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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の回想】

◆ 弟の思春期 <晶>

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清美の姉 晶視点です。

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夏休みの中頃からますます清美は忙しくなった。
土日も家を空けるようになり、顔を合わせるのは食事の時くらい。それも目も合わさずに黙々と食べ、食べ終わるとさっさと2階の自分の部屋へ引き籠ってしまう。
せっかく一緒の学校に通っているのに、小学校と中学校に別れて通っていた時より……清美が遠い。






バスケの試合観戦は―――これはもう今では私の趣味と言えるだろう。だけど清美が出ている試合限定。プロの試合も、知合いが出ているだけの試合も興味は無い。

だけど最近は、試合の前後で清美と私が直接話をする事は一切無い。
何故なら彼が私とあまり関わらなくなってから、私は清美に見つからないようにこっそりと試合を見に来ているからだ。
例え試合に出て活躍したとしても、試合後の1年生は片付けや荷物持ちでせわしなく働かなくてはならない。身内と話す余裕はないだろうし、思春期真っ最中(?)であるらしい弟は、きっと姉と話す様子を同級生に見られる事を恥ずかしがるに違いない。

めっきり接点の少なくなった弟を、母が「思春期なのよ~」と訳知り顔で断じていた。
そこで私は子育て本やネットを調べる事にした。そこには有用な物も今いち納得できない物も、意味がよく理解出来ない物も―――様々な情報が溢れていたけれども。結局どれも言っている事はひとつだった。



結論―――今は弟を放って置く事が寛容。



寂しいけれど、仕方が無い。
そっとするべき時期なのだ。清美の成長には必要な過程なのだから。

そう自分に言い聞かせて、こちらからはアクションは起こさないようにしている。

などと偉そうに言っているが―――私は実はバリバリの受験生。
だから勉強に専念しなければならない。一般的に言えば私の方こそ周囲にかまけていられない状況なのだ。






私は中2の冬から王子の紹介で私塾に通っている。

塾に通おうか迷っている私に、それなら体験のつもりで冬期講習を受けてみてはどうかと提案してくれたのだ。気に入れば平日も通えばいいし、合わなければ自宅学習で進めればいい。
そこでは王子のお姉さんが講師を務めていた。王子はお姉さんにより強制入塾されているそうだが、本人は人の目が無いとサボってしまうタイプだから塾通いが体に合っているとのこと。

どうせ家にいても、以前のように清美とコミュニケーションできる癒しの時間は得られないのだと、私は取り敢えず冬期講習に参加してみる事にした。

結局、私にもその塾は体に合っていて冬期講習後から週1で通う事になった。中3の春からは平日は週2で通い、夏期講習と冬休みの直前講習を受けてその他の日は図書館で自習して乗り切った。

私は元から体育と美術以外の成績がとても良く、市内で一番ランクの高い進学校に行くように担任の先生に勧められていた。
だけどちょっとランクを落として歩いて通える進学校を受験し、それほど根を詰めないのんびりとした勉強で合格した。単に通学時間と定期代が勿体無かっただけだったけど、先生が物凄く残念そうな顔をしているので、何となく申し訳ない気持ちになってしまった。
父さんと実の父さんはH大卒、母さんは専門学校卒なのだけど、2人とも建築士という手に職系の職業なので学歴重視派では無く、将来何かで食べていけるようによく考えなさいと言われただけで特に進路について反対はされなかった。



私塾に通っていて良かったのは、志望校の選択に過度な干渉を受けずに済んだ事だ。
王子のお姉さんは、志望校について明かすと「大学はもうちょっと頑張ったほうが良いけれど余裕のある高校で部活を楽しむのも良いかもしれない」と賛成してくれた。

生徒が偏差値の高い学校に合格すると、塾の実績の宣伝となり経営にプラスとなるらしい。と言うのは実際某有名予備校の講習を受けている彼方かなたからの情報だ。彼は元から市内一の公立進学校と私立校の難関大合格を目標とする特別クラスを志望しているので大したトラブルにはならなかったらしいが、実際自分のレベルより高い偏差値の高校を強要されプレッ シャーに泣く学生もいるとかいないとか……。ちょっと怖いと思った。私ならすぐストレスでペシャンコになるだろう。

親身になって貰える講師に師事できて私はラッキーだった。
というか王子のお蔭だね。感謝!



