俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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・番外編・お兄ちゃんは過保護【その後のお話】

50.お兄ちゃんはやっぱり過保護【最終話】

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温かさにうっとりしていると、いきなり勇気がバッと私の体から離れた。

「勇気?」

どうしたのかと思い、顔を見上げる。
すると勇気は開け離れたままの扉の方を少し緊張した様子で見ていた。私もその視線の先を辿ると―――スッとお兄ちゃんが現れたので、ドキン!と心臓が跳ねた。

「勇気、もう時間だ」
「……はい」

すごい!
勇気ったらお兄ちゃんの気配を読み取ったんだ……!

私達が立ちあがると、お兄ちゃんは目を細めて交互に私達を眺めた。
う……悪い事をしているワケじゃないのに、何故か冷や汗が出て来そう。
お兄ちゃんは視線をピタリと止めると膝を曲げて私の顔を覗き込んだ。

「勇気の話を聞いて―――凛は納得できた?」

静かな瞳で私の様子を、お兄ちゃんはジッと観察している。
私はコクリと頷いた。ちゃんと伝わるように、しっかりと。
勇気の葛藤や―――お兄ちゃんの私への愛情や心配を、ちゃんと把握したんだって事に、やっと気が付いたんだって。

すると勇気が私の手をスッと取って握った。

「付き合う事になりました」

お兄ちゃんをまっすぐ見つめて、勇気が言い切った。

「―――」

するとお兄ちゃんはスッと姿勢を正して、勇気を見下ろした。

……なんか視線が冷たい気がするんだけど……

おかしいなぁ。以前お兄ちゃんは『勇気に任せてみる』って言ってた気がする。つまり、勇気と私が付き合うのを、事前に認めてくれていたんだって言う事なんだと思うんだけど。

「勇気」
「はい」

ビシッ!と手刀が落ちて来て、繋いでいた手と手をぶった切られた……!

「勘違いするな、これからお前が凜に相応しい男になれるかどうか―――じっくり検分してやる。まだまだこれからだからな!」

私達は唖然としてしまった。

「お兄ちゃん!」

抗議の声を上げようとした私の手を、お兄ちゃんは優しく手に取って擦った。

「ゴメンな、痛かったか?ちょっと頭に血が上って力が入っちまった」
「痛くはないよ。じゃなくて……」
「蓮さん……」
「勇気」

優しく私の手を取ったまま、お兄ちゃんはキッと勇気を睨んだ。

「時間。8時はとっくに過ぎたぞ、今すぐ帰って風呂に入って寝ろ」
「……はい」

それはお母さんの約束だから仕方ない。
勇気は私を見て、しっかりと頷いた。
私も勇気の目を見て、力強く頷いて見せる。

「また明日ね」
「うん、朝一緒に行こうな。迎えに来る」
「―――うん!」

お兄ちゃんに手を握られたまま、私は満面の笑みで頷いた。
部活が同じだから、朝も一緒に通えるんだ!憂鬱だった部活動への参加もこうなると、何だか楽しみになって来るから不思議だった。

「早く帰れ」

ムッとしたお兄ちゃんに勇気は背中を押されて追い出されてしまった。
追い出される直前、小さく手を振って見せると勇気が凄く嬉しそうに手を振り返して来たから、胸の中にワクワクと風船のように何かが湧き上がって来た。






一緒に玄関を出て行った後、お兄ちゃんは勇気と何やら色々話し合ったらしい。
私がお風呂から上がった後、お兄ちゃんが苦々しい表情で戻って来た。
パジャマ姿でバスタオルを頭に掛けたままの私に、お兄ちゃんは駆け寄って来た。そしてギュッと抱きしめられる。

「お兄ちゃん、勇気に何か言ったの?」

しっかりとした腕の中からお兄ちゃんに問いかける。
するとお兄ちゃんが私の少し濡れたままの頭に頬を付けて答えた。

「うん、もちろん。今後の注意事項と、アイツを認める条件を色々とな」
「お兄ちゃん?!」

何だそれは。
そんなに色々と注文を付けたら、勇気は引いちゃうんじゃないだろうか。私は思わず心配になった。顔を上げてお兄ちゃんの表情をジッと探るように見つめた。

「もしかして―――勇気に、私と付き合うの止めろとでも言ったの?」
「そこまでは言ってない。だけどこの先アイツが条件を乗り越えられ無かったり、諦めたり少しでもフラフラするような事があったら―――遠慮なく切り捨てるからな」

お兄ちゃん、目が怖いです。
これは冗談なんかじゃない……お兄ちゃん、本気マジで言ってる……!!

