俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
73 / 211
・番外編・ 恋は思案の外

3.人のふり見て我がふり直せ

しおりを挟む


『人のふり見て我がふり直せ』



晶ちゃんへの恋心を拗らせているらしい清美を見て、俺は思った。というか清美がみっともなく苦しんで明後日の方向に走って行く姿を見て―――頭が冷えた。

清美が晶ちゃんを避ける態度が俺があのひとを避ける態度に重なってしまい、自分が如何に愚かだったのかと言う事に―――気が付いたのだ。

同時に不器用な後輩に、腹が立った。

清美はいいよな。
義姉弟なら、恋愛だって結婚だってできる。それに何より清美は晶ちゃんに大事にされて、愛されている。本人がそれをどう受け取っているかは判らないけれども。

もし俺と蓉子さんが恋仲になったとしても、日本の法律では一旦親子関係になった者同士は例え戸籍を抜いたとしても結婚できないらしい。まあいろいろ法律問題以前に……両想いになる事自体有り得ないのかもしれないけれど。

要するに俺の思いが成就するのは『絶望的』ってこと。

1%でも努力の余地のある清美が好きな相手との貴重な時間を無駄にするのを見て―――腹が立つのと同時に、俺は反省した。



どうせ最初から俺は―――蓉子さんに男だと思われていない。

無償の愛がどうだとか恋人の息子だから優しくしてくれたとか……いろいろと心の中で蓉子さんを非難してみたけど……結局のところ、俺は拗ねていただけなんだ。
俺の事だけ見て俺だけを気に入って、俺自身を好きになって欲しかった。

そして彼女を、俺だけの物にしたかった。

だから手に入らない現実を突き付けられて―――子供みたいに切れてしまっただけだ。



本当は知っていた。



親父の息子だから優しくしてくれていたとしても。
蓉子さんの優しさは本物だった。俺の事も本当に大事に思って……心から笑い掛けてくれていた。

だから、好きになったんだ。

残念ながら俺、女を見る目だけはある。
蓉子さんが悪女だったら、彼女が自分の欲望のためだけに子供を懐柔するような人間だったら―――騙された!って罵って切り捨てられるのに。そうじゃない……そうじゃないから……俺は苦しいんだ。

そうだったらいいのにって……そうなんだって、無理に思い込もうとした。そうであれば俺は、彼女に見切りを付けられるのに。

T高を選んだのは確かに晶ちゃんが切っ掛けだったけど、根底にあったのは蓉子さんから離れたく無いって言う思いだ。なるべく近くに居たかった。無意識のそれが―――俺の選択に指向性を与えていた。

高校に入学した今現在も、俺は全然吹っ切れていない。



でもそんな自分を認める事にした。見ない振りは止めた。



もしかしてこれって……『思春期』?……に近い感覚だったのかな……。
バカな後輩と同じレベルの迷路に迷い込んで延々とウロウロしていたなんて、自分自身認めたくないけれど―――やっぱりそうなのかも、と認めざるを得ない。



だとしたら。



蓉子さんも―――僕を見守ってくれていたのかもしれない。
晶ちゃんが清美を見守っていたように……そっとしてくれていたのではないか……?

そんな可能性に気が付いて、ふと胸が苦しくなる。
甘やかな棘を持つ茨が直接皮膚を締め上げるように―――その思い付きは、甘美な痛みを俺に与えた。







俺は家に寄りつくようになった。

相変わらず女の子の誘いには乗るが、無理に用事を作って家から離れるのは止めた。
ご飯を食べる時に蓉子さんに学校の話をするようになったし、忙しい親父が帰って来る時、3人で食卓を囲む事から逃げなくなった。勉強もそれなりにやっている。

我ながら思う。
俺は今、すごく良くできた息子だ。

用事が無ければ、土日は蓉子さんの買い物に付き合って荷物持ちをする。
実年齢が28歳の蓉子さんは、どうみても20歳前半にしか見えないほど愛らしい。そんな品行方正な息子を演じているうちに、俺が大学生か新人OLの年上美人と付き合っているという噂が立ち始めた。
高校からできた悪友に尋ねられた時、強く否定せずに笑って誤魔化した。だから噂に拍車が掛かっていると思うが、蓉子さんと恋仲だと言う噂はかえって嬉しいので放置している。

大抵は遊びに行ったり買い物を一緒にしたりする程度の友達以上恋人未満の付き合いに留めているが―――請われれば女の子と深い付き合いもするようになった。
でも必ず自分には好きな相手がいると告げている。他の女の子との友達付き合いも辞めないという条件を出して「それでもいい」って言う相手としか付き合わない。
だけどおそらくその子達は本心では条件に頷いてはいなかったのだろう。いつか俺が絆されて自分を一番にしてくれるのだと期待しているからか……暫くすると相手から別れを切り出される。
別れを切り出す振りをして俺の気持ちを試しているのかも?と思う時もあるけれど、どちらにしても同じ事だ。俺には未練が無いのでそのまま別れる事になる。



