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太っちょのポンちゃん 高校生編
ポンちゃんの、お兄ちゃん
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ポンちゃん視点のお話です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
五つ年上の兄、信は大学に入学するのを機に独り暮らしを始めた。長期休み以外実家に寄りつく事は無かったのに、最近よく帰って来るようになった。
元々家から通える距離の大学で、独り暮らしを経験したいという理由だけで母親の経営する不動産の一室に引っ越したのだった。実家から大学に通っても何の問題も無い。
信兄は中高一貫の男子校に通い、勉強漬けの日々を過ごしていた。
「大学生になったら、絶対彼女を作る!」と俺と弟の新の前で宣言していたから、たぶん彼女が出来たら気兼ねなく家に呼べるようにという意図もあって独り暮らしを選択したのだと思う。いや、ほとんど目的はそれしか無いかもしれない。
意気込み通りすぐに彼女が出来たからか、盆と正月に少し帰省するだけで実家に寄り付かなくなった。
しかし最近信兄がよく家にいる。
何をすると言うのでもない。俺と黛と唯ちゃんがゲームをしたり、話をしているのを見ていたり、ダイニングテーブルで小テストの勉強をしていると時折アドバイスをしてくれる。
ちなみに黛は物凄く頭がいいのだが、良過ぎる所為か他人に教える事が出来ない。他人が問題の何処を、何故わからないのか、理解できないらしい。その点信兄は努力で学力を維持しているタイプだから、教えるのが上手だ。有難い。有難いのだけれど……。
信兄は何だかいつも唯を見て、ニコニコ……いや、ニヤニヤしているのだ。
女子高生好きな中年のオヤジみたいで、気持ちが悪い。
思い切って唯ちゃんを送った後、信兄に迫った。
「信兄、気持ち悪い目で唯ちゃんを見るなよ」
「え?ああ……そんな目してるかぁ?」
「してる」
これまで信兄がそんな目で唯をみていた事は無い。妹みたいに可愛がってくれてはいたけれど。
「いや……なんかさ、唯を見てると癒されるって言うか……落ち着くんだよな~」
「……まさか、信兄……」
俺の視線が剣呑になったのを察し、信兄が笑った。
「違う、違う!最近ちょっと人間関係に疲れちゃってさ~。特に俺、ずっと男子校だっただろ?女の子の扱いが今いち分からなくて、サークルで女友達同士の揉め事が起こった時どう対応していいか判らなくて拗れちゃったんだよ。だから、唯みたいな裏表の無いまっすぐな女の子って、久しぶりでさ……唯、優しいだろ?女の子の怒り顔ばっかり最近見てたから、なんか癒されるなぁ……て」
「……つまり信兄は、大学の女の子から逃げて来たんだ?」
「う……まぁ、身も蓋も無いが……そういう要素も無いでは無い」
何かごにょごにょ言っているが、要するにそういう事か。完璧に納得したわけじゃないが、邪な気持ちは無いのだと判って、とりあえず矛を収めた。
「大学生って大変なんだね」
「そうだぞ~大学生の女は積極的で、怖いんだぞ」
「……」
なんか受験意欲が低くなった。
一年生の時クラスメイトの女子にしつこく絡まれた時は、かなり消耗した。あんなのが、一杯いたらと思うとゲンナリしてくる。
「ところで、明日パンケーキ食べに行きたいんだけどさ。一緒に行かね?」
信兄は男らしい顔に似合わず、甘党である。
母ちゃんのオヤツですくすく育った所為かもしれない。
「でも俺、明日唯ちゃんと遊ぶって約束してる」
「勿論、唯もさ!奢るから、いいだろ?一人で言ったら、声掛けられるから面倒なんだよ」
「声掛けられるって、誰に?」
「女の子が相席してきたり、連絡先聞かれたり、どっか連れていかれそうになるから面倒なんだ。男子でごろっと固まってた時はそんな事無かったのになぁ……男子校から出たら、カルチャーショックばかり受けるよ」
それは所謂、逆ナンと言う奴だろうか。
まあ奢って貰えるのは悪く無い。唯ちゃんにメールすると『OK~!』とレスが帰って来たので、信兄の予定に付き合う事にした。
** ** **
パンケーキは美味しかった。
流石大学生ともなると、持っている情報網も違うな、と感心した。
内装もお洒落で、パンケーキはふっわふわ。生クリームはこってりしていて、苺やバナナ、マシュマロやアイスが、ふんだんにあしらわれている。
「オヤツって言うかもう、これはランチだね」
「うん。結構お腹いっぱいになった」
俺達がワイワイ盛り上がっているのを、信兄はニコニコと眺めていた。
確かに癒されているような笑顔だ。よっぽど、サークル内の揉め事がこたえているんだなぁ、と少し同情した。
「お前ら今日はこれからどうすんの?」
「映画見ようかって、話してた『スペース=ウォーズ』」
「へー、俺も一緒に見ようかな」
「……いいけど、彼女と行けばいいのに」
「ん~……」
信兄が苦々しい顔になった。
あれ。もしかして揉めてる女の人って、彼女の事だった?でも女友達って言っていたしな。うーん、彼女とも上手く行っていないって事?
