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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の回想】
2.ねーちゃんは、人見知り
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小学校時代、ねーちゃんは学校で特に孤立してはいなかったそうだ。
ただ本が好きでマイペースだったから、家で本を読んでいる事が多かった。でも学校では、普通にクラスメイトと話をしていたらしい。
それは後に、バスケ部の先輩でねーちゃんと小学校で同級生だった先輩に聞いた話だ。
中学校に入学してから校内で見かけたねーちゃんは、いつも1人だった。
しかし苛められているというのとは、少し違う。
どちらかというと遠巻きにされている、といった風情だった。
ねーちゃんの周りだけ、空気が違うように見える。
艶々のまっすぐな髪は黒猫の毛並のよう。手を伸ばしたいけど伸ばした途端スイっと体を躱されそうな気がする。黒曜石のような大きく輝く瞳はびっしりと厚い睫毛に縁取られ、唇は零れ落ちそうな果実を思わせる。小柄で折れそうな肢体は抱きしめたら折れてしまいそうに儚げで。
美少女がいる。
ふいに視界に入った学生服の少女に、心を鷲掴みにされた。
ドキリと跳ねる心臓を宥めながら見つめていると……
それが『ねーちゃん』なのだと、気が付いた。
俺は、愕然とした。
ねーちゃんは、綺麗だった。
知らなかった。
ねーちゃんはあんなに綺麗な女の人だったんだ。
群れの中に紛れずにいるから余計、浮きたって見えるのかもしれない。
家でのねーちゃんは。
お笑いに馬鹿笑いもするし正直にバシバシ辛辣な意見も言う。言い方がのんびりしているから、深刻なダメージはあまり感じない。何故ならその言葉の底に、ぷっちんプリンのカラメルのように愛情が下敷きになっている事を―――俺は知っているから。
普段のねーちゃんは……近くにいる、それだけで安心できる大切な家族だった。
だけど遠くから見るねーちゃんは、まるで静寂な別世界にいる存在のようで―――
そう感じてしまうのは……忌まわしい事に俺だけでは無かったようだ。
** ** **
中学校に進学した俺は、当然の如くバスケ部に入った。
ミニバスの先輩も何人かそこに所属していたから、既にそれは決定事項だった。体験入部無しで春休みから強制参加だ。
小学生時代、体は小さいもののはしっこく運動神経の良かった俺はメキメキとバスケの腕前を上げた。バスケが好きと言うのもあったけど、何よりねーちゃんに良い所を見せたくて堪らなかったから。
小学6年生の夏くらいから急に身長が伸び出して、中学校に入る直前には列の1番後ろに並んでいた。身長が伸びると少しバランスが悪くなって戸惑う事も多かったが、視界が変わって面白いようにボールキープできるようになり、試合で活躍できる場面も増えた。
中学校の春休み練習へ参加した初日、基礎練を終えた後試合形式の紅白戦に参加する事になった。俺をバスケ部に引き入れたキャプテンの唐沢先輩が、ミニバスに参加していたバスケ経験者を指名してチームに混ざるように指示したからだ。
補欠の先輩だろうか。
髪をワックスでばっちりセットしているお洒落なその人は、隙が多かった。割と簡単にボールをカットできて拍子抜けしたくらいだ。そのままゴールにボールを放り込んで、すんなりと2点追加。背は高かったけど、この人本当に唐沢先輩と同じ3年生なのかな?と内心驚いていた。その人はムキになってその後俺にマッチアップを仕掛けて来たから、当然俺は彼の脇をすり抜けゴールを決める場面が多くなった。
思えばこの時から恨みを買ってしまったのだろう。入学以前の小学生に負けた事が相当口惜しかったらしく、入学直後から地味な嫌味を言われるようになった。
曰く。
1年生の癖に茶髪にして、恰好付けている。
―――これ、地毛だから。黒く染める方が問題あるだろ。
女子といちゃいちゃすんな。
―――こっちから話し掛けた事、全く無いけど。
ちょっとバスケできると思って調子に乗んな。上下関係も理解できない奴が、部活動やるのは間違ってる。
―――練習して努力してできるようになって、何が悪い?ゲームでボール取る事が上下関係を理解しないっていうなら、接待バスケして負けろってことか?情けない事言うなぁ……俺、ゲーム以外で上下関係無視した事、ねぇし。
