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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】

◆ 気になる男(1) <鴻池>

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バスケ部マネージャー 鴻池視点です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


腹立つ、腹立つ、腹立つ……!
涙が止まらない。
それが、ますます私を苛立たせる。

地味でぼっちなお姉さんを持つアイツが、彼女に振り回されているのがすごく許せなかった。

なのにアイツは―――

「バスケを優先するって言うなら―――俺は姉貴のお蔭でバスケを始めたし、今部活に集中できるのも……姉貴がいるからなんだ。そもそも彼女と出会ってなかったら……きっとバスケ自体始めてない」

また彼女を庇う。
私がコイツを思いやって差し出した手を拒否してまで。



洗脳でもされているの?それとも刷り込み?
何か弱みを―――握られているとか……そう考えでもしなければ絶対おかしい。

あんな地味でオドオドしている―――気の弱い女―――アイツには似合わない。少なくとも私はお姉さんのアイツへの支配を―――認めない。






**  **  **






自分から用事も無く女子に話し掛けるタイプじゃない。でも誰でも平等に接する男。決して相手を嘲る態度を取ったり、人を馬鹿にしたりする事は無い。

地味で男子と気の利いた話なんか絶対できない万年委員長、男より体格のいいガサツなレスリング女子部員、瓶底眼鏡の鉄男、サッカー部の爽やかエース、ふわふわした美形のお嬢様、それからいかにもギャルって感じの派手な偶にしか学校に来ない帰宅部女子。誰とでも普通に感じ良く話す。特に同情したり気を使ったりしないで、あくまで普通に。

アイツの事は、学校の皆が知っていた。
背が高くって西洋人のハーフで色素の薄いイケメン。おまけにバスケ部のエースで性格も明るくていい奴……って、少女漫画のヒーローかっ。



中学2年の秋にR中に転校して来た私は、ずっと続けていたバスケ部に入った。
そこにあの『爽やかくん』がいた。

胡散臭いヤツ。最初はそう思った。

女子バスのキャプテンの結城も……アイツの事が好きらしい。姉御肌でキップの良いボーイッシュな彼女が、アイツと話すと頬を染めて女の子の顔になる。
目が吸い付いてしまうみたいに、アイツを見つめて暫く時が止まっている事がある。

なんであんなモテそうな典型的なヒーローキャラ好きになるんだろうって不思議に思った。
ちょっと優し過ぎない?優柔不断と言うか。



ああいうのは私の好みじゃない。



正直言って私はモテる。スタイルも良いし、素材もナカナカだと思う。
でも自分が持っている物の上に胡坐を掻いて努力しないというスタンスは好きでは無い。
きちんと手入れしてメイクもナチュラルに見えるよう気を配っている。部活の練習も勉強も同じだ―――そして無駄な事が大嫌い。自分の素材を如何に効率的に生かすか時間を浪費していないかと言う事に、常に気を配っている。

アプローチらしきものを受けるのは、日常茶飯事。
でも好みじゃない相手に気を持たせる事はしない。

だから私からアイツに話し掛ける事なんて絶対ない。用事も無いし……あんな風に頬を染めて嬉しそうにしている結城を見ていると―――無駄な事しているなって思う。

アイツが結城の事、何とも思って無いだろうって……結城はきっと気付いている。

結城は密かに人気がある。化粧っ気の無い精悍な顔立ちとサッパリした性格の頼れる姉御を好ましく思う男子生徒も少なからずいるのに。
なのに誰にも同じように接する優男に、何故入れあげるのか。

無駄だなぁって思う。
勿体無いなぁって。

私は絶対、嫌だ。

自分に気の無い男を追いかけるなんて無駄な事、絶対しない。

母親は浮気者の父親をずっと待って、ずっと許し続けた。くっ付いたり離れたりを繰り返していた。
だけど結局粘って粘って―――別れちゃった。中学2年生っていう中途半端な時期に転校する事になったのは、両親の離婚の所為だ。できたらもっと早く、若しくは計画的に別れて欲しかった。

