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・番外編・お兄ちゃんは過保護【別視点】

11.蓮

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凛の兄、蓮視点のお話となります。

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「麦茶とリンゴジュースあるけど、どっちが良い?」

蓉子さんが勇気に優しい声を掛けるから、俺の機嫌は急降下した。

「あ、じゃあ麦茶で……」
「勇気、座れ」
「はい」

ソファの向かい側を差して、勇気を座らせた。ついつい威圧するような低い声が出てしまう。

小学生の頃からずっと、親父の秘書で後に母親になった彼女に片思いをしていて―――その歪んだ思いは長い時間を掛けて今ではもうちゃんと家族愛にすり替わってはいるのだけど、やはり彼女は俺の憧れの姉のような存在のままで、こんな風に他の男に優しくしているのを見ると独占欲から、軽い嫉妬を覚えてしまう。

この複雑な感情はなんと形容するべきなのだろう?
彼女は俺の父親のものなのだけど、仕事中毒の父親は多忙のあまり家にいない事の方が多い。だからまるで、俺と蓉子さんと凛の三人家族で暮らしているような気分になってしまう。それで時々凛を溺愛している親戚のおじさんが遊びに来る……みたいな雰囲気でこの家はこの頃落ち着いてしまっている。

結局―――俺は重症の『マザコン』なのだろう。

家に寄り付かない母親とも疎遠だったから、俺に愛情を示し優しくしてくれた蓉子さんに懐いた。俺は彼女に恋心という執着心を抱いていたのだけれど―――元を辿ると蓉子さんに対する恋情は母親を求める寂しさに原因があるのかもしれない、と思う。
もし父親が事故か何かで亡くなれば、俺は躊躇なく彼女を手に入れようとしたかもしれない。そんなリアルな夢をいつかみた事があった。今だって彼女に欲情を感じる瞬間も無い訳では無いが―――彼女が俺を息子として大事にしていて、妹の凛と温かい家庭を守ってくれている今―――この幸せと天秤に掛けるほどの価値は、その衝動には無くなってしまった。

そう、俺はいまや立派な『マザコン』で『シスコン』になってしまった。

高校生の頃、バスケ部の後輩の義姉に当たる女の子に恋をした。
それが切っ掛けで、焼け付く様な蓉子さんへの欲情が優しい思慕に落ち着いた。結局そのは、ドシスコンのその後輩に絆されてしまい―――今では幸せな家庭を築いている。

どうして俺は他人を愛する女性に焦がれてしまうのだろうか。
それとも誰かに恋をする女性が魅力的だと言うだけなのだろうか?
結局その2人以上に俺を強烈に惹き付ける相手に出会えないまま―――のらりくらりと女性付き合いを続けている。一応付き合っている間は義務として浮気をする事は無いが―――俺の熱意の無さに値を上げて、結局自然と別れが訪れる。

でも―――俺には可愛い妹がいる。
彼女が生まれてから―――なんというか俺の世界はバラ色になった。

凛は可愛い。愛らしい。そしてとっても―――いとおしい。
泣いても笑っても怒っても、ただ可愛い。

ついつい凛を優先しがちになってしまうのが、実は振られる一番の原因かもしれない。
俺にとっては彼女とのデートより凛とのスイーツ巡りの方が優先順位が高いのだ。凛が辛かったり悩んでいる事があれば、なるべくフリーな時間を彼女の方に向けてしまう。
例えば1度だけ、凛が泣きながら俺に電話を掛けて来た事がある。
その時俺はデート中の彼女を放り出して帰ってしまった。ちゃんと家まで送り届けたものの―――2週間振りに会ったのに食事だけで解放された彼女は怒り心頭で、その日のうちにメールで別れを切り出された。
まあ、ちょうど良かったと……その時は申し訳ないが思ってしまった。
彼女から何となく匂わされていた結婚に乗り気になれなかった。もともと結婚するつもりは無い事は告げているが、彼女としては望みを捨てきれなかったのだろう。俺がほだされるのを期待していた節があった。

