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後日談 黛家の新婚さん2
(52)名前で呼んで2
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(51)話の夜のお話です。
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七海が仕度を終えて寝室に入って来ると、パジャマ姿の黛がベッドの上で胡坐を掻いて座っていた。
久し振りに定時に帰れた黛とレストランで食事をし、呼び出しも無く無事自宅に辿り着く事が出来た。黛を先にお風呂に入れている間に明日の朝ご飯とお弁当の下ごしらえを済ませ、その後お風呂に入った七海は湯上りのホカホカした体を肌ざわりの良いパジャマに包み、鼻歌を歌いながら扉を開けた。そしてベッドに入ろうとした処で、黛が重々しく口を開いた。
「要は『慣れ』だと思うんだ」
「……えーと、何のこと?」
また何を言い出すのかと思ったが、頭の中に何も引っ掛からない。そういう時、七海は諦めて素直に尋ねる事にしている。考えても無駄だからだ。
「名前だよ。いい加減、苗字呼びを続けてたら今日みたいに誤解されたりして困るだろ?」
「……大して困らないんじゃない?誤解されたら説明すれば良いんだし」
「……」
確かに遠野みたいな穿った考え方をする人間は少ないだろう。
黛は正攻法で行く事にした。
「俺が呼んで欲しいんだ。子供が出来ても苗字で呼ぶつもりか?子供にもそんな風に呼ばれたら嫌だよ」
「……でも恥ずかしいもの」
「それだ」
ピッと人差し指を立てて黛は言い切る。
どれだ?と七海は思った。
「だから先ずは『慣れ』る事から始めれば良い。外で呼ぶのをハードルが高いと思うなら、時間とか場所とか―――夜だけとか、家だけとか決めて練習すれば良い」
「ああ、なるほど」
「で、そこで慣れたら後は呼ぶ場所とか時間帯を広げれば言いだろ?」
「うーん、そうだね。それなら出来る……かな?」
確かに子供が出来るまでには呼び方は変えた方が良いかもしれない。
けれども七海には、それはそれほど困るような事では無い気がした。
「でも子供が出来たら、『パパ』とか『お父さん』とか呼ぶようになるんじゃない?」
「……『パパ』……」
一瞬その甘美な響きに捕われて頭がポヤンとなった黛だが、我に返って首を振った。
「ダメだ!それなら尚更今の内に名前で呼んでくれよ。じゃないと一生、苗字呼びか『パパ』呼びで終わっちゃうだろ」
七海の両親は『お父さん』『お母さん』と呼び合っているので、彼女はそれでも良いと思っていた。呼び方が変わったからと言って関係が変わる訳でも無いのに、と。
しかし黛は色々と、それこそ普段から優しく七海に気遣いを示してくれ――とにかく彼女を大事にしてくれている。仕事で忙しく辛い事もあるだろうに家庭に愚痴を持ち込む事も無いし、一緒に居る時には目いっぱい愛情を示してくれる。だから会えない時間があっても七海は特に不安も感じずに過ごす事ができているのだ。
少しくらい恥ずかしくても、譲歩して黛に歩み寄る努力をしても良いのでは無いか?七海はそう考えた。
「―――分かった。頑張ってみる」
七海が決意を込めて頷くと、黛は「やった!」と手を上げて喜んだ。
そんなに大袈裟に喜ばれると余計に恥ずかしくなってしまうが―――それだけ切望されているのだと受け取って、彼女はくすぐったさを何とか噛み殺した。
「じゃあ、今からな」
「え?!今から?」
「うん『思い立ったが吉日』だ!先ずは夜な。寝室では俺の事名前で呼ぶ事。親父や玲子の目が無い所の方が、七海も言い易いだろ?」
「まあ、そう言えばそうだね……」
七海は神妙な表情でコクリと頷いた。
じいっと見つめられて、ジリジリ背筋がこそばゆいような気がする。
ベッドの上に座り込んだまま腕組みをして七海を見つめる黛の正面にキチンと向き直り、彼女は勇気を出して口を開いた。
「り……」
「……り?」
「……りゅうのすけ……くん?」
「……」
黛がカッと目を見開いた。
穴が開くかと思うくらい見つめられて、七海は真っ赤になってしまう。
「……いい……」
「え……?」
「可愛い過ぎる!」
「うわっ……!」
がばっと抱き着かれ、押し倒された。
「ちょっ、まゆずみくんっ……」
「苗字禁止!」
「あ、えっと、りゅうのすけ……くん」
「……うわ、すげー可愛い、ななみ……」
「え、え、あの……わわわ~!まっ……龍之介くん、ちょっ」
―――と言う訳で。
初回ですっかり懲りてしまった七海は、名前呼びを再び封印する事になったのだった。
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安直で申し訳ない<(_ _)>ですが、良くある展開で幕としました。