優柔不断で誰にでも―――妻以外の女にも優しい父親が大嫌い。
でもそんな男を思い切れずに―――泣いたり怒ったりしていた母親はもっと、嫌い。

私は―――誰にでも優しい男なんて嫌い。
誰にでも優しいってことは、誰のコトも好きじゃないって事と同じだ。結局ソイツは自分が一番大好きに違いない。

そして叶わない恋にしがみ付く事もしない。絶対。

無駄だもの。






**  **  **






アイツが私立のスカウトを断って家から近い公立進学校を受験するっていう噂は、バスケ部内にすぐ広まった。選ぶ余地がある奴って羨ましいよなって、やっかみ混じりに当てこする男子部員に適当に頷きながら「じゃあ自分ももっと練習頑張ればいいのに」って思った。

少なくともアイツの実力は努力の賜物だ。地道な基礎練も侮らずに真面目に熟し、早朝や昼休みにもシュート練習に勤しんでいる。毎朝自主トレも欠かさないし、土日は連盟の強化選手としての練習に参加しているらしい。―――これは結城の受け売りなのだけれど。

アイツがバスケを凄く好きでそれこそ陰日向無く努力しているっていう事だけは、間違いない。ニコニコ誰にでもいい顔している優男の割に、根性あるじゃんって少し見直した。

アイツが受験する高校のランクは、私の今の実力のちょっと上―――頑張って受けてみようかな。公立校なのにインターハイに出場経験もあるバスケの名門校だし。
別に、アイツが受けるからじゃない。
だってアイツとは全く話をしたことも無いのだから。たまたま……話題に出た高校に興味が湧いただけだ。






**  **  **






合格発表を学校まで見に来たのは、気紛れだった。
でももしかしたら……同じ学校出身の誰かと会うかもしれない。
掲示板に自分の番号を見つけて安堵する。少し背伸びして受験したから、落ちる可能性もあった。

その時目の端に見慣れた頭が映り、私は振り向いた。
人垣からひょっこり飛び出した形の良い栗色の頭。部活で結城の視線の先にいつもあったあの男が、掲示板に見入っていた。

どうやら、受かったらしい。
嬉しそうに誰かと話している。

かと思うと、誰かが抱き着いたようだ。
女の子……?
アイツは小柄な長い黒髪の女の子に抱き着かれているようだった。
クルッと回って……あやしているようにも見える。
もしかして親戚の子だろうか?それとも―――後輩?

どうしても気になって、私はそちらへ近づいて行った。
これから同じ学校に通って多分……部活も一緒になるかもしれない。だから挨拶くらいしたほうがいいだろう。そうだ、それが普通だ。

アイツは女の子を降ろした。そして何やら言い争いをして、最後にはその子は走り出してしまった。一体どういう関係何だろう?

声を掛けると、森が振り返った。

「えーと、女子バスの……」

私の名前を知らないようで少し驚く。
私が覚えていなくても、相手が私の名前を知っているという経験が多かったからだ。
本当にコイツは誰にも関心が無いんだな、と思う。

鴻池こうのいけよ。鴻池雛子。同じ部活で学年も一緒なのに、名前も憶えてなかったの?ヒドイよね」
「ごめん」

揶揄からかいのつもりでつい言い掛かりに近い嫌味を口にすると、すぐ謝る。軟弱なヤツだ。
ま、別にいーけど。

「いーよ。話した事無かったもんね。ところで森、合格した?私もここ受験したの。今番号確認して、帰るとこ」
「うん、受かった」
「おめでと」
「ありがとう。こうのいけ……も、おめでとう」

私は、ニッコリと笑った。

長い付き合いになる予定だから、良い感情を持って貰うに越した事は無い。決して、コイツに好かれたいからとか、話せて嬉しいとか……そういう事では無い。

―――でもやっぱり、誰にでも平等で優しいヤツ。

初めて話した相手にも、気負いなく答えるんだな。そこが、私とは違う。私はいつも警戒心一杯で―――相手を観察して出方を考える。

ちょっと結城が絆された気持ちが分からないでもない。てらい無く話されると気持ちが良いものだ。
序でに本当に私立に行かないか聞いてみよう。私も同じ私立を受けているんだよね。公立行く予定だけど―――コイツは結局どっちに行くんだろう。