誰か俺を夢中にさせてくれはしないか?
俺はそんな一縷の望みに縋っているのかもしれない。
あの甘美な茨に絡め獲られたまま―――息絶えてしまっても構わないと思ってはいるのだけれど……。






**  **  **






高校に入学してから、晶ちゃんと初めて同じクラスになった。
彼女は相変わらず『ぼっち』で休み時間は自分の机で本を読んでばかりいるけれども、T高の校風なのか皆高校生になって大人になったからか―――そういう1人でいたい人間を侮る風潮は無い。晶ちゃんがクラスメイトと挨拶を交わす所や、授業のついでに軽口を交わす所を確認して―――俺はホッと安堵の溜息を漏らした。



以前俺に入れあげている佐々木が、陰で晶ちゃんを貶めるよう妙な噂をばら撒いたり、周囲の仲間の同情を引いて冷たくするよう扇動したりしていたと知って―――申し訳なく思っていたのだ。
暫くすると佐々木の悪行が徐々に公のものになり地道な駒沢などの噂払拭活動もあって、晶ちゃんに対する心無い嫌がらせは沈静化したようだが。

晶ちゃんがそんな目に合っていたという事とその嫌がらせの原因が俺にあった(というか俺に好意を持っていた佐々木にあった)という事実を知ったのは、一連の問題がすっかり落ち着いた後だった。駒沢を通して情報を掴んでいた唐沢は俺に気を使って知らせなかったのだ。

そんな訳で俺は、晶ちゃんに親しく接する事は控えている。
もちろん知合いだから挨拶はするし世間話くらいするけれども、他のクラスメイトより親しい素振りは特に人の目がある場合は絶対にしない。
実際晶ちゃんと俺は特別親しくは無い。現実に清美を通して面識がある知合い程度なのだ。だけど女の嫉妬というものが何処に向くか予想できないから、念には念をいれる事にしている。付き合う相手は選んでいるつもりだが―――きっと男の目線では気付けない事も多いだろう。






**  **  **






3年生になった。
2年生の時クラス替えで俺は晶ちゃんの隣のクラスになった。

俺が予想していた通り―――清美が晶ちゃんを追ってT高を受験して、奇跡的に合格通知を受け取ったそうだ。

さっそく入学前の春休みから強制的に練習に参加させゴリゴリ絞り込ませる。
勿論ほとんど嫌がらせだ。
結果としてバスケ部にとって良い戦力が手に入るのだから―――一石二鳥である。

バスケばっかやってて授業中居眠りばかりしていた清美は、受験勉強に相当苦労したことだろう。「そこまでして一緒にいたいか」と予想通りの展開なのに半ば呆れてしまう。



突発的に早上がりが決まった日、ギャラリーに晶ちゃんを見つけた。
気付いた清美があからさまに嬉しそうに「ねーちゃん!」と声を掛けて駆け寄る。入学したばかりの清美だが中学から注目されていた事もあり既に固定ファンがいる。
ギャラリーの視線がその瞬間、晶ちゃんに集まった。
晶ちゃんが微妙に強張った顔で手を振り返すのを見て、笑いを噛み殺す。

どうやら、清美も覚悟を決めたらしい。
大型犬が転がるように、大好きな主人の元へ駆けていく。

俺はその背中を複雑な気持ちで眺めていた。そしてすぐ横に立っていた雛子ちゃんが―――俺と同じ方角を眺めて立ち竦んでいるのに気が付いた。
そして清美を惹き付ける存在に、彼女の視線が吸い寄せられるように移って行く。



雛子ちゃんは俺が高校に入った後に清美と同じ学年に転校してきたらしい。そして女子バスの副キャプテンを務めていたという。ちょっと話した感じではサッパリしていて話し易いし、はっきり物を言うので裏表が無さそうに見えた。何よりバスケが本当に好きらしく、マネージャーの仕事に熱心な所は好感が持てる。

それに俺に縋るような眼差しを送って来ないところが、良い。
こういう子は安心して付き合えるので俺は心置きなく軽口を言う。彼女がルバンガ北海道の試合観戦に行きたいと言えば「一緒に行きたいね」とか何とか。実現してもしなくても良いし2人でも複数人でも構わない。女の子と遊びに行くのが好きだし、それが自分に気の無い女の子なら余計好都合だ。面倒な事にならないから。



しかし晶ちゃんに向ける雛子ちゃんの視線に、何か険のあるモノが籠められているような気がしたのは気のせいだろうか? 

雛子ちゃんは清美の事が好きなのかもしれない。
よく話し掛けているし今日も頭に触ったり乱暴にど突いたりしていた。他の部員と比べて、明らかに彼女が清美に触れる回数は多い。だから雛子ちゃんが清美に気があるんじゃないかって、勘ぐっている奴はちらほら居る。



晶ちゃんにまた火の子が掛からないといいけど。



……前回の火の子の元は、俺だけど。
だからこそ今度こそ面倒臭い事に巻き込まれなければ良いなって思う。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...