女?って事かな。滅茶苦茶照れてるけど……突っ込んで良いのかな、そこのところ。
私は逡巡しつつ当り障りの無い返しをする事にした。
「デート中お邪魔しちゃってゴメンね」
すると何故かウットリと「『デート』、『デート』だよな、これ確かに……クフフ」って森君が含み笑いしている。何だか様子が変だ。お隣の彼女は挨拶の後はほとんど何も言わず大人しく控えている。
やはりお邪魔だろう……そう思った私はフェイドアウトしようと一歩下がる。すると逃げようとする私の腕をガッと掴んで逃走を遮りつつ、輝夜がズバッと切り込んだ。
攻略しようと思っていた森君を年下の女の子に奪われて少し苛立っているのかもしれない。ちょっと甲高い声でこう言ったのだ。
「森君の彼女って―――年上のとっても素敵な美人さんだって、常々自慢していたって聞いたんだけど……」
2人の中に亀裂を入れたかったのか、単に悔しかったのか。白々しくわざわざ前の彼女の話題を出す輝夜の台詞に、私の背筋に冷たいものが走った。
ひー!恩を仇で返すの止めて……!
「ええっ!」
小柄な彼女が目に見えて蒼くなった。
あーっ、もしかして森君前の彼女の事この子に言っていなかったパターン?それとまさかの―――二股、同時進行の方?!
次の瞬間ボンっと、彼女が森君に拳をぶつけた。
と、言ってもかなり非力で……森君の立派に鍛えられた体はビクともしなかったのだけれど。そして彼女が怒りを堪えたような少し潜めた声で森君を非難しだした。
「清美っ!何でそんな事実と違う事ばっかり言いふらすの!」
ん?
「ほらー!話を盛るから……全然違うから2人とも吃驚しちゃってるじゃないっ……もー本当に恥ずかしいんだから……」
そう言って今度は真っ赤になってもう一発ポカリと森君の腕にかましたのだ。叩かれた側の森君はエヘラエヘラしまりの無い顔で笑って……頭を掻いていたけど。
輝夜と私は顔を見合わせた。
((え?!まさかの……))
「「と、年上ぇ……!?」」
「あ、はい」
素直に返事をする可愛らしいちんまりした彼女。
「「……ですか?!」」
思わずハッと礼儀を思い出し、語尾を補足する私達。
彼女さんは恥ずかしそうに頬を染めつつ、モジモジと手を揉み合わせた。
「こんなんですが……年上なんです……でも清美が大きすぎて老けて見えるのも悪いと思うんですけど……美人でもありませんし」
とボソボソ少し言い訳を付け足しつつ俯く彼女。
確かに美人ってより、可愛いって表現の方が似合うよなぁ。
「ごめんなさい。清美ったら調子良い事ばっかり言って……けっこう直情気味なところもあるし、皆さんにご迷惑お掛けしていませんか」
その口調を聞いたら、如何にも『年上のお姉さん!』って感じで、ぱっと見た目とは違うって事がやっと実感できた。わーでも、これ遠目に見たら絶対皆、誤解すると思う……。
でも『調子良い』とか『直情気味』とか全然森君に似合わない言葉が出て来て私達は目を丸くする。
するとコホンとひとつわざとらしく咳をした森君が、気まずげに否定した。
「俺だっていつまでも子供のままじゃないんだから……ちゃんと大人しくしているよ」
彼女さんが訝し気に森君を見上げる。
だから私は慌ててフォローした。
「あの、すっごく落ち着いてて……森君、皆をさり気なく纏めてくれます。とても助かっているんです」
「……そうですか?」
「本当です!」
拳を固めて大きく頷くと、彼女さんはホッとした様子でニコリと笑った。それまで割と表情が少なめだったから、思わずドキリとしてしまう。