「ポンちゃん、一緒に行こうよ。で、信君に私達で映画奢ってあげよう!パンケーキのお返しに」
唯ちゃんが至極真面な提案をしてくれたので、それに乗る事にした。
黛が一緒な事も多いから、三人でもそんなに違和感は感じない。確かに奢って貰ったからお礼するのもいいかもしれない。
「唯~~!ありがと~!」
信兄が唯ちゃんをキラキラとした目で見た。
相当、女の子の優しさに飢えているらしい。……本当に何があったんだろう?
デートの邪魔をするんだから、チケット代は自分が払うと主張した信兄に、ポップコーンと飲み物を奢る事にした。まだ時間に余裕があるので、信兄と唯ちゃんをロビーに残し俺は売店の列に並んだ。
そして戻って来ると、信兄と唯ちゃんの前に女の人が立っているのが見えた。何故か信兄が唯ちゃんを庇うように前に出ている。
「……じゅ、十六さいぃっ?酷い。ロリコンだったのね……!」
「いや、あの……」
「もう言い訳はいらないわっ……サヨナラ!」
そう言って彼女は、くるりと振り返ると俺の横を物凄い勢いですり抜けて走って行った。
びゅんって風の音がするくらい。
俺は唯ちゃんと信兄の傍に走り寄った。
唯ちゃんにケガなどは無いようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「なに?信兄の彼女……?修羅場?」
「いや……」
「あ?もしかして昨日言ってた、サークルの女友達?でもあの言い方まるで彼女みたいだね……」
「いや、友達じゃない」
首を振る信兄に、怪訝な目線を投げた。
「じゃあ、何?」
「ストーカー」
「す……『ストーカー』?」
「えー!」
唯ちゃんも目を丸くしている。
「いやー助かった。無視していたんだけど、しつこいからさ。どうしようかと悩んでいたんだけど……」
「知合いなの?」
「うーん、知り合いってか、授業が一緒でたまたま隣に座っていた子なんだよね。何度か話している内に、なんか付き纏われるようになっちゃって。彼女いるって何度も言ったんだけど。友達ですら無い筈なんだけど、俺が行くとこ行くとこ現れるんだよね」
「……なんか呑気だな。唯ちゃんになんかあったらどうすんだよ」
睨みつけると、信兄はヒラヒラと手を振った。
「今度絡んで来たら、弟の彼女だって説明するよ。でもあの様子だと彼女の男に対する基準から外れたっぽいから、もう寄ってこないんじゃ無いかな……?とにかく、唯に影響が無いように気を付けるよ。……唯もゴメンな?もしなんかあったら、すぐ対処するから言ってくれ」
唯ちゃんは神妙な様子でコクリと頷いた。
「怖かった?」
膝を追って覗き込むと、唯ちゃんはフルフル首を振った。
「怖いって言うよりビックリした。急に『何歳?』って聞かれたから」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
俺は唯ちゃんの肩を引き寄せて頭を撫でた。
唯ちゃんは気持ちよさそうに目を閉じて撫でられていたが、ハッと顔を上げて僕を見た。
「映画、始まっちゃう?」
「ホントだ、行こう!」
そうして三人で慌てて『スペース=ウォーズ』を上映している5番スクリーンに飛び込んだ。
その後、普通に映画を見て唯ちゃんを家に送った。
映画は嫌な出来事をすっかり忘れてしまうくらい、楽しかった。
信兄と一緒に家に戻って、さっそく俺は信兄に詰め寄った。
今後こんなトラブルがあるようなら、困る。他にトラブルの種が無いか、さっきのようなストーカーが他にいないか詳しく話して対策を講じないと、実家の出入り制限を母ちゃんに提案する!唯ちゃんとも接触禁止!と。
するとしぶしぶ信兄は、独り暮らしをしてからの出来事を打ち明け始めた。
大学生になって、すぐに綺麗な女の人に告白されて付き合った。特に好きだったわけじゃないけれど、男子校で女性とほとんど接しない生活をしていた女日照りの信兄にとっては、女の人なら来る者拒まず誰でも良かった。
それからテニスサークルに入って、途端に女の子が一杯寄って来るようになった。彼女がいると言うと「友達ならいいでしょ」と言われ、女友達のアドレスでスマホがすぐ一杯になった。女友達に誘われるまま二人で遊びに行ったり、飲みに行ったりしていたら、彼女がそれを知って怒り出した。