頭は良い筈のに、いつまでも学習できず同じ事を繰り返す黛でした。
お読みいただき、有難うございました。
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七海が仕度を終えて寝室に入って来ると、パジャマ姿の黛がベッドの上で胡坐を掻いて座っていた。
久し振りに定時に帰れた黛とレストランで食事をし、呼び出しも無く無事自宅に辿り着く事が出来た。黛を先にお風呂に入れている間に明日の朝ご飯とお弁当の下ごしらえを済ませ、その後お風呂に入った七海は湯上りのホカホカした体を肌ざわりの良いパジャマに包み、鼻歌を歌いながら扉を開けた。そしてベッドに入ろうとした処で、黛が重々しく口を開いた。
「要は『慣れ』だと思うんだ」
「……えーと、何のこと?」
また何を言い出すのかと思ったが、頭の中に何も引っ掛からない。そういう時、七海は諦めて素直に尋ねる事にしている。考えても無駄だからだ。
「名前だよ。いい加減、苗字呼びを続けてたら今日みたいに誤解されたりして困るだろ?」
「……大して困らないんじゃない?誤解されたら説明すれば良いんだし」
「……」
確かに遠野みたいな穿った考え方をする人間は少ないだろう。
黛は正攻法で行く事にした。
「俺が呼んで欲しいんだ。子供が出来ても苗字で呼ぶつもりか?子供にもそんな風に呼ばれたら嫌だよ」
「……でも恥ずかしいもの」
「それだ」
ピッと人差し指を立てて黛は言い切る。
どれだ?と七海は思った。
「だから先ずは『慣れ』る事から始めれば良い。外で呼ぶのをハードルが高いと思うなら、時間とか場所とか―――夜だけとか、家だけとか決めて練習すれば良い」
「ああ、なるほど」
「で、そこで慣れたら後は呼ぶ場所とか時間帯を広げれば言いだろ?」
「うーん、そうだね。それなら出来る……かな?」
確かに子供が出来るまでには呼び方は変えた方が良いかもしれない。
けれども七海には、それはそれほど困るような事では無い気がした。
「でも子供が出来たら、『パパ』とか『お父さん』とか呼ぶようになるんじゃない?」
「……『パパ』……」
一瞬その甘美な響きに捕われて頭がポヤンとなった黛だが、我に返って首を振った。
「ダメだ!それなら尚更今の内に名前で呼んでくれよ。じゃないと一生、苗字呼びか『パパ』呼びで終わっちゃうだろ」
七海の両親は『お父さん』『お母さん』と呼び合っているので、彼女はそれでも良いと思っていた。呼び方が変わったからと言って関係が変わる訳でも無いのに、と。
しかし黛は色々と、それこそ普段から優しく七海に気遣いを示してくれ――とにかく彼女を大事にしてくれている。仕事で忙しく辛い事もあるだろうに家庭に愚痴を持ち込む事も無いし、一緒に居る時には目いっぱい愛情を示してくれる。だから会えない時間があっても七海は特に不安も感じずに過ごす事ができているのだ。
少しくらい恥ずかしくても、譲歩して黛に歩み寄る努力をしても良いのでは無いか?七海はそう考えた。
「―――分かった。頑張ってみる」
七海が決意を込めて頷くと、黛は「やった!」と手を上げて喜んだ。
そんなに大袈裟に喜ばれると余計に恥ずかしくなってしまうが―――それだけ切望されているのだと受け取って、彼女はくすぐったさを何とか噛み殺した。
「じゃあ、今からな」
「え?!今から?」
「うん『思い立ったが吉日』だ!先ずは夜な。寝室では俺の事名前で呼ぶ事。親父や玲子の目が無い所の方が、七海も言い易いだろ?」
「まあ、そう言えばそうだね……」
七海は神妙な表情でコクリと頷いた。
じいっと見つめられて、ジリジリ背筋がこそばゆいような気がする。
ベッドの上に座り込んだまま腕組みをして七海を見つめる黛の正面にキチンと向き直り、彼女は勇気を出して口を開いた。
「り……」
「……り?」
「……りゅうのすけ……くん?」
「……」
黛がカッと目を見開いた。
穴が開くかと思うくらい見つめられて、七海は真っ赤になってしまう。
「……いい……」
「え……?」
「可愛い過ぎる!」
「うわっ……!」
がばっと抱き着かれ、押し倒された。
「ちょっ、まゆずみくんっ……」
「苗字禁止!」
「あ、えっと、りゅうのすけ……くん」
「……うわ、すげー可愛い、ななみ……」
「え、え、あの……わわわ~!まっ……龍之介くん、ちょっ」
―――と言う訳で。
初回ですっかり懲りてしまった七海は、名前呼びを再び封印する事になったのだった。
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安直で申し訳ない<(_ _)>ですが、良くある展開で幕としました。
頭は良い筈のに、いつまでも学習できず同じ事を繰り返す黛でした。
お読みいただき、有難うございました。
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