するとクイッと袖を引っ張られる。隣で輝夜が渋い顔をしている。
そうだね。帰ろうか―――馬に蹴られる前に。つーか何だか雰囲気に当てられて胸やけしそうだ。森君ニヤニヤし過ぎなんだもん……。
私達は挨拶もソコソコに逃げ出した。
しかし気になってピタリと足を止め、ちょっとだけ振り向いてみる。
「合いびき肉と牛肉どっちがいい?ハンバーグ」
「どっちも!」
「えー、そんなに食べられないでしょ」
「食べれるよ、お腹ペコペコだもん」
なんて森君は甘えた口調で話していて、彼女さんはクスクス笑っている。
本当だ。何だか森君が子供っぽい……うーん駄目だ。胸やけが酷くなって来た。
「あのさ」
「なに?」
輝夜が不機嫌そうな声で返事をする。
「……あれだけべた惚れだったら、きっと無理だと思うよ」
「うん」
お、素直だな。
私はホッとして胸を撫で下ろした。せっかく纏まり始めた部活内で、揉めるのはゴメンだった。
「何か目が醒めたわ。私元々年上好きだし。甘えんぼはダメなのよねー」
負け惜しみだな、と思ったけど。藪蛇だから言わないでおいた。
あれだけイチャイチャしている所を目の当たりにしたら、望みが無いって嫌って程実感できただろうから。
で、ちょっと良かったのは。
何だかキラキラ格好良くて、落ち着いていてしっかりしている印象の森君は、今まで少し近寄り難い印象があった。でも彼女の話題を出すと、結構デレデレと締まりない素が出て来て何だかとっても残念な感じになる。今まで話す時は結構緊張していたんだけど―――あれ以来気負いなく話が出来るようになった。
見た目はパーフェクトだけど、森君って結構普通の男の子なんだなぁ。
彼女の話を嬉しそうにする無防備な笑顔を見ながらそう思ったら、何だかちょっとトキめいてしまったのだけれど……そんなトキメキは無かった事にして見ない振りをした。
だって揉め事が嫌いなんだもん……!
あーあぶなっ!森君ちょっと天然過ぎやしませんか?
最近そう言う訳で性格の良いイケメンを見ると、まず警戒心を抱いてしまうようになった私なのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
付き合って一年経った頃、まだまだ『彼女』と大きな声で言えるのも言われるのも楽しくて仕方が無いようです。『構って貰えない』なんて言うのも幸せ者の愚痴です。ずっとそんな愚痴、言ってみたかったんです、きっと。とにかく浮かれまくってます。そんな時期のお話でした。
お読みいただき、有難うございました。
清美の所属する大学のバスケ部マネージャー視点です。
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M大バスケ部のマネージャーは現在3名だけ。去年までもう1人先輩の男子マネージャーがいたんだけど、就活があるので引退してしまったのだ。
2年生の私、八雲三奈と松田輝夜、それから1年生の大島凛音。全員女子。これが結構厳しい……アップの時に笛を吹いたりするんだけど、高校まで女子バスを経験して来たとは言え自分より体格も大きく、技術も桁違いに高い―――その上更に毎日努力を重ねてきている男子選手の練習に口出しするのはやはり厳しい。M大の歴代マネージャーは元々男子が多く、女子マネがアップの笛を吹くなんて習慣はこれまで無かったのだ。