そんな訳で余裕のある受験勉強期間を過ごす事ができ、私は時折勉強の息抜きとご褒美を自分に許した。
プラネタリウムと天体観測は勿論、弟の成長をチェックできるたまの試合観戦はやはりブラコンを自認する姉としては譲れない。
こっそり公式試合や練習試合を覗いて「清美、立派になったね……」と涙ぐんでほっこりする。

もう姉というより立ち位置は親戚のおばちゃんかもしれない。話もしないし、ほとんど真正面から顔を合わせる事も無くなったし。
一緒の家に住んでいるのにこっそり撮影したスマホの寝顔写真を見ているんだから……やっぱり親戚のおばちゃんと大差無いかも。



ところで最近、このような隠密行動を取る事で改めて認識をあらたにした事がある。
小柄で地味な自分の容貌も結構捨てたものでは無い、と言う事だ。何しろ試合を目立たず観戦できる。清美は私の存在に全く気付いてないようだった。
もし私が清美みたいな体格の良い色素の薄いキラキラしたイケメンだったら、隠れようとしても目立ってしょうがないだろう。地味で良かったと、この時初めて心から思った。
観戦時には普段流したままの長い髪をひっ詰めてお団子にし、黒縁眼鏡を掛ける。眼鏡は受験勉強でホワイトボードの字が見えにくい事に気付き、最近誂えた物だ。学校でも授業中、たまに掛けるだけだし家でもほとんど掛けないので清美は知らないだろう。

韓流スターを追いかけるおばちゃんのような行動を、思春期の清美に気味悪がられたりしたらさすがにショックだ。
私は細心の注意を払ってバレないように試合を観戦し、家では清美に関心を持たない振りを貫いた。



清美………ねーちゃんは、草葉の陰から見守ってるよ……!



でもまだ、全然生きてますけど。
あと『お菊人形』が草葉の陰から見てたら、普通に怖いと思うけど。

あ。いつの間にか『お菊人形』キャラを自認しちゃってる……!






このように要所要所で自分を甘やかしながらもツボを押さえてきっちり勉強をこなし。
私は無事、歩いて10分の公立進学高に合格した。そして念願の地学部に入部する事となる。






**  **  **






少し私より高い程度だった筈の背丈は、彼が中2の夏休み前には見上げると首が痛いくらい、伸びていた。

久しぶりに至近距離で、清美を見た。
自宅の廊下でばったり鉢合わせしたのは、どれくらい振りになるだろう。
ダイニングに座っているところや試合に出ている様子、少し遠くを歩くところは地味に愛でて(覗いて)来たが、正面に立った長身のバスケ選手を実際見上げると、その大きさに唖然としてしまった。



「「……」」



清美も私の小ささに呆れているのか、お互い無言で数秒見つめ合ってしまう。声を掛けようかと逡巡していると、清美はフイッと視線を外して自分の部屋へ戻ってしまった。



ざっくり。



私の心臓は、ナイフで切りつけられるように痛んだ。

清美ファン第1号のねーちゃんは―――本当に寂しいです。
……うう…泣きそう……。

『思春期』は弟の成長に必要な事だって―――頭では理解したつもりなのだけれど、こうやってあからさまに目を逸らされると、ブラコンの姉は正直本気で傷つきます……。
懐いてくれていた可愛い頃の思い出が、アルバムのように勝手に胸に溢れ出して来て悲しくて涙がでそうになってしまう……。

仕方ない事だって、分かってはいても―――寂しいもんは、寂しい……!

だって清美が小4で家に来てから中1になる夏まで、私の主な話し相手は清美だったのだ。清美がいたから、学校で独りぼっちでも平気だった。
交友範囲が広がるに連れ清美と私との時間は徐々に減って行った。今では学校外に王子や彼方のような趣味友達が出来たけれど―――やっぱり可愛い弟の代わりにはならない。






**  **  **






高校では念願の地学部に入った。
偶然志望校が同じだった王子と、部のオタクで地味な先輩方と一緒に私は楽しい時間を過ごしている。クラスの女子も男子も穏やかな人が多くて、高校生活は結構居心地が良い。

そんな平穏な暮らしを営んでいる私は、不意にある事に気が付いた。

清美の思春期が終わったらまた元のように仲良くできるかもって、思っていたけど。

よくよく考えたら当たり前の事だけど……思春期が終わったら男の子は大人に成って家族から離れていくんだよね。その内彼女とか出来たらもっと家に寄り付かなくなるかもしれない。

昔は呑気に「清美に彼女ができた!」って喜んでいたけど(そしてそれは結局誤解だったのだけれど)それは彼女が出来たと聞いた時も、清美の私に何でも話して甘えてくれる可愛い弟のままだったから気持ちの余裕があったと言うだけで。
ほとんど姉に構わずに彼女ばっかり優先するようになったら―――かなり寂しいかもしれないなぁ……。






そんな事実に気が付いてちょっと落ち込んだけれども。
やはり趣味である清美の試合観戦は欠かせない。
髪をひっつめ、黒縁眼鏡の奥から観覧席から清美を眺めていると、彼は部活仲間と楽しそうに話をしていて―――生き生きしていた。

そんな様子を目にすると、ホッと胸が温かくなる。
もう転校したての小学生のように、女子に水溜りに突き飛ばされる事も無い。

寂しいけれど。

清美が楽しそうに幸せに生きてくれれば、それで良いかもしれない。うん。
そう独りで頷きつつ、私は自分を納得させたのだった。





その時私は―――清美の思春期を「寂しい」と内心愚痴りつつも半ば悟りの気持ちを持って眺めていた。

しかし思春期が終わった途端、弟は強力な『シスコン期』に突入する事になり、やがて辟易するぐらい口喧しい小姑のようになってしまうと言う事は―――この頃の私には預かり知らぬ所である……。

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