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・番外編・仮初めの恋人

10.失恋のあとで(★)

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月曜日、胡桃に「おはよう」と言ったら無視された。

いつもべったりだった私達が口を聞かなくなったから、周りのクラスメイトは顔を見合わせて色々情報交換をしていたみたい。
それから徐々に隣のクラスの克己と胡桃が別れたって事実が浸透してきて、どうやら私と胡桃と克己の間で何かあったらしいって噂が囁かれるようになった。
私が先輩と別れた事実も、先輩の女友達や『彼女』の立ち位置の後釜を狙う先輩のファンによって即座に周知され、四角関係だとか三角関係だとかある事ない事好き勝手言われているらしいという事は何となく分かって来た。

私だって失恋して落ち込んでいるのに、何故か胡桃だけ同情される。

何でも一番の有力説が『私が先輩と別れて克己に泣きつき、そのせいで胡桃と克己がこじれて別れる事になった』というモノだからだ。いつの時代も女性は略奪された女性に同情的なのである―――かなり事実から離れているけれどね。

「学校で絶対話しかけないでよ、話し掛けたら絶交だから!!」

と言っているから、克己は学校では私に話しかけてこない。
でも罪悪感の薄いデリカシーの無いアイツは、その約束を忘れてうっかり声を掛けてきたりするから、性質たちが悪い。
そのたび、私はギッと射殺しそうな勢いで睨みつける。克己はハッとして黙る。その繰り返しだ。
その遣り取りが微妙に有力説に真実味を与えてしまう。だから、あんな根も葉もない噂に信憑性が生まれるのだ。トホホ。



泣きたい。



表立って非難されないのは、胡桃が真相を全く話さないから。
だけど、私の方は絶対見ないし口もきかない。

いつも頼りにしていてベッタリだった友達に無視されて、大好きだった先輩とも別れて私は今ボロボロだ。ボロボロ祭りだ。なのに、デリカシー無しが能天気に話し掛けようとするから、本当に疲れる。

校内で女友達とにこやかに話している先輩を見掛けては傷つき、授業中窓際で外を眺めている胡桃の儚くも美しい横顔を見ては溜息を吐いて―――そんな日々が一ヵ月ほど過ぎた頃、寂しくファーストフードで100円スムージーを吸引している私の正面に、誰かがトレイを置いた。



胡桃だった。



「胡桃……」



胡桃は眉根を寄せた厳しい顔で私を見下ろしていた。美しい顔に表情が無くなると本当に怖い。

ああ、優しかったあの頃の胡桃に会いたい。
もうあの子には会えないのかな。そう思うと悲しくなった。

胡桃は黙ったまま、その席に座り珈琲にミルクを入れてかき混ぜた。
何を言って良いのか分からなくて、私は彼女が珈琲をかき混ぜるその様子と、その後そっと紙製のカップを口に運ぶ優雅な仕草をただ見守るしかなかった。

「胡桃、あの……」

私が勇気を出して改めて話し掛けようと口を開いた時、胡桃が私の言葉を遮るように話しだした。



「アンタの事、私ずっと嫌いだった」



ぐさっ。名前を呼ばずに『アンタ』呼ばわりもされた事が、更に辛い。

「な……」
「克己君に好かれてる癖に、気付かないフリで高坂先輩に夢中になって。克己君はキープなんでしょう?良かったね、危うい恋をして失敗したって……どうせ優しい幼馴染がいるもんね。だから余裕で克己君に私の事勧めたりできたんでしょう?克己君が余所見する事ないって、自分を見捨てるハズないって確信してたから」
「ち、違うよっ、そんな事……」
「口で言ってもダメ。そういう態度、ぷんぷん匂ってたわ」

胡桃の冷たい視線に体も口も凍り付いた。
そんな風に胡桃が思っていたなんて、全く気が付かなかった。
それに私はそんな風に思っていない。

克己といい胡桃といい、何故『克己が私の事を好きだと言う事を私が知っていた』という前提で話をするのか。
何度も言われて、暗示みたいに『私ってそうだったの……?』って錯覚しそうになったくらいだ。
でもはっきり無意識の領分まで責任は持てない。私は先輩の事で頭がいっぱいで、そんな保険とかキープとか考える余裕は無かった。はっきり言って私はそんなに頭は良くない。

ちなみに胡桃はいつも学年20位以内。デリカシー無し男は何故かいつも一桁台をウロチョロしている。胡桃は努力家だけど克己は全然勉強している処を見た事が無い。ずるい。私は必死に頑張って100番台だ。世の中は不公平だ。