輝夜と私はビクビクしながら日々の練習のメニューについて勉強し、合わせて今までのマネージャーの仕事にも取り組んで来たのだけど……その影響か、元々選手間の連携が上手く行っていなかった所為か、部活内の雰囲気がどうにもギクシャクするようになってしまった。
輝夜は泣いて「もう辞める!」なんて言うし、私は凛音と一緒に宥めながらもオロオロしていたんだけど―――陰ながらそのフォローをしてくれたのが、同じ2年生の森君だった。
他の比較的穏健派の選手達と一緒になって輝夜の話を聞いてくれて、ちょっとアタリのキツイ厳しめの選手に声を掛けて、対応を改善するよう忠告してくれた。よくよく話してみると、彼はバスケに真剣になるあまり誰に対してもキツイ口調になってしまう性質らしい。輝夜は自分の事が嫌いで気に入らないからキツク当たっているのだと思い込んでいて、ショックを受けていたんだけどそれは勘違いだったのだ。後で飲み会の時に2人を仲直りするよう誘導してくれたのも森君だった。
そんなこんなで、輝夜はマネージャーにとどまる事になったのだけど―――どうやらそれが元で森君を好きになってしまったらしい。本当に困った事になった。森君には高校時代から付き合っている年上の彼女がいると言うのは周知の事実だ。何しろその彼女は国立最難関のT大生で、彼女に頼まれて苦手な合コンまで開催したと言うから―――森君の嵌りっぷりも自ずと分かろうと言う物だ。何でも東京に出て来たのも彼女を追い掛けての事らしい。―――だから割り込む隙なんて全く無いように思うのだけど。
「でもね、彼女4年生なんだって。だから最近忙しくてなかなか会えないらしいよ」
「まあ4年生ってきっと、卒論とか就活とか忙しいよね」
「それに卒業したらね、きっと就職しちゃうでしょ?東京に就職するとは限らないじゃない?就職した女の人が、学生の彼を子供っぽく思うようになって上手く行かなくなるってよくある話じゃない?それでなくても今すれ違っているって言うんなら、付け入る隙はあると思うのよね……」
私はぺチっと輝夜の額を叩いた。
「フォローして貰って置いて。そんな事したら森君に受けた恩を仇で返す事になっちゃうでしょ?!そっとしてあげなさいよー」
「私と付き合った方が森君の為にもいいと思う!いつも一緒にいられるし、部活のサポートもできるでしょ?忙しいからって森君を放って置く年上の彼女に任せっぱなしには出来ないわ。きっと彼の気持ちだって地元にいる頃の刷り込みなんだから、そろそろ新しい恋をしても良い頃じゃない?」
「何で輝夜は無駄にポジティブなの?それなら部活辞めるって騒いでた時にポジティブになって欲しかったわ……!」
「私がポジティブになれるのは、恋愛方面に限られるのよ……」
「いや、真面目な顔で言っても駄目だから!略奪とか駄目!絶対!また部活動荒れたらやってけないよー!」
「えー…荒れるとは限らないじゃん。きっと私と付きあった方が森君もハッピーよ?」
「……にしても、大きな試合終わってからにして!」
私がドスを聞かせて睨みつけると、輝夜は仕方なさそうに肩を竦めて頷いた。
「……はーい」
でも、本気で言っているのだかどうだか至極怪しい。
本当に切実に―――そう言うちょっかいを掛けるのは止めて欲しいと思う。
今あるカップルはそのまま平穏にほっとくべきだと思う。
とにかく揉めるのはもう勘弁だった。取りあえず今は何とか輝夜を抑えたものの、試合が終わった後どうやって彼女の気を逸らそう……と私は頭を抱えた。
あああ、胃が痛いよ~。
マネージャーはこのように色々と気を使う大変なお仕事なのである……。本業で手一杯なのに~!勘弁してくれ!!
