193 / 211
・番外編・お兄ちゃんは過保護【その後のお話】
50.お兄ちゃんはやっぱり過保護【最終話】
しおりを挟む温かさにうっとりしていると、いきなり勇気がバッと私の体から離れた。
「勇気?」
どうしたのかと思い、顔を見上げる。
すると勇気は開け離れたままの扉の方を少し緊張した様子で見ていた。私もその視線の先を辿ると―――スッとお兄ちゃんが現れたので、ドキン!と心臓が跳ねた。
「勇気、もう時間だ」
「……はい」
すごい!
勇気ったらお兄ちゃんの気配を読み取ったんだ……!
私達が立ちあがると、お兄ちゃんは目を細めて交互に私達を眺めた。
う……悪い事をしているワケじゃないのに、何故か冷や汗が出て来そう。
お兄ちゃんは視線をピタリと止めると膝を曲げて私の顔を覗き込んだ。
「勇気の話を聞いて―――凛は納得できた?」
静かな瞳で私の様子を、お兄ちゃんはジッと観察している。
私はコクリと頷いた。ちゃんと伝わるように、しっかりと。
勇気の葛藤や―――お兄ちゃんの私への愛情や心配を、ちゃんと把握したんだって事に、やっと気が付いたんだって。
すると勇気が私の手をスッと取って握った。
「付き合う事になりました」
お兄ちゃんをまっすぐ見つめて、勇気が言い切った。
「―――」
するとお兄ちゃんはスッと姿勢を正して、勇気を見下ろした。
……なんか視線が冷たい気がするんだけど……
おかしいなぁ。以前お兄ちゃんは『勇気に任せてみる』って言ってた気がする。つまり、勇気と私が付き合うのを、事前に認めてくれていたんだって言う事なんだと思うんだけど。
「勇気」
「はい」
ビシッ!と手刀が落ちて来て、繋いでいた手と手をぶった切られた……!
「勘違いするな、これからお前が凜に相応しい男になれるかどうか―――じっくり検分してやる。まだまだこれからだからな!」
私達は唖然としてしまった。
「お兄ちゃん!」
抗議の声を上げようとした私の手を、お兄ちゃんは優しく手に取って擦った。
「ゴメンな、痛かったか?ちょっと頭に血が上って力が入っちまった」
「痛くはないよ。じゃなくて……」
「蓮さん……」
「勇気」
優しく私の手を取ったまま、お兄ちゃんはキッと勇気を睨んだ。
「時間。8時はとっくに過ぎたぞ、今すぐ帰って風呂に入って寝ろ」
「……はい」
それはお母さんの約束だから仕方ない。
勇気は私を見て、しっかりと頷いた。
私も勇気の目を見て、力強く頷いて見せる。
「また明日ね」
「うん、朝一緒に行こうな。迎えに来る」
「―――うん!」
お兄ちゃんに手を握られたまま、私は満面の笑みで頷いた。
部活が同じだから、朝も一緒に通えるんだ!憂鬱だった部活動への参加もこうなると、何だか楽しみになって来るから不思議だった。
「早く帰れ」
ムッとしたお兄ちゃんに勇気は背中を押されて追い出されてしまった。
追い出される直前、小さく手を振って見せると勇気が凄く嬉しそうに手を振り返して来たから、胸の中にワクワクと風船のように何かが湧き上がって来た。
一緒に玄関を出て行った後、お兄ちゃんは勇気と何やら色々話し合ったらしい。
私がお風呂から上がった後、お兄ちゃんが苦々しい表情で戻って来た。
パジャマ姿でバスタオルを頭に掛けたままの私に、お兄ちゃんは駆け寄って来た。そしてギュッと抱きしめられる。
「お兄ちゃん、勇気に何か言ったの?」
しっかりとした腕の中からお兄ちゃんに問いかける。
するとお兄ちゃんが私の少し濡れたままの頭に頬を付けて答えた。
「うん、もちろん。今後の注意事項と、アイツを認める条件を色々とな」
「お兄ちゃん?!」
何だそれは。
そんなに色々と注文を付けたら、勇気は引いちゃうんじゃないだろうか。私は思わず心配になった。顔を上げてお兄ちゃんの表情をジッと探るように見つめた。
「もしかして―――勇気に、私と付き合うの止めろとでも言ったの?」
「そこまでは言ってない。だけどこの先アイツが条件を乗り越えられ無かったり、諦めたり少しでもフラフラするような事があったら―――遠慮なく切り捨てるからな」
お兄ちゃん、目が怖いです。
これは冗談なんかじゃない……お兄ちゃん、本気で言ってる……!!