「そんなぁ、勇気が諦めちゃったら、私なんか相手にしてくれる男の子いないよ!」

人見知りの権化の私と、仲良くなってくれる男の子なんか勇気くらいしかいない……!
おまけにこんなシスコンのお兄ちゃん付きじゃあ……。
いや、お兄ちゃんは大好きだけど……こんな過保護なお兄ちゃんがいる女子と付き合おうって言ってくれる奇特な男子が勇気以外にいるだろうか。しかも私もガッツリブラコンだ。好きになってくれるのって、ハッキリ言って勇気ぐらいしかいないのじゃないだろうか?
改めて考えると勇気って相当心が広いんだなって、じわじわ実感が湧いて来る。

「安心しろ。勇気が駄目なら、俺がいる」
「お兄ちゃん……!」

まさか……勇気が諦めちゃったら、お兄ちゃん本当に私と一緒にスウェーデンに移住する気じゃ……!

「私は大丈夫だから!勇気とも別れないし。だからお兄ちゃんは自分の幸せを探して……!」
「俺は幸せだよ。蓉子さんと凛がいれば、他に何もいらない」

ギュっと優しく抱き締められる。
あったかくて優しくて、落ち着ける腕の中。



だけど―――これじゃ駄目だ!



私はスルッとお兄ちゃんの拘束を抜け出した。
そして一歩引いて、腕組をしてお兄ちゃんをキッと睨みつける。

「お兄ちゃん!」
「ん?」

お兄ちゃんの甘ったるい私を包み込むような笑顔。
うっ……早速決心がぐらつくけど。お兄ちゃんの為に言わなきゃならない事がある。
私だって、お兄ちゃんに幸せになって欲しい。
だってお兄ちゃんの事が―――世界で一番大好きだから。

私はビシッとお兄ちゃんの顔の前に指を突き付けて、言った。

「お兄ちゃん!妹離れしなさい!」
「え?」
「私、お兄ちゃんの事が世界で一番大好き」

そう言うとお兄ちゃんの笑顔が蕩けるように深まった。

「俺もだよ」

そう言って手を広げて私を抱きしめようとする、お兄ちゃんから一歩後ずさる。
ここで絆されちゃ駄目だ。

「でも!これからの私の一番は勇気になる予定なの。だから、お兄ちゃんも―――他に一番大好きな人を探してください」

きっぱりとNO!と掌を向ける。
するとお兄ちゃんの笑顔が凍った。

その表情が私の胸を突きさす。
ああ、お兄ちゃんを傷つけてしまった。
大好きなのに。本当は手放したくなんかない。いつまでもお兄ちゃんの一番でいたい。ぬくぬく抱き締めて貰って、頭を撫でて貰って、一緒に美味しいものを食べて笑い合っていたい。

勿論これからも一緒に楽しく過ごして行くのは変わらないんだけど―――お兄ちゃんをちゃんと解放しないと。いつまでもお兄ちゃんは、この家に執着していたら駄目だ。
誰かちゃんと―――お兄ちゃんを幸せにしてくる人を見つけて欲しい。
お兄ちゃんさえ、その気になれば―――相手はたくさんいる筈だもの。

お兄ちゃんの瞳が切なそうに揺れた。
それが私の胸を抉る。私はなんてヒドイ事を言っているんだろうって思った。いつも私を優先して、大事に大事に甘やかしてくれたお兄ちゃんに対して、本当に酷い事を言ってしまった。

私の決心がグラリと揺れた時、その空気を救う存在が現れた。

「どうしたの?凛、蓮君」
「お母さん」

お風呂から上がったお母さんは、髪もすっかり乾かした状態でジーパンにゆったりとしたカットソーと言う出で立ちで現れた。

「もしかして喧嘩?珍しい」
「えっと……」

私が言い訳しようとした時、お兄ちゃんが顔を歪めてお母さんに抱き着いた……!