元来短気な性質の俺が、よく耐えたと思う。
唐沢先輩や同級生に迷惑かけたく無かったから、そいつの言う事は右から左に受け流していた。そいつ以外の先輩は、なんだかんだ言って乱暴に俺を可愛がってくれていたから。
奴は周りに気を配って唐沢先輩や他の3年生がいない時に、ワザワザ近づいて来て嫌味を言ってくる。だから本当は奴は気の弱い人間なんだって事は知っていた。同情さえしていたくらいだ。
まあ、難有りの先輩はいるものの―――概ね順調に俺は部活にもクラスにも馴染んでいった。
** ** **
そんなある日。
朝練で早めに家を出る俺は、放課後練の前に食べる予定の弁当を忘れた。
給食を一瞬で平らげて昼練のため体育館へ向かう途中、ねーちゃんからメールが来た。ねーちゃんはちゃんとそれを学校に持って来てくれたようで、体育館まで届けてくれると言う。
練習をしてると、やがて体育館の扉の前にまっすぐな黒髪の小柄な少女が現れた。
俺はちらちら扉を見張っていたので、すぐ気が付いた。
ねーちゃんは、キョロキョロと俺を探している。本ばかり読んで少し目が悪いから、区別が付きづらいのかもしれない。バスケ部員は背の高い人間も多いし、先輩の中には髪の毛の色を抜いて明るくしている人もチラホラいたから。
手を上げて近寄って行くと、やっと俺を認識してくれたようだ。
一見冷たく見えるような無表情をふわっと緩めて、その女は微笑んだ。
こんな時最近、俺は妙に落ち着かない気持ちになってソワソワしてしまう。何だかとっても困ってしまう。こんな風に舞い上がってしまうのは……なんだか違う気がする。
「がんばるね、お疲れ様。お弁当持ってきたよ」
「ありがとう。ねーちゃん、もうお昼食べたの」
「ううん、まだ」
「俺、もう食べちゃった」
「はやっ。食べてすぐ動いたらお腹痛くならない?」
「慣れてるから、大丈夫」
「そっか。……んじゃ、練習頑張ってね」
「うん」
くるりと背を向け、パタパタと駆けだすねーちゃんの背中を、俺はじっと見ていた。するとバスケ部で同じ新入生の鷹村が、俺の肩を叩いた。
振り向くと、にんまりと笑っている。
「彼女?」
「え?」
「お弁当作って貰ったんだろ。いーなー、イケメンは」
俺は明らかに狼狽えていたらしい。鷹村は俺の動揺をどう受け取ったのか、楽しそうに続けた。
「かわいーじゃん。お人形さんみたい」
いや、どっちかって言うと黒い子猫だと思う。……いや『お菊人形』と言われないだけマシか?先日ねーちゃんの事をそう言っている女子の先輩の言葉を耳にして、俺は独り腹を立てていた。きっとねーちゃんが可愛すぎるから、やっかんでいるのだろう。
「違うよ、あれは俺のねー……姉貴だって」
何故か『ねーちゃん』呼びが恥ずかしくなって、言い直す。
「またまた……え?マジ?!」
俺の顔が真剣だったので、鷹村は一瞬その立派な眉毛をひそめて固まった。
「え……全然似てな……あ、再婚組?」
「そう。小4の時に再婚したんだ、親が」
「あんなチッコイのに『姉貴』?……同級生じゃないのか?」
「3年生」
「えーー!」
「ちなみに、唐沢先輩と元同級生」
「えーーー!!」
キャプテンの唐沢先輩は180cmに迫る長身だ。ねーちゃんは150cmそこそこ。実に30cm定規ほどの差がある。厳つい容貌で、高校生というより社会人に見られそうな先輩と、下手すれば小学生で通るかもしれないねーちゃんが―――もし手を繋いで歩いていたら犯罪と疑われて捕まってしまうかもしれない。
「おまえ、森晶の弟だったのか」
嫌な声が背中から、降ってきた。
「あいつ、愛想ないしお高く留まってるよな。だから『ぼっち』なんだよ」
俺にいつも嫌味をいう例の先輩が、話に聞き耳を立てていたらしい。
「親切に話し掛けてやっても返事しねーし。自意識過剰なんじゃねーの、あいつ」
「……」
鷹村が息を呑む様子が伝わって来る。
俺はずっと、コイツの嫌味をヘラヘラ躱してきた。怒りを向ける価値もない可哀想な奴だって、そう唱えて遣り過ごしてきた。
そんな今までニコニコ下手に出ていた俺が、拳を握りしめて奴を睨み付けているからだ。俺の爆発しそうな怒りが空気を震わして、鷹村に伝わってしまっているようだった。
その時、ギリギリと薄くなっていく風船みたいにはち切れる寸前の俺に対して、奴が致命的な台詞を放ったのだ。
「『ねーちゃん』と血ぃ繋がってないんだろ?ひとつ屋根の下って、危ねえなあ」
