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後日談 黛家の妊婦さん2
(148)お兄ちゃんと一緒
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妊娠八ヶ月初旬くらいのお話です。
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七海の兄、海人はあまり七海と似ていない。薄味な地味顔の七海の目の前にいるのは、野性的な容貌の見栄えのする男だ。よくよく見れば耳の形とか口元などパーツの似ている部分はあるのだが、全体的な印象はまるで違って見えるので、兄妹だと説明するとまず驚かれる。
ちなみに妹の広美は海人によく似ている。従って、七海と違いその兄と妹はそれなりにモテるのだが、何故か一番恋愛と縁遠い筈の七海が真っ先に結婚することになってしまった。
「あー……東京は蒸し暑いなぁ……」
七海の会社にほど近い所に芝公園がある。芝公園内の老舗ホテルの敷地にある、パンが美味しいと評判のカフェで七海は海人と向き合って座っていた。海人が気を利かせてソファ席を予約してくれたので、七海は風船のように膨らんだお腹でも、何とかちゃんと座ることができている。
「そうかな?今日はそれほどでも無いけど」
「それに店の中は寒い」
「あー……それは私も最近思うかも」
体が冷えないように、薄手のカーディガンとガーゼ生地で出来たストールを持ち歩いている。七海は冷え性では無いのでそれほど冷房は気にならない方だったのだが、妊娠してから気を遣うようになった。
「なんか北海道で生まれ育った人みたいな口調だね」
確か彼は神奈川県生まれの神奈川県育ちであるはずだ。妹である七海と同じように。
出張のついでに『飯を食おう』と、海人から連絡を貰ったのだ。北海道から飛行機で到着したばかりの兄に、七海は真面目にツッコミを入れた。すると海人は憂い顔で溜息を吐く。
「俺はもうこっちには住めん。梅雨に耐えられない体になってしまった……!」
その芝居がかった様子を目の前にして、七海は冷静に首を傾げた。
「この間話した時は、寒いから帰りたいって言って無かったっけ?」
確か妊娠を報告した時、通話口で海人がそう零していたのを覚えている。その日が特別寒かったのか、それともいつも寒いのかまでは覚えていない。
「あれは冬だったろ?……冬はな、仕事で外で歩き回ってたらスゲーさみーんだよ。今は夏だし、あっちの方が良い!気温て言うより湿度が違うんだよ。冬も家ン中ならあったかいんだけどなー。あ、あと雪かきが無ければもっと良い」
また勝手な事を言っているなぁ、と自由な性格の兄に七海は呆れつつも尋ねる。
「雪かき?お兄ちゃんマンション住まいって言って無かったっけ?」
マンションの管理人がそう言う事をしてくれるのじゃないだろうか、と七海は単純にそう考えたのだ。
「屋外駐車場だと基本、自分でやるんだ。車にもどっさり積もるからな」
こーんな!と言いながら海人は両手を上下に開いて積雪の厚みをアピールする。
「へー」
「それよりも、雪が降ると現場がいちいちやりにくくて、かなわん」
海人は設計事務所で働いているのだ。東京で採用試験を受けたのだが札幌に配属され、いつの間にかその支社が独立した会社になってしまった。グループは同じなのだが、余程強く希望しなければ、東京の事務所には戻って来る事はないのだと言う。
「大変だね」
七海には全くピンと来ない世界だ。だけど一応相槌を打った。
「でもお前の方が……実際、かなり大変な事になってるよな」
と海人は目を細めて眉を顰め、七海のお腹に視線を向けた。
「パッツンパッツンじゃねーか。爪楊枝で刺したら、ぷるって中身が出てきそうだ」
「何それ?」
乱暴な言い方はいつも通りなので、七海は特に気にならない。が、やけに具体的で微妙な表現を使うなぁ、と気になったのだ。
「そう言う銘菓があるんだよ、北海道に。……えーとあれは……確か羊羹だったような……」
「羊羹?」
記憶を探るように目を瞑り、苦し気に額に手をやる海人と対照的に、羊羹と聞いて七海は目を輝かせた。直ぐにスマホを取り出し検索を始める。『羊羹 爪楊枝』と入力すると直ぐにそれらしい検索結果が浮かび上がった。
「これかな?この緑色の丸い羊羹のこと?」
