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後日談 黛家の新婚さん1
(41)予防接種
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七海が弟の翔太の予防接種に付き添うお話です。
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黛家に引っ越すにあたり、七海は実家の近所にある大福屋のバイトを辞める事になった。朝の早い仕事なので瀬田のマンションからこどもの国駅まで通うのは無理だったのだ。早くからバイト募集の張り紙をしていたが、結局平日にパートで来ている奥さんの知り合いが補充される事になった。その人は夫の定休日が平日で子供もいないため、時間を持て余していたようだ。
と言う訳で七海の土日は現在フリーである。
ただしフリーになったと言っても夫である黛は不規則な勤務形態だし、友人らもサービス業に付いている者が多く休みは大抵平日だ。なので彼女は黛が仕事の時は一人でブラブラ映画を観たり、本屋に行ったりのんびり過ごしている。
ある日の土曜日。七海は翔太を予防接種に連れて行く事になった。
父は土曜出勤で祖母は町内会の温泉旅行、妹の広美は卒論で大忙し。その日母の職場のシフトが埋まらず出勤するよう頼まれたと聞いて、七海から申し出たのだ。
近所の掛かり付けの個人病院は総合病院だが、小児科が充実していて七海も昔は何かある度通ったものだ。特に最近は予防接種専用の待合室が新しく開設された事もあって、予約が取りにくくなったらしい。インフルエンザや風邪が流行る冬は特に小さい子供を持つ親には、予防接種に行って待合室で他の病気を貰う本末転倒な事態を防げるとあって喜ばれているようだ。
「江島翔太く~ん」
「あ、翔太呼ばれたよ!」
ブロックで遊んでいた翔太を引き剥がして、診察室まで連れて行く。昔はおじいちゃん先生の担当だったが今日居た医師は七海と同じ年頃に見えるくらい若かった。体格が良く男らしい野性的な雰囲気を纏った男性だ。彼はPCの画面に映し出されたカルテに目を通してからこちらを振り向いた。
「こんにちは、翔太君」
「こんにちは!」
「いい返事だね!じゃあまずはお口を開けて貰うかな?日本脳炎の予防接種でした……よね」
確認の意味を込めて付き添い用の椅子に座った七海をチラリと見た医師が、パカリと開けた翔太の口の中を覗き込もうとして―――グリンとまた七海を見た。
彼は少し目を瞠ってそのまま凝視する。
七海は頑張って口を開けたままの翔太が気になって「先生?あの……」と声を発した。
「あ、ああ!スイマセン。ゴメンね、翔太君。お口見るよー……はい、大丈夫だね。じゃあ、お腹ちょっといいかい?うん、息吸えるかな?いっぱい吸って……止めて。よおーし、上手だぞ」
若いのに子供の扱いに慣れてるなぁ、と七海は感心しながら医師の診察を眺めていたが―――再びその医師が七海を見たので、診察で気になる事があったのかと少し緊張して居住まいを正した。
「結婚したんだな」
「え?」
「覚えてない?俺、小学校江島と一緒だったんだけど」
「えっと……」
七海は記憶を探ったが、思い出せない。しかし言われてみると、同級生にこの病院の息子が居たような記憶がある。しかし見ただけで七海が結婚したばかりと分かるとは―――既婚者には、何か医者だけに分かる目印みたいなものがあるのだろうか?と七海は訝しく思った。
「それにしても早くないか?この子、五歳だろ?それに苗字が変わってない……まさか婿養子?でもお前、兄ちゃんいなかったか?―――あっ、じゃあもしかして……」
矢継ぎ早に質問を浴びせた後、若い医師は気まずげに声のトーンを落とした。
七海はそこで漸く気が付いた。
彼は翔太を七海の息子と勘違いしているのだ。そしておそらく―――七海を未婚の母か何かだと誤解している……!!