奴は一体いつから俺達姉弟に注目していたんだろう。
『ねーちゃん』と、俺が言った声音を真似てまで、俺達を貶める意図は一体なんなんだ……。
その瞬間ニヤニヤとした野卑な嗤いの中に、奴のねーちゃんに対する邪な欲望が見えてしまった。こいつはねーちゃんに何か目的を持って近づいた。そして警戒したねーちゃんが距離を取った事を根に持っている―――そう、直感した。
それからの全てが、スローモーションのようにゆっくりと動いた。
鷹村が激昂した俺を抑えようと一歩近づいた。
その時既に俺は一歩前へ大きく踏み出し、固めた拳の腕を後ろに引いて弾丸のように奴の顔めがけて放とうとしていた処だった。
しかし次の瞬間、その手首をぐっと力強く掴まれていた。
―――拳に体重を載せようと乗り出した左肩だけが前に傾ぐ。
目の前には、顔面を蒼白にした奴が立っていた。
その顔は―――今頃俺の拳で吹き飛んでいた筈なのに。
奴は、咄嗟に自分を庇ったのだろう。腰を引いた情けない姿は無様の一言だった。
俺は怒りで真っ白になった頭から、自分をなかなか取り戻せない。ぼんやりと、右手首を痛いほど握り込んでいる逞しい人物を振り仰いだ。
「……唐沢先輩……」
俺の気の抜けた台詞と同時に、鷹村が詰めていた息をフーっと吐き出した音が聞こえた。
彼の安堵の溜息を聞いて、少し頭が冷えるのを感じる。
俺の手首を固定したまま、唐沢先輩は落ち着いた声で奴に言った。
「大塚、森は確かに愛想は無いけど……悪い奴じゃない。1人でいたい奴が1人でいたって、いーじゃねーか。それに、その事を理由に弟を責める必要は無い」
「……」
大塚(コイツを先輩付けで呼びたくねえ)は、唐沢先輩に弱い。
唐沢先輩はガタイも良いが、心根も大きい。バスケも上手い。さすがの大塚も唐沢先輩には一目置いているのだ。
だから今まで俺にチクチクちょっかいを掛けて来た時も、大塚は唐沢先輩の目を避けていた。しかし今回は、何故か周囲を警戒するのを怠っていたらしい。
大塚は返事をしなかったが、悪戯が見つかった犬みたいに項垂れていた。
そのとき、予鈴が鳴った。
唐沢先輩が俺の腕をゆっくりと下ろした。そうして優しくポンポンと、背中を叩かれる。逆立った毛が徐々に戻るのを感じた。
「昼休み終わるから、お前達は教室戻れ。部活の後、話すべ」
先輩に背中を押され鷹村に腕を引かれて、体育館を後にする。ちらりと振り返ると項垂れた大塚の肩を、唐沢先輩の大きな腕が抱き寄せるように包んでいた。何やらボソボソと話をしている。
唐沢先輩は、公平だ。
それにねーちゃんの事を今まで悪く言った事は無い。唐沢先輩の彼女で女子バスケ部の駒沢先輩もねーちゃんの元同級生で、ねーちゃんに好感を持っているようだった。
だから唐沢先輩は―――ねーちゃんにとって悪いようには治めはしないだろう……と思う。
鷹村にも背をポンっと叩かれる。
心臓の辺りが温かくなった気がした。
「ありがとう、さっきはごめん」
というと、悪戯っ子のようにニンマリ笑ってくれた。
俺がもし大塚を殴っていたら、この優しい公平な人たちに迷惑を掛けてしまっただろう。
それを思うと、殴らずに済んで良かったと心底思った。
** ** **
放課後、体育館に向かうと大塚は部活を休んでいた。
だから余計な事を考えずに、頭を空っぽにして打ち込む事ができた。鷹村も何も無かったように、冗談を言ってくれる。
部活の後、唐沢先輩が俺を誘ってファミレスに連れて行った。椅子の背が目隠しになってファーストフード店より周りを気にせずに話ができそうだ。俺たちは飲み放題のジュースバーと、安いホットケーキなどを頼んで一角に陣取った。
「あ、いたいた。ヤッホー、森君。今日もイケメンだねー」
と軽口を聞いて、唐沢先輩の隣に当然のように腰かけたのは、駒沢先輩だ。どちらも『沢』が付いている苗字でお互い呼びにくそうだが―――それが2人が付き合う切っ掛けになったと誰かに聞いた事がある。駒沢先輩はサラブレットみたいに、すらっとした背の高い女子バスケ部のエースだ。俺と目線が同じに見えるくらい背が高いし、ボーイッシュなショートカットで男前な性格のため、女子のファンが多い。宝塚の男役みたいにモテている。
たぶん唐沢先輩より、数段女子にはモテているだろう……。
絶対にそんな事、恩ある我が部のキャプテンの目の前では口に出せないが。
あ、そういえば唐沢先輩も男子生徒には『アニキ』と呼ばれ、慕われている。
……うん?フォローになってないかな?