結局その女の人とは別れて、今度は女友達の一人と付き合うようになった。その女友達は自分に彼女がいてもよく『遊びに行こう、友達と遊びに行くくらいで怒る彼女は了見が狭い』って言っていたから、その子と付き合ったら他の女友達と遊んでも怒らず自由にできるだろうと考えていた。が、何故か他の子と遊びに行ったら鬼のように怒り出して、スマホを勝手にチェックし、少し出掛ければ「誰といたんだ何処にいたんだ」と根掘り葉掘り聞くようになり、前の彼女よりずっと束縛が激しい彼女になってしまった……。
と言う事を繰り返していたある日、彼女でも無いサークルの女友達同士が信兄を巡って争い始め、サークルがギスギスするようになった。男の先輩に肩を叩かれ「お前、しばらく出禁な」とニッコリ笑って引導を渡されたと言う。言われた通りサークルに顔を出さないでいると、その女友達達が交互にマンションに現れるようになり、何故か料理や掃除を争うようにし始め、終に本命の彼女と鉢合わせする事になり、泥沼の修羅場になって「「はっきりしなさいよ!」」と怒鳴られた。はっきりしろと言われても、友達は友達で、彼女は彼女と線引きしてちゃんとそう告げているのに、勝手に踏み込んでくる相手にどうしたら良いのだろうか……と、何もかも嫌になった信兄は、女達が押し寄せるマンションに帰りたく無くなり、実家に入り浸る日が増えたと言う。
これとは別にストーカー被害にはよく合っていて、モノが盗まれたり、行くとこ行くとこ何処ででも顔を合わせる知合いがいたり……と、こちらはもう慣れていてなんとも思わないらしい。
そんな時、かーちゃんに拉致されるように出掛けたコンサートホールで唯ちゃんに会った。
唯ちゃんは素直でいい子のまま、高校生になっていた。新鮮だった。癒された。
―――で、ますます実家に入り浸るようになった、と。
「信兄、そういうのって何て言うか知ってる?」
「……なんだ?」
「『優柔不断』って言うんだよ。ストーカー以外はほとんど、信兄が悪いんじゃん」
「え~~」
不満気な声を上げる、二十歳を過ぎた男にゲンナリする。
何でわかんないんだろう……??
「そんなの理解してくれる女の人なんて、いるワケ無いじゃん」
「……唯は優しい……」
ボソリと言う信兄を、俺はギロリと睨んだ。
「唯ちゃんだって、そんな扱いしてたら怒るよ!」
と強く発言してから、あれ?と思い直す。
「怒る……と、思うけど……」
そう言えば、唯ちゃんが嫉妬したり俺の交友関係に腹を立てたりしたところ見た事無いなあ……俺に近づくために唯ちゃんに取り入った女子に対しても、そんなに怒ったりしなかった。
「……確かに、あんまり怒らないかも……」
「な?」
「でも、信兄にはやらないからね!」
「ええ~~!」
「アタリマエだろ!そんな風に見た事無かったくせに、今更」
「だって、中学生と付き合うって言うのはさすがに無いよな。でも、高校生と大学生だったら、アリじゃないか?」
「ナシ!ナシだから!大学生でも高校生でも中学生でも、俺以外と唯ちゃんが付き合うのはナシ!」
「ずるいなぁ」
「ズルく無い!これ以上変な事言うようなら、接触禁止にするよ」
すると信兄は眉を下げて、拗ねたように言った。
「……ったく、冗談だよ。真に受けんなよー」
全然可愛く無いので、甘えた口調は止めて欲しい。
いつも適当なようでいて意外と努力家で頼れる信兄を、俺は密かに尊敬していたのに……
「あー、俺だけの天使、何処かにいないかなぁ……」
なんて遠い目をしているけど。
先に彼女と女友達との関係を整理した方が良い、と切実に俺は思った。
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五つ年上の兄、信は大学に入学するのを機に独り暮らしを始めた。長期休み以外実家に寄りつく事は無かったのに、最近よく帰って来るようになった。
元々家から通える距離の大学で、独り暮らしを経験したいという理由だけで母親の経営する不動産の一室に引っ越したのだった。実家から大学に通っても何の問題も無い。
信兄は中高一貫の男子校に通い、勉強漬けの日々を過ごしていた。