「ち、違いますっ!弟!」
「え?」
「翔太は弟です!」
医師から謝られ、予防接種を終えた後「お詫びに」と子供用のお菓子を渡された。
「お姉さんから後で渡してあげて」
と言って断ろうとする七海のポケットに捻じ込まれてしまったので、少し強引だなぁ、と思いつつ諦めて頷いた。今翔太に見せたらご飯前だと言うのにお菓子優先になってしまうのは確実だったから、そのまましまっておいた。
待合室で会計を待っている間に記憶を探ってみる。
おぼろげながら同級生だった彼の小学校時代が浮かんで来たが、あまり鮮明では無い。中学受験をして中高一貫の男子校へ進学したそうで、七海とは小学校卒業以来ほとんど顔を合わせる機会が無かったそうだ。
それから予防接種を泣かずに乗り越えた翔太を労って、カフェでお子様ランチをご馳走してからオモチャ売り場で少し遊び、更に帰り道近所の公園に寄り道をした。
ブランコの背を押してあげた後、遊具に駆け寄り遊ぶ弟を見守っていると、周囲に同じように立ってボンヤリと子供を見守っている人や、ベンチに座って一心不乱にスマホを弄っている若い母親、ペチャクチャおしゃべりしているママ友らしき組み合わせが目に入る。
「子供かあ……私もそんな年になったんだなぁ」
と呟きつつ、夫の事を考えた。
黛は子供が出来たら喜ぶだろうか?どんな風に?翔太の扱いが上手いから……忙しいなりに子供が出来たらちゃんと構ってくれるかもしれない。それとも黛家の両親のように放任気味の子育てになるのだろうか……?
まだ見ぬ未来に想いを馳せていると約束の時間になったので翔太を家に送り届け、電車に乗って黛家のマンションに戻り夕飯の仕度に取り掛かる。
少し手を抜いてルーカレーにした。万が一仕事が長引いて今日夕食を食べられなくても、翌日に持ち越せる。返って味がなじんで美味しくなるだろう、と七海は考えた。
しかし特に滞りなく仕事を終えた黛は、予定の時間に帰宅した。
「カレー?やりっ」
玄関で匂いを嗅ぎつけた黛は満面の笑みでキッチンに顔を出した。
黛が普通のルーカレーが大好物だと知ったのは、ごく最近だ。
「あっためるから着替えて来て」
と七海が言うと、黛は「はーい」と大人しく返事をして鞄を背負ったまま寝室に向かって行った。
クスリと笑いつつスプーンを持ってテーブルのランチョンマットの上に並べ、何気なくパーカーのポケットを触ると堅い手触りがした。
七海は「あれ?」と呟いて、あらためてポケットに手を差し入れる。
「あっ!翔太に渡すの忘れてた~」
それは丸い子供用のガムが入った小さな箱だった。
『キシリトール入』と書いてあるのでおそらく予防接種でグズる子供が居た時にご褒美として提示し、気を逸らす為に常備してあるのだろう。扱いに困り、取り敢えずダイニングテーブルにガムを置いて、七海は夕食の準備を続ける為にキッチンに戻ることにした。
カレーを温め終わりご飯の上に盛り付けている所で、部屋着に着替えた黛がダイニングに現れた。
両手にカレー皿を持って七海がダイニングテーブルに近寄ると、黛がガムの箱を手に取ってジッとそれを検分している所だった。
「それ、翔太の病院で貰ったの。昔よく食べたよね?最近のはキシリトールも入ってるんだね」
「翔太の……?」
「後で渡す様に言われたのに、渡しそびれちゃって。黛君それ好き?食べる?」
「ふーん……」
黛は七海の問いには答えず、それを自分のポケットにしまった。
七海はそれを了解と受け取って特に返事は求めず、テーブルに皿を置いてからキッチンへ引っ込んだ。それから水の入ったコップを手にし戻って来る。
食卓に着いて手を合わせ、向かい合ってカレーを食べ始めた。すると大人しくモグモグと口を動かしていた黛が、不意に口を開いた。
「予防接種の医者って、男?」