席の真ん中に座っていた唐沢先輩の大きな体を、駒沢先輩は体当たりするようにギュっと奥に押し付けた。2人の仲の良さを目の当たりにして、俺はちょっと居心地が悪くなる。
唐沢先輩は俺に説明した。
大塚は去年怪我した膝の調子が戻らず、練習でもミスが多くなってきて苛々していたらしい。そこで自分よりずっと上手い新入生が入ってきて、ベンチを奪われるのではと焦っていたようだ。
さらに大塚は以前ねーちゃんに好意を持ってアプローチしていた事があって、そちらも上手く行かなかった。
それが自分を差し置いて試合に起用されそうな気に喰わない新入生に、いつもの仏頂面を崩して楽しそうに話し掛け、弁当まで持ってきた。思わず聞き耳を立てると2人は姉弟なのだと判明したが、気持ちが納まらず―――つい嫌味を言ってしまったのだと。
『嫌味』というレベルの悪意じゃなかったと思う。
あれは、明確にねーちゃんに対する侮辱だ。
俺は眉を顰めた。そんな事を聞いても奴を許す気になんて、サラサラなれなかった。
先輩は「可哀想だから見逃せ」そう、言いたいのか。
俺はそんな事を言う先輩にも腹が立って来て、テーブルの上の手を握って拳を作ったり開いたりしながら、目を上げられずに黙ってしまった。
「正直大塚の気持ちは、俺には全く理解できないし、奴のやった事に同情できない」
先輩のこの台詞で―――俺は少し気持ちが落ち着くのを感じた。
良かった。
尊敬する先輩に不信感を持ちたく無かった。
詰めていた息がフッと楽になる。
「鷹村達に大塚がお前に陰で嫌がらせしていたことも……聞いた―――でも、お前が奴を殴る事には賛成できん。殴って気が済むのは一瞬だけだ。殴っていたら―――お前の姉貴も巻き込まれる事になったかもしれない」
あぁ……そうか。
俺はむしろ、ねーちゃんの名誉を守る為に奴を殴って黙らせようと、考えていた。
でも、実際は。
暴力沙汰でもし職員室で理由を問い詰められたり噂話が出回ったとき、ねーちゃんの事が話題に上って、ねーちゃんは悪くないのに面白おかしく噂される事態を招いたかもしれない。
「すいません……軽率でした」
俺が反省して肩を落とすと、深刻な表情の唐沢先輩の頭をポカリと駒沢先輩が叩いた。
すごい。
こんなに迫力のある先輩を叩く人がいるなんて、思いも拠らなかった。
「ちょっと!悪いのは大塚でしょ!それに私が晶ちゃんだったら、弟が自分の為に相手を殴ってくれようとしたって聞いたら、純粋に嬉しいと思うよ」
駒沢先輩は、俺ににっこり笑ってそう言った。
唐沢先輩は叩かれた所をポリポリと掻いている。庇ってくれたのは嬉しいけど、俺は既に唐沢先輩の意見に納得していた。なんとなく、彼女に叱られてしまった先輩に申し訳なく思う。
「まあ、確かに晶ちゃんを揶揄ったり、悪く言ったりする奴を片っ端から殴って回ってたら、殴らなきゃならない相手が多くて困るだろうけどね」
ん?なんか今、聞き捨てならない事を、おっしゃったような気が。
「晶ちゃんは言い訳とかしない男前だから、独り歩きする噂をほっとく事にしたみたい。晶ちゃんに言い寄る男やそれに嫉妬する女子が、ある事無い事言い触らしていたからさ。ホントに腹立ったけど昔から付き合いのある子は晶ちゃんの性格分かっているし、私もそう言う話耳にしたら、その都度否定してるから」
そして「晶ちゃん、無駄に可愛いからなー」と駒沢先輩はブツブツ呟いた。
「晶ちゃんは、だからもう最近は新しい人付き合い嫌になっちゃったらしいよ。昔からの知り合いとしか殆ど話しないみたい。それに騒がれるよりそっとしておいて欲しいタイプだから、森君の気持ちは十分理解できるけど―――晶ちゃんの為と思って、見守ってやって。―――よっぽど酷いなって思ったら、今日見たいに1人で対応しないで唐沢か私に相談しなよ。あと、鷹村とかさ」
そう言って、笑う駒沢先輩。
駒沢先輩―――唐沢先輩のコト叩いたけど、結局同じ事言っているような……。
けれどもねーちゃんと俺の事を心底心配して言ってくれているのは事実だ。だから俺は突っ込みは入れずにただ、殊勝な様子で頷いた。
本当に酷かった時期は、ねーちゃんが中1だった後半から中2の半ばまでだったらしい。今ではある事無い事言っていた中1のクラスメイトや、振られた腹いせに嫌味を言いふらす大塚みたいな奴は信用を失いつつあって、ねーちゃんに関する心無い噂は沈静化しているらしい。
