上 下
68 / 211
・後日談・

■ 一陽来福 <清美>

しおりを挟む

主人公 清美視点です。
甘めです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


美唄駅から札幌駅まで特急で1時間強。札幌駅で解散して家に帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。そこから地下鉄に乗り換え、俺はねーちゃんの待つ我が家へと向かう。

家に帰るとキッチンの方から物凄く美味しい匂いが漂って来て、俺の胸は沸き立った。

「ただいまー」
「おかえりー」

ハンバーグだ!

落ちてた気分が少し上昇する。
腹ペコだったので、口数少なくパクパクむしゃむしゃとご馳走を平らげた。

「片付けはいいから、お風呂入っといで」

至れり尽くせり。
お湯も張ってあった。

受験生なので最近食事も簡単なものか買ってきた惣菜で済ます事が多かったのに、今日は随分ねーちゃんが俺に手間を掛けてくれる。申し訳ないな、と思うと同時に大事にされているという満足感が、俺の気持ちを更に明るくしてくれた。

「あー……」

お湯に浸かった途端、思わず声が出る。

今日は疲れたなあ……。

ゆっくりと強張った筋肉が弛緩する感触が体中に拡がって行った。
ねーちゃんの思い遣りが、俺の気持ちと体を温め柔らかく解してくれるように感じた。






ホコホコに温まった体を扇ぎながらながら居間に向かうと、ねーちゃんがソファの前に番茶を置いてくれた。

「残念だったね」
「あれ?」
「ネットで速報、出てたよ」
「ねーちゃん、チェックしてくれたの?」

横に座るねーちゃんの顔を、思わずマジマジと見てしまう。
結果まで気にしてくれるなんて、思わなかった。



美唄の体育館で、選抜予選に臨んだ。スターティングメンバーでは無かったけれどもベンチ入りして交代要員として何度かゲームに参戦する事ができた。チームは準決勝まで進んだけれど……結局ワンゴール差で負けてしまった。相手は以前スカウトを受けて断った強豪私立校だった。
自ら選択したというのに、あちらを選んでいたらウインターカップに行けたのかな……と一瞬想像してしまった自分にがっかりした。実際あっちに行ってたら、今日みたいに補欠でもベンチに座る機会も無かったかもしれないのに。
女々しい自分にうんざりして、げっそり落ち込んでしまった。

だけどねーちゃんが俺に関心を持ってくれて、好物とお風呂でいたわわってくれるって現実で―――かなりふんわりと気分が浮上した。

俺が小学生の頃よくミニバスの応援に来てくれたけど、中学で疎遠になってからねーちゃんとバスケの話をほとんどしなくなった。あ……でも、全中が終わった時初戦突破した事知っていてくれたっけ。そう言えばあれをキッカケに、ねーちゃんと話せるようになったんだ。

「そう言えば、全中の時も結果知っていたよね」
「清美の公式戦は、全部チェックしているよ」

ねーちゃんは何でも無いように言って、番茶に口を付けた。

「え」
「札幌近郊でやっている試合は、たまに会場まで見に行ったし」
「そんな……だってそんな事一言も……」
「清美、思春期だったから。私が見に行くって言ったら嫌がるかなって思って、こっそり見に行ってたの」

俺は開いた口が塞がらない。

「バスケに興味、無かったんじゃないの……?」

ねーちゃんは番茶でぬくぬくと暖を取りながら、にっこりした。



「バスケには無いけど、清美にはあるからね」



……。



「ねーちゃん!」



がばっ。
思わずねーちゃんに抱き着いた。

「き、きよみ!あぶないっ!」

ねーちゃんが手に包んでいた番茶を、体から離した。

「あ、ごめん」

俺はねーちゃんの手からヒョイッと、マグカップを取り上げてテーブルに置いた。そして、改めてしっかりと小柄な体を抱き締める。
久し振りに接した感触は―――ふわふわと柔らかくて暖かい。そして石鹸のいい匂いがした。
ねーちゃんが恥ずかしがってアタフタしている様子が、俺の胸の向こう側から伝わって来るけれども―――この際無視する事にした。



