上 下
91 / 211
・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話

10.一緒に帰ろう <高坂>

しおりを挟む
「この参考書、良かったから読んでみて?」
「ありがとう。これ『シュンク堂』で見て、ちょっと気になっていたんだ。でもいいの?」
「うん。もうだいたい頭に入ったから。もし良かったら、代わりに晶ちゃんがチェックした参考書、教えてくれると助かるな」
「あ…うん。じゃあ、もう目を通し終わった本持って来るね」

宣言通りに、情報交換に勤しむ俺。
どんな話題でも何故だか嬉しい。今彼女と一緒に居て言葉を交わすという事が―――俺の胸を微かに温めている。

一方晶ちゃんは。

相変わらず無表情を貫いていて、何を考えているか分からない。けれどもその口調は穏やかだ。彼女の唇から紡ぎだされる比較的低い声音は、まるで音階を奏でているように耳に心地好い。

スタバで見せてくれたような珍しい表情を再び目にできないだろうか?
と、無粋に彼女の表情を観察しているのだけど、ナカナカそれは崩れない。
あれが出るのは……もしかして甘い物を食べている時限定なのだろうか?

「晶ちゃんって、模試はほとんど網羅しているんだね」

実際情報交換を進めて行くと、彼女がほとんどの予備校の模試を網羅している事が判った。模試には予備校が厳選した問題が凝縮しているので、一番参考になると考えているらしい。

「うん、予備校も塾も行ってないから模試は受けられるだけ受けとこうと思っていて。情報収集も兼ねているつもり」
「俺も来年そうしよ」
「来年?」
「うん。ちょっと遊び過ぎた時期が長くて、現役合格は無理。だから一浪しようと思って」
「そうなの……?」
「再来年、晶ちゃんの後輩になる予定。……入学したら、晶ちゃんのこと『先輩』って呼ぼうかな?」
「高坂君みたいな大きくて立派な人に『先輩』なんて言われたら、きっと落ち着かないなあ……」

未来を想像して居心地悪そうにしている晶ちゃんを見ていて、ふと素朴な疑問が浮かんだ。

「清美は嫌がりそうだね。東京に行きたいなんて言ったら……反対されなかった?」

何となく、思い付いて口に出しただけだった。
だけど晶ちゃんから返ってくるべき返事が聞こえず、数秒沈黙が続いた。

「……」

ピタリと脚を止める気配がして、俺も歩みを留めた。
俺は晶ちゃんが俯いているのに気が付いて、膝を折って彼女の顔を覗き込む。

「晶ちゃん?」

何かを堪えているかのように、眉間に皺を寄せた晶ちゃんの顔。
そんな表情も、初めて見るものだった。

彼女の場合表情があること自体、稀少なのかもしれないけど……。

晶ちゃんは俺の声に我に還ったようだ。
息をのみ「何でも無い」と、どう見ても何か在りそうな素振りで首を振った。

何かあったな。

そう推測した俺は、切り出した。

「もう何冊か見せたい本があるんだけど、うち寄ってかない?」

俯いていた顔をキョトンと持ち上げ、晶ちゃんはやっと俺の目を見た。

「え?今日?」
「今日。……あ!もちろん、家には母親いるから2人きりって訳じゃないよ!」
「……」
「駅のすぐ傍のビルだから晶ちゃんちに近いし……」

晶ちゃんは考え込むように、ちょっと押し黙った。
そして何かを振り払うように改めて俺を仰ぎ見て頷いたのだった。

俺はスマホで蓉子さんに連絡を入れた。



これまで俺は、ほとんど男友達も女友達も家に連れて帰った事が無い。

蓉子さんの前に微妙な関係の女子を連れて行きたく無かった。万が一、蓉子さんにその女子との交際を応援されたら軽く死ねるし、俺以外の男の不躾な視線に蓉子さんを晒すなんてもってのほかだった。

だから急に友達を連れて行くと彼女が驚くような気がして、事前に連絡を入れる事にした。
それに見た目にはまだ全く妊娠中には見えないが、現在身重である蓉子さんの負担になるのは避けたい。都合が悪いようなら次の機会に晶ちゃんを誘うか、必要なものを学校に持って来るよう方針変更するつもりだった。

『OK(´∀`*)もちろん大歓迎!ついでにお友達を夕飯にお誘いしたいな』

すぐにノリノリのメールが返って来た。

「……晶ちゃん、夕飯食べてかない?」
「え?そんな……突然悪いよ」
「うちの母親からのお誘いだから、大丈夫。滅多に友達連れてかないから張り切っているみたい」
「そっか……でも、清美が夕飯1人になっちゃうから」

うわ、過保護。

あらためて奴は大事にされてるなあ、と呆れる。……そして若干羨ましい。

「俺が清美に連絡しとくよ。高1の男だよ?1人でご飯くらい食べられるでしょ?」
「でも……」
「じゃあさ、清美が帰って来る前までに自宅に着くように送るよ。それなら、良い?」
「うん。それなら、大丈夫……あ、送らなくても大丈夫だよ、独りで帰れるし」

思案の結果を噛みしめるように、晶ちゃんは頷いた。
練習は毎日午後7時まで行われる。7時半までに彼女を家に送り届ければ、清美の帰宅までに十分間に合う筈だ。勿論暗くなってから女の子を独りで帰らせる気は無い。

俺はさっそく蓉子さんに連絡を入れた。打てば響くように返信が返って来て、招待客ゲストの食事の希望を尋ねられる。
晶ちゃんに確認すると特に食べたいものは無いが、好き嫌いが全く無いとの事。なので、夕飯のメニューは蓉子さんの判断に一任した。序でに彼女が甘い物好きだと、補足も忘れない。



晶ちゃんの無表情からは、憂いの感情は汲み取れない。
だけど清美の話題が出た時の微かな間から、以前の屈託の無い愛情表現と違う何かを、俺は感じとっていた。

一体何があったんだろう?

しかし俺には何となく予想が付いていた。

どーせ、あの我儘な弟が何か彼女を困らせるような事を……仕出かしたのだろうと。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...