その頃、俺は小5か小6。女ボスに絡まれて苛々して愚痴を言う俺の話を、ねーちゃんは黙って聞いてくれていた。だから俺は落ち着いて女ボス達を躱す事が出来るようになって、程なく苛めのようなからかいは無くなって行った。
その時期にそんな辛い事があったなんて。
ねーちゃんは俺にはそんな素振り、全く見せなかったのに。
……俺がねーちゃんに甘やかされるだけの子供だったから。
頼って貰える訳が無い。それは分かっている。分かっているけど―――
その時感じたもどかしさの理由を、俺はやがて痛いほど自覚するようになる。
ただ本が好きでマイペースだったから、家で本を読んでいる事が多かった。でも学校では、普通にクラスメイトと話をしていたらしい。
それは後に、バスケ部の先輩でねーちゃんと小学校で同級生だった先輩に聞いた話だ。
中学校に入学してから校内で見かけたねーちゃんは、いつも1人だった。
しかし苛められているというのとは、少し違う。
どちらかというと遠巻きにされている、といった風情だった。
ねーちゃんの周りだけ、空気が違うように見える。
艶々のまっすぐな髪は黒猫の毛並のよう。手を伸ばしたいけど伸ばした途端スイっと体を躱されそうな気がする。黒曜石のような大きく輝く瞳はびっしりと厚い睫毛に縁取られ、唇は零れ落ちそうな果実を思わせる。小柄で折れそうな肢体は抱きしめたら折れてしまいそうに儚げで。
美少女がいる。
ふいに視界に入った学生服の少女に、心を鷲掴みにされた。
ドキリと跳ねる心臓を宥めながら見つめていると……
それが『ねーちゃん』なのだと、気が付いた。
俺は、愕然とした。
ねーちゃんは、綺麗だった。
知らなかった。
ねーちゃんはあんなに綺麗な女の人だったんだ。
群れの中に紛れずにいるから余計、浮きたって見えるのかもしれない。
家でのねーちゃんは。
お笑いに馬鹿笑いもするし正直にバシバシ辛辣な意見も言う。言い方がのんびりしているから、深刻なダメージはあまり感じない。何故ならその言葉の底に、ぷっちんプリンのカラメルのように愛情が下敷きになっている事を―――俺は知っているから。
普段のねーちゃんは……近くにいる、それだけで安心できる大切な家族だった。
だけど遠くから見るねーちゃんは、まるで静寂な別世界にいる存在のようで―――
そう感じてしまうのは……忌まわしい事に俺だけでは無かったようだ。
** ** **
中学校に進学した俺は、当然の如くバスケ部に入った。
ミニバスの先輩も何人かそこに所属していたから、既にそれは決定事項だった。体験入部無しで春休みから強制参加だ。
小学生時代、体は小さいもののはしっこく運動神経の良かった俺はメキメキとバスケの腕前を上げた。バスケが好きと言うのもあったけど、何よりねーちゃんに良い所を見せたくて堪らなかったから。
小学6年生の夏くらいから急に身長が伸び出して、中学校に入る直前には列の1番後ろに並んでいた。身長が伸びると少しバランスが悪くなって戸惑う事も多かったが、視界が変わって面白いようにボールキープできるようになり、試合で活躍できる場面も増えた。
中学校の春休み練習へ参加した初日、基礎練を終えた後試合形式の紅白戦に参加する事になった。俺をバスケ部に引き入れたキャプテンの唐沢先輩が、ミニバスに参加していたバスケ経験者を指名してチームに混ざるように指示したからだ。
補欠の先輩だろうか。
髪をワックスでばっちりセットしているお洒落なその人は、隙が多かった。割と簡単にボールをカットできて拍子抜けしたくらいだ。そのままゴールにボールを放り込んで、すんなりと2点追加。背は高かったけど、この人本当に唐沢先輩と同じ3年生なのかな?と内心驚いていた。その人はムキになってその後俺にマッチアップを仕掛けて来たから、当然俺は彼の脇をすり抜けゴールを決める場面が多くなった。
思えばこの時から恨みを買ってしまったのだろう。入学以前の小学生に負けた事が相当口惜しかったらしく、入学直後から地味な嫌味を言われるようになった。
曰く。
1年生の癖に茶髪にして、恰好付けている。
―――これ、地毛だから。黒く染める方が問題あるだろ。
女子といちゃいちゃすんな。
―――こっちから話し掛けた事、全く無いけど。
ちょっとバスケできると思って調子に乗んな。上下関係も理解できない奴が、部活動やるのは間違ってる。
―――練習して努力してできるようになって、何が悪い?ゲームでボール取る事が上下関係を理解しないっていうなら、接待バスケして負けろってことか?情けない事言うなぁ……俺、ゲーム以外で上下関係無視した事、ねぇし。
