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・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話
13.T高バスケ部最凶のパワーフォワード <高坂>
しおりを挟む始終上機嫌だった蓉子さんに後を任せ2階で着替え、俺は晶ちゃんを伴って玄関を出た。
今年は1度だけ降った雪が雨で解けて以来なかなか積もらず、観光客もがっかりしているようだ。平年であればすでに雪をザクザク踏み分けて歩かなければならない時期なのだけれども、少し湿っただけのアスファルトを歩けるので俺達の歩みも軽い。
「ごめんね。蓉子さん、俺が初めて女友達を家に連れて来たものだからテンション高くなっちゃって。普段はもう少し落ち着いた人なんだけど……」
「ううん。優しくしてもらって、嬉しかったよ。素敵なお母さんだね。それに、すごく若く見える……」
「若いよ」
何故か晶ちゃんは気付いていないようだった。
こんな大きな子供がいるような年では無い。俺が産まれた年、彼女は12歳だった。それに彼女は実年齢よりずっと若く見える筈だ。俺と夫婦と間違われた経験があるくらいに。
「まだ29歳だもん、蓉子さん」
「え?……え?あっ、もしかして高坂君の所も……」
「そう、蓉子さんは親父の後妻。だいたい高校生にもなって母親を名前呼びしているの、変だと思わなかった?」
「全然気兼ねしてないように見えたから……。すっかり、すごく仲の良い母子なんだと思い込んじゃって。……そうだよね。あんなに若くて綺麗な人、高坂君みたいなおっきい息子さんいる年じゃないの、当たり前だよね」
晶ちゃんは恐縮した様子で自分の考えを訂正し、たどたどしく弁明してくれた。
俺と蓉子さんの間柄は、彼女の目にはごく自然に家族として映っていたようだ。嬉しいような、もどかしいような……複雑な心境になる。
やはり晶ちゃんは、人間関係について察しが良い方じゃないみたいだ。穿った見方で詮索する欲も薄いらしい。
そういう相手はとても付き合い易い。変に警戒心を持たなくて良いから。
晶ちゃんに感じる妙な安心感というか包容力の理由の一端はこういう性質に拠るところも大きいのだろう。
父親が不在がちな家で、俺と蓉子さんが同居する事に苦言を示す者もいる。たいして親しく無い、父親の富や権力にハイエナのように群がる詮索好きな親戚とか、自分の利権ばかり考える親父の仕事相手とか。
そういう穿ったモノの見方をする奴等の中には、蓉子さんと父親の結婚をよく思わず、彼女を貶して排除したいと考えている人間もいる。蓉子さんの実家が俺の実の母親のものと違って平凡なサラリーマンの家庭だから、あわよくば蓉子さんを追い出して後釜に自分の娘をあてがいたい―――と画策しているのが見え見えだ。
蓉子さんが親父の財産目当てだと、公然と批判する奴もいる。親父の目の前で正面切って言い切れる人間は皆無だが。だいたいそんな発想をする事自体、自分がそう言う考え方をする人間だと暴露しているだけだと気が付かないのだろうか……?
