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番外編 裏側のお話
(102)ウエディングドレス 1
しおりを挟むここから『平凡地味子~』後日談『黛家の新婚さん』及び『黛家の妊婦さん』の番外編となります。
この『番外編 裏側のお話』は基本的に脇役のお話です。黛や七海の二人が知らないまま終わる事情もあります。本編にとっては蛇足のようなお話ですし、あまり気分の良くない話、収まりの良くないスッキリしないお話もあります。本編の雰囲気を壊す可能性もありますので、気にならないと言う方だけお読み下さい。こちらを読まなくても本編を読み進めるのに支障は無いように書くつもりです。
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以下、後日談『黛家の新婚さん』(76)~(81)話の裏側のお話です。
黛の元カノ、美山雪視点となります。
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雪の義姉であるデザイナー紗里が物凄く浮かれた様子でアトリエにいる彼女に連絡して来た。どうやらどうしても先に手を付けたい依頼があるらしい。
「もー、そういうの絶対ダメ!って紗里さんが言っていたのに」
商売のイロハを雪に優しく厳しく説いた人物と、その時の彼女は別人だった。興奮を抑えられない声で彼女はこう言ったのだ。
『だって玲子さん直々の依頼なのよ!”渡米する前にムスメのウエディングドレス姿を見たい、出来れば紗里のデザインでお願いしたい”って言ってくれたの!』
『玲子』と言う名前に雪はハッと息をのんだ。スマホの向こうの紗里にはその雪の感情は届かない。何故なら雪は三年前に自ら別れを告げた相手が―――その玲子の息子だと言う事を、紗里に伝えていなかったのだから。それどころか彼女は未だに二人が付き合っていた事も、会っていた時期も知らないままなのだ。
『玲子さんは勿論、無理にとは言わなかったわ。だけど私がどうしても受けたいのよ、他の人にやらせたくないの』
雪は相手に聞こえるように溜息を吐いてから、答えた。
「分かったわ。ファンとしてそれは逃せないわよね。今スケジュールの確認をするから―――あの、でも紗里さん?玲子さんって息子さんしかいなかったのじゃなかったかしら。もしかして、再婚でもなさったのかしら」
確か彼は一人っ子だと言っていた筈だ。雪の記憶違いで無ければ。まさか彼がこんなに若い内に結婚するなんてありえない。『医者は卒業後、一人前になるのに十年はかかる』などと彼が言っていたのを思い出す。勉強に夢中で、まるで結婚などに興味を示す様子は見られなかった。デキ婚も……あの冷静な彼に限ってそんな迂闊な事はするまい。雪はそう思っていた。
だとしたらあの美しいジャズピアニスト、玲子が再婚して……連れ子が女の子だったと言う事だろうか?それとも、姪っ子などを娘同然と言ったのを紗里が勘違いしているとか。
『それがね、息子さんが結婚されたのですって!』
そのまさかだった。
「え……息子さん、まだお若かったんじゃ……?確か二十五、六じゃなかったかしら」
擦れる声でかろうじて返事をすると、紗里が笑みを含んだ声で言った。
『ねえ!ビックリよね。でも流石玲子さんの息子さんって感じ。玲子さんもね、若い頃結婚を決めてから未だに旦那様と仲良しなのよー』
「……」
『雪ちゃん?』
「あ!うん!吃驚しちゃって。その……息子さん昔お見掛けした時は、まだ学生さんだったから」
『あら?雪ちゃん、会った事あったっけ?』
「紗里さんのトコでマネキンのバイトやってた時!ほら、玲子さんが息子さん従えていらっしゃったじゃない。彼女にソックリな美青年だったから……忘れられないわよ」
一応嘘は言っていない。が、紗里に終わってしまった関係を打ち明けるのは嫌だった。何より紗里に内緒で学生だった彼に声を掛けた事を、雪は後ろめたく思っていた。紗里の大事な顧客に手を出したのだ……しかも興味本位で。黙っていたのはその為だ。結局最後まで打ち明けずに終わってしまった。そして完全に今、再会の目も絶たれてしまったのだ。紗里がそうとは知らずに、雪に引導を渡してしまったのだから。
『ああー、そうだっけ?』
「紗里さん、玲子さん相手だと舞い上がっちゃうから周りが見えていなかったんでしょう」
『失礼ね!でも、そうかも……』
そんな明らかに舞い上がっている紗里の様子を尻目に、雪は玲子の息子に誘いを掛けたのだ。最初は興味本位で。可愛い男の子と、ちょっと楽しいおしゃべりが出来れば良かった。雪はモデルの仕事に夢中だったし、それを邪魔する男達には懲り懲りしていた。男達は雪と話していると皆ポーッとなって直ぐに恋愛感情や、征服欲を向けて来る。それは雪には気持ちの良い物だった。自分の価値が目に見えるようで、美しくあろうと努力している事を評価されているようで嬉しかった。しかし同時に、その視線に籠められたものが本気だろうと遊びだろうと本能が命じた狩りの欲求だろうと―――束縛に変わった瞬間、雪はとてつもなくその視線が鬱陶しくなってしまうのだ。だけどあの綺麗な年下の男の子なら、何となくそんな鬱陶しい事にはならないだろうと雪は思った。その証拠に雪と目が合っても、彼は興味無さそうにフイッと視線を背けるだけだった。
もし話をして―――彼が他の男と同じようにそんな視線を向けて来るようになったのなら。そんなつもりなど無かったのだと、跳ねつけてしまえばいい。そう、そんな時、年下の方が扱い易い筈だ。
雪はそんな言い訳を自分にして、彼をお茶に誘ったのだ。
でも今では分かっている。それはただの言い訳だったのだと。その時既に雪は―――彼に惹かれていた。そう、雪は一目で恋に落ちてしまったのだ。そんな自分の内面に見ない振りをしていたから……。
目をそっと閉じ、雪は再び溜息を吐いた。
今度は紗里に聞こえないように、スマホから顔を背けて小さく息を吐き出した。
再び目を開け、雪は優しい声でこう言った。
「スケジュール大丈夫よ。○日と○日、それから○日の午後なら空けられるわ」
『サンキュー雪ちゃん!じゃあ、玲子さんに予定確認するわね』
楽しそうな声でそう言って、紗里が電話を切った後。
雪は身じろぎもせずに手に持ったままのスマホに目を向け、暫くそのまま動けずにいたのだった。
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