元来短気な性質の俺が、よく耐えたと思う。
唐沢先輩や同級生に迷惑かけたく無かったから、そいつの言う事は右から左に受け流していた。そいつ以外の先輩は、なんだかんだ言って乱暴に俺を可愛がってくれていたから。
奴は周りに気を配って唐沢先輩や他の3年生がいない時に、ワザワザ近づいて来て嫌味を言ってくる。だから本当は奴は気の弱い人間なんだって事は知っていた。同情さえしていたくらいだ。
まあ、難有りの先輩はいるものの―――概ね順調に俺は部活にもクラスにも馴染んでいった。
** ** **
そんなある日。
朝練で早めに家を出る俺は、放課後練の前に食べる予定の弁当を忘れた。
給食を一瞬で平らげて昼練のため体育館へ向かう途中、ねーちゃんからメールが来た。ねーちゃんはちゃんとそれを学校に持って来てくれたようで、体育館まで届けてくれると言う。
練習をしてると、やがて体育館の扉の前にまっすぐな黒髪の小柄な少女が現れた。
俺はちらちら扉を見張っていたので、すぐ気が付いた。
ねーちゃんは、キョロキョロと俺を探している。本ばかり読んで少し目が悪いから、区別が付きづらいのかもしれない。バスケ部員は背の高い人間も多いし、先輩の中には髪の毛の色を抜いて明るくしている人もチラホラいたから。
手を上げて近寄って行くと、やっと俺を認識してくれたようだ。
一見冷たく見えるような無表情をふわっと緩めて、その女は微笑んだ。
こんな時最近、俺は妙に落ち着かない気持ちになってソワソワしてしまう。何だかとっても困ってしまう。こんな風に舞い上がってしまうのは……なんだか違う気がする。
「がんばるね、お疲れ様。お弁当持ってきたよ」
「ありがとう。ねーちゃん、もうお昼食べたの」
「ううん、まだ」
「俺、もう食べちゃった」
「はやっ。食べてすぐ動いたらお腹痛くならない?」
「慣れてるから、大丈夫」
「そっか。……んじゃ、練習頑張ってね」
「うん」
くるりと背を向け、パタパタと駆けだすねーちゃんの背中を、俺はじっと見ていた。するとバスケ部で同じ新入生の鷹村が、俺の肩を叩いた。
振り向くと、にんまりと笑っている。
「彼女?」
「え?」
「お弁当作って貰ったんだろ。いーなー、イケメンは」
俺は明らかに狼狽えていたらしい。鷹村は俺の動揺をどう受け取ったのか、楽しそうに続けた。
「かわいーじゃん。お人形さんみたい」
いや、どっちかって言うと黒い子猫だと思う。……いや『お菊人形』と言われないだけマシか?先日ねーちゃんの事をそう言っている女子の先輩の言葉を耳にして、俺は独り腹を立てていた。きっとねーちゃんが可愛すぎるから、やっかんでいるのだろう。
「違うよ、あれは俺のねー……姉貴だって」
何故か『ねーちゃん』呼びが恥ずかしくなって、言い直す。
「またまた……え?マジ?!」
俺の顔が真剣だったので、鷹村は一瞬その立派な眉毛をひそめて固まった。
「え……全然似てな……あ、再婚組?」
「そう。小4の時に再婚したんだ、親が」
「あんなチッコイのに『姉貴』?……同級生じゃないのか?」
「3年生」
「えーー!」
「ちなみに、唐沢先輩と元同級生」
「えーーー!!」
キャプテンの唐沢先輩は180cmに迫る長身だ。ねーちゃんは150cmそこそこ。実に30cm定規ほどの差がある。厳つい容貌で、高校生というより社会人に見られそうな先輩と、下手すれば小学生で通るかもしれないねーちゃんが―――もし手を繋いで歩いていたら犯罪と疑われて捕まってしまうかもしれない。
「おまえ、森晶の弟だったのか」
嫌な声が背中から、降ってきた。
「あいつ、愛想ないしお高く留まってるよな。だから『ぼっち』なんだよ」
俺にいつも嫌味をいう例の先輩が、話に聞き耳を立てていたらしい。
「親切に話し掛けてやっても返事しねーし。自意識過剰なんじゃねーの、あいつ」
「……」
鷹村が息を呑む様子が伝わって来る。
俺はずっと、コイツの嫌味をヘラヘラ躱してきた。怒りを向ける価値もない可哀想な奴だって、そう唱えて遣り過ごしてきた。
そんな今までニコニコ下手に出ていた俺が、拳を握りしめて奴を睨み付けているからだ。俺の爆発しそうな怒りが空気を震わして、鷹村に伝わってしまっているようだった。
その時、ギリギリと薄くなっていく風船みたいにはち切れる寸前の俺に対して、奴が致命的な台詞を放ったのだ。
「『ねーちゃん』と血ぃ繋がってないんだろ?ひとつ屋根の下って、危ねえなあ」