「え、うん。あ!それがねー、スゴイ偶然なの。小学校の同級生がお医者さんになっててね、その病院の跡継ぎなのかな?翔太の診察してくれたの」
「へー……」
「中学校は別のトコ進学したから、あまり記憶に無かったんだけど……その人は翔太のカルテで名前見てピンと来たみたいで」
「ほぉー……」
「最初翔太の事、私の子供だと思ったみたい。いくら何でもそれは無いよねー!二十歳で妊娠した事になるし、苗字変わってないから未婚の母だと思ったらしいよ」
「なるほど」
短い合の手を打ちつつボンヤリしている黛を訝しく思った七海が、ピタリと口を止めてジッとその整った顔を覗き込んだ。
「どしたの?お仕事大変だった?」
「あ、ああ。ちょっと今日は疲れたかも」
「じゃあ、早めに寝た方がいいね」
「ああ、そうする。ところで―――その病院、何て言うんだ?」
「病院?」
「翔太の」
「ああ、えっと『緑山総合病院』だよ」
「……やっぱり……」
「え?」
「何でも無い。カレーウマかった、ご馳走さん。シャワー浴びて来る」
「あ、うん」
黛は食べ終わった皿を、キッチンのシンクに置くと着替えを取りにもう一度寝室へ戻って行った。七海は疲れた様子の黛を見送って(やっぱり子供はもうちょっと後の方がいいかな?黛君、余裕なさそうだなぁ……)などと考えていたが、特にそれ以上深く思い悩む事も無く、食べ終わった自分の皿を持ってキッチンに向かったのだった。
黛の態度がおかしかったのには理由がある。
ダイニングテーブルに置き去りにされたガムの箱を手にした黛は、何気なくそれを引っ繰り返した。すると裏側にマジックで数字が書かれていた。
×××―××××―4649
見覚えのある番号―――同僚の遠野の携帯番号だった。
女性に覚えらえやすい番号を選んだのだと、学生時代から遠野が得意げに黛に語っていたので何となく覚えていたのだ。おまけに『緑山総合病院』は遠野の実家だ。今日は遠野は休みだったハズだ。きっと実家から救援要請が出て診察を手伝ったのだろう―――と黛は推測し、そのガムをポケットに仕舞い込んだのだった。
やはり遠野に七海を近づけてはいけない。
黛は更に固くそう決意したのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何か起こりそうですが、七海と遠野の間には何も起こりません。
ただし、遠野は確実に黛に虐められるでしょう。
お読みいただき、有難うございました。
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黛家に引っ越すにあたり、七海は実家の近所にある大福屋のバイトを辞める事になった。朝の早い仕事なので瀬田のマンションからこどもの国駅まで通うのは無理だったのだ。早くからバイト募集の張り紙をしていたが、結局平日にパートで来ている奥さんの知り合いが補充される事になった。その人は夫の定休日が平日で子供もいないため、時間を持て余していたようだ。
と言う訳で七海の土日は現在フリーである。
ただしフリーになったと言っても夫である黛は不規則な勤務形態だし、友人らもサービス業に付いている者が多く休みは大抵平日だ。なので彼女は黛が仕事の時は一人でブラブラ映画を観たり、本屋に行ったりのんびり過ごしている。
ある日の土曜日。七海は翔太を予防接種に連れて行く事になった。
父は土曜出勤で祖母は町内会の温泉旅行、妹の広美は卒論で大忙し。その日母の職場のシフトが埋まらず出勤するよう頼まれたと聞いて、七海から申し出たのだ。
近所の掛かり付けの個人病院は総合病院だが、小児科が充実していて七海も昔は何かある度通ったものだ。特に最近は予防接種専用の待合室が新しく開設された事もあって、予約が取りにくくなったらしい。インフルエンザや風邪が流行る冬は特に小さい子供を持つ親には、予防接種に行って待合室で他の病気を貰う本末転倒な事態を防げるとあって喜ばれているようだ。
