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後日談 黛家の妊婦さん1
(121)翔太と一緒3
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(120)話の続きです。
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黛家のマンションから少し歩くと多摩川に出る。河川敷にある兵庫島公園には子供が遊べるような人工の小川があって黛も小さい頃、本田や本田の兄の信と一緒にここで遊んだものだった。
本田の弟、新がまだプクプクした小学生だった頃にも、夏の暑い日にここで水遊びをした。新は本田を慕いつつも恐れている所があり、一方で黛を年の近い兄弟のように思っている節があった。ふざけすぎた新が黛を引っ張り小川で盛大にスッ転んでしまった事がある。全身ずぶ濡れになった二人に溜息を吐きつつ、本田が持って来たタオルで拭いてくれたのだがなかなか乾かず、濡れたまま本田家に帰り茉莉花に纏めて怒られた事もある。その時は散々だと思ったが、大人になると懐かしい想い出に変わってしまうから、不思議なものだと黛は思った。
水際に敷物を敷いた後七海が取り出したのは、翔太用のアンパンの顔をしたキャラクターを模したおにぎりと、黛用に作った焼きおにぎりだった。
「おお……あの良い匂いは焼きおにぎりだったのか」
「醤油とみりんの組み合わせって、絶対美味しいよね」
「もしかしてごま油も入ってるか?」
「お、分かる?黛君も結構詳しくなって来たよね」
結婚する前の黛はあまり食にこだわりが無く、出て来る物に何が入っているかなどほとんど気にしない人間だった。丸焦げでなければ何でも食べれると豪語していたくらいだ。それでも七海が作ったお弁当を食べた後、あれが美味しかったこれが美味しかったと七海に告げると、その都度七海は嬉しそうに味付けについて軽く説明してくれる。黛も料理に手は出さないものの、そのお陰で徐々に料理の味付けなどに気が付けるようになった。何より感想を言うと七海がニコニコしてくれる。それが黛の心には、何よりのご馳走だったのだ。
三人でお握りをすっかり平らげてお茶を飲んで落ち着いた後、小川で水遊びをする事になった。短パンとTシャツ姿になった裸足の翔太がバシャバシャと水しぶきを作り歓声を上げる。七海も足だけ小川に浸かり、河川敷に生えているヨシで作った笹船を流して見せ翔太を喜ばせた。暫くそうやって遊んだ後、冷えすぎては大変だと黛は七海を敷物へ追いやり避難させることにした。
それから黛は小川を離れ、多摩川の方へ翔太を石切りに誘った。
「なるべく平べったい石を選ぶんだぞ」
「これは?」
投げるのに苦労しそうな大きな石を拾い上げた翔太に、黛は笑ってしまった。
「もうちょっと薄くて軽いのが投げやすいぞ。片手で投げるからな」
そう言って周りを見渡し手ごろな石を二つ拾い上げた。
「これ持ってな」
一つを翔太に渡し「見てろよ」と言い、黛は手に持った石を水平に腕を振り払い川面に投げつけた。するとピッピッピッ……と三度ほど跳ねてから、石は水下に消えて行った。
「すげー!」
子供の素直な賞賛は、新しい職場ですっかり擦り切れてボロボロになった筈の黛の自尊心を強かに擽ってくれる。
「翔太もやってみな」
「うん!」
元気に頷く翔太から、新しい生命力のような物が伝わって来た。
子供相手は体力仕事だ。正直最近仕事で体力を使い切ってしまう黛にとって、体力的には更なる試練と言えなくもない。けれども日の光の下で楽しそうに目を輝かせて遊ぶ翔太を見ていると―――力強いエネルギーのような物が充電されるような気がしてくるから不思議なものだ。そう、黛は思った。
最初の内は何度投げてもポチャリと水下に沈み込んでしまい、その度翔太はガックリと肩を落としてしまう。そしてとうとう―――癇癪を起して涙目になってしまった。
「ちょっと休憩するか?」
「……まだやる」
涙を滲ませながらも、しがみ付く頑固さを目にして―――七海の芯の強さと同じルーツを翔太の中に見つけてしまう。黛は何となく微笑ましく思って、自分の中の『そろそろ休憩したい欲』を無かった事にして、翔太の納得が行くまで付き合う事にした。
敷物の上の七海を見ると、寛いだ姿勢で翔太の奮闘を見守っている。七海が見守る中、その後五度目の挑戦で―――漸く放たれた小石が、ピッっと水面を蹴った。
「やった!」
「すげー翔太!才能あるんじゃないか?」
正直、小一になったばかりの翔太には少し難しい課題かと思い始めていた所だった。しかしこの成功に、思わず黛も義兄バカを発揮して、手放しで褒めたたえてしまう。
「やった、やった!」
そう言ってピョンピョンその場で跳ねていた翔太が、いきなり弾丸のように走り出した。その先には翔太の成功を喜び立ち上がってニコニコしている七海の姿が。黛は咄嗟に起き抜けの惨事を思い出した。
「マズい!」
翔太がこれからしようとしている行動を察知した黛は、慌ててその後を追った。
そして小さな弾丸が七海に飛び込もうとする直前に、間に飛び込んで衝突を防いだ。
「ぐえっ!」
再び翔太の直撃を鳩尾で受け止めてしまった黛は、溜まらず呻いた。
「黛君?!大丈夫?」
「七海……翔太に赤ちゃんのこと……」
「あっ……ゴメン。まだ言ってない……」
やはり、と黛は思った。
そしてその後、黛は翔太と向き合い、コンコンと説いた。
七海のお腹には今赤ちゃんがいて、眠っている赤ちゃんは大事に優しく扱わなければならない事、だから決して頭から七海のお腹に突進などしてはいけないと言う事を噛んで含めるように伝えたのだった。
