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太っちょのポンちゃん 番外編 ただいま転職検討中!
ただいま転職検討中! 【最終話】
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定時連絡の時間、私はザワザワと落ち着かない気持ちを抱えながら高志へ電話を掛けた。
『おす』
感情の起伏が見えない、低い声が耳に心地良い。
遅番の日以外、あちらのシフトと合う日はだいたいこの時間に電話で話をする。休日がピッタリ合う事が稀だから二人揃っての遠出はほとんどしないのだけれど―――休みが合えば映画を見たり私が目を付けた美味しい店に繰り出したりして、二年間でこの声はすっかり耳に馴染んでしまった。
なのに何故か―――ドキリと心臓が波打った。
「おいっす!」
思わず乱暴に返事を返す。
何だか妙に恥ずかしい。付き合い始めの電話みたいに……背中と首筋にじんわりと汗を掻いてしまう。
『元気だな』
笑いを含んだ声に、隠しきれない愛情が滲んでいる。
今その事に―――やっと気が付いた。
ううん、知ってた。知っていたのに―――自分の感情にかまけて、勝手に被害妄想を抱いていたのは私だ。
いつだって、彼は私の話を遮ったりしなかった。
どんな不快な愚痴だって、下らないバカ話だって、その日の仕事で得た小さな自己満足について細やかな自慢話を披露した時だって……黙って最後まで聞いて―――自分なりの意見を真摯に伝えてくれたのに。
そしてコッソリ、私を助けてくれた。
それは今日、本田君が打ち明けてくれなければ、もしかして私は一生知らずにいたのかもしれなくて。
胸が張り裂けそうなくらい、高志が好きだと思った。
どうして私の彼氏はこんなに優しいんだろう?一言も告げずに相手に献身するなんて―――格好良すぎるけど……やっぱり私は寂しい!
高志が私にしてくれた事を知らないまま過ごすなんて嫌だ。高志の優しさの上に胡坐を掻いて、知らずに自分だけ頑張っていると―――勘違いしたまま逃げ出す事だけはしたくない。
私はゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私ね……」
『……何?』
「仕事、もっと頑張る……!愚痴ばっかり言って甘えてゴメンね。これからもっと、トコトン、グラウンドスタッフのお仕事を追及して―――高志の横に並んでも見劣りしないくらい―――立派なグラホを目指すね!!」
『……』
あれ?
返事が無い。
「……高志?」
『……あ?ああ……』
「どうしたの?」
『うん?ああ、そうだな。頑張れ、お前なら出来る』
「……ありがとー!頑張るねっ!」
それから、今日あったトラブルの話とか、本田君のファインプレーに感心した事とか、自分の膀胱と闘いながら目撃(立ち聞き?)した本田君と河合さんの攻防戦の経過なんかについて―――面白おかしく高志に披露した。私の感情の籠った演出に、高志も時折噴き出したりしながら耳を傾けてくれた。
だけど本田君から打ち明けて貰った―――高志のフォローについては口にしなかった。
きっと電話で話すより、次のお休みが合った時にでも……顔を見て話した方がずっと良い。
高志と話した後は、胸の閊えが降りてスッキリとする。
これはいつもと一緒。
でも今日はそれだけじゃない―――温かな何かが、彼の声を聴いた右耳から響いて来て、ずっと体の中に音叉の余韻のように小さく長く……尻尾を引いて残っている。
体中がホカホカしてるみたい。
私はニンマリと笑って―――それから久し振りに……グッスリと深い眠りについたのだった。
** ** **
その後のお話ですが。
私は立派なグラウンドスタッフになるべく、ますます仕事に邁進し。
高志とは順調に交際を継続中。
清子は求職活動を水面下で進めながらも、何だかんだ言ってまだグラホを辞めていない。
本田君は高志と同じ工学部出身と言う事もあって、総務のほか整備部門にも研修として配属され、着々と色んな経験を積み重ね、その後無事試験を通過した。副操縦士となれば、本田君はもう少しで憧れの空の下に行ける。
地上勤務で彼と付き合いのあった若い人達が集まってお祝いと言う名の飲み会を催す事になった。
その日何と、彼はその場に優しそうな可愛らしい婚約者を連れて来た。
まさに青天の霹靂。彼を狙っていた女性陣はアングリと口を開けている。相当ショックを受けている人もいた―――勿論、河合さんもその一人だろう。しかも二人は半年後に結婚式を挙げるらしい―――何しろ小学校からの付き合いと言うから、その一途さに皆驚きつつお祝いの言葉を送った。