だって、嬉し過ぎる。



俺ばかり、ねーちゃんに夢中だった。―――そう、思っていたのに。
例え弟としてだけだとしても、ねーちゃんが俺を気に掛けてくれていたのだという事実に、胸が熱くなった。しかもあまり興味の無い筈のバスケの試合をチェックしてくれていたなんて。

「き、きよみ……」
「もうちょっと」

俺が甘えた声を出すと、ねーちゃんは大人しくなった。



おお。まだ『甘え』が有効だったか。



そう言えば、小学校の頃たまに泣きマネでねーちゃんを引き留めたな。と思いだす。ねーちゃんに我儘を言う時、俺は声を少し震わせて明らかに涙を堪えている―――演技を何度か用いたことがあった。
中学生になってねーちゃんを意識するようになってから、あからさまな甘えはカッコ悪くて封印してしまった。

でも一周廻って―――俺は狡賢くなったようだ。

そうか。手を繋ぎたい時も、甘えれば良かったのか。

「ねーちゃん」

俺は体を離して、真っ赤になった彼女の顔を見下ろした。恥ずかしさのためか瞳がウルウルしていて―――その光景はとても悩ましい。

「キスしたい」
「え!……駄目だよ……」
「お願い」
「だって、恥ずかしい……」

フルフル震えるねーちゃんは、仔猫のように愛らしい。いつもはここで怯んでしまうのだが―――今日の俺は、その当人に勇気を補充して貰ったばかりだった。

あともう一押し。

「お願い。ちょっとだけ。軽くだから」
「……」
「お願いします!」

俺はできるだけ真面目な表情を崩さず、真剣に言い募った。

「……う、うん……」

土俵際に追い詰められてつい頷いたような微かな肯定を、俺は見逃さなかった。
気が変わらないうちにと、すぐにそのぷるっとした柔らかい部分に唇を寄せた。

ちゅっと音を立てて、軽いキスをする。

顔を離し改めて眺めると、ねーちゃんの顔はユデダコみたいに真っ赤にだった。



変なの。



以前告白直前にここで強引に口付けた時は―――むしろ平然としているように見えたのに。ほんのちょっと掠めただけで、こんなになってしまうとは。

可愛い。可愛すぎる。

込み上げてくるものを抑えきれず俺はつい、ちゅっちゅっちゅっ…と顔といい髪といい続けて啄むような軽いキスを繰り返した。
ねーちゃんは更に真っ赤になって俺を睨んだ。

「……嘘つき!ちょっとじゃないでしょ!」
「軽くしかしてない。―――本気でやるのと比べてみる?」

慌てるねーちゃんが愛おしくて、揶揄い口調でそう言うと―――ねーちゃんは眉間を顰めて黙り込んだ。



ちょっと、調子に乗り過ぎたかな……?



警戒されるのは、本意では無い。
俺はねーちゃんを解放した。
緩んだ拘束に、彼女は安堵の溜息を洩らす。

「ごめんね。すごく、嬉しくて」

俺が素直に謝ると、ねーちゃんはぷいっと横を向いて―――頷いた。

「……うん」

頬を染めて恥ずかしそうに俯く。



ねーちゃん。
ちょっと、チョロ過ぎやしませんか。



少し心配になったけど。
『これからはこの手で行こう』と、俺は心に誓ったのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

お読みいただき、有難うございました。

清美がちょっと賢くなりました。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

数年振りに再会した幼馴染のお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなった日

プリオネ
恋愛
田舎町から上京したこの春、5歳年上の近所の幼馴染「さわ兄」と再会した新社会人の伊織。同じく昔一緒に遊んだ友達の家に遊びに行くため東京から千葉へ2人で移動する事になるが、その道中で今まで意識した事の無かったさわ兄の言動に初めて違和感を覚える。そしてその夜、ハプニングが起きて………。 春にぴったりの、さらっと読める短編ラブストーリー。※Rシーンは無いに等しいです※スマホがまだない時代設定です。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...