「蓮君?」
「凛に振られた……」
「なっ……!」

何だそれー!!
お母さんは大きなお兄ちゃんの背を優しく叩いた。

「違う!変な言い方しないで。妹離れしてちゃんと彼女を作ってって言っただけ……」
「もう俺には蓉子さんしかいない……」

ああ!

私はその時大変な事に気が付いてしまった。

忘れていたけど、お兄ちゃんとお母さんに血の繋がりは無いんだった……!あんまり仲が良すぎて、これが普通過ぎて分からなかったけど。その時お父さんがお兄ちゃんをお母さんから離そうとしているって言っていたお兄ちゃんの台詞に、妙な意味合いが浮かび上がって来た。

お兄ちゃん、まさか……。

私と結婚するなんて言い出すくらいだから、私が拒否したら……もしや今度はお母さんを攫うなんて言い出さないよね?!DNA的には問題無い。もしかしたら日本で駄目でも他の国では結婚できたりするとか……。



「だ、だめー!」



ドロドロ禁止!
昼ドラ(見た事ないけど)展開禁止……!!

私はお兄ちゃんとお母さんの間に飛び込み、ビリっと引き剥がした。

「お兄ちゃんはお母さんと私以外に、好きな人を作ってください!ちゃんと好きになった人って……今までいなかったの?」
「……1人だけいたけど」
「え?誰?!どんな人?もしかして……私の知ってる人?」

お兄ちゃんは少し逡巡して―――それからコクリと頷いた。

初耳だぁ!

ドロドロ回避のために、これは聞いておきたい。
お兄ちゃんもちゃんと、普通に好きな女の人がいたんだ。なら家族以外にも今後好きになる可能性は残っている筈。いったいどんな人なんだろう??もしかして私がデートの途中で呼び出して結局別れる事になったあの女性ひとの事かな?そう言えばちゃんと口をきいたお兄ちゃんの知り合いの女性ってあの人だけだ。
私は固唾を呑んで次のお兄ちゃんの言葉を待った。

「ねえ、誰?」

私は詰め寄った。するとお兄ちゃんはスッと視線をずらして頭を掻き、諦めたように溜息と共に言葉を漏らした。

「……清美の奥さん」
「だあっ!」

人妻だぁ!

思わず頭を抱えて変な声を出してしまう。
それに彼女ですらない。もしかして勘違いしていたけど、私が邪魔したデートの相手も彼女じゃ無かったってオチ??この間ロマン亭で会ったあの綺麗なお姉さんみたいに。

「やっぱり……そんな気がしたんだよね」

お母さんが私の後ろで、フムフムと頷いている。
何かお母さんは腑に落ちたような表情で手を合わせている。
お母さんって、呑気だな。何でも分かっているようで、分かっていないのか―――何があっても決して深刻な顔を見せないんだ。

「人妻も、義母も血縁関係も無しで!お兄ちゃんは日本の法律の範囲で恋をしてください!」
「そんな無茶な」
「無茶じゃなーい!」

私はビシッと脚を開いて腕組みをし、お兄ちゃんをキッと見上げた。

「お兄ちゃんは婚活してください!ちゃんと好きな人が出来るまで抱っこ禁止!私にもお母さんにも抱き着いちゃ駄目なんだから」
「えー!そんな……蓉子さん……」

お兄ちゃんが眉を下げてお母さんに助けを求めた。
お母さんは耐えきれない、と言うようにブフッと噴き出して首を振った。



「お母さんも私の意見に賛成です!お母さんの言う事は絶対なんだから。お兄ちゃんは諦めてちゃんと恋人を探してください!」



果たしてお兄ちゃんがちゃんと好きな人を作る事が出来たのか……それは別のお話となる。
可哀想だが私は心を鬼にして、暫くの間お兄ちゃんの伸ばした腕からサッと身を翻る事となったのだ。

私だって本当は寂しいけど……!

過保護過ぎるお兄ちゃんが、普通のお兄ちゃんになる日まで私は逃げ続けるのである。





【その後のお話・完】

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この後別視点を幾つか投稿します。
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