「おーコレコレ!そうだ、『マリモ羊羹』だ。阿寒湖の天然記念物、毬藻に似せて作ってるんだと。確か風船に入っていて、だから玉状になっているんだ」
「へー……あ、こっちは新潟?花火みたいなの。いろんな色があって宝石みたいで可愛い。こっちも食べたいな~。地方によって呼び名がいろいろあるんだね!」
画面を見てはしゃぐ七海を、奇異なものを見るような目で海人は見る。その訝し気な視線に気づいた七海は、キョトンとした。
「?―――お兄ちゃん変な表情して、どうしたの?」
「お前、そんなに羊羹好きだったっけ?」
海人が不思議に思うのも無理はない。大福が大好物であった七海だが、一方で子供の頃羊羹はそれほど得意では無かった。きっと寒天の食感にいまいち慣れていなかった所為だと思われる。更に言うと、それほど上等なものを口にしていなかった所為もあるかもしれない。
「あのね、悪阻で羊羹ばっかり食べたくなった時期があってね。それで黛家の皆がお土産をいろいろ買ってくれるようになって―――で、羊羹にもすっかり目覚めちゃったんだ!」
パッと笑顔になる七海を目の前にして、ますます海人は眉を顰めた。
「どうしたの?もっと変な顔になっているよ?」
「つわり……『つわり』かー……」
苦悩するように呻く海人。七海の頭には疑問符しか浮かばない。何か自分はまずい事を言ったのだろうか?と。すると海人は頭を抱えて、溜息を吐いた。
「お前、女だったんだな……」
「は?」
何を当たり前の事を言っているのか。七海は地味だとか平凡だとか言われた事はあっても、男と間違われた経験は皆無だ。僅かにムッとした七海に、海人は再び失礼な台詞を投げつけた。
「泣いて鼻垂らしていたガキが、妊娠に悪阻かよ……。結婚した時も驚いたけど、その腹目にしたら、ますますショックでかいわ」
「もともと私、女以外の何ものでも無いんですけど……」
兄は兄で、妹の変化に対していろいろと思う所があるらしい。
しかしもう少し優しい言い方は出来ないものかと、流石に七海は口をへの字に曲げて抗議の言葉を呟くのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし七海の抗議の声は、あまり海人の心には響かず、
「七海がもうすぐハハオヤかよ。……ナイ、ナイわ~」
と更に失礼な事を言われました。
お読みいただき、誠に有難うございました!
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七海の兄、海人はあまり七海と似ていない。薄味な地味顔の七海の目の前にいるのは、野性的な容貌の見栄えのする男だ。よくよく見れば耳の形とか口元などパーツの似ている部分はあるのだが、全体的な印象はまるで違って見えるので、兄妹だと説明するとまず驚かれる。
ちなみに妹の広美は海人によく似ている。従って、七海と違いその兄と妹はそれなりにモテるのだが、何故か一番恋愛と縁遠い筈の七海が真っ先に結婚することになってしまった。
「あー……東京は蒸し暑いなぁ……」
七海の会社にほど近い所に芝公園がある。芝公園内の老舗ホテルの敷地にある、パンが美味しいと評判のカフェで七海は海人と向き合って座っていた。海人が気を利かせてソファ席を予約してくれたので、七海は風船のように膨らんだお腹でも、何とかちゃんと座ることができている。
「そうかな?今日はそれほどでも無いけど」
「それに店の中は寒い」
「あー……それは私も最近思うかも」
体が冷えないように、薄手のカーディガンとガーゼ生地で出来たストールを持ち歩いている。七海は冷え性では無いのでそれほど冷房は気にならない方だったのだが、妊娠してから気を遣うようになった。
「なんか北海道で生まれ育った人みたいな口調だね」
確か彼は神奈川県生まれの神奈川県育ちであるはずだ。妹である七海と同じように。
出張のついでに『飯を食おう』と、海人から連絡を貰ったのだ。北海道から飛行機で到着したばかりの兄に、七海は真面目にツッコミを入れた。すると海人は憂い顔で溜息を吐く。
「俺はもうこっちには住めん。梅雨に耐えられない体になってしまった……!」
その芝居がかった様子を目の前にして、七海は冷静に首を傾げた。
「この間話した時は、寒いから帰りたいって言って無かったっけ?」
確か妊娠を報告した時、通話口で海人がそう零していたのを覚えている。その日が特別寒かったのか、それともいつも寒いのかまでは覚えていない。