けれども―――彼女を俺の『完璧な家族』の一員に加えたいとまでは、どうしても思えなかったから。

そんな愛しの妹、凛に関わる今の悩みの種―――勇気との出会いは彼と凛が小学校1年生の頃にまで遡る。彼は一緒に普段の遊びを楽しもうとしただけだったが、力の抑えの利かない腕白少年とか弱いインドア少女じゃ、歩幅を合わせるのは至難の業だ。勇気が男友達にするように行った好意の押し付けが……悉く凛の反感と恐怖を煽った。
その後2人を一時引き離し、勇気に女の子の扱いを噛んで含めるように諭した。脳が筋肉で出来ていたのか、自分の行為が受け入れられていなかったという事実自体に勇気は驚いていた。「今更か」と少年の鈍感さをその時は微笑ましく思った。悪い奴ではなさそうだし凛に好意を持っているようなので、彼女の取り扱いについて教えを説いた後、傍に居る事を許す事にした。人見知りの凛がどういう訳か―――あるいはショック療法が効いたのか、勇気とは普通に照れずにコミュニケーションをとる事ができていたのだ。奴をボディーガード替わりに傍に置いておくのも良いかと判断した。
勇気は少々乱暴だし鈍感な処があるが、基本的には正義感があって人を思い遣る事もでき、目端も利く。キチンと話をすれば俺のいない間、良い護衛になるだろうと思ったのだ。

ところがいつの間にか、凛の護衛か従者だと思っていた勇気が、遠慮を忘れて凛の横に並ぶようになってしまった。
昔から見慣れていたから、その距離が徐々に近付いている事に気付けなかった。少し前までは男女の性差を感じさせない子供同士だったのに。

だけどあの日ドアの閉まった部屋の向こうでくつろいでいる2人を目にして―――やっと既に勇気が大人に近づいて来ていることに気が付いた。本当に子供の成長には目を瞠るものがある。半年、いや1ヵ月目を離しただけで子供の皮を幾つも脱ぎ捨てて脱皮していたりする。

凛の情緒はいまだに『お子ちゃま』だ。

だけど勇気―――お前は違うよな?

涼しい顔で友達を装っているが、奴は凛を獲物のように狙っている。
それに気が付いたのは、思い出したからだ。中2の頃には既に俺は涼しい顔をして―――大人しい息子の仮面の下に欲情をたっぷりたたえて……男の目で蓉子さんを見ていた。

俺には母子おやこの縛りがあった。禁欲せねばならない事情があった。

だけど奴にはそんなものは無いんだ。
俺が手軽に付き合った女の子達に対して触れるように、アイツにとって凛に触れる事は容易いのだ。

自分の迂闊さに腹が立って、思わず声が鋭くなる。

それを凛に咎められた―――凛は悪く無い。
悪いのは俺を含めた『男』だった。『男』が自分で制御できない欲情を抱えてしまうと言う事実に、困ったことに凛はまるで気が付いていない。いや―――そう言う事に疎くなるように囲ってずぶずぶに甘やかして、箱入りのお姫様に俺が育ててしまったのだ。

心当たりがあったのか、勇気は頭を下げすぐにその場を去った。

鈍い凛は気付いていない。
だから反論し―――俺に腹を立ててしまった。

いつもならもっとスマートに物事を御せるのに―――こと凛の事になると、制御が途端に難しい。惚れてる方が負け―――と男女の仲では良く言われるけれど。

兄妹の間でもそれは有効だ。

愛している方が負ける。―――俺は凛に嫌われるのが一番堪えるのだ。付き合っている女性に嫌われても何とも思わない。彼女達には勝ち続けているのに―――いや、その報いを受けているのかもしれない、華奢な小娘1人に振り回されていて、その上そのように振り回されている事自体に、満足している俺がいるのだから。

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