「大学生になったら、絶対彼女を作る!」と俺と弟の新の前で宣言していたから、たぶん彼女が出来たら気兼ねなく家に呼べるようにという意図もあって独り暮らしを選択したのだと思う。いや、ほとんど目的はそれしか無いかもしれない。
意気込み通りすぐに彼女が出来たからか、盆と正月に少し帰省するだけで実家に寄り付かなくなった。
しかし最近信兄がよく家にいる。
何をすると言うのでもない。俺と黛と唯ちゃんがゲームをしたり、話をしているのを見ていたり、ダイニングテーブルで小テストの勉強をしていると時折アドバイスをしてくれる。
ちなみに黛は物凄く頭がいいのだが、良過ぎる所為か他人に教える事が出来ない。他人が問題の何処を、何故わからないのか、理解できないらしい。その点信兄は努力で学力を維持しているタイプだから、教えるのが上手だ。有難い。有難いのだけれど……。
信兄は何だかいつも唯を見て、ニコニコ……いや、ニヤニヤしているのだ。
女子高生好きな中年のオヤジみたいで、気持ちが悪い。
思い切って唯ちゃんを送った後、信兄に迫った。
「信兄、気持ち悪い目で唯ちゃんを見るなよ」
「え?ああ……そんな目してるかぁ?」
「してる」
これまで信兄がそんな目で唯をみていた事は無い。妹みたいに可愛がってくれてはいたけれど。
「いや……なんかさ、唯を見てると癒されるって言うか……落ち着くんだよな~」
「……まさか、信兄……」
俺の視線が剣呑になったのを察し、信兄が笑った。
「違う、違う!最近ちょっと人間関係に疲れちゃってさ~。特に俺、ずっと男子校だっただろ?女の子の扱いが今いち分からなくて、サークルで女友達同士の揉め事が起こった時どう対応していいか判らなくて拗れちゃったんだよ。だから、唯みたいな裏表の無いまっすぐな女の子って、久しぶりでさ……唯、優しいだろ?女の子の怒り顔ばっかり最近見てたから、なんか癒されるなぁ……て」
「……つまり信兄は、大学の女の子から逃げて来たんだ?」
「う……まぁ、身も蓋も無いが……そういう要素も無いでは無い」
何かごにょごにょ言っているが、要するにそういう事か。完璧に納得したわけじゃないが、邪な気持ちは無いのだと判って、とりあえず矛を収めた。
「大学生って大変なんだね」
「そうだぞ~大学生の女は積極的で、怖いんだぞ」
「……」
なんか受験意欲が低くなった。
一年生の時クラスメイトの女子にしつこく絡まれた時は、かなり消耗した。あんなのが、一杯いたらと思うとゲンナリしてくる。
「ところで、明日パンケーキ食べに行きたいんだけどさ。一緒に行かね?」
信兄は男らしい顔に似合わず、甘党である。
母ちゃんのオヤツですくすく育った所為かもしれない。
「でも俺、明日唯ちゃんと遊ぶって約束してる」
「勿論、唯もさ!奢るから、いいだろ?一人で言ったら、声掛けられるから面倒なんだよ」
「声掛けられるって、誰に?」
「女の子が相席してきたり、連絡先聞かれたり、どっか連れていかれそうになるから面倒なんだ。男子でごろっと固まってた時はそんな事無かったのになぁ……男子校から出たら、カルチャーショックばかり受けるよ」
それは所謂、逆ナンと言う奴だろうか。
まあ奢って貰えるのは悪く無い。唯ちゃんにメールすると『OK~!』とレスが帰って来たので、信兄の予定に付き合う事にした。
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パンケーキは美味しかった。
流石大学生ともなると、持っている情報網も違うな、と感心した。
内装もお洒落で、パンケーキはふっわふわ。生クリームはこってりしていて、苺やバナナ、マシュマロやアイスが、ふんだんにあしらわれている。
「オヤツって言うかもう、これはランチだね」
「うん。結構お腹いっぱいになった」
俺達がワイワイ盛り上がっているのを、信兄はニコニコと眺めていた。
確かに癒されているような笑顔だ。よっぽど、サークル内の揉め事がこたえているんだなぁ、と少し同情した。
「お前ら今日はこれからどうすんの?」
「映画見ようかって、話してた『スペース=ウォーズ』」
「へー、俺も一緒に見ようかな」
「……いいけど、彼女と行けばいいのに」
「ん~……」
信兄が苦々しい顔になった。
あれ。もしかして揉めてる女の人って、彼女の事だった?でも女友達って言っていたしな。うーん、彼女とも上手く行っていないって事?