「そんな事ない……」

だからこんな時、上手いコト反論できない。2人ともずるい。私がちゃんと反論できないのに、色んな言葉を使って私を黙らせてしまうから。

悔しくても俯くしかない私に、胡桃は更に容赦無く当たった。

「馬鹿にしてたんでしょう?アンタに夢中でアンタの事しか見てない克己君と必死で付き合っている私の事なんか」
「違う、そんなこと考えてない……」
「聞いたんでしょ?私がみっともなく嘘ついてた事。『克己君と寝た』って言ったの嘘だって、彼から聞いたんでしょう?」
「それは……でも何で嘘なんか言ったの……?」
「アンタが克己君に戻ろうなんて、馬鹿なコト言い出さないようによ……!」

強い口調に思わず顔を上げる。
胡桃は私を睨みつけていた。目の中に青白い炎が見えるようで、ゾクリと背筋が震える。

「付き合ってしまえば、克己君がこっちを見てくれるって思っていた。体を繋げてしまえばきっと私を見てくれる、敵わない恋なんか忘れてくれるってタカを括っていたの。だって美結みゆは先輩に夢中だったし『絶対別れない』って宣言してたじゃない。だから安心してた」
「……」

胡桃の口から『アンタ』じゃなくて『美結』という単語が現れた。
かつては優しい音で、何度も私をそう呼んでくれた。

「なのに話を聞くたびいつも美結は不安がって……いつ2人が別れてしまうんだろうって、怖かった。美結が『先輩の事、もう諦める』っていつ言い出すんだろうって。だって私……美結が高坂先輩と別れたら、別れるって克己君と約束していたから。絶対高坂先輩から美結は離れないって思って安心していたのに……」

胡桃の目から涙が溢れ、頬を濡らした。声は震え、溢れる涙で目は真っ赤。なのに胡桃の泣き顔は綺麗だ。私の不細工な泣き顔と違って。

お金持ちのお嬢様で、清楚な美人で頭も良い。優しくて親切。
そんな私より何倍も神様に愛されているような女の子が、デリカシーの欠片も無い目の細い男の心が得られないと身も世も無いほど泣いている。



世の中おかしい。
本当に不平等だ。
みんな自分が欲しい物が手に入れば、それで全て丸く収まるハズなのに。
どうしてこんなにままならない?



胡桃の泣き顔が美しすぎて『内緒にしてた私の打ち明け話、なんで克己に話しちゃったの?』とか『私が考えてもいない事を捏造して責めるのはお門違いだ』とか『私だって先輩にあっさり振られて悲しい』『克己が勝手にやった事で私を責めるのはおかしい』とか、この一ヵ月彼女に訴えたい、問いかけたいと頭の中で繰り返し考えていたフレーズが全く喉から出てこない。

胡桃は散々泣いた後、丁寧にハンカチとティッシュで顔を押さえて拭った。
それからキッと顔を上げると、挑戦的に私を睨んだ。

「もう美結と一緒にいられないから。それだけ言いたかったの」

そう言い放ってスッと立ち上がる。
そして私を冷たく見下ろして―――クルリと踵を返した。
その立ち姿はすっと背筋が伸びて、すごく綺麗で。
私は猫背気味だから、そんな姿勢の良い胡桃の背中を眺めるのが好きだった。



「ねえ!」



私はその背中に言った。

「なんで克己の事殴ったの?私のために怒ってくれたんじゃないの?」

胡桃はピタリと足を止めた。
だけど振り向かない。振り向かないまま、投げつけるように言った。

「お人よし……バッカじゃない」

それから、また歩き出した。
克己が私を『無理矢理押し倒した』って言った時、怒ってくれたんだよね。だから大好きな克己を殴って『別れる』って胡桃から言ったんだよね。

私のこと―――少しは大事に思ってくれたんだよね?

本当は、そのことを聞きたかった。
だって克己のためだけに私と仲良くしてくれたって言うにしては、一緒にいた時間は楽しすぎたと思う。それとも、色んな事打ち明け合って2人で盛り上がってドキドキして―――あの表情は全部演技だったの?私の愚痴聞くの、本心では嫌だったのかな?ただハラハラしていただけ?私が克己に心変わりしないか見張っていただけ?

そうだとしたら、演技がうますぎるよ。



私の話を真剣に聞いて頷いてくれた胡桃は、ハリウッド女優も顔負けなくらい真摯な瞳をしていたから。



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