「江島翔太く~ん」
「あ、翔太呼ばれたよ!」
ブロックで遊んでいた翔太を引き剥がして、診察室まで連れて行く。昔はおじいちゃん先生の担当だったが今日居た医師は七海と同じ年頃に見えるくらい若かった。体格が良く男らしい野性的な雰囲気を纏った男性だ。彼はPCの画面に映し出されたカルテに目を通してからこちらを振り向いた。
「こんにちは、翔太君」
「こんにちは!」
「いい返事だね!じゃあまずはお口を開けて貰うかな?日本脳炎の予防接種でした……よね」
確認の意味を込めて付き添い用の椅子に座った七海をチラリと見た医師が、パカリと開けた翔太の口の中を覗き込もうとして―――グリンとまた七海を見た。
彼は少し目を瞠ってそのまま凝視する。
七海は頑張って口を開けたままの翔太が気になって「先生?あの……」と声を発した。
「あ、ああ!スイマセン。ゴメンね、翔太君。お口見るよー……はい、大丈夫だね。じゃあ、お腹ちょっといいかい?うん、息吸えるかな?いっぱい吸って……止めて。よおーし、上手だぞ」
若いのに子供の扱いに慣れてるなぁ、と七海は感心しながら医師の診察を眺めていたが―――再びその医師が七海を見たので、診察で気になる事があったのかと少し緊張して居住まいを正した。
「結婚したんだな」
「え?」
「覚えてない?俺、小学校江島と一緒だったんだけど」
「えっと……」
七海は記憶を探ったが、思い出せない。しかし言われてみると、同級生にこの病院の息子が居たような記憶がある。しかし見ただけで七海が結婚したばかりと分かるとは―――既婚者には、何か医者だけに分かる目印みたいなものがあるのだろうか?と七海は訝しく思った。
「それにしても早くないか?この子、五歳だろ?それに苗字が変わってない……まさか婿養子?でもお前、兄ちゃんいなかったか?―――あっ、じゃあもしかして……」
矢継ぎ早に質問を浴びせた後、若い医師は気まずげに声のトーンを落とした。
七海はそこで漸く気が付いた。
彼は翔太を七海の息子と勘違いしているのだ。そしておそらく―――七海を未婚の母か何かだと誤解している……!!
「ち、違いますっ!弟!」
「え?」
「翔太は弟です!」
医師から謝られ、予防接種を終えた後「お詫びに」と子供用のお菓子を渡された。
「お姉さんから後で渡してあげて」
と言って断ろうとする七海のポケットに捻じ込まれてしまったので、少し強引だなぁ、と思いつつ諦めて頷いた。今翔太に見せたらご飯前だと言うのにお菓子優先になってしまうのは確実だったから、そのまましまっておいた。
待合室で会計を待っている間に記憶を探ってみる。
おぼろげながら同級生だった彼の小学校時代が浮かんで来たが、あまり鮮明では無い。中学受験をして中高一貫の男子校へ進学したそうで、七海とは小学校卒業以来ほとんど顔を合わせる機会が無かったそうだ。
それから予防接種を泣かずに乗り越えた翔太を労って、カフェでお子様ランチをご馳走してからオモチャ売り場で少し遊び、更に帰り道近所の公園に寄り道をした。
ブランコの背を押してあげた後、遊具に駆け寄り遊ぶ弟を見守っていると、周囲に同じように立ってボンヤリと子供を見守っている人や、ベンチに座って一心不乱にスマホを弄っている若い母親、ペチャクチャおしゃべりしているママ友らしき組み合わせが目に入る。
「子供かあ……私もそんな年になったんだなぁ」
と呟きつつ、夫の事を考えた。
黛は子供が出来たら喜ぶだろうか?どんな風に?翔太の扱いが上手いから……忙しいなりに子供が出来たらちゃんと構ってくれるかもしれない。それとも黛家の両親のように放任気味の子育てになるのだろうか……?