「ポンちゃん、一緒に行こうよ。で、信君に私達で映画奢ってあげよう!パンケーキのお返しに」
唯ちゃんが至極真面な提案をしてくれたので、それに乗る事にした。
黛が一緒な事も多いから、三人でもそんなに違和感は感じない。確かに奢って貰ったからお礼するのもいいかもしれない。
「唯~~!ありがと~!」
信兄が唯ちゃんをキラキラとした目で見た。
相当、女の子の優しさに飢えているらしい。……本当に何があったんだろう?
デートの邪魔をするんだから、チケット代は自分が払うと主張した信兄に、ポップコーンと飲み物を奢る事にした。まだ時間に余裕があるので、信兄と唯ちゃんをロビーに残し俺は売店の列に並んだ。
そして戻って来ると、信兄と唯ちゃんの前に女の人が立っているのが見えた。何故か信兄が唯ちゃんを庇うように前に出ている。
「……じゅ、十六さいぃっ?酷い。ロリコンだったのね……!」
「いや、あの……」
「もう言い訳はいらないわっ……サヨナラ!」
そう言って彼女は、くるりと振り返ると俺の横を物凄い勢いですり抜けて走って行った。
びゅんって風の音がするくらい。
俺は唯ちゃんと信兄の傍に走り寄った。
唯ちゃんにケガなどは無いようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「なに?信兄の彼女……?修羅場?」
「いや……」
「あ?もしかして昨日言ってた、サークルの女友達?でもあの言い方まるで彼女みたいだね……」
「いや、友達じゃない」
首を振る信兄に、怪訝な目線を投げた。
「じゃあ、何?」
「ストーカー」
「す……『ストーカー』?」
「えー!」
唯ちゃんも目を丸くしている。
「いやー助かった。無視していたんだけど、しつこいからさ。どうしようかと悩んでいたんだけど……」
「知合いなの?」
「うーん、知り合いってか、授業が一緒でたまたま隣に座っていた子なんだよね。何度か話している内に、なんか付き纏われるようになっちゃって。彼女いるって何度も言ったんだけど。友達ですら無い筈なんだけど、俺が行くとこ行くとこ現れるんだよね」
「……なんか呑気だな。唯ちゃんになんかあったらどうすんだよ」
睨みつけると、信兄はヒラヒラと手を振った。
「今度絡んで来たら、弟の彼女だって説明するよ。でもあの様子だと彼女の男に対する基準から外れたっぽいから、もう寄ってこないんじゃ無いかな……?とにかく、唯に影響が無いように気を付けるよ。……唯もゴメンな?もしなんかあったら、すぐ対処するから言ってくれ」
唯ちゃんは神妙な様子でコクリと頷いた。
「怖かった?」
膝を追って覗き込むと、唯ちゃんはフルフル首を振った。
「怖いって言うよりビックリした。急に『何歳?』って聞かれたから」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
俺は唯ちゃんの肩を引き寄せて頭を撫でた。
唯ちゃんは気持ちよさそうに目を閉じて撫でられていたが、ハッと顔を上げて僕を見た。
「映画、始まっちゃう?」
「ホントだ、行こう!」
そうして三人で慌てて『スペース=ウォーズ』を上映している5番スクリーンに飛び込んだ。
その後、普通に映画を見て唯ちゃんを家に送った。
映画は嫌な出来事をすっかり忘れてしまうくらい、楽しかった。
信兄と一緒に家に戻って、さっそく俺は信兄に詰め寄った。
今後こんなトラブルがあるようなら、困る。他にトラブルの種が無いか、さっきのようなストーカーが他にいないか詳しく話して対策を講じないと、実家の出入り制限を母ちゃんに提案する!唯ちゃんとも接触禁止!と。
するとしぶしぶ信兄は、独り暮らしをしてからの出来事を打ち明け始めた。
大学生になって、すぐに綺麗な女の人に告白されて付き合った。特に好きだったわけじゃないけれど、男子校で女性とほとんど接しない生活をしていた女日照りの信兄にとっては、女の人なら来る者拒まず誰でも良かった。