「そんなぁ、勇気が諦めちゃったら、私なんか相手にしてくれる男の子いないよ!」
人見知りの権化の私と、仲良くなってくれる男の子なんか勇気くらいしかいない……!
おまけにこんなシスコンのお兄ちゃん付きじゃあ……。
いや、お兄ちゃんは大好きだけど……こんな過保護なお兄ちゃんがいる女子と付き合おうって言ってくれる奇特な男子が勇気以外にいるだろうか。しかも私もガッツリブラコンだ。好きになってくれるのって、ハッキリ言って勇気ぐらいしかいないのじゃないだろうか?
改めて考えると勇気って相当心が広いんだなって、じわじわ実感が湧いて来る。
「安心しろ。勇気が駄目なら、俺がいる」
「お兄ちゃん……!」
まさか……勇気が諦めちゃったら、お兄ちゃん本当に私と一緒にスウェーデンに移住する気じゃ……!
「私は大丈夫だから!勇気とも別れないし。だからお兄ちゃんは自分の幸せを探して……!」
「俺は幸せだよ。蓉子さんと凛がいれば、他に何もいらない」
ギュっと優しく抱き締められる。
あったかくて優しくて、落ち着ける腕の中。
だけど―――これじゃ駄目だ!
私はスルッとお兄ちゃんの拘束を抜け出した。
そして一歩引いて、腕組をしてお兄ちゃんをキッと睨みつける。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
お兄ちゃんの甘ったるい私を包み込むような笑顔。
うっ……早速決心がぐらつくけど。お兄ちゃんの為に言わなきゃならない事がある。
私だって、お兄ちゃんに幸せになって欲しい。
だってお兄ちゃんの事が―――世界で一番大好きだから。
私はビシッとお兄ちゃんの顔の前に指を突き付けて、言った。
「お兄ちゃん!妹離れしなさい!」
「え?」
「私、お兄ちゃんの事が世界で一番大好き」
そう言うとお兄ちゃんの笑顔が蕩けるように深まった。
「俺もだよ」
そう言って手を広げて私を抱きしめようとする、お兄ちゃんから一歩後ずさる。
ここで絆されちゃ駄目だ。
「でも!これからの私の一番は勇気になる予定なの。だから、お兄ちゃんも―――他に一番大好きな人を探してください」
きっぱりとNO!と掌を向ける。
するとお兄ちゃんの笑顔が凍った。
その表情が私の胸を突きさす。
ああ、お兄ちゃんを傷つけてしまった。
大好きなのに。本当は手放したくなんかない。いつまでもお兄ちゃんの一番でいたい。ぬくぬく抱き締めて貰って、頭を撫でて貰って、一緒に美味しいものを食べて笑い合っていたい。
勿論これからも一緒に楽しく過ごして行くのは変わらないんだけど―――お兄ちゃんをちゃんと解放しないと。いつまでもお兄ちゃんは、この家に執着していたら駄目だ。
誰かちゃんと―――お兄ちゃんを幸せにしてくる人を見つけて欲しい。
お兄ちゃんさえ、その気になれば―――相手はたくさんいる筈だもの。
お兄ちゃんの瞳が切なそうに揺れた。
それが私の胸を抉る。私はなんてヒドイ事を言っているんだろうって思った。いつも私を優先して、大事に大事に甘やかしてくれたお兄ちゃんに対して、本当に酷い事を言ってしまった。
私の決心がグラリと揺れた時、その空気を救う存在が現れた。
「どうしたの?凛、蓮君」
「お母さん」
お風呂から上がったお母さんは、髪もすっかり乾かした状態でジーパンにゆったりとしたカットソーと言う出で立ちで現れた。
「もしかして喧嘩?珍しい」
「えっと……」
私が言い訳しようとした時、お兄ちゃんが顔を歪めてお母さんに抱き着いた……!