まだ見ぬ未来に想いを馳せていると約束の時間になったので翔太を家に送り届け、電車に乗って黛家のマンションに戻り夕飯の仕度に取り掛かる。
少し手を抜いてルーカレーにした。万が一仕事が長引いて今日夕食を食べられなくても、翌日に持ち越せる。返って味がなじんで美味しくなるだろう、と七海は考えた。
しかし特に滞りなく仕事を終えた黛は、予定の時間に帰宅した。
「カレー?やりっ」
玄関で匂いを嗅ぎつけた黛は満面の笑みでキッチンに顔を出した。
黛が普通のルーカレーが大好物だと知ったのは、ごく最近だ。
「あっためるから着替えて来て」
と七海が言うと、黛は「はーい」と大人しく返事をして鞄を背負ったまま寝室に向かって行った。
クスリと笑いつつスプーンを持ってテーブルのランチョンマットの上に並べ、何気なくパーカーのポケットを触ると堅い手触りがした。
七海は「あれ?」と呟いて、あらためてポケットに手を差し入れる。
「あっ!翔太に渡すの忘れてた~」
それは丸い子供用のガムが入った小さな箱だった。
『キシリトール入』と書いてあるのでおそらく予防接種でグズる子供が居た時にご褒美として提示し、気を逸らす為に常備してあるのだろう。扱いに困り、取り敢えずダイニングテーブルにガムを置いて、七海は夕食の準備を続ける為にキッチンに戻ることにした。
カレーを温め終わりご飯の上に盛り付けている所で、部屋着に着替えた黛がダイニングに現れた。
両手にカレー皿を持って七海がダイニングテーブルに近寄ると、黛がガムの箱を手に取ってジッとそれを検分している所だった。
「それ、翔太の病院で貰ったの。昔よく食べたよね?最近のはキシリトールも入ってるんだね」
「翔太の……?」
「後で渡す様に言われたのに、渡しそびれちゃって。黛君それ好き?食べる?」
「ふーん……」
黛は七海の問いには答えず、それを自分のポケットにしまった。
七海はそれを了解と受け取って特に返事は求めず、テーブルに皿を置いてからキッチンへ引っ込んだ。それから水の入ったコップを手にし戻って来る。
食卓に着いて手を合わせ、向かい合ってカレーを食べ始めた。すると大人しくモグモグと口を動かしていた黛が、不意に口を開いた。
「予防接種の医者って、男?」
「え、うん。あ!それがねー、スゴイ偶然なの。小学校の同級生がお医者さんになっててね、その病院の跡継ぎなのかな?翔太の診察してくれたの」
「へー……」
「中学校は別のトコ進学したから、あまり記憶に無かったんだけど……その人は翔太のカルテで名前見てピンと来たみたいで」
「ほぉー……」
「最初翔太の事、私の子供だと思ったみたい。いくら何でもそれは無いよねー!二十歳で妊娠した事になるし、苗字変わってないから未婚の母だと思ったらしいよ」
「なるほど」
短い合の手を打ちつつボンヤリしている黛を訝しく思った七海が、ピタリと口を止めてジッとその整った顔を覗き込んだ。
「どしたの?お仕事大変だった?」
「あ、ああ。ちょっと今日は疲れたかも」
「じゃあ、早めに寝た方がいいね」
「ああ、そうする。ところで―――その病院、何て言うんだ?」
「病院?」
「翔太の」
「ああ、えっと『緑山総合病院』だよ」
「……やっぱり……」
「え?」
「何でも無い。カレーウマかった、ご馳走さん。シャワー浴びて来る」
「あ、うん」
黛は食べ終わった皿を、キッチンのシンクに置くと着替えを取りにもう一度寝室へ戻って行った。七海は疲れた様子の黛を見送って(やっぱり子供はもうちょっと後の方がいいかな?黛君、余裕なさそうだなぁ……)などと考えていたが、特にそれ以上深く思い悩む事も無く、食べ終わった自分の皿を持ってキッチンに向かったのだった。
黛の態度がおかしかったのには理由がある。
ダイニングテーブルに置き去りにされたガムの箱を手にした黛は、何気なくそれを引っ繰り返した。すると裏側にマジックで数字が書かれていた。
×××―××××―4649
見覚えのある番号―――同僚の遠野の携帯番号だった。
女性に覚えらえやすい番号を選んだのだと、学生時代から遠野が得意げに黛に語っていたので何となく覚えていたのだ。おまけに『緑山総合病院』は遠野の実家だ。今日は遠野は休みだったハズだ。きっと実家から救援要請が出て診察を手伝ったのだろう―――と黛は推測し、そのガムをポケットに仕舞い込んだのだった。
やはり遠野に七海を近づけてはいけない。
黛は更に固くそう決意したのだ。
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何か起こりそうですが、七海と遠野の間には何も起こりません。
ただし、遠野は確実に黛に虐められるでしょう。
お読みいただき、有難うございました。
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