その御目出度いお祝いの日から暫くして。
私は高志からプロポーズされてしまった。
これも私にとっては青天の霹靂だった。寡黙で飄々とした高志は、何を考えているのか非常に分かりづらい。いちいち小さな出来事について、良くも悪くも騒ぎ立てる私とは違って。―――だから彼がそんな事を虎視眈々と計画しているなんて、思いもしなかったのだ。
いつ結婚するかはこれからゆっくり決める事になるけれど、とりあえず次のお休みにはエンゲージリングを買いに行く事になった。そう言う形式ばった事を全く気にしなさそうに見える高志から提案されて―――二度ビックリ。もしかして本田君の影響なのかな……?指輪ができたら休みを合わせてお互いの実家に挨拶に行く事になった。
結婚後仕事を辞めるかどうかは―――今の一番の悩みどころ。
高志はどっちでも良いって言う。もともと几帳面な彼は家事も得意だから―――共働きでも問題ない。不規則な仕事はお互いさまで、一緒に住めば電話越しじゃなく話ができるようになるから、それについてはちょっと楽しみな気がする。
子供が出来たら?ハードな仕事を続けるのは難しだろうか?それとも今から子育てと両立できそうな仕事を探すべき?それとも一旦潔く辞めて―――子育てが落ち着いたら復職を目指した方が良いのかな??
いろいろ考えてはいるけれど。
仕事も結婚生活も。私一人で全部こなせる事では無くて。同僚の助けと、高志のサポートで何とかまわせている状態である事だと言う事は―――今もこれからも変わらない。
グラウンドスタッフのまま、共働き?
都合の良い仕事を探して求職活動に勤しむ?
それともいっそ永久就職?!思い切って専業主婦に転職するべき?
次々と目の前に分かれ道が現れて選択を迫られる事は尽きないけれど―――諦めずにしがみついていれば、きっといつか自分に合った答えが見つかる筈。頼りになる旦那さんと一緒に、壁に当たる度に新しい道を探して行けば良い。
それで高志が私を支えてくれたように―――これからはもっと、私も彼の支えになれれば良いなって思うのだ。
【ただいま転職検討中!・完】
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最後までほぼ電話の音声でしか登場しなかったヒーロー・高志側の事情を続けて投稿致します。
『おす』
感情の起伏が見えない、低い声が耳に心地良い。
遅番の日以外、あちらのシフトと合う日はだいたいこの時間に電話で話をする。休日がピッタリ合う事が稀だから二人揃っての遠出はほとんどしないのだけれど―――休みが合えば映画を見たり私が目を付けた美味しい店に繰り出したりして、二年間でこの声はすっかり耳に馴染んでしまった。
なのに何故か―――ドキリと心臓が波打った。
「おいっす!」
思わず乱暴に返事を返す。
何だか妙に恥ずかしい。付き合い始めの電話みたいに……背中と首筋にじんわりと汗を掻いてしまう。
『元気だな』
笑いを含んだ声に、隠しきれない愛情が滲んでいる。
今その事に―――やっと気が付いた。
ううん、知ってた。知っていたのに―――自分の感情にかまけて、勝手に被害妄想を抱いていたのは私だ。
いつだって、彼は私の話を遮ったりしなかった。
どんな不快な愚痴だって、下らないバカ話だって、その日の仕事で得た小さな自己満足について細やかな自慢話を披露した時だって……黙って最後まで聞いて―――自分なりの意見を真摯に伝えてくれたのに。
そしてコッソリ、私を助けてくれた。
それは今日、本田君が打ち明けてくれなければ、もしかして私は一生知らずにいたのかもしれなくて。
胸が張り裂けそうなくらい、高志が好きだと思った。
どうして私の彼氏はこんなに優しいんだろう?一言も告げずに相手に献身するなんて―――格好良すぎるけど……やっぱり私は寂しい!
高志が私にしてくれた事を知らないまま過ごすなんて嫌だ。高志の優しさの上に胡坐を掻いて、知らずに自分だけ頑張っていると―――勘違いしたまま逃げ出す事だけはしたくない。
私はゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私ね……」
『……何?』
「仕事、もっと頑張る……!愚痴ばっかり言って甘えてゴメンね。これからもっと、トコトン、グラウンドスタッフのお仕事を追及して―――高志の横に並んでも見劣りしないくらい―――立派なグラホを目指すね!!」
『……』
あれ?