奴は一体いつから俺達姉弟に注目していたんだろう。
『ねーちゃん』と、俺が言った声音を真似てまで、俺達を貶める意図は一体なんなんだ……。
その瞬間ニヤニヤとした野卑な嗤いの中に、奴のねーちゃんに対する邪な欲望が見えてしまった。こいつはねーちゃんに何か目的を持って近づいた。そして警戒したねーちゃんが距離を取った事を根に持っている―――そう、直感した。
それからの全てが、スローモーションのようにゆっくりと動いた。
鷹村が激昂した俺を抑えようと一歩近づいた。
その時既に俺は一歩前へ大きく踏み出し、固めた拳の腕を後ろに引いて弾丸のように奴の顔めがけて放とうとしていた処だった。
しかし次の瞬間、その手首をぐっと力強く掴まれていた。
―――拳に体重を載せようと乗り出した左肩だけが前に傾ぐ。
目の前には、顔面を蒼白にした奴が立っていた。
その顔は―――今頃俺の拳で吹き飛んでいた筈なのに。
奴は、咄嗟に自分を庇ったのだろう。腰を引いた情けない姿は無様の一言だった。
俺は怒りで真っ白になった頭から、自分をなかなか取り戻せない。ぼんやりと、右手首を痛いほど握り込んでいる逞しい人物を振り仰いだ。
「……唐沢先輩……」
俺の気の抜けた台詞と同時に、鷹村が詰めていた息をフーっと吐き出した音が聞こえた。
彼の安堵の溜息を聞いて、少し頭が冷えるのを感じる。
俺の手首を固定したまま、唐沢先輩は落ち着いた声で奴に言った。
「大塚、森は確かに愛想は無いけど……悪い奴じゃない。1人でいたい奴が1人でいたって、いーじゃねーか。それに、その事を理由に弟を責める必要は無い」
「……」
大塚(コイツを先輩付けで呼びたくねえ)は、唐沢先輩に弱い。
唐沢先輩はガタイも良いが、心根も大きい。バスケも上手い。さすがの大塚も唐沢先輩には一目置いているのだ。
だから今まで俺にチクチクちょっかいを掛けて来た時も、大塚は唐沢先輩の目を避けていた。しかし今回は、何故か周囲を警戒するのを怠っていたらしい。
大塚は返事をしなかったが、悪戯が見つかった犬みたいに項垂れていた。
そのとき、予鈴が鳴った。
唐沢先輩が俺の腕をゆっくりと下ろした。そうして優しくポンポンと、背中を叩かれる。逆立った毛が徐々に戻るのを感じた。
「昼休み終わるから、お前達は教室戻れ。部活の後、話すべ」
先輩に背中を押され鷹村に腕を引かれて、体育館を後にする。ちらりと振り返ると項垂れた大塚の肩を、唐沢先輩の大きな腕が抱き寄せるように包んでいた。何やらボソボソと話をしている。
唐沢先輩は、公平だ。
それにねーちゃんの事を今まで悪く言った事は無い。唐沢先輩の彼女で女子バスケ部の駒沢先輩もねーちゃんの元同級生で、ねーちゃんに好感を持っているようだった。
だから唐沢先輩は―――ねーちゃんにとって悪いようには治めはしないだろう……と思う。
鷹村にも背をポンっと叩かれる。
心臓の辺りが温かくなった気がした。
「ありがとう、さっきはごめん」
というと、悪戯っ子のようにニンマリ笑ってくれた。
俺がもし大塚を殴っていたら、この優しい公平な人たちに迷惑を掛けてしまっただろう。
それを思うと、殴らずに済んで良かったと心底思った。
** ** **
放課後、体育館に向かうと大塚は部活を休んでいた。
だから余計な事を考えずに、頭を空っぽにして打ち込む事ができた。鷹村も何も無かったように、冗談を言ってくれる。
部活の後、唐沢先輩が俺を誘ってファミレスに連れて行った。椅子の背が目隠しになってファーストフード店より周りを気にせずに話ができそうだ。俺たちは飲み放題のジュースバーと、安いホットケーキなどを頼んで一角に陣取った。
「あ、いたいた。ヤッホー、森君。今日もイケメンだねー」
と軽口を聞いて、唐沢先輩の隣に当然のように腰かけたのは、駒沢先輩だ。どちらも『沢』が付いている苗字でお互い呼びにくそうだが―――それが2人が付き合う切っ掛けになったと誰かに聞いた事がある。駒沢先輩はサラブレットみたいに、すらっとした背の高い女子バスケ部のエースだ。俺と目線が同じに見えるくらい背が高いし、ボーイッシュなショートカットで男前な性格のため、女子のファンが多い。宝塚の男役みたいにモテている。
たぶん唐沢先輩より、数段女子にはモテているだろう……。
絶対にそんな事、恩ある我が部のキャプテンの目の前では口に出せないが。
あ、そういえば唐沢先輩も男子生徒には『アニキ』と呼ばれ、慕われている。
……うん?フォローになってないかな?