「蓮君?」
「凛に振られた……」
「なっ……!」
何だそれー!!
お母さんは大きなお兄ちゃんの背を優しく叩いた。
「違う!変な言い方しないで。妹離れしてちゃんと彼女を作ってって言っただけ……」
「もう俺には蓉子さんしかいない……」
ああ!
私はその時大変な事に気が付いてしまった。
忘れていたけど、お兄ちゃんとお母さんに血の繋がりは無いんだった……!あんまり仲が良すぎて、これが普通過ぎて分からなかったけど。その時お父さんがお兄ちゃんをお母さんから離そうとしているって言っていたお兄ちゃんの台詞に、妙な意味合いが浮かび上がって来た。
お兄ちゃん、まさか……。
私と結婚するなんて言い出すくらいだから、私が拒否したら……もしや今度はお母さんを攫うなんて言い出さないよね?!DNA的には問題無い。もしかしたら日本で駄目でも他の国では結婚できたりするとか……。
「だ、だめー!」
ドロドロ禁止!
昼ドラ(見た事ないけど)展開禁止……!!
私はお兄ちゃんとお母さんの間に飛び込み、ビリっと引き剥がした。
「お兄ちゃんはお母さんと私以外に、好きな人を作ってください!ちゃんと好きになった人って……今までいなかったの?」
「……1人だけいたけど」
「え?誰?!どんな人?もしかして……私の知ってる人?」
お兄ちゃんは少し逡巡して―――それからコクリと頷いた。
初耳だぁ!
ドロドロ回避のために、これは聞いておきたい。
お兄ちゃんもちゃんと、普通に好きな女の人がいたんだ。なら家族以外にも今後好きになる可能性は残っている筈。いったいどんな人なんだろう??もしかして私がデートの途中で呼び出して結局別れる事になったあの女性の事かな?そう言えばちゃんと口をきいたお兄ちゃんの知り合いの女性ってあの人だけだ。
私は固唾を呑んで次のお兄ちゃんの言葉を待った。
「ねえ、誰?」
私は詰め寄った。するとお兄ちゃんはスッと視線をずらして頭を掻き、諦めたように溜息と共に言葉を漏らした。
「……清美の奥さん」
「だあっ!」
人妻だぁ!
思わず頭を抱えて変な声を出してしまう。
それに彼女ですらない。もしかして勘違いしていたけど、私が邪魔したデートの相手も彼女じゃ無かったってオチ??この間ロマン亭で会ったあの綺麗なお姉さんみたいに。
「やっぱり……そんな気がしたんだよね」
お母さんが私の後ろで、フムフムと頷いている。
何かお母さんは腑に落ちたような表情で手を合わせている。
お母さんって、呑気だな。何でも分かっているようで、分かっていないのか―――何があっても決して深刻な顔を見せないんだ。
「人妻も、義母も血縁関係も無しで!お兄ちゃんは日本の法律の範囲で恋をしてください!」
「そんな無茶な」
「無茶じゃなーい!」
私はビシッと脚を開いて腕組みをし、お兄ちゃんをキッと見上げた。
「お兄ちゃんは婚活してください!ちゃんと好きな人が出来るまで抱っこ禁止!私にもお母さんにも抱き着いちゃ駄目なんだから」
「えー!そんな……蓉子さん……」
お兄ちゃんが眉を下げてお母さんに助けを求めた。
お母さんは耐えきれない、と言うようにブフッと噴き出して首を振った。
「お母さんも私の意見に賛成です!お母さんの言う事は絶対なんだから。お兄ちゃんは諦めてちゃんと恋人を探してください!」
果たしてお兄ちゃんがちゃんと好きな人を作る事が出来たのか……それは別のお話となる。
可哀想だが私は心を鬼にして、暫くの間お兄ちゃんの伸ばした腕からサッと身を翻る事となったのだ。
私だって本当は寂しいけど……!
過保護過ぎるお兄ちゃんが、普通のお兄ちゃんになる日まで私は逃げ続けるのである。
【その後のお話・完】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この後別視点を幾つか投稿します。
0
お気に入りに追加
406
あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる