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後日談 黛家の妊婦さん1
(145)妊婦検診2
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(145)話の続きです。
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一通り診察を終えて、七海と黛は待合室で会計を待っていた。
このクリニックのエコー検査は4Ⅾ対応で、夫と一緒に胎児の立体動画を観る事が出来るのだ。今日のエコー検査で担当医師に「これは女の子かもね」と言われてから、夫がずっとニマニマ笑っているなぁ、と七海も気が付いていた。担当医師は玲子と同年代の五十代の女性で、黛を取り上げた医院長の娘だそうだ。
「旦那さんもやってみる?」
とプローブ(超音波を発生する探触子)を手渡され、それまで黙って大人しく成り行きを見守っていた黛も何故か七海のお腹のエコー検査を行う事になってしまった。勿論この医師は黛がこの病院で産まれた事も、現在緊急外来で研修医をしている事も知っている。
「あら、上手ね!どう黛さん、転科してウチに就職しない?」
などと揶揄われた。いや、そう勧誘した時の医師の目は本気の色を湛えていたような気がする、と七海は思った。産科医は激務で成り手が少ないのだと、ニュースで見掛けた事がある。ネットか何かの医師に対するアンケートでは「一番キツイと思う診療科目」の二位が「産科医」で三位が「外科医」だった。もっとも一位は「全て」だったが。
でも七海は何となく黛が産婦人科のお医者さんになるなんて想像できそうもないと思った。
性格的に向いて無さそうだなぁ、と思う。見た目が綺麗だから実際なったらなったで、妊婦さん達に大人気になってしまうかもしれないが……。
其処まで考えて七海はふと思う。うん、そう。『似合っていない』と思うだけ。決して女性に囲まれる事にヤキモチを焼いている、と言う訳では無い。いや、やっぱり妻として少しは面白くないかな?……などと多少モヤモヤした気持ちを抱えていたが、膝枕仮眠のお陰ですっかり元気を取り戻した黛がウキウキとこう言うを聞いて、そんな気持ちも直ぐに吹き飛んだ。
「七海ソックリな女の子がいいな」
これがお世辞では無く本気だと言う事を、七海は既に嫌と言うほど知っていた。
何を好き好んで、と思うが黛本人は傍若無人なまでに正直な人間だから疑いようがない。
「私は黛君や玲子さんにソックリな方が嬉しいよ」
相変わらずこの親子二人の顔は七海の好み、ドストライクなのだ。できればその好みの風貌を受け継がせてあげられれば、こんなに嬉しい事は無いと思った。
七海は生来面食い性だ。学生の頃はイケメンに見つめられれば多少の傾向の違いはあっても、大抵クラクラしたものだが……しかし最近はイケメンと目があったくらいでポーッとなる事は無くなった。
イケメンに免疫が付き過ぎたのかもしれない。などと口にすれば周囲にブーイングされそうな台詞が頭に浮かんだが、結構本気で七海はそう思っている。黛母子だけでなく、本田家の三兄弟やその母親などイケメン・美女達とこれだけ長く日常的に付き合っていれば誰でもこうなるだろう、と彼女は思った。
七海は自分の地味顔が嫌い、と言う訳では無い。落ち着いて鏡を見る事が出来るし、群衆に紛れて目立たないのも楽だ。でもやっぱりイケメン・美女で産まれた方がより楽しいだろうとも思う。
「私のような地味顔より絶対良いと思う」
「顔で得した事なんか無いけどな」
よく言う……と七海は思った。学生時代からずっと女性にモテ続けている黛の台詞では無いだろうと。
「あ、でも一つだけ顔で得した事はあったな」
「一つだけ?」
七海が訝し気に首を傾けると、黛は無精髭にボサボサ髪の怪しい風体のままニッコリと微笑んだ。
「七海と付き合えたからな。だからこの顔で損した事も結構あるけど、全部チャラになった!」
「……!……」
恥ずかしい事を大きな声で言われて、七海は言葉を失い真っ赤になる。
隣のソファに座る妊婦さんやその付き添いの旦那さんには絶対聞こえただろう、と思った。
もしかして隣のカップルだって同じような事を言い合っているかもしれない―――しかし、人前で、公衆の面前でキッパリこんな事を言い切る人は稀であろう。
「黛さーん」
「あ、ははは、はい!」
会計に呼ばれて慌てて声を上げ、立ち上がった。
その瞬間、しまった!と思った。恥ずかしい事を言う夫(と同時に自分)の苗字がお隣さんに公表されてしまったのだ。
キッと振り返り睨みつけると、周りの目など露程も気にしていない黛が呑気にニコニコ笑っている。けれども傍らにそっと控え立ち、自分を支えるように優しく腰に手を添えたりするから―――七海は結局何も言えなくなってしまった。
ガックリと肩を落とし、会計の窓口で支払いの為にカードを渡し読み込んで貰う間、その若い事務員とカチリと目が合った。
「……きっとどちらに似ても可愛いですよ?」
と善意満開の笑顔で言われて、気絶しそうになる。
思った以上に、二人の会話が響いていたのだと気付かされた七海であった。
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ちなみに更に真っ赤になって言葉を失う七海の横で、黛は通常運転のままでした。でも見た目はボサボサ髭面の堂々とした怪しい男…。
心が強いと言うより、羞恥心を感じるセンサーの感度が明らかに七海と違うのだろうと思います。
お読みいただき、誠にありがとうございました!