「せっかく受かったし、こっちに通うつもりだよ」
「もちろん、バスケ部に入るでしょ?」
「うん」
「私も、こっち通う予定なんだ。一緒だね」

なんだか少し嬉しくなって、弾んだ声で言ってしまう。
対して、コイツは―――

「そうだね」

如何いかにも興味なさそうな声。最初は優しい対応だったのに、話しているうちに疲れたような声を出すようになって来た。私は同じ中学校出身の子と合格の歓びを分かち合えてちょっと興奮しているのに。ノリが悪いな……と少しモヤッとする。
スマホで時間を確認する仕草が増えて来て、そのソワソワした様子にイラッとしてしてしまった。

「もー!もうちょっと、嬉しそうにしてよ!」

バシン、とつい背中を叩いてしまった。

触っちゃった。

でもちょっと乱暴に接した方が……きっと、誤解を招かないだろう。
万が一でも、私がコイツに気があるなんて思われたら困る。

「っ……いってぇ」

あれっ?そんなに痛かったかな?
きっと大袈裟に言っているだけだよね。笑って誤魔化そう。

すると怯んだように、少しづつヤツが後退りし始めた。

なんなのよ。帰りたそうな素振りばっかりで失礼なヤツ。これから同じ部の部員になるっていうのに親睦を図ろうとかそういう気遣いは無いのかね?

「ねえさっきの子、後輩?森のファンか何か?」
「え?『さっきの』って?」
「さっき森に抱き着いていた、ちっちゃい子だよ。―――大変だね、モテるのも」

コイツは鈍いのか、私の話にピンと来ないようだった。
ついさっきの出来事なのになんでだろう。
そしてしばらく奴はぼんやりしていたが、何か思いついた顔をしてそれから何故か、ニヤニヤし始めた。

「何?……何、ニヤニヤしているの?」

不気味な笑顔に、思わず顔を覗き込んでしまう。

「……いや、ファンじゃないよ。後輩でもないし」
「親戚とか?ひょっとして従妹?」
「いや、姉……」
「……『あね』?……って、え?あの子……森の『お姉さん』!?」

驚いて咄嗟に腕を掴んでしまった。
その手を見て、奴も驚いた顔をしていた。

「俺―――もう帰らないと。姉にオヤツ買ってかなきゃならないし」

唐突に、焦ったようにヤツが言いだした。

「はあ?そんなこと、させられているの?」

もしかして、スマホで指示受けていたのだろうか?だから、ちらちらチェックしていたのだろうか?

「いや、そういう訳じゃ……」
「お姉さんの我儘なんて、きかなくてもいいのに」

あの幼く見えるコイツの姉は、ちょっと横暴すぎやしないか……?子供な見た目どおり、ひょっとして中身もお子様なのだろうか?

「うん、そっか。そうだね。……じゃ俺、急ぐから!」

怪訝な顔をする私に、適当に返事をしつつアイツは私の手を掴んで外した。

「え?森?ちょっと……!」
「またね!」

クルリと背を向けてアイツは、学校の門から出て行った。
その慌て振りと来たら……。



―――アイツの女子に対する優しい優柔不断な態度は……もしかすると、長年姉の我儘な振る舞いを受け留め、そう育たざるを得なかった結果出来上がったものなのかもしれない。

そう推測すると、色んな事が全てそれに起因するような気がして来た。
―――他人かぞくに振り回される人生は、不幸だ。

この一件で私のアイツに対する評価は、少し修正されたのだった。

優柔不断で八方美人だけど―――気の毒な奴。

何とか助けてあげる事はできないだろうか?
そう思うと、何だか親近感が湧いて来た。



そんなに気は進まないけど―――アイツと仲良くできるかもしれない。同じ中学出身で、部活も一緒なんだから仲が良いほうが楽しいよね。

うん―――なんだか、部活が楽しみになって来た!

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