そういう事情も大人に近づくに連れ、だんだん透けて見えて来た。父親はそういう輩は適当にあしらっているし、蓉子さんもそういった攻撃に対しては冷静に受け流し、愚痴を漏らす事も無い。
しかし事情が判ってくるとますます、親父と蓉子さんの繋がりが強固なものに思えてきて、俺の父親に対する敗北感もますます濃厚になって来るのが、辛い所だが。
「あの人が、俺の好きな人」
「……」
並んで歩きながらポツリと告白する。
返答が無いな、スルーされたかな、と考えている途中で「え?」と頓狂な声が下から上がって来て、俺達は歩みを止めた。
「え?お母さん……が?」
目を丸くして俺を見上げる晶ちゃんに、俺はニッコリと余裕を滲ませて頷いて見せた。
「ずっと、好きなんだ。勿論、女の人として」
「……」
「……気持ち悪い?」
眉を顰めて困ったような顔をしている晶ちゃんに、俺は尋ねた。晶ちゃんは寄せていた眉を伸ばして、すっと無表情に戻った。
「そんなこと、思わないよ」
「黙るから」
「それは……」
晶ちゃんは一度切って、きちんと自分に確認するように言葉を並べ始めた。
「……それは、驚いたから。だって、本当に仲の良い家族だなって感じたから、吃驚しちゃっただけだよ。でも、気持ち悪いなんて……思わないよ」
慎重に伝える言葉を選ぶ、晶ちゃんを見守ってしまう。
真摯な台詞は―――俺の心を温める、十分な威力を秘めていた。
しかし、一転して。
晶ちゃんのトーンが少し低くなる。
「でも好きな人いるのに、違う人と付き合うのは―――別。あんまり私は理解できないし、好きじゃないかも……ってやっぱり思った。蓉子さんが素敵な人だから、余計に……高坂君には高坂君の悩みや考え方があるのだと……思うけれど」
微かな批難が籠った回答に居心地の悪さを感じたわけじゃ無いが、俺はまるで言い訳をするように、彼女に尋ねた。
「……好きな相手が父親の奥さんでも?」
「うん。私だったら―――好きなうちは、他には目を向けないかな?」
「もし彼女が俺に振り向いてくれたとしても、日本の制度上、蓉子さんと俺は結婚できない。彼女と父親の仲は思ったよりも強固で……ついこの間、2人の子供が彼女のお腹の中にいるって判って改めて絶望した。絶対に俺の願いは叶う事はない―――それでも、他の女の子と付き合って、慰めが欲しいって思うのは駄目な事かな?」
「駄目という訳では無くて―――私には無理かなってだけ」
「そうかな?普通、俺みたいに考える人間のほうが多いと思うけど」
「……逆に私も、高坂君に対して『何故?』って思うよ。この間は『器用さの違い』かもって思ったけど……これって性格の違いなのかな?それとも、男女の考え方の違い?」
首を傾げて辛辣な物言いをする晶ちゃんの表情は、その台詞に反して穏やかだった。まるで、数式を解くように俺の思考を分析しているように見えた。そこに嫌悪感は見られなかったので、俺は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。
晶ちゃんに嫌われたくない。
いつも去る者追わずのスタンスを維持していた俺に、似合わない感情だった。
冷静な、突き放されたような距離感は意外と不快に感じられるものでは無く、反論を重ねながらも、次第に晶ちゃんの意見に同調していく自分に―――俺は気が付いていた。
「ありがとう」
「え?」
咄嗟にお礼を言った俺に、晶ちゃんはキョトンと時間を止めた。
「真剣に話してくれて」
晶ちゃんは我に返ったように、息を呑んだ。
「あっ……ごめん。私、高坂君の事情もよく知らないのに、好き勝手言っちゃって……いつもよく相手の気持ち考えないで持論を口にしちゃうから、周りの人に引かれちゃうんだ。嫌な気持ちにさせちゃったかな……」
「嫌な気持ちになんか、ならないよ。正直に思っている事を言ってくれた事が、すごく嬉しい。例えそれが俺の考えと違っても……それが、人と話すってコトでしょ?」
「でも、思い遣りに欠けてたかも……私の悪い癖なんだ」
表情は変わらないけれども、なんだか彼女がシュン…としている様子が伝わって来る。俺はクスリと笑って、晶ちゃんを促して再び歩き始めた。