返事が無い。
「……高志?」
『……あ?ああ……』
「どうしたの?」
『うん?ああ、そうだな。頑張れ、お前なら出来る』
「……ありがとー!頑張るねっ!」
それから、今日あったトラブルの話とか、本田君のファインプレーに感心した事とか、自分の膀胱と闘いながら目撃(立ち聞き?)した本田君と河合さんの攻防戦の経過なんかについて―――面白おかしく高志に披露した。私の感情の籠った演出に、高志も時折噴き出したりしながら耳を傾けてくれた。
だけど本田君から打ち明けて貰った―――高志のフォローについては口にしなかった。
きっと電話で話すより、次のお休みが合った時にでも……顔を見て話した方がずっと良い。
高志と話した後は、胸の閊えが降りてスッキリとする。
これはいつもと一緒。
でも今日はそれだけじゃない―――温かな何かが、彼の声を聴いた右耳から響いて来て、ずっと体の中に音叉の余韻のように小さく長く……尻尾を引いて残っている。
体中がホカホカしてるみたい。
私はニンマリと笑って―――それから久し振りに……グッスリと深い眠りについたのだった。
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その後のお話ですが。
私は立派なグラウンドスタッフになるべく、ますます仕事に邁進し。
高志とは順調に交際を継続中。
清子は求職活動を水面下で進めながらも、何だかんだ言ってまだグラホを辞めていない。
本田君は高志と同じ工学部出身と言う事もあって、総務のほか整備部門にも研修として配属され、着々と色んな経験を積み重ね、その後無事試験を通過した。副操縦士となれば、本田君はもう少しで憧れの空の下に行ける。
地上勤務で彼と付き合いのあった若い人達が集まってお祝いと言う名の飲み会を催す事になった。
その日何と、彼はその場に優しそうな可愛らしい婚約者を連れて来た。
まさに青天の霹靂。彼を狙っていた女性陣はアングリと口を開けている。相当ショックを受けている人もいた―――勿論、河合さんもその一人だろう。しかも二人は半年後に結婚式を挙げるらしい―――何しろ小学校からの付き合いと言うから、その一途さに皆驚きつつお祝いの言葉を送った。
その御目出度いお祝いの日から暫くして。
私は高志からプロポーズされてしまった。
これも私にとっては青天の霹靂だった。寡黙で飄々とした高志は、何を考えているのか非常に分かりづらい。いちいち小さな出来事について、良くも悪くも騒ぎ立てる私とは違って。―――だから彼がそんな事を虎視眈々と計画しているなんて、思いもしなかったのだ。
いつ結婚するかはこれからゆっくり決める事になるけれど、とりあえず次のお休みにはエンゲージリングを買いに行く事になった。そう言う形式ばった事を全く気にしなさそうに見える高志から提案されて―――二度ビックリ。もしかして本田君の影響なのかな……?指輪ができたら休みを合わせてお互いの実家に挨拶に行く事になった。
結婚後仕事を辞めるかどうかは―――今の一番の悩みどころ。
高志はどっちでも良いって言う。もともと几帳面な彼は家事も得意だから―――共働きでも問題ない。不規則な仕事はお互いさまで、一緒に住めば電話越しじゃなく話ができるようになるから、それについてはちょっと楽しみな気がする。
子供が出来たら?ハードな仕事を続けるのは難しだろうか?それとも今から子育てと両立できそうな仕事を探すべき?それとも一旦潔く辞めて―――子育てが落ち着いたら復職を目指した方が良いのかな??
いろいろ考えてはいるけれど。
仕事も結婚生活も。私一人で全部こなせる事では無くて。同僚の助けと、高志のサポートで何とかまわせている状態である事だと言う事は―――今もこれからも変わらない。
グラウンドスタッフのまま、共働き?
都合の良い仕事を探して求職活動に勤しむ?
それともいっそ永久就職?!思い切って専業主婦に転職するべき?
次々と目の前に分かれ道が現れて選択を迫られる事は尽きないけれど―――諦めずにしがみついていれば、きっといつか自分に合った答えが見つかる筈。頼りになる旦那さんと一緒に、壁に当たる度に新しい道を探して行けば良い。
それで高志が私を支えてくれたように―――これからはもっと、私も彼の支えになれれば良いなって思うのだ。
【ただいま転職検討中!・完】
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最後までほぼ電話の音声でしか登場しなかったヒーロー・高志側の事情を続けて投稿致します。
応援ありがとうございます!
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