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一通り診察を終えて、七海と黛は待合室で会計を待っていた。
このクリニックのエコー検査は4Ⅾ対応で、夫と一緒に胎児の立体動画を観る事が出来るのだ。今日のエコー検査で担当医師に「これは女の子かもね」と言われてから、夫がずっとニマニマ笑っているなぁ、と七海も気が付いていた。担当医師は玲子と同年代の五十代の女性で、黛を取り上げた医院長の娘だそうだ。
「旦那さんもやってみる?」
とプローブ(超音波を発生する探触子)を手渡され、それまで黙って大人しく成り行きを見守っていた黛も何故か七海のお腹のエコー検査を行う事になってしまった。勿論この医師は黛がこの病院で産まれた事も、現在緊急外来で研修医をしている事も知っている。
「あら、上手ね!どう黛さん、転科してウチに就職しない?」
などと揶揄われた。いや、そう勧誘した時の医師の目は本気の色を湛えていたような気がする、と七海は思った。産科医は激務で成り手が少ないのだと、ニュースで見掛けた事がある。ネットか何かの医師に対するアンケートでは「一番キツイと思う診療科目」の二位が「産科医」で三位が「外科医」だった。もっとも一位は「全て」だったが。
でも七海は何となく黛が産婦人科のお医者さんになるなんて想像できそうもないと思った。
性格的に向いて無さそうだなぁ、と思う。見た目が綺麗だから実際なったらなったで、妊婦さん達に大人気になってしまうかもしれないが……。
其処まで考えて七海はふと思う。うん、そう。『似合っていない』と思うだけ。決して女性に囲まれる事にヤキモチを焼いている、と言う訳では無い。いや、やっぱり妻として少しは面白くないかな?……などと多少モヤモヤした気持ちを抱えていたが、膝枕仮眠のお陰ですっかり元気を取り戻した黛がウキウキとこう言うを聞いて、そんな気持ちも直ぐに吹き飛んだ。
「七海ソックリな女の子がいいな」
これがお世辞では無く本気だと言う事を、七海は既に嫌と言うほど知っていた。
何を好き好んで、と思うが黛本人は傍若無人なまでに正直な人間だから疑いようがない。
「私は黛君や玲子さんにソックリな方が嬉しいよ」
相変わらずこの親子二人の顔は七海の好み、ドストライクなのだ。できればその好みの風貌を受け継がせてあげられれば、こんなに嬉しい事は無いと思った。
七海は生来面食い性だ。学生の頃はイケメンに見つめられれば多少の傾向の違いはあっても、大抵クラクラしたものだが……しかし最近はイケメンと目があったくらいでポーッとなる事は無くなった。
イケメンに免疫が付き過ぎたのかもしれない。などと口にすれば周囲にブーイングされそうな台詞が頭に浮かんだが、結構本気で七海はそう思っている。黛母子だけでなく、本田家の三兄弟やその母親などイケメン・美女達とこれだけ長く日常的に付き合っていれば誰でもこうなるだろう、と彼女は思った。
七海は自分の地味顔が嫌い、と言う訳では無い。落ち着いて鏡を見る事が出来るし、群衆に紛れて目立たないのも楽だ。でもやっぱりイケメン・美女で産まれた方がより楽しいだろうとも思う。
「私のような地味顔より絶対良いと思う」
「顔で得した事なんか無いけどな」
よく言う……と七海は思った。学生時代からずっと女性にモテ続けている黛の台詞では無いだろうと。
「あ、でも一つだけ顔で得した事はあったな」
「一つだけ?」
七海が訝し気に首を傾けると、黛は無精髭にボサボサ髪の怪しい風体のままニッコリと微笑んだ。
「七海と付き合えたからな。だからこの顔で損した事も結構あるけど、全部チャラになった!」
「……!……」
恥ずかしい事を大きな声で言われて、七海は言葉を失い真っ赤になる。
隣のソファに座る妊婦さんやその付き添いの旦那さんには絶対聞こえただろう、と思った。
もしかして隣のカップルだって同じような事を言い合っているかもしれない―――しかし、人前で、公衆の面前でキッパリこんな事を言い切る人は稀であろう。
「黛さーん」
「あ、ははは、はい!」
会計に呼ばれて慌てて声を上げ、立ち上がった。
その瞬間、しまった!と思った。恥ずかしい事を言う夫(と同時に自分)の苗字がお隣さんに公表されてしまったのだ。
キッと振り返り睨みつけると、周りの目など露程も気にしていない黛が呑気にニコニコ笑っている。けれども傍らにそっと控え立ち、自分を支えるように優しく腰に手を添えたりするから―――七海は結局何も言えなくなってしまった。
ガックリと肩を落とし、会計の窓口で支払いの為にカードを渡し読み込んで貰う間、その若い事務員とカチリと目が合った。
「……きっとどちらに似ても可愛いですよ?」
と善意満開の笑顔で言われて、気絶しそうになる。
思った以上に、二人の会話が響いていたのだと気付かされた七海であった。
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ちなみに更に真っ赤になって言葉を失う七海の横で、黛は通常運転のままでした。でも見た目はボサボサ髭面の堂々とした怪しい男…。
心が強いと言うより、羞恥心を感じるセンサーの感度が明らかに七海と違うのだろうと思います。
お読みいただき、誠にありがとうございました!
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