席の真ん中に座っていた唐沢先輩の大きな体を、駒沢先輩は体当たりするようにギュっと奥に押し付けた。2人の仲の良さを目の当たりにして、俺はちょっと居心地が悪くなる。
唐沢先輩は俺に説明した。
大塚は去年怪我した膝の調子が戻らず、練習でもミスが多くなってきて苛々していたらしい。そこで自分よりずっと上手い新入生が入ってきて、ベンチを奪われるのではと焦っていたようだ。
さらに大塚は以前ねーちゃんに好意を持ってアプローチしていた事があって、そちらも上手く行かなかった。
それが自分を差し置いて試合に起用されそうな気に喰わない新入生に、いつもの仏頂面を崩して楽しそうに話し掛け、弁当まで持ってきた。思わず聞き耳を立てると2人は姉弟なのだと判明したが、気持ちが納まらず―――つい嫌味を言ってしまったのだと。
『嫌味』というレベルの悪意じゃなかったと思う。
あれは、明確にねーちゃんに対する侮辱だ。
俺は眉を顰めた。そんな事を聞いても奴を許す気になんて、サラサラなれなかった。
先輩は「可哀想だから見逃せ」そう、言いたいのか。
俺はそんな事を言う先輩にも腹が立って来て、テーブルの上の手を握って拳を作ったり開いたりしながら、目を上げられずに黙ってしまった。
「正直大塚の気持ちは、俺には全く理解できないし、奴のやった事に同情できない」
先輩のこの台詞で―――俺は少し気持ちが落ち着くのを感じた。
良かった。
尊敬する先輩に不信感を持ちたく無かった。
詰めていた息がフッと楽になる。
「鷹村達に大塚がお前に陰で嫌がらせしていたことも……聞いた―――でも、お前が奴を殴る事には賛成できん。殴って気が済むのは一瞬だけだ。殴っていたら―――お前の姉貴も巻き込まれる事になったかもしれない」
あぁ……そうか。
俺はむしろ、ねーちゃんの名誉を守る為に奴を殴って黙らせようと、考えていた。
でも、実際は。
暴力沙汰でもし職員室で理由を問い詰められたり噂話が出回ったとき、ねーちゃんの事が話題に上って、ねーちゃんは悪くないのに面白おかしく噂される事態を招いたかもしれない。
「すいません……軽率でした」
俺が反省して肩を落とすと、深刻な表情の唐沢先輩の頭をポカリと駒沢先輩が叩いた。
すごい。
こんなに迫力のある先輩を叩く人がいるなんて、思いも拠らなかった。
「ちょっと!悪いのは大塚でしょ!それに私が晶ちゃんだったら、弟が自分の為に相手を殴ってくれようとしたって聞いたら、純粋に嬉しいと思うよ」
駒沢先輩は、俺ににっこり笑ってそう言った。
唐沢先輩は叩かれた所をポリポリと掻いている。庇ってくれたのは嬉しいけど、俺は既に唐沢先輩の意見に納得していた。なんとなく、彼女に叱られてしまった先輩に申し訳なく思う。
「まあ、確かに晶ちゃんを揶揄ったり、悪く言ったりする奴を片っ端から殴って回ってたら、殴らなきゃならない相手が多くて困るだろうけどね」
ん?なんか今、聞き捨てならない事を、おっしゃったような気が。
「晶ちゃんは言い訳とかしない男前だから、独り歩きする噂をほっとく事にしたみたい。晶ちゃんに言い寄る男やそれに嫉妬する女子が、ある事無い事言い触らしていたからさ。ホントに腹立ったけど昔から付き合いのある子は晶ちゃんの性格分かっているし、私もそう言う話耳にしたら、その都度否定してるから」
そして「晶ちゃん、無駄に可愛いからなー」と駒沢先輩はブツブツ呟いた。
「晶ちゃんは、だからもう最近は新しい人付き合い嫌になっちゃったらしいよ。昔からの知り合いとしか殆ど話しないみたい。それに騒がれるよりそっとしておいて欲しいタイプだから、森君の気持ちは十分理解できるけど―――晶ちゃんの為と思って、見守ってやって。―――よっぽど酷いなって思ったら、今日見たいに1人で対応しないで唐沢か私に相談しなよ。あと、鷹村とかさ」
そう言って、笑う駒沢先輩。
駒沢先輩―――唐沢先輩のコト叩いたけど、結局同じ事言っているような……。
けれどもねーちゃんと俺の事を心底心配して言ってくれているのは事実だ。だから俺は突っ込みは入れずにただ、殊勝な様子で頷いた。
本当に酷かった時期は、ねーちゃんが中1だった後半から中2の半ばまでだったらしい。今ではある事無い事言っていた中1のクラスメイトや、振られた腹いせに嫌味を言いふらす大塚みたいな奴は信用を失いつつあって、ねーちゃんに関する心無い噂は沈静化しているらしい。
その頃、俺は小5か小6。女ボスに絡まれて苛々して愚痴を言う俺の話を、ねーちゃんは黙って聞いてくれていた。だから俺は落ち着いて女ボス達を躱す事が出来るようになって、程なく苛めのようなからかいは無くなって行った。
その時期にそんな辛い事があったなんて。
ねーちゃんは俺にはそんな素振り、全く見せなかったのに。
……俺がねーちゃんに甘やかされるだけの子供だったから。
頼って貰える訳が無い。それは分かっている。分かっているけど―――
その時感じたもどかしさの理由を、俺はやがて痛いほど自覚するようになる。
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