そんなある日、私の部屋に輝夜が泊まりに来ることになって、スーパーで夕飯の食材を選んでいた。輝夜はなかなか料理の腕が良いので、恒例となったお泊り会を私はとても楽しみにしていた。
「パスタも良いなー。でもお好み焼きも食べたい」
「両方作ろうか?」
「おおっ……輝夜、良いお嫁さんになれるよ」
「森君にも作ってあげたいな?」
人差し指を顎に当て、ニコリと夢を語る輝夜。うん、可愛いよ。でもやめてね。
「林君と最近仲いいじゃん?林君カッコ良いしさ、林君にしときなさいよ」
「だって森君の方がカッコいいもん!」
「いや、アレと比べちゃ駄目でしょ。森君レベルはそうそういないから」
森君も林君もバスケ選手だから、物凄く背が高い。林君もそこそこカッコ良いのだが、森君は外国の血が混じっているせいか、とにかくトンデモ無い美男子なのだ。明るい栗色の髪の毛も地毛だそう。おまけに紳士と言うかそれとなく公平に皆に気を配れる目端のきく所もある。とにかくそこに存在するのが冗談みたいな存在なのだから―――その人と比べられる男の子はたまったもんではないだろう……。
「あっ!」
その時輝夜が素っ頓狂な声を上げた。
「森君!」
「え?……あ、本当だ」
とにかく目立つその容姿。金髪に近い栗色の髪と、常人ではあり得ない背の高さ。遠めでも顔がその辺の雑誌に載っててもおかしくないくらい整っているのが見て取れる。
「もしかして、あれ彼女?」
隣に小柄な女の子がいる。真っ黒で艶々のストレートが腰まで。後ろを向いているので顔は見えないけれど……買い物カゴを手に持っている森君と、何やら話をしている。
「挨拶行こ!」
「えっ……まっ……邪魔しちゃ悪いよ!」
「まずは敵を知らないと!どう攻略していいか分からないでしょ?大丈夫、大会終わるまでは手ー出さないから」
「え、駄目だって……っ!」
私の伸ばした手をすり抜けて、輝夜は走って行ってしまった……!
わああ……ポジティブシンキングってコワいよ~~!それ部活の作業で発揮してくれ~!
私は仕方なく、小走りに走り出した輝夜の背中を追ったのだった。
その時森君と彼女はちょっと距離を取って、別々に商品を選んでいた。
「もーり君!」
ポンっと、輝夜は駆け寄って森君の背中を叩いた。
良かった。抱き着かなくて……普段そんな事はしないけど、肉食スイッチ入った輝夜は本当にヒヤリとする行動をする事がある。私はドキドキする胸を抑えつつ輝夜に遅れて声を掛けた。
「森君も買い物?」
「ああ、八雲さん、松田さん」
振り向いた森君は相変わらずの王子様フェイスだ。うーんカッコ良すぎる、彼女がいなかったら私だって惚れてしまったかもしれない。そう思うと輝夜を浅はかだと一方的に責められないんだなぁ……おまけに森君は性格も良い。諦めろって言われてすぐに諦められるものでは無いよなぁ。輝夜みたいに「奪う!」なんて宣言できる女の子は稀かもしれないけれど。
「ゴメンね、お買い物中に……」
「あれ?もしかして……今デート中?」
私が恐縮して言うと、少し離れた所でお肉のパックを見比べている彼女の背中を見ながら、輝夜が白々しく口を開いた。
「え……」
すると、森君がポカンと口を開けて固まった。
あれ?もしかして彼女じゃ無かったのかな?吃驚した顔をしている森君を見て、私と輝夜は目で会話した。
もしかしてあの小柄な女の人は彼女では無い?
「あの……一緒に居る人、『彼女』じゃないの?」
ボソリと声を潜めて輝夜が囁いた。どうやら輝夜も同じ結論に辿り着いたようだ。森君は輝夜の囁き声を一度受け取って、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
本気ですか?
見た目軽そうな割に、意外と真面目な森君が……?!
うっそー、ちょっと見る目が変わっちゃうんですけどっっ!!
私が驚きのあまり口をパクパクさせていると、肉を見比べていた黒髪の小柄な彼女がこちらをパッと振り向いた。
おっ……うわぁ。
これは……聞いていた高学歴の年上彼女と違うわ。
明らかに年下だよね。もしかして高校生だったりして??
真っすぐなストレートの黒髪、つぶらな黒目がちな瞳。睫毛はびっしり……日本人形を思わせる清楚なカワイ子ちゃん。水色のワンピースがよく似合っている。
もしかしてもう地元が一緒の年上彼女とは別れていて、この子は新しい彼女って事なのかな?それとも二股??おお~~そんなイメージ無い人だったけど、やっぱりモテる美男子はなるべくして遊び人になってしまうのか?!