「大丈夫。かえって、嬉しかったよ。いつも助かっているんだ。晶ちゃんの考え方を聞くと目の前が切り開かれるようで、違う見方を教えてくれるから―――正直以前、それで救われた事もあるんだ。……それにさ……」
「?」
晶ちゃんには、まるで思い当たる事が無いらしい。
まあ、そうだろうな。
勝手に俺が救われた気分になっただけで、晶ちゃんが俺を救おうとしていたわけじゃ無い。
「俺がそんなヤワに見える?晶ちゃんより体も大きいし、力もずっと強いよ。性格も結構悪いし―――それに女の子に振られる時、晶ちゃんが言うよりずっとヒドイ捨て台詞言われる事もあるよ。けっこう、慣れているんだ。そんなちょっと晶ちゃんが意地悪言ったって、蚊に刺されたようなモンだから。その辺のよわっちいヤツと一緒にしないでくれる?」
俺がおどけて言うと、晶ちゃんはようやく頬を緩めた。
「うん。そうだね。高坂君、強そうだもん」
「そうだよ。T高バスケ部最強のパワーフォワードだから」
俺が笑いながら言うと、晶ちゃんもほんのり口角を上げた。
** ** **
それから他愛無い話をしながら、晶ちゃんを家の前まで送り届けた。
トンカツを渡して改めてお礼を言われ玄関を辞した。敷地の境界に植えられているナナカマドを通り過ぎた所で視線を感じて顔を上げると―――硬い表情の栗色の髪の男がスポーツバッグを斜め掛けにして立っていた。
「おう、清美。お帰り」
「……高坂先輩。どうして、家に?」
声音から余裕の無さが伺える。
だから、思わず吹き出してしまった。
そんな俺を見る清美の眉は険しく顰められる。
「真面目に聞いているんです。答えて下さい」
「晶ちゃんに家に寄って貰って、遅くなったから送り届けただけだよ」
「……何で、急に姉に興味持ったんですか。今までそんな事無かったのに」
嫉妬丸出しのキツイ視線に、俺は肩を竦めた。
清美を優しいだの紳士だのと言ってキャーキャー取り巻いている女子達に見せてやりたいぐらい、凶悪な雰囲気が漂っている。
的外れの嫉妬を向けられた俺は、苦笑するしかない。
「姉は高坂先輩の軽いノリに付き合えるタイプじゃないです」
「俺、別に女の子を弄んでいるわけじゃ無いけど」
「それはそうかもしれませんけど……とにかく姉に近寄らないで下さい」
「何、勘ぐっているんだ?俺と晶ちゃんは、ただの『友達』だよ」
「友達って……高坂先輩には他にたくさん女友達がいるじゃないですか。わざわざウチの姉のような真面目な人間で遊ばないでください」
「……俺はいつも、真剣だけど?」
ヒラヒラと攻撃を躱す俺の目を、清美はジッと睨むように見ていた。
しかしやがて溜息を吐いて肩の力を抜くと、俺から目を逸らし脇をすり抜けた。
振り返りその背を見守っていると―――鍵を開けて玄関のノブに手を掛けた清美も……振り返って俺を挑戦的に見下ろした。
「姉を送っていただいて、ありがとうございます」
「いーえ。こっちが誘ったからね」
「受験勉強、頑張ってください―――余計な事を考えずに」
バタンと、扉が閉まった。
清美が俺に対して、試合以外の場所で敵愾心を露わにすることも、生意気な口をきくのも初めての事だった。
「こわ」
眠っていたライオンを起こしてしまったかもしれない。
だけど何だかもっと煽りたい衝動に駆られるのは、何故だろう。
受験勉強のストレスか?体を動かせない八つ当たり?
何にせよ、清美に言われたからと言って、大人しく引き下がるのは俺らしくない。
残念ながら清美が心配するような事は、今の所全く無いんだけどね……。
あれだけ逆毛を立てて威嚇されたら、受けて立ちたくなっちゃうなぁ。まぁ、晶ちゃんの受験勉強の邪魔はしたくないから、ほどほどにするけれども。
独占欲の塊のような子供っぽい清美だけに晶ちゃんを任せて置いても、良い結果にならないだろう。
そんな言い訳を胸の中で一通り組み上げると、俺は口角を上げてそっと嗤い蓉子さんの待つ自宅への家路についたのだった。
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