「あれは冬だったろ?……冬はな、仕事で外で歩き回ってたらスゲーさみーんだよ。今は夏だし、あっちの方が良い!気温て言うより湿度が違うんだよ。冬も家ン中ならあったかいんだけどなー。あ、あと雪かきが無ければもっと良い」
また勝手な事を言っているなぁ、と自由な性格の兄に七海は呆れつつも尋ねる。
「雪かき?お兄ちゃんマンション住まいって言って無かったっけ?」
マンションの管理人がそう言う事をしてくれるのじゃないだろうか、と七海は単純にそう考えたのだ。
「屋外駐車場だと基本、自分でやるんだ。車にもどっさり積もるからな」
こーんな!と言いながら海人は両手を上下に開いて積雪の厚みをアピールする。
「へー」
「それよりも、雪が降ると現場がいちいちやりにくくて、かなわん」
海人は設計事務所で働いているのだ。東京で採用試験を受けたのだが札幌に配属され、いつの間にかその支社が独立した会社になってしまった。グループは同じなのだが、余程強く希望しなければ、東京の事務所には戻って来る事はないのだと言う。
「大変だね」
七海には全くピンと来ない世界だ。だけど一応相槌を打った。
「でもお前の方が……実際、かなり大変な事になってるよな」
と海人は目を細めて眉を顰め、七海のお腹に視線を向けた。
「パッツンパッツンじゃねーか。爪楊枝で刺したら、ぷるって中身が出てきそうだ」
「何それ?」
乱暴な言い方はいつも通りなので、七海は特に気にならない。が、やけに具体的で微妙な表現を使うなぁ、と気になったのだ。
「そう言う銘菓があるんだよ、北海道に。……えーとあれは……確か羊羹だったような……」
「羊羹?」
記憶を探るように目を瞑り、苦し気に額に手をやる海人と対照的に、羊羹と聞いて七海は目を輝かせた。直ぐにスマホを取り出し検索を始める。『羊羹 爪楊枝』と入力すると直ぐにそれらしい検索結果が浮かび上がった。
「これかな?この緑色の丸い羊羹のこと?」
「おーコレコレ!そうだ、『マリモ羊羹』だ。阿寒湖の天然記念物、毬藻に似せて作ってるんだと。確か風船に入っていて、だから玉状になっているんだ」
「へー……あ、こっちは新潟?花火みたいなの。いろんな色があって宝石みたいで可愛い。こっちも食べたいな~。地方によって呼び名がいろいろあるんだね!」
画面を見てはしゃぐ七海を、奇異なものを見るような目で海人は見る。その訝し気な視線に気づいた七海は、キョトンとした。
「?―――お兄ちゃん変な表情して、どうしたの?」
「お前、そんなに羊羹好きだったっけ?」
海人が不思議に思うのも無理はない。大福が大好物であった七海だが、一方で子供の頃羊羹はそれほど得意では無かった。きっと寒天の食感にいまいち慣れていなかった所為だと思われる。更に言うと、それほど上等なものを口にしていなかった所為もあるかもしれない。
「あのね、悪阻で羊羹ばっかり食べたくなった時期があってね。それで黛家の皆がお土産をいろいろ買ってくれるようになって―――で、羊羹にもすっかり目覚めちゃったんだ!」
パッと笑顔になる七海を目の前にして、ますます海人は眉を顰めた。
「どうしたの?もっと変な顔になっているよ?」
「つわり……『つわり』かー……」
苦悩するように呻く海人。七海の頭には疑問符しか浮かばない。何か自分はまずい事を言ったのだろうか?と。すると海人は頭を抱えて、溜息を吐いた。
「お前、女だったんだな……」
「は?」
何を当たり前の事を言っているのか。七海は地味だとか平凡だとか言われた事はあっても、男と間違われた経験は皆無だ。僅かにムッとした七海に、海人は再び失礼な台詞を投げつけた。
「泣いて鼻垂らしていたガキが、妊娠に悪阻かよ……。結婚した時も驚いたけど、その腹目にしたら、ますますショックでかいわ」
「もともと私、女以外の何ものでも無いんですけど……」
兄は兄で、妹の変化に対していろいろと思う所があるらしい。
しかしもう少し優しい言い方は出来ないものかと、流石に七海は口をへの字に曲げて抗議の言葉を呟くのだった。
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しかし七海の抗議の声は、あまり海人の心には響かず、
「七海がもうすぐハハオヤかよ。……ナイ、ナイわ~」
と更に失礼な事を言われました。
お読みいただき、誠に有難うございました!
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