それからテニスサークルに入って、途端に女の子が一杯寄って来るようになった。彼女がいると言うと「友達ならいいでしょ」と言われ、女友達のアドレスでスマホがすぐ一杯になった。女友達に誘われるまま二人で遊びに行ったり、飲みに行ったりしていたら、彼女がそれを知って怒り出した。
結局その女の人とは別れて、今度は女友達の一人と付き合うようになった。その女友達は自分に彼女がいてもよく『遊びに行こう、友達と遊びに行くくらいで怒る彼女は了見が狭い』って言っていたから、その子と付き合ったら他の女友達と遊んでも怒らず自由にできるだろうと考えていた。が、何故か他の子と遊びに行ったら鬼のように怒り出して、スマホを勝手にチェックし、少し出掛ければ「誰といたんだ何処にいたんだ」と根掘り葉掘り聞くようになり、前の彼女よりずっと束縛が激しい彼女になってしまった……。
と言う事を繰り返していたある日、彼女でも無いサークルの女友達同士が信兄を巡って争い始め、サークルがギスギスするようになった。男の先輩に肩を叩かれ「お前、しばらく出禁な」とニッコリ笑って引導を渡されたと言う。言われた通りサークルに顔を出さないでいると、その女友達達が交互にマンションに現れるようになり、何故か料理や掃除を争うようにし始め、終に本命の彼女と鉢合わせする事になり、泥沼の修羅場になって「「はっきりしなさいよ!」」と怒鳴られた。はっきりしろと言われても、友達は友達で、彼女は彼女と線引きしてちゃんとそう告げているのに、勝手に踏み込んでくる相手にどうしたら良いのだろうか……と、何もかも嫌になった信兄は、女達が押し寄せるマンションに帰りたく無くなり、実家に入り浸る日が増えたと言う。
これとは別にストーカー被害にはよく合っていて、モノが盗まれたり、行くとこ行くとこ何処ででも顔を合わせる知合いがいたり……と、こちらはもう慣れていてなんとも思わないらしい。
そんな時、かーちゃんに拉致されるように出掛けたコンサートホールで唯ちゃんに会った。
唯ちゃんは素直でいい子のまま、高校生になっていた。新鮮だった。癒された。
―――で、ますます実家に入り浸るようになった、と。
「信兄、そういうのって何て言うか知ってる?」
「……なんだ?」
「『優柔不断』って言うんだよ。ストーカー以外はほとんど、信兄が悪いんじゃん」
「え~~」
不満気な声を上げる、二十歳を過ぎた男にゲンナリする。
何でわかんないんだろう……??
「そんなの理解してくれる女の人なんて、いるワケ無いじゃん」
「……唯は優しい……」
ボソリと言う信兄を、俺はギロリと睨んだ。
「唯ちゃんだって、そんな扱いしてたら怒るよ!」
と強く発言してから、あれ?と思い直す。
「怒る……と、思うけど……」
そう言えば、唯ちゃんが嫉妬したり俺の交友関係に腹を立てたりしたところ見た事無いなあ……俺に近づくために唯ちゃんに取り入った女子に対しても、そんなに怒ったりしなかった。
「……確かに、あんまり怒らないかも……」
「な?」
「でも、信兄にはやらないからね!」
「ええ~~!」
「アタリマエだろ!そんな風に見た事無かったくせに、今更」
「だって、中学生と付き合うって言うのはさすがに無いよな。でも、高校生と大学生だったら、アリじゃないか?」
「ナシ!ナシだから!大学生でも高校生でも中学生でも、俺以外と唯ちゃんが付き合うのはナシ!」
「ずるいなぁ」
「ズルく無い!これ以上変な事言うようなら、接触禁止にするよ」
すると信兄は眉を下げて、拗ねたように言った。
「……ったく、冗談だよ。真に受けんなよー」
全然可愛く無いので、甘えた口調は止めて欲しい。
いつも適当なようでいて意外と努力家で頼れる信兄を、俺は密かに尊敬していたのに……
「あー、俺だけの天使、何処かにいないかなぁ……」
なんて遠い目をしているけど。
先に彼女と女友達との関係を整理した方が良い、と切実に俺は思った。
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