俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
207 / 211
・番外編・お兄ちゃんは過保護【その後のお話 別視点2】

58.蓮(4)

しおりを挟む
親父を会社に下ろし、車を走らせる。ふと気が付くと助手席に先ほどの封筒が置き去りにされていた。それを見ても何故か先ほどのような怒りは湧いて来ない。

と、言うか混乱していて頭が纏まらなかった。

俺の両親が離婚後、蓉子さんが直ぐに仕事を辞めて家庭に入ったのは―――もしかして、俺の為だったのだろうか。

あんなに明るくて優しい女性が、親父と不倫関係にあって両親の離婚を願いつつ親父の為だけに俺の機嫌を取ろうとしていたのだと知って衝撃を受けた。騙されたのだと思った―――俺はそうずっと……誤解していた。彼女が親父と結婚した後、俺は暫く彼女を避けるようになった。これまで彼女の前では作った事の無い表面上の笑顔を取り繕い、さり気なく家に帰る時間を削った。
だけど色々あって―――親父の為だけじゃない、俺の事も大事に思ってくれていた彼女の真心は本物なんだって……感覚で分かっていた事を改めて受け入れる事ができるようになって。俺は反抗期を抜けて、やっと素直に彼女に接するようになったんだ。

でも実際は。蓉子さんは俺を構ってくれていた時、親父と付き合ってすらいなくて、むしろ擦り寄って来る親父を跳ねつけていたんだ。そして俺の扱いに腹を立てて、逆らった事の無い上司に盾突いてくれてまでいたなんて。

社会人になって10年。32歳の今の俺よりずっと年下の24歳の女の子が―――あんな傲慢な上司に向かって立ち向かうなんて、どれ程勇気が必要だった事だろう。就職して2年くらい……?そこで仕事を失えば、再就職にてこずる事は必至だ。条件ももっと落とさなきゃならなかったかもしれない。賢い彼女ならそんな事は分かっていた筈だ。

確かに彼女は親父の事を嫌ってはいないと思う。嫌いな相手と、自分を偽って結婚できるような女の人じゃない。でも本当に親父が言うように……俺を弟か息子のように気に入ってくれて、家にポツンと残されていた俺の為に家庭に入ってくれたのだとしたら。

俺は―――トンデモ無い阿呆だって事になる。
自分の為に尽くしてくれた相手の事を勝手に誤解して、反発して。

蓉子さんはいつも明るかったけれど、俺が自宅に近寄らなくなった期間元気が無いように見える時が時折あった。俺は馬鹿だから、そんな風に自分が蓉子さんを傷つける事ができると言う事実に―――密かに溜飲を下げていた。俺が蓉子さんの気持ちに少しでも爪痕を残せるくらいには好かれているのだと言う事を、目の当たりにできたようで。

蓉子さんは気付いていただろうか?俺が蓉子さんの事を誤解して彼女の不貞を責めていたって事に。もし気付いていたなら―――何故誤解を解こうとしなかったのだろう。それとも少し余所余所しくなった難しい年ごろの少年に対して、ただ単に理由も分からず戸惑っていただけなのだろうか。そして辛抱強く俺が思春期を抜けるのを―――待っていてくれたのだろうか。



その時思考の海に嵌り込んでいた俺の気持ちを、切り替わった音楽が過去へと引き摺り戻した。



彼女の軽自動車に乗ると、いつも流れたあの曲。
その曲が流れだすと嬉しそうに彼女は歌い出すんだ。英語が得意な蓉子さんの口から、滑らかに歌詞が滑り出して来て……。

メロディも歌い方も優しくて楽し気で。
最初はその歌詞が切ない意味を含んでいるなんて分からなかった。

蓉子さんも、もしかしてその時考えたのだろうか。
その曲の歌詞のように『心の中にある想いを、目に見える形に出来たら良いのに』って。
後で探して、その歌詞の意味を知った時―――何て俺の心情にピッタリした曲なんだろうって思った。

今ではもう……その時の切ない様な焦燥感やもどかしい衝動は、すっかりナリをひそめ、温かで優しい何かに形を変えている。



だけどこの曲を聞くたび―――俺の中にあの頃の甘やかな記憶が蘇るんだ。

そして今。
その気持ちが―――本当に真実、そう許しを得たような気持ちになった。

『それで良かった』のだと。

俺の判断も、恋心も……一滴の間違いも混じってはいなかった。俺があの頃彼女を好きになった思いは―――正しかった。そう改めて認められたような気がしたのだ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら

赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。 問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。 もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...