タタタッと可愛らしい彼女がワンピースを翻し駆け寄って来た。
でも、おっそ!!おっとりさんなのかな~、何か運動苦手そう……!
「あのね、牛肉だけと合い挽きどっちが……と。あ、スイマセン」
彼女が死角にいた私達に気が付いて、ペコリと頭を下げた。
慌てて私も頭を下げる。
「晶……」
森君がボンヤリと彼女の名前を呼ぶ。輝夜がジイっと観察するようにその晶と呼ばれたワンピースの彼女を見ている。
「清美のお友達?」
「え、ああ……部活のマネージャーの八雲さんと松田さん」
「マネージャーさん?」
パチクリと大きな目を瞬かせて小柄な彼女がこちらを真正面から見た。そしてすぐさまペコリと頭を下げてくれた。
「いつも清美がお世話になってます」
見た目の幼さに反して、妙に大人びた対応に面食らう。
隣で彼女をジッと観察していた輝夜も同じだったようで、怯んだように返事をした。
「いいえ……こちらこそ、森君にはすごくお世話になっていて……あの、森君こちらは?」
ボンヤリしていた森君は、ハッと我に返るとシャンと姿勢を正した。
そして頭を掻きながら、如何にも恥ずかしそうに私達にこう言ったのだ。
「あの……俺の『彼女』の晶です」
何故か『彼女』を強調して言う森君。そうしてそう言うが早いか真っ赤になって、エヘラっと締まりない顔になってしまった。
えっ……と。
彼女?新しい年下彼女?って事かな。滅茶苦茶照れてるけど……突っ込んで良いのかな、そこのところ。
私は逡巡しつつ当り障りの無い返しをする事にした。
「デート中お邪魔しちゃってゴメンね」
すると何故かウットリと「『デート』、『デート』だよな、これ確かに……クフフ」って森君が含み笑いしている。何だか様子が変だ。お隣の彼女は挨拶の後はほとんど何も言わず大人しく控えている。
やはりお邪魔だろう……そう思った私はフェイドアウトしようと一歩下がる。すると逃げようとする私の腕をガッと掴んで逃走を遮りつつ、輝夜がズバッと切り込んだ。
攻略しようと思っていた森君を年下の女の子に奪われて少し苛立っているのかもしれない。ちょっと甲高い声でこう言ったのだ。
「森君の彼女って―――年上のとっても素敵な美人さんだって、常々自慢していたって聞いたんだけど……」
2人の中に亀裂を入れたかったのか、単に悔しかったのか。白々しくわざわざ前の彼女の話題を出す輝夜の台詞に、私の背筋に冷たいものが走った。
ひー!恩を仇で返すの止めて……!
「ええっ!」
小柄な彼女が目に見えて蒼くなった。
あーっ、もしかして森君前の彼女の事この子に言っていなかったパターン?それとまさかの―――二股、同時進行の方?!
次の瞬間ボンっと、彼女が森君に拳をぶつけた。
と、言ってもかなり非力で……森君の立派に鍛えられた体はビクともしなかったのだけれど。そして彼女が怒りを堪えたような少し潜めた声で森君を非難しだした。
「清美っ!何でそんな事実と違う事ばっかり言いふらすの!」
ん?