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お読みいただき、有難うございました。
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黛家のマンションから少し歩くと多摩川に出る。河川敷にある兵庫島公園には子供が遊べるような人工の小川があって黛も小さい頃、本田や本田の兄の信と一緒にここで遊んだものだった。
本田の弟、新がまだプクプクした小学生だった頃にも、夏の暑い日にここで水遊びをした。新は本田を慕いつつも恐れている所があり、一方で黛を年の近い兄弟のように思っている節があった。ふざけすぎた新が黛を引っ張り小川で盛大にスッ転んでしまった事がある。全身ずぶ濡れになった二人に溜息を吐きつつ、本田が持って来たタオルで拭いてくれたのだがなかなか乾かず、濡れたまま本田家に帰り茉莉花に纏めて怒られた事もある。その時は散々だと思ったが、大人になると懐かしい想い出に変わってしまうから、不思議なものだと黛は思った。
水際に敷物を敷いた後七海が取り出したのは、翔太用のアンパンの顔をしたキャラクターを模したおにぎりと、黛用に作った焼きおにぎりだった。
「おお……あの良い匂いは焼きおにぎりだったのか」
「醤油とみりんの組み合わせって、絶対美味しいよね」
「もしかしてごま油も入ってるか?」
「お、分かる?黛君も結構詳しくなって来たよね」
結婚する前の黛はあまり食にこだわりが無く、出て来る物に何が入っているかなどほとんど気にしない人間だった。丸焦げでなければ何でも食べれると豪語していたくらいだ。それでも七海が作ったお弁当を食べた後、あれが美味しかったこれが美味しかったと七海に告げると、その都度七海は嬉しそうに味付けについて軽く説明してくれる。黛も料理に手は出さないものの、そのお陰で徐々に料理の味付けなどに気が付けるようになった。何より感想を言うと七海がニコニコしてくれる。それが黛の心には、何よりのご馳走だったのだ。
三人でお握りをすっかり平らげてお茶を飲んで落ち着いた後、小川で水遊びをする事になった。短パンとTシャツ姿になった裸足の翔太がバシャバシャと水しぶきを作り歓声を上げる。七海も足だけ小川に浸かり、河川敷に生えているヨシで作った笹船を流して見せ翔太を喜ばせた。暫くそうやって遊んだ後、冷えすぎては大変だと黛は七海を敷物へ追いやり避難させることにした。
それから黛は小川を離れ、多摩川の方へ翔太を石切りに誘った。
「なるべく平べったい石を選ぶんだぞ」
「これは?」
投げるのに苦労しそうな大きな石を拾い上げた翔太に、黛は笑ってしまった。
「もうちょっと薄くて軽いのが投げやすいぞ。片手で投げるからな」
そう言って周りを見渡し手ごろな石を二つ拾い上げた。
「これ持ってな」
一つを翔太に渡し「見てろよ」と言い、黛は手に持った石を水平に腕を振り払い川面に投げつけた。するとピッピッピッ……と三度ほど跳ねてから、石は水下に消えて行った。
「すげー!」
子供の素直な賞賛は、新しい職場ですっかり擦り切れてボロボロになった筈の黛の自尊心を強かに擽ってくれる。
「翔太もやってみな」
「うん!」
元気に頷く翔太から、新しい生命力のような物が伝わって来た。
子供相手は体力仕事だ。正直最近仕事で体力を使い切ってしまう黛にとって、体力的には更なる試練と言えなくもない。けれども日の光の下で楽しそうに目を輝かせて遊ぶ翔太を見ていると―――力強いエネルギーのような物が充電されるような気がしてくるから不思議なものだ。そう、黛は思った。
最初の内は何度投げてもポチャリと水下に沈み込んでしまい、その度翔太はガックリと肩を落としてしまう。そしてとうとう―――癇癪を起して涙目になってしまった。
「ちょっと休憩するか?」
「……まだやる」
涙を滲ませながらも、しがみ付く頑固さを目にして―――七海の芯の強さと同じルーツを翔太の中に見つけてしまう。黛は何となく微笑ましく思って、自分の中の『そろそろ休憩したい欲』を無かった事にして、翔太の納得が行くまで付き合う事にした。
敷物の上の七海を見ると、寛いだ姿勢で翔太の奮闘を見守っている。七海が見守る中、その後五度目の挑戦で―――漸く放たれた小石が、ピッっと水面を蹴った。
「やった!」
「すげー翔太!才能あるんじゃないか?」
正直、小一になったばかりの翔太には少し難しい課題かと思い始めていた所だった。しかしこの成功に、思わず黛も義兄バカを発揮して、手放しで褒めたたえてしまう。
「やった、やった!」
そう言ってピョンピョンその場で跳ねていた翔太が、いきなり弾丸のように走り出した。その先には翔太の成功を喜び立ち上がってニコニコしている七海の姿が。黛は咄嗟に起き抜けの惨事を思い出した。
「マズい!」
翔太がこれからしようとしている行動を察知した黛は、慌ててその後を追った。
そして小さな弾丸が七海に飛び込もうとする直前に、間に飛び込んで衝突を防いだ。
「ぐえっ!」
再び翔太の直撃を鳩尾で受け止めてしまった黛は、溜まらず呻いた。
「黛君?!大丈夫?」
「七海……翔太に赤ちゃんのこと……」
「あっ……ゴメン。まだ言ってない……」
やはり、と黛は思った。
そしてその後、黛は翔太と向き合い、コンコンと説いた。
七海のお腹には今赤ちゃんがいて、眠っている赤ちゃんは大事に優しく扱わなければならない事、だから決して頭から七海のお腹に突進などしてはいけないと言う事を噛んで含めるように伝えたのだった。
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