「ほらー!話を盛るから……全然違うから2人とも吃驚しちゃってるじゃないっ……もー本当に恥ずかしいんだから……」
そう言って今度は真っ赤になってもう一発ポカリと森君の腕にかましたのだ。叩かれた側の森君はエヘラエヘラしまりの無い顔で笑って……頭を掻いていたけど。
輝夜と私は顔を見合わせた。
((え?!まさかの……))
「「と、年上ぇ……!?」」
「あ、はい」
素直に返事をする可愛らしいちんまりした彼女。
「「……ですか?!」」
思わずハッと礼儀を思い出し、語尾を補足する私達。
彼女さんは恥ずかしそうに頬を染めつつ、モジモジと手を揉み合わせた。
「こんなんですが……年上なんです……でも清美が大きすぎて老けて見えるのも悪いと思うんですけど……美人でもありませんし」
とボソボソ少し言い訳を付け足しつつ俯く彼女。
確かに美人ってより、可愛いって表現の方が似合うよなぁ。
「ごめんなさい。清美ったら調子良い事ばっかり言って……けっこう直情気味なところもあるし、皆さんにご迷惑お掛けしていませんか」
その口調を聞いたら、如何にも『年上のお姉さん!』って感じで、ぱっと見た目とは違うって事がやっと実感できた。わーでも、これ遠目に見たら絶対皆、誤解すると思う……。
でも『調子良い』とか『直情気味』とか全然森君に似合わない言葉が出て来て私達は目を丸くする。
するとコホンとひとつわざとらしく咳をした森君が、気まずげに否定した。
「俺だっていつまでも子供のままじゃないんだから……ちゃんと大人しくしているよ」
彼女さんが訝し気に森君を見上げる。
だから私は慌ててフォローした。
「あの、すっごく落ち着いてて……森君、皆をさり気なく纏めてくれます。とても助かっているんです」
「……そうですか?」
「本当です!」
拳を固めて大きく頷くと、彼女さんはホッとした様子でニコリと笑った。それまで割と表情が少なめだったから、思わずドキリとしてしまう。
するとクイッと袖を引っ張られる。隣で輝夜が渋い顔をしている。
そうだね。帰ろうか―――馬に蹴られる前に。つーか何だか雰囲気に当てられて胸やけしそうだ。森君ニヤニヤし過ぎなんだもん……。
私達は挨拶もソコソコに逃げ出した。
しかし気になってピタリと足を止め、ちょっとだけ振り向いてみる。
「合いびき肉と牛肉どっちがいい?ハンバーグ」
「どっちも!」
「えー、そんなに食べられないでしょ」
「食べれるよ、お腹ペコペコだもん」
なんて森君は甘えた口調で話していて、彼女さんはクスクス笑っている。
本当だ。何だか森君が子供っぽい……うーん駄目だ。胸やけが酷くなって来た。
「あのさ」
「なに?」
輝夜が不機嫌そうな声で返事をする。
「……あれだけべた惚れだったら、きっと無理だと思うよ」
「うん」
お、素直だな。
私はホッとして胸を撫で下ろした。せっかく纏まり始めた部活内で、揉めるのはゴメンだった。
「何か目が醒めたわ。私元々年上好きだし。甘えんぼはダメなのよねー」
負け惜しみだな、と思ったけど。藪蛇だから言わないでおいた。
あれだけイチャイチャしている所を目の当たりにしたら、望みが無いって嫌って程実感できただろうから。
で、ちょっと良かったのは。
何だかキラキラ格好良くて、落ち着いていてしっかりしている印象の森君は、今まで少し近寄り難い印象があった。でも彼女の話題を出すと、結構デレデレと締まりない素が出て来て何だかとっても残念な感じになる。今まで話す時は結構緊張していたんだけど―――あれ以来気負いなく話が出来るようになった。
見た目はパーフェクトだけど、森君って結構普通の男の子なんだなぁ。
彼女の話を嬉しそうにする無防備な笑顔を見ながらそう思ったら、何だかちょっとトキめいてしまったのだけれど……そんなトキメキは無かった事にして見ない振りをした。
だって揉め事が嫌いなんだもん……!
あーあぶなっ!森君ちょっと天然過ぎやしませんか?
最近そう言う訳で性格の良いイケメンを見ると、まず警戒心を抱いてしまうようになった私なのでした。
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付き合って一年経った頃、まだまだ『彼女』と大きな声で言えるのも言われるのも楽しくて仕方が無いようです。『構って貰えない』なんて言うのも幸せ者の愚痴です。ずっとそんな愚痴、言ってみたかったんです、きっと。とにかく浮かれまくってます。そんな時期のお話でした。